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アゲイン×2 ネームレスの冒険  作者: 紺堂悦文
第二部 第一幕
7/7

熱泉

 



 ……見上げる太陽は曇天の向こうに。

 雲の隙間から時折漏れる光の柱は、絶壁に邪魔され半分隠れてしまっている。

 キリエと共にガンガンとやかましい昇降機に運ばれた迅八は、レジーナに案内されアリの巣の内部へと入っていた。




「ジン、ここが第三鉱区だよ。……蒸し暑いだろ」


 ぽっかりと空いた暗い穴は、剥き出しのゴツゴツとした岩をえぐり奥へと続く。

 その坑道は大人が立って歩いても充分な天井の高さがあり、道幅も相当な広さがあった。


「車がすれ違える位あるな。…大変だよね? こんなに穴を掘るのは」

「そりゃあ大変だよ。けどま、それがあたしらの仕事だから」


 暗い坑道の中で迅八が振り返ると、もう拳程の大きさになった外の光が見えた。

 かなり離れてしまっているが、それでも他の鉱区からの音が、迅八の耳に小さく届いた。


「……なんでこの穴には人がいないの? ここではもう何も採れないのかい?」

「そんな事はないさ。この穴は……下見中ってとこかね。もうしばらくしたら、この穴でも仕事が始まるよ」


 昇降機でここに上がってくるまでに、操業している幾つもの穴では鉱山の人間達が慌ただしく動いていた。この穴の中にはひと気は無いし、等間隔で壁に設置されている松明にも火が灯されていない。

