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アゲイン×2 ネームレスの冒険  作者: 紺堂悦文
第二部 第一幕
3/7

蒸気

 



 鉱山都市レジーナの支配者は、サアヤの母親であるレジーナだ。しかしそれも十年程前にレジーナが『象徴』に名付けを行ってからの話で、その前までのこの町は、標高三千メートルに位置する寒冷の貧村。それ以外の意味は持たなかった。



「……母さんは元々冒険者で、私を連れて旅をしてたの。その途中にここでお世話になって、母さんはここに住む事を決めた」

「けど、それって言ってみりゃよそ者だろ? なんでここの支配者に?」


「当時のここは本当に貧しい村で、こんな場所で作物を育ててたわ。自分達が食べる為だけの物を。けど、それすらも時々出てくる魔物に食い荒らされたりしてた。……母さんは冒険者として有名なわけじゃなかったけど、ダブルB位の力は持ってた。すぐに村の人達の信頼を集めたわ」



 迅八の目から見たレジーナは、ほがらかな笑顔と美しい容姿を持っていた。

 今から十年程前。今よりも更に美しく、強かっただろうレジーナが、貧しい村に現れた時の事を迅八が想像すると、舐めていた皿から子狐が顔を上げた。



「待て。…それでもそんなもんただの用心棒扱いで終わりだろうが。なんでレジーナが『この地の王』になりやがった」

「それは……、この町を鉱山都市にしたのが母さんだから」



 この土地の貧しい土で作物を育てるのではなく、大地の資源を掘り出して売る事を提案したのだ。

 しかし、よそ者の意見は皆には受け入れられなかった。レジーナはそれでも一人で穴を掘り続けて、ついに成果を出した。……石炭。



「それが初めて出てきた時、みんな喜んでたけど本当の価値が分かってたのは私だけだった。……多分あの時一番興奮してたのは私だったと思う」

「待てよサアヤ。お前……」

「そうだよ、転生者。……あなたもそうでしょ? ネームレス」

「…だから、ジンって呼べよ。転生者なら迅八でもいいぜ」



 子狐が、空になった皿をコツコツと叩くと、サアヤは微笑んでからそこに再び茶を注ごうとした。

 しかしポットの中身がない事に気付くと再び暖炉に向かった。

 …暖炉の上部、鉄板の切り込みにポットを置くと、脇に置いてある水がめから水をすくい、ポットの中に注ぐ。ついでというように暖炉の中に水をまくと、じゅうという音と共に切り込みから蒸気が吹き出した。

 水がめの横に置いてあるカゴの中には、黒い宝石のような石炭が積まれている。それらを無造作に手に取ると、サアヤは暖炉の中に放り込んだ。

 やがてポットが温まるとそれを持ち、テーブルにサアヤは戻ってきた。



「はい。お茶のおかわり。……なに? どうしたの?」

「……サアヤ、君がレジーナさんに教えたのか? この場所には宝が眠ってるのを」

「そうよ。……この世界で目覚めて、三歳位の時にはずっと考えてた。この世界でどうやってお金を稼ぐか。……でもこんなにうまくいくと思わなかったの。運が良かったのよ」

「なんでここに石炭があるって分かったんだ?」


「分からなかったよ。けどね、アリの巣見たでしょ? その頃はアリの巣なんて呼ばれてないただの絶壁だった。……絶壁に幾つもの地層が重なってるのが見えて、初めはテレビで見た恐竜の化石を掘ってる所が思い浮かんだの。その時同時に思い出した。……貴重な天然資源を掘り出す為に開発したのに、化石とかが出てきちゃって中止せざるを得なくなる場合があるって。……逆だったらいいなって思ったの。天然資源が出てきたらいいなって」


「そんで、本当に出てきたと。……すげーな。大金持ちじゃねえか」

「そんなに単純な話じゃないわ。…私は、宝石とかが出てきて欲しかった」

「なんで? …確かに宝石が出てきたら凄いけど、それは贅沢言いすぎだろって」

「違うわよ! …石炭が出てくるなんて、手に余るわ」


 同量の石炭と宝石だったら、宝石の方が確実に金銭的価値がある。それはこの世界でも同じ事だ。

 眉を下げた迅八の疑問を見透かしたように、サアヤは続けた。


「……私は、っていうか、転生者だったら誰でも考える事だとは思うけど、この世界にいつ電力が普及するのか、そこに食い込めば物凄いお金が動く。……けど、そこにはまだ表立って手を出してる人はいないの。特許にする事すら許されてない。だから、その一歩前のエネルギーが重要なのよ。今は、大量の石炭が宝石よりも価値がある」


