屁理屈婚約者とバカなケンカ
「自分の息子なんかいらないよ。」
ケンカの始まりは、僕の言葉からだったと思う。
「なんで?生まれてくるからには理由があると思うよ?」
「もし、自分と似た人生を歩くことになったら?自分と同じ経験をすることになったら、君はその子に生まれてきてほしいか?」
なんとも言えない表情で彼女は言った。
「生まれてきたからには理由があるはずよ…」
「それがこんな人間の子供として生まれることの理由か?俺のような人間と似た人生を送る理由か!?」
少し怒っていたのかもしれない。普段使うような口調ではない強さで、彼女に詰め寄った。
泣いていた。
何が悲しくて泣いているのか、まるでわからなかった。
泣きたいのはこっちの方だ。
婚約したら子供を産み育てる。
彼女はその本能とも言える感情に流されているだけだ。
頬を叩かれた。
目を覚ませとでも言いたいのか?
ますますイライラしてきて、言葉を変えた。
「どうしてその子に生まれてきて欲しいんだ?」
ますます泣きっ面になった。彼女はきっと産んでくれた母親に感謝しているのだろう。
「バカバカしい…」
口火を切った彼女の一言はそれだった。
「生まれてきてほしい気持ちに理屈なんかあんのか!!」
ヒステリックに叫んだ彼女の言葉は、僕の気持ちには刺さらなかった。
根拠や理屈の通らないことには、とんと無頓着だった。
縁を切るような顔でそっぽを向いた彼女は、今まで止めていたタバコを取り出した。
それなら、と火を付けようとした。
「今私がタバコ吸ってもなんの問題もないわよね?
コーヒー飲んで、お酒飲んでも何の問題もないよね?」
明らかに苛立った彼女の行動を、とっさに止めた。
彼女はその手を振り払った。
「そういうことでしょう!?死んでほしいんでしょう!?生まれてきて欲しくないんでしょう!?」
頭の中に、僕が生まれてきてから死んでいった身内の遺体が並んで見えた。
反射的に嘔吐して、彼女は僕のその反応を冷ややかな目で見ていた。
「ほれ見ぃ。ガラにもないこというだけ言ってそうなるんでしょうが。」
火の付いていないタバコをゴミのように捨てると、呆れたようにため息を付いた。
「阿呆が。」
方言で罵られた。
無性にタバコが吸いたくなったけれど、彼女が妊娠した時から、不安と一緒にタバコを吸わなくなっていたことを思い出した。
「すいません…」
彼女にはきっと一生頭が上がらないだろう。
そういう時に限って、自分のバカさかげんに気が付く。
「阿呆、阿呆、阿呆!!」
本格的に泣き出した彼女は、これ以上ないくらい嫌な言い方でけなしてきた。
「すいません…」
それ以外何も言葉が出なかった。
頭の中に思い浮かびもしなかった。
現実を見ろと言っていた両親の言葉を実感した。
悔しくても言い返せないというのは、苛立ちよりもやるせなさの方が強く感じる。
とりあえず彼女を泣きやませないと、万が一のことがあったら大変だ。
そんなことを本気に考えながら、自分が振りかけた火の粉を自分で振り払うようなことをしていた。
その後、しばらく彼女の下部のようにつかえていたが、なんとなくその方が安定して生活出来るような気がしていた。
半年後、彼女は赤子を産んだ。
まるまると太った子供だった。
彼女は少し疲れた顔で言った。
「その子のことをどう思う?」
言われた途端に泣いてしまいそうになった。
「かわいいよ…。かわいい…」
彼女のまぶたに涙が溜まり、とっさに腕を交差させて隠した。
「かわいいよね…。
あんたの子供なんよ…。」
我慢できなくなって、病室を出た。
俯いたままギュッと目を閉じて、声を殺して泣いた。
ドア越しに、彼女の嗚咽が聞こえてきた。
小さな音で「かわいいじゃろ…?」と泣き声交じりに僕に語りかけていた。