 レジーナが手に持っている小さなランタン。それだけではもう足元を見る事さえ難しい位に周りが暗くなった頃、迅八達はその場所に辿り着いた。


「ここは……」

「広場みたいになってるんだ。灯りを消すよ」

「こわっ。や、やめてほしっす…」


 光が映し出していた天井が、突然消えた。

 両側に常にあった、圧迫する様なゴツゴツとした壁も。

 ……真の暗闇。その中にゆっくりと浮かび上がってきた光景を見て、キリエが迅八の袖をそっと掴んだ。


「うわぁ……。すごいっす……」


 ……青い光が、少しずつ広がってゆく。

 黒に浮かび上がる明滅は、共鳴するように広がってゆく。

 初めポツポツと、暗闇の中に滲みだすように湧いた光は、次第にその輝きを増していった。


 胸の奥から湧き出たようなため息を迅八が吐くと、レジーナが得意げな顔で迅八を見ていた。


「ほあー……すっげえ。レジーナさん、これは…」

「魔光石の鉱床だよ。もうあたしらは見慣れてるけど綺麗だろう」


 迅八がその空間を見渡すと、そこは半円のドームのようになっていた。青い光に切り取られた闇の中のドーム。

 暗闇の中、壁面に滲んでいる青い光のせいで距離感が掴めないが、それなりの広さを持つ空間の様だった。


「すごいっす! 綺麗っす!! …ジンさん、アゼルさんここに連れてきたら喜ぶっすよっ」

「もう……。そんなに手ぇ振り回すなよ。お前俺よりも年上だろって」

「ジンさん、すぐに女に歳の話するのやめた方がいっす」


 迅八の袖をぶんぶんと振り回しているキリエに、迅八はため息を吐きつつも微笑んだ。

 ……ぼんやりと、どこまでも少しずつ広がってゆくように、魔光石の光は滲んでゆく。

 天井を見上げていた迅八が視線を下げると、広場のような空間の中心に、湧き立つ小さな泉が見えた。

 青い光をたたえたその泉にキリエも気付き、迅八の袖を離して泉に近寄った。


「すげっす! うまそうっす!!」

「あ……ちょっとちょっと、アンタやめといた方が…」


 青く透き通る泉の水は、蒸し暑い坑道の中で冷たく輝いて見えた。レジーナの制止の声を聞かず、キリエは泉の前で屈み込み、その手を中に差し込んだ。


「飲むっす飲むっすっ、んー……あっっっっぢゃああああああッッ!!」


 ぱしゃんっ

 両手ですくった水を放り投げるようにキリエが手を払う。するとその飛沫は迅八の顔に届いた。


「うおっ、熱ッ!! ……熱湯?」

「ジ、ジンさんっ、熱いっす、熱いっすよおお!!」

「だから言ったのに……。それは熱水脈が湧いてるんだ」


 泣きながら両手をフーフーしているキリエの横を通り過ぎ、迅八も泉の前でひざまずく。

 青い泉を覗き込むと、その泉の底は見えず、奥の方からこぽりと気泡が上がってくる。

 …パチン。水面で気泡が弾けると、迅八の鼻に微かな異臭が届いた。


「なんだこりゃ……。温泉?」

「温泉ってほど心地よい温度じゃないよ。多分八十度はある。……鉱脈の色んな成分が溶け出してるから匂いもするだろ? 別に普通に飲めるけど、適してはいないと思うよ」

「先に言って欲しっす!!」

「あははっ。いきなり飲もうとする奴なんて初めて見たから……。ごめんね」


「へえ……。けど残念だね。丁度良い温度だったら入れるのに」

「丁度良いのが湧いてる所もあるよ。こんな坑道の奥でわざわざ湯につからなくてもさ」


 鉱床から滲む青い光がその泉に反射しているが、迅八がよく観察してみると、その水は澄んだ透明ではなく濁っているようだった。気が付くと、レジーナも迅八の隣で膝をついていた。


「……青い光の反射で冷たい水に見えるだけさ。実際は濁った熱湯だよ。けど健康に良いなんて言って飲む奴もいるから飲んでもいいよ」

「あちいっす!! ソンガイバイショー請求するっす!!」

「もうお前うるさいから黙ってろよ……」


 ……えぐっ、えぐっ

 鼻をすすっているキリエを見上げて迅八が呆れた顔をしていると、レジーナは泉を見たまま切り出した。





「ははは……。ねえジン、あんた達はこの町になにしに来たんだい?」

「ん……」

「もう記憶喪失は無理があんだろう。…あんた達もこの町の資源を狙って来たのかい?」


 迅八が再びキリエを見ると、いつの間にか、ショートカットの下の目はひどく冷めていた。……周りには、誰もいない。


「やめろキリエ。変な雰囲気出してんじゃねえよ」

「……出してねっす。もう正直に言っちゃえばいんじゃないっすかあ?」

「あんた達、あたしの質問に答えなよ」


 迅八の目の前でレジーナの瞳が細くなった。

 ……十年前、Bランクだったという冒険者。


「……うん、ごめんよレジーナさん。騙そうとしてた訳じゃないんだ。ただ、どうしていいのか分からなくて」

「聞かせてくれるかい?」


 レジーナの腰には採掘用のピッケルが下げられていた。…武器として充分使える物。

 迅八は、先程からキリエがずっとそれを見ている事に気付いていた。


(やべえ、もう話すしかねえ……)


