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第8話:ミハイル

挿絵(By みてみん)





 家にミハイルを連れ帰ると、シャルルの言う通り、兄達はあまりいい顔をしなかった。

 唯一、マリアリリスだけは微笑み、メグに手を貸してくれた。客間に運び入れて、怪我の具合を確かめている。

 看護の手伝いをしようと、メグも手を伸ばした。服を脱がせて着替えさせようとすると、シャルルが邪魔をしてきた。


「ママッ」


 助けを求めると、どこからか現れたレオナルドが、シャルルの襟を掴んでメグから引き離した。


「レオナルド兄様、離してください!」


「マリアに任せておけよ。お前も匂うぞ。風呂に入れ。魔力も消耗してるし、こっちきな」


「えぇっ」


 不満そうな声は、次第に遠のいていく。彼等はきちんと扉を開けて、応接間の外へ出ていった。

 空間を渡れないメグが拗ねないように、彼等は最近、意識して歩いて移動するようにしているらしい。


「メグちゃんは、どうしてこの子を連れてきたの?」


「帰る家もないみたいだし……放っておいたら、死んじゃいそうだったから」


 慈母のように、マリアリリスは優しく微笑んだ。少年の顔を拭きながら、あら、と感心したよう瞳を瞠る。


「この子、とても綺麗な顔をしているわ」


「どれどれ……」


 眠る少年の顔を覗き込み、メグも小さく瞳を瞠った。

 家族の美貌に見慣れているメグでも、ミハイルの顔はとても綺麗だと思った。


「こんなに綺麗な顔をしているから、欲深い人間に掴まってしまったのね」


 気の毒そうに呟くマリアリリスを見て、メグは表情を曇らせた。


「……ミハイルには、悪夢を見せないで」


「あらあら。メグちゃん、この子が気に入ったの?」


「うん。元気にしてあげたい」


「優しいのね。じゃあ、私からも皆によく言っておくわね」


 メグが微笑むと、マリアリリスはメグを抱きしめた。


「あんまり、この子ばかりに構い過ぎないようにね。特にシャルルは、焼きもち妬きだから」


「知らない」


 つんとメグが言うと、マリアリリスは何もかも見透かしているかのような、淡い微笑を浮かべた。

 彼女のこういうところが、苦手だ。

 瞳を合わせずに、ミハイルの薄汚れた服を脱がせようとすると……あらあら、とマリアリリスは困ったように頬に手を添えた。


「メグちゃんってば、大胆ね」


「着替えさせてあげるの」


「男の子よ?」


「知ってるよ?」


 平然と応えるメグを見て、マリアリリスはなんともいえない笑みを浮かべた。

 着替えを手伝っては、いけないのだろうか?

 手を休めている間に、サタナキアが現れた。マリアリリスが、声なき声で呼んだのだ。彼は、ミハイルの傍に跪くメグを見るなり、器用に片眉をあげた。


「おやおや、レディがみだりに男の身体に触れるものじゃないよ」


 訝しげな顔をするメグを、両手で抱き上げる。


「いけないの? キアだって男でしょ。今触ってるじゃない」


「俺はいいんだよ」


「どうしてよ」


「家族だもの」


「ふぅん……」


「あの子のことはマリアに任せて、メグもお風呂に入っておいで。かわいい顔が汚れてしまったよ」


「はぁーい……」


 あまり納得していなかったが、反論するのも面倒になり、メグは渋々、応接間を出た。

 烏の行水の如し早業で湯を浴びると、濡れ髪のまま、ミハイルを探して部屋を飛び出した。

 髪を拭こうと、召使が後ろを追い駆けてくるが、気にしない。バタバタと廊下を走っていると、いつの間にかシャルルまで追いかけてきた。


「お姉様、どこへ行くの?」


「ミハイルを探してるの。どこにいるか、知ってる?」


 一瞬、つまらなそうな顔をしたシャルルは、知っています、と不承不承に応えた。

 連れていってもらうと、客間でミハイルは静かに眠っていた。傍にはマリアリリスが寄り添っている。


「ぐっすり眠っているわ。明日には眼を覚ますでしょう。おしゃべりは明日にして、今夜はもう寝なさい」


 本当は、すぐにでもミハイルと喋りたいメグであったが、マリアリリスの忠告通りに部屋を出た。


「明日は三人で遊ぼう」


 今夜遊べないのは残念だが、明日でもいいか。そう思い直してメグが提案すると、シャルルはふて腐れたように視線を逸らした。


「嫌ならいいよ。ミハイルと二人で遊ぶから」


「僕も遊びます!」


 むきになってシャルルは応えた。メグは少しムッとして、押し黙った。部屋に着くまで二人とも無言だった。

 お互いに機嫌が悪くても、いつもの習慣で同じベッドに横になる。背を向けて丸くなると、シャルルがひっついてきた。


「お休みなさい、お姉様」


「……お休み」





挿絵(By みてみん)

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