 迅八は暖炉の中で赤々と燃えている石炭と、切り込みから吹き上がる蒸気を見た。


「……北の国は良い商売相手だったのに、少し前から話がきな臭くなってきてる。……この町は狙われてるの。皇帝ランドワースに」




 ————————————————




「もーーーーっっ!! アルトの話は本当に信じられねえ!! 最ッッ高にめんどくさそうじゃねえかよココッ!!」


 あてがわれた部屋の中でベッドに腰掛けると、迅八は子狐相手に愚痴を漏らした。


「『世界でも有数の絶景がある。休暇代わりにはいいんじゃないかなあー』とか言ってやがったくせにさあ!!」

「いや、仕事だとは言ってたじゃねえか。……やたらとここを推してくるからおかしいとは思ったが……」


 迅八は幾つかある案件の中から一つを選び、大抵仕事に出掛ける。今回はなるべく危険の少なそうな場所に休暇代わりに来たはずだった。


 が。


 初っ端から死にそうになったし、話はおかしい方向に転がっている。おまけに仲間達は、未だ誰一人この町にやってこない。



「だいたいさあ! なんで落ちる途中で助けてくれなかったの!? あんなに痛いの久しぶりだったよマジで!!」

「いや、楽だから最近はこの姿を『最適』にしてたんだけどよ……。気が動転して元の姿に戻るのが思い浮かばなかった」

「お前バカなの!?」

「妹にやられて気絶してたテメエに言われたくねえわああああッッ!!」

「……ていうかさ、頭から落ちてたらどうなってたんだろ。さすがに死ぬよね? それでも治るのかな?」

「やめろ。試そうとか下手な事考えるんじゃねえぞテメエ」

「試すわけねえだろ……!!」


 ぎゃあぎゃあと言いあっていたが、ここが人の家だという事をすぐに思い出し、迅八は声を小さくした。


「……けどよ、サアヤって、なんかおかしいよな」

「おかしい所は色々あるぜ。どれの事だよ」

「なんか、人の事を斜めに見るっていうか……」


 北の国の話が終わった後、この町の印象の話に移った。住人は良い人ばかりだと迅八が言った時のサアヤの反応を思い出す。


「……アンリさんは、俺の事を疑って近寄ってきたって。他にも、話し掛けてきた女の人は子供に害を与えられないかビクビクしてたとか……、メシ食うかって言ってくれたおじさんも、本当は俺の正体が気になっただけだって言ってた」

「あーん? …ま、そうかもな。けどま、多少事情が理解出来たぜ。確かに、今この町がそんな状況なら、どんなに怪しい不審者だろうが表立って問い詰める奴はいねえかもな。ひょっとしたら、俺達が北の国のもんかもしれねえ。さりげなく情報を引き出そうとするのも理解出来るぜ。しかし、それでもな……」



 町の住人達が、誰一人として自分達に踏み込んでこないのは、クロウにとって一番気になる事だった。



「けどさあ、なんか断定口調で言うよね。……可愛い顔してさあ」

「くかかかか……。テメエのウソはすぐバレるしな。勘が鋭えのか、なんかの理由があんのか……」

「『ユニーク』だと思う?」



 時々いる転生者。

 自分なりのおかしな魔術の使い方を見つけたり、元の世界に居た頃から持っていた才能を開花させた人間。


「トムとかティーみたいな感じなのかな?」

「さあ……どうでもいいこった。興味ねえ……とも言ってられねえか」



 ……コン、コン

 ノックの音がして、迅八は自然と左腰の刀、迅九郎を掴んだ。この二年間で、いつの間にか身についてしまった動作。


「……入っていい?」

「レジーナさん? ど、どーぞどーぞ」


 ガチャリと。

 扉が開かれると、そこには汚れた顔のレジーナが居た。

 右手には濡れた布を持っていて、顔を拭きながら迅八の部屋に入ってくる。


「ごめんね急に。休んでた?」

「いや、レジーナさん達の家じゃん! 気にしないでよ!!」

「座らせてもらうよ」


 レジーナが、部屋の隅に置いてあった椅子を手に取ると、迅八が腰掛けているベッドに向き合うように置いた。鉱山帰りの女はそこに腰掛けると、自分の片足を抱えるようにして汚れた足を拭いた。