 レジーナがピッケルを使おうとすれば、おそらくキリエは一分掛けずにレジーナを殺す。






「キリエ、話すぞ。変な事考えるなよ」

「ホントに考えてねっす」

「ねえジン、あんたサアヤに何かする気なら……」

「そんな気ないよ!! わかった、話すから…」


 そして、迅八は自分の知る限りの事で、言える事を語った。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




 迅八は、南の国 王都ロンダルシアの王、アルトリウス・ロンダルシアに言われて鉱山都市レジーナにやってきた。

 この世界に広まりつつある『産業革命』。

 それの最前線たる石炭と鉱石と塩の町に。


 迅八が言われた事は、この町の産業を調べるという事だった。石炭はどの位産出されているのか。人々はどれ程豊かなのか、あるいは貧しいのか。

 資源の埋蔵量や種類、それらの細かな部分を実際に目で見て話を聞き確かめてくる。それが迅八の今回の仕事だった。

 それ以外には特に言われていないし、敵対勢力の殲滅など想像もしていなかったしする気もない。


 聞いてみれば、この町には温泉もあるし世界有数の絶景などもあるらしい。観光のついでに出てきたのだ。



「……絶景? ああ、『空の海』の事かい?」

「うん。それそれ。それを見るのがメインのつもりだったんだけどね……。けど、ここも凄く綺麗だ」

「そんな事をしに、こんなとこまで?」


 星空のような暗闇の中、迅八は目をほころばせて光を見つめている。レジーナはその様子を見て、自分の事を油断させようとしているのかと疑った。


「レジーナさん、……ジンさんはね、間抜け装ってる訳じゃなくて、本気で言ってるっすからね。勘ぐらないで欲しいっす」

「旅行くらいしたっていいじゃん!! 楽しもうよこの世界をさあ……」

「ね? 本気っすからねこのひと」



 レジーナは目の前で言い合っている二人を見て、混乱する頭を鎮める事に必死だった。



「……あんたみたいな子供が悪名高い愚王の直属なのかい? ……愚王も、この町を狙ってんのかい?」

「いやいやいやいや!! それはないそれはない」

「なんでそんな事を言い切れるんだい。現に北の皇帝は……」

「あ、それはあっしが説明するっすよ。ジンさんの説明じゃよく分からないと思うんで」



 ……アルトリウスは、領土という物にさほどの関心を持たない。世界征服などもってのほかだ。

 征服すれば、管理をしなくてはいけない。そして、管理をするのが一番難しい。


 住民を把握し雇用を作り、産業を発展させて税金を納めさせ、その税金を使って国を豊かにする。

 そして、それは規模が大きくなればなるほど把握は出来なくなり、無理が生まれる。


 迅八の元の世界、現代ではもう誰もがそんな事は分かっていた。地上の全ての土地を自分の物にし、世界征服しようなんて考える国家元首はどこにもいない。

 迅八の元の世界の世界征服は、金を巡る争いだ。統治は他の奴にやらせて、そこから出てくる利益にありつければいい。

 そして、アルトリウスはそういう思考で動いている人間だった。


 キリエはそれらの話でアルトリウスが転生者であるという事や、隠す部分だけは隠し、レジーナに語った。


「……けど、この町には資源がある。世界征服とは違う話だろ? 愚王がこの町を狙う理由は幾らでもあるんじゃないのかい?」

「いやいや、多分それもねっす。ここは立地が悪すぎるっす。……ロンダルシアから遠すぎるし、すぐそばが北の国なのにそんな事したら、面倒くさい事になるっすよ」

「じゃあなんでこの町を……」

「貿易に食い込みたいんでしょ。あるいは北の国に取られる前に中立地帯にしたいんす。……別にレジーナさんにも悪い話じゃないはずっすよ。むしろ良い話っす。南の国はお金持ちだしこの町を支配する気なんて毛頭ねっす。いい商売相手っすよ」



 突然降ってきた町の未来を左右する話に、レジーナの頭は更に混乱した。



「ちょ、ちょっと待ってよ…。あたし、頭悪いんだ。そんな事急に言われても…。あんた達が言ってる事だってよくわかんないよ」

「頭が良い悪いじゃなくて、これは知識の話っす。別に、」

「なんて言っていいのか、サアヤに聞かないと…」


 その言葉に迅八は口を挟んだ。


「……別に今回俺たちはアルトの言葉を伝えに来たんじゃないし、何かの答えが欲しい訳じゃないからそんなに構えなくてもいい。それ以前に娘に何を聞くんだよ」

「サアヤは、あたしと違って頭が良いから…。きっとサアヤと話した方がいいよ」

「待ってよ。レジーナさんが町長さんでしょ?」

「そ、そうだけど……」


 レジーナの弱気な目が魔光石の光の中で揺れている。その様子は、迅八の心の中に小さなトゲを残した。隣のキリエはそんな様子に気付かずあっけらかんと口を開いた。


「…なーんか頼りないっすねえ」

「やめろよキリエ」

「ん、別に文句って訳じゃねっすけど」

「いいからやめろ。俺とクロウの恩人だ。……それに、急にこんな事言われても混乱するに決まってる」


 レジーナは美しい女だったが、元々冒険者の彼女は鉱山での仕事もこなせるがっちりとした体つきだった。しかし、今はその肩が迅八の目には細く見えた。


「……レジーナさん、『旅芸人』は俺達の事だ。身分を隠す為にいつも使ってるんだけど、ちゃんと芸は見せられるよ。だから北の国の使節団へのもてなしは、もう心配しなくていい。…それには私情も挟まないし、ホントに今回は調査以外の事をする気はないんだ」

