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アゲイン×2 ネームレスの冒険  作者: 紺堂悦文
第二部 第一幕
2/7

同じ空気吸うのも嫌なレベル

 



 日の光から見放された、石炭と鉱石と塩の町。

 この町には二日前、空から非現実が降ってきた。


 その町の名物、アリの巣と呼ばれる坑道。…幾つも並んでいる暗い穴の下で、一人の少年が空を見上げていた。



「クロウ……ありがとな。俺、お前の事忘れねえから……」



 キラーン。……空には男の顔が浮かんでいる。

 金と赤の房に分かれた荒々しい長髪、人を惹きつける魔性の容貌。どんよりとした雲の上に半透明で浮かんでいるその顔は、どこか邪悪に笑っていた。


「……お前は確かにクズだった。カッコイイとこもあるけど、基本的にはすーんげえクズだった。それでも、俺はお前が居なかったらここまで来れなかったよ。……どうか安らかに、」

「……おうジンパチ、突っ込まねえぞ。お前の妹には本当に『触手極楽地獄園』食らわせてやるからな……」


 少年のコートの内側から暗い声が響くと、空に浮かんでいた邪悪な顔は消えた。


「キラーンじゃねんだよっ!! そもそも俺様が死んだらテメエも死ぬだろが……相変わらずデタラメな体しやがって!!」

「お? …いや、返事しないから死んだのかと」

「テメエ、冗談が通じる状態だとでも思ってやがんのか……? あひっ! いだ、いっっだああああい!! 」

「そんな、大げさだなあ」

「大げさじゃねえええわっっ! くおのデタラメ野郎っ、見てみろ俺のこの有様を!!」


 少年…、迅八がコートの襟を開くと、特別に大きく作られた内ポケットの中から、喋る子狐が顔を出していた。前脚で迅八の胸にしがみつくようにしている子狐は可愛らしかったが、包帯でぐるぐる巻きにされていて痛々しかった。


「バラバラになったんだぞ。なんだったらまだちゃんとくっついてねえんだぞ!! ……テメエ、マジで覚悟しておけよ。テメエの妹がどうなるのかをな!!」

「出来るんだったらやって。もう俺じゃアイツに言う事聞かせられないもん。……けどさあ、お前が本気出したら多分シズも本気でやるぜ」

「ぐぬぬぬぬ……!! 千年生きてても、こんな理不尽はなかなかねえぞ……!!」


 迅八は再び空を見上げた。…二日前、自分と子狐が落ちてきた空。

 もう時刻は正午を回っていて、太陽は絶壁の向こうに隠れてしまっている。今日はレジーナが定めた休鉱日らしく、アリの巣にはほとんど人の姿は見えなかった。


「しっかしあいつら遅いな……。もうあれから二日経ってるし、そろそろ到着してもよさそうだけど……。この町で合ってるんだよね?」

「あ? しみったれた鉱夫の町なんぞ、ここいらじゃ他にねえだろ」


 仲間たちはまだこの町に到着していない。

 幸い目的地である鉱山都市に墜落したようだが、墜落の原因となった人物はすぐそばに居たはずなのに、その人物すらまだこの町にやってきていない。


「近くに魂の気配を感じねえ。なにやってやがんだあいつらは」

「まあそのうち来るだろ。……しかし、鉱山都市『レジーナ』ね。なかなかいいとこじゃない? レジーナさん美人で良い人だし、サアヤも可愛いよね」

「あんなこじらせたガキが? くかかかか……。アゼルに言ってやるからなテメエ」

「可愛いって言っただけじゃん。それに、別にあいつは関係ねえだろって」



 休みだというのにアリの巣に顔を出している真面目な鉱夫が、時折彼らの事をちらりと見た。

 人口が少ないこの町では、よそ者の顔はすぐに知れ渡る。しかもそのよそ者が『空から落ちてきた』となれば、あからさまに好奇の目を向けてくる者がほとんどだった。


「おうジンパチ、そろそろ帰ろうぜ。…どうせそれ使えねえんだろ? 人にも見られてんぞ」

「なんか調子悪いみたいだ……。トムが来たら直してくれるかな」


 迅八は、右手に持っていた『道具』を懐にしまうと、アリの巣に背を向ける前にもう一度その全景を見渡した。

 幾つも空いている暗い穴と、その間を縫うように設置されている昇降機。


「……リフト? エレベーター? こんな町中にあんなもんがあるのか。ロンダルシアとはだいぶ違うな」

「ま、俺様にゃよくわかんねえし興味もねえわ。行くぞ短足」


 絶壁の下部には動力装置が幾つも設置されている。歯車と滑車、そこから伸びるロープ。

 単純な人力を伝える小さな昇降機があれば、迅八が見ただけではよく分からない複雑な装置もある。

 石炭の燃焼窯、蒸気を排出する為の煙突、絶壁の中に伸びている用途不明のパイプ。

 それら複雑な装置の横の昇降機は、大抵が大型の物だった。


「すげえ……。もうほとんど現代じゃねえか。ヤバいんじゃねえのかコレ。…俺、観光のつもりだったんだけど、面倒くさい事にならないよね?」

「だあーかあら、そんなもん知らねえよ。行くぞ」


 子狐の声にうながされアリの巣に背を向けると、なだらかな傾斜の先には見下ろす形で鉱山都市の町並みが見えた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




 町の広場では大勢の人々が外に出てきていた。

 遅めの昼食をとる者や、仲間と語らう者、はしゃぐ子ども達と、それを横目に見ながら井戸の周りで話している母親たち。

 …どんよりとした雲の下、石造りの町並み。

 それでも迅八の目には、それらは暖かい光景に見えた。


「おい、そこの黒髪。おまえあれだろ? 空から降ってきたんだろ?」


 話しかけてきたのは逞しい男だった。

 刈り上げた髪と、豪快なヒゲ。

 広場で思い思いの事をしていた者達が、話しかけた男と迅八の事を見ていた。


「おまけに記憶喪失なんだろ? なあなあ、どんな感じなんだよ。ほんとに何も覚えてねえのか?」

「あ、ああ……。なんも覚えてないよ。だから、なんで空から落ちてきたのかも、説明出来ないんだ」

「そりゃ難儀なこったなあ……。まあレジーナに任せとけば悪いようにはならねえよ。ガハハハハッ!!」



 男が豪快に笑うとその周りからも笑い声があがった。井戸の周りの女たちの一人が、自分の子どもを胸に抱き寄せてから迅八に声をかける。


「まあなんか困った事があったら言いなさいな。力になれる事があるかもしれない」

「うん。ありがとうおばさん」


「おい、お前腹減ってねえのか? なんか食べていくか?」


 商店主の一人が迅八に声をかける。

 正午にレジーナの家で昼食を済ませた迅八は、礼を口にしてからその申し出を断った。

 皆、また思い思いの事をする為に迅八から離れていく。迅八のそばにまだ残っていたヒゲの男に、迅八は話しかけた。


「けどさあ、この町の人達はみんな親切だね。すごくいいとこだよ」

「ん? そうか? 鉱山の人間は細かい事は気にしないんだ。ガハハハハッ!! ……俺はアンリってんだ。おまえ名前なんてんだ?」

「俺? ……ジン。ジンっていうんだ」

「へえ……。記憶喪失なのに名前はわかんだな」

「え!? …う、うん。そういう事は憶えてるんだ。あはははは……」

「そうかそうか!! ガハハハハッ!!」


 冷や汗を垂らした迅八がアンリと笑い合うと、胸ポケットから子狐の呆れたようなため息が