二話
*
夕焼けの中。一人で歩く私は、なんだか何か大切なものを見失ってしまったくらいに、心に大きな穴が開いたみたいに、寂しかった。
「ただいま。」
返事なんて帰ってくるはずない。
靴を脱ぎ棄て、リビングの電気をつけた。
「ただいま、お父さん、お母さん。」
写真が返事なんてするはずない。でも。こうやって挨拶するのは私の日課。
「ごはん……。」
いっか。別におなかがすいてるわけじゃないし。
私は何も考えたくなくて、ただソファーに倒れこんだ。
「引っ越しかぁ。」
不意にテーブルにあった資料が目に入った。お父さんとお母さんが事故で亡くなってから、そろそろ1年。今までは思い出の詰まったこの家にとどまっていたけど、中学三年生が一人で住むにはだいぶ広い。親戚の家が近くにあるから、面倒は見てもらっていたけど。
「高校決めたらにしようかな。」
引っ越しというよりは、寮とか、親戚の家にお世話になるかもしれない。
それはそれでいいかな。なんて思っちゃったりして。
頭でぐるぐる考えているうちに、私はそのまま眠ってしまった。
「…!い、ず……。」
何か声が聞こえる。
「お……、……も!」
とぎれとぎれで聞き取りにくい。
「起きろ!出雲!」
「っはっ」
急に聞こえた声に私は驚いて、自分の目を開けた。
「春樹?」
目の前には春樹。何か焦ってるようだけど、何かあったのだろうか。
「出雲、やっと起きたか。」
「何?」
そういえば、私は自分の家のソファーで寝ていたはず。なぜ今春樹が目の前にいるのだろうか。
「夢?」
そう考えるのが一番早かった。なんだ。私は夢でも春樹のことを考えていたのか。
「夢、だったらいいけどな。」
それでも春樹の深刻そうな顔は変わらない。
「えい。」
私はどうせ夢だろうと思い、春樹の頬をつねった。それも思いっきり。
「痛って!何すんだよ。」
あれ……?
「夢じゃない?」
春樹は少し涙目になりながら、
「お前さ、そういうのは自分の顔で確かめるもんだぞ。」
と言った。
「ごめん、ごめん。」
私が適当に誤っても、そういう問題じゃなんてこぼしている。
私は上半身を持ち上げ、周りの状況を確認した。
暗い。下は、冷たいタイル。壁は、掲示物で埋め尽くされている。天井は、細く、蛍光灯が付いている。少し右には、「職員室」の文字。
どうして私はこんなにも冷静なのだろうか。
「学校……。」
私が知っている場所でこの条件が備わっているのは、学校ぐらいだった。
「多分な。」
私たちは、今。おそらく学校の廊下にいる。春樹も周りをきょろきょろと見渡し、険しそうな顔で言った。
「なんでここにいるの?」
「俺もわからない。ただ、目が覚めたら、ここにいたんだ。
それで、出雲が俺の近くに倒れてた。」
私はこの状況にゾッとした。
生まれてこの方幽霊とか、オカルトなんて信じてこなかったけど、この不思議な状況に私は恐怖を感じていた。
〔全校生徒のみなさん、おはようございます。〕
!!
急に廊下中に響いたのは、無機質な放送の声。
どうやらここは本当に学校みたいだ。
〔目が覚めた生徒から、至急、昇降口に集合してください。〕
それだけ言うと、放送はプツリと切れてしまった。
「昇降口。」
もし、ここが私たちの学校なら、昇降口は職員室、つまり私たちの現在地からそう遠くない。
「春樹、行く?」
春樹もまだ状況が呑み込めないようで。
「出雲、俺から離れるな。」
急に発された春樹の一言は、少しおびえていて。
でも、頼りになる。そんな一言だった。