「ま、待ってよ。……頼んだ旅芸人があんた達だったって……。それだって偶然じゃないんだろ? 愚王がこの町を狙ってないなんて信じられないよ。なんの狙いがあるんだ」

「ぐ。そ、それは……」

「ややこしっすねー」


 

 アルトリウスは、いつも迅八の事を測るように『落とし穴』を用意する。愚王と呼ばれる最大の理由であり、伝説の勇者がアルトリウスを指して、『バカ』と呼ぶ理由でもある。



「まあウチらを信じられないのは仕方ないっすけど、あっしも気になる事があるっす。……ジンさんはシズちゃんにやられて空からこの町に落ちたんしょ? なんでレジーナさんはそんな奴を家に置いて、町の人達はなんも突っ込んでこないんすか? …油断させといて寝首をかくとかゴメンっすよ」

「……サアヤはネームレスの話が好きだ。あたしはそんな話は信じてなかったけど、目の前でその子が回復していくのを見た。……痛みを感じない不死身の転生者。ホントに居たんだね」


「話がデカくなってるから!! ……痛くないはずないでしょっ!?」

「まあまあ……。ジンさんは黙ってるっす。んで、レジーナさんと娘さんがネームレス好きだとして、町の人たちは? ……鉱山の人間は全員脳天気なんすか?」


 あくまで軽くキリエが言うと、レジーナも特に気負わずにそれを口にした。


「ああ……。この町には古い伝承があって、それに対する信仰があるんだ。ジンがひょっとしたらそれに関係してるんじゃないかと思ってるんだよ。……『天空城』から落ちてきたんじゃないかって」

「は? 天空城?」






 初めて聞くその単語を迅八が口にすると、突然大きな縦揺れがその場を襲い、熱泉が噴き出した。



「あ、熱いッ!!」

「うわっ怖いっす!! 地震っすか!?」

「結構デカい……、レジーナさんっ、大丈夫!?」


 黒いコートに身を包んだ迅八の肌には熱泉の飛沫が届かない。薄いシャツしか着ていないレジーナにその熱水は直撃した。


「レジーナさん大丈夫!? シャツを離さないと…火傷しちゃうよ!!」

「あっつ……!! だ、大丈夫、慣れてるから…、量が少なくて良かった」

「……ジンさん、あんたまさか流れで服を脱がそうと」

「してねええわっ!!」


 泉の水面はぐらぐらと揺れる。三人がそこから距離を取ると、パラパラと天井から落ちてくる小石が迅八の顔に当たった。


「……レジーナさん、これ、崩れたりしないよね?」

「大丈夫だと思うけど、何があるかは分からないっ。…二人とも表に出るよ!!」


 突然襲ってきた異常にレジーナは即座に立ち直った。自分よりも小さなキリエをかばうように肩を抱き、腰のランタンに火を灯す。


「あ……。な、なに急に頼れる女になってるっすか。お姉さま……」

「変な趣味出してんじゃねえわっ!! 早く出るぞ!!」

「早くおいで!! こっちだ!!」


 ランタンの光が辺りに広がると鉱床の青い光が薄れてゆく。キリエを抱いたレジーナが先導するように走り出す。荒く上下するランタンの光がキリエの紅潮した頬を照らす。


「だ、大草原思い出すっす。お姉さま……」

「お前は……!!」

「二人とも、舌噛むよっ!!」


 遠く見える外の光を求めるように走り続ける。迅八は頬を染めたキリエに呆れながらも、その言葉を思い出すように心の中で呟いた。



(……大草原の洞窟でも地震があった。あそこには遺跡があったとかクロウは言ってたな)



 絶景を見ながら温泉に浸かるつもりで来た場所は、思ったよりも面倒くさそうな場所だった。

 ……アゼル達と早く合流しないとまずい事になるかもしれない。

 前を走るレジーナの背中を見つめながら、迅八はそんな事を思った。




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