 …短い革のズボンから伸びる太ももと、しなやかなふくらはぎ。布がその上を通り汚れを落とすと、光を跳ね返すような肌があらわれる。

 足が終わると片手をあげて、脇の下を拭く。袖なしのシャツの肩紐を外し、鎖骨の下を拭く。


(エ、エロいんですけどこのひと……)


 その様子を見ていた迅八の視線に気付き、レジーナはニッコリと微笑んだ。


「ごめんね。汚なくしてるとサアヤに怒られちゃうから……」

「い、いいよいいよ!! 続けて下さい、是非続けてください」

「おう。俺様が手伝ってやろうか」


 レジーナは、喋る魔物の好意を素直に受け取った。


「うん。じゃあ手が届かない背中を……」

「ダメだダメだ!! テメエッ!! 絶対に違う事考えてるだろうがっ!!」

「なああんの事だああ……」


 邪悪に笑う子狐とは対照的に、レジーナはほがらかに笑っている。


「ねえジン。あの子と仲良くしてやってね」

「ん、サアヤの事? …うん、そうしてもらえると俺も嬉しいよ」

「いつまでこの町に居るのかは知らないけど、自分の家だと思っていいからさ。…サアヤは、あたしとはあんまり話してくれないから」


 最後に一度大きく顔を拭いたレジーナはやはりほがらかに笑っていたが、迅八の目には寂しそうにも見えた。


「……レジーナさんどうしたの? 俺でよければなんでも聞くよ」

「いや……最近あの子、本当に機嫌悪くて。……この町には近々大切なお客が来るんだけど、もてなしの為に商人ギルドを通して旅芸人を呼んでたんだ。けど、期日になっても到着しない」

「あ、あーー……」


 迅八は言葉を詰まらせた。『旅芸人』がまだ到着しない事は、迅八とクロウにとっても憂慮すべき事だった。


「……あの子は演劇とかが好きで楽しみにしてたから、それも関係あるのかも。万が一来ないなんて話になったら、町としてもまずいし、あの子もガッカリするよ」

「…ああ、それなら大丈夫だよ。もうすぐ来るよ」

「ん? なんでジンがそんな事わかるの?」

「え」


「……気がする、ってだけだろうよ。おい女、記憶喪失のガキの言う事なんか真に受けてんじゃねえよ」


 子狐がそう言うと、レジーナは一瞬だけ思案顔になったが、すぐに優しい目に戻った。


「ありがと。気休めでも少し楽になったよ。 …ねえジン、お願いね。サアヤと仲良くしてあげて」


 そう言って、レジーナは部屋を出て行った。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「……おうジンパチ。テメエがアホなのは知ってるが、どこまでアホなんだ?」

「えへへ……ごめんなさい。えへへ……」


 ベッドに腰掛ける迅八の膝の上に子狐はよじ登ると、その上で丸まった。


「しかし、問題が多いな」

「なにが?」


「違和感しかねえじゃねえか……。テメエは本当によう」

「そーお?」


「ここまで来て、娘と仲良くしてねだあ? …空から落っこってきて、すぐに全快して、喋る魔物と一緒に居る記憶喪失とか言ってる奴に? ……はっ、めんどくせえ」

「良い人なんじゃない?」


「俺は死にかけてたから知らねえが、元々あの小娘がテメエに興味を持ってこの家に連れてきたんだろ?」

「初め悲鳴あげて気絶してたけどね」

「娘の言う事に逆らえねえ母親ねえ…。誰が支配者なんだか、……はっ」


 子狐の顔が邪悪に歪む。

 しかしその顔はすぐに元に戻った。


「ま、そりゃ俺達には関係ねえ話だな。しかしよ、客の為に旅芸人を呼んだとよ。客ってのは北の国の使節団の事だろ? ……くく、愚王のヤロウ、完璧に仕組んでるじゃねえか」

「もうさあ! なんかして欲しいんだったらちゃんと説明して欲しいんだけど!! なんでアイツはいちいちこういう事すんだよ……」

「しかし、旅芸人共は遅えな……。どこをほっつき歩いてやがるのか」



 こうして二日目は過ぎた。

 そして次の日、『旅芸人』達がこの町を訪れる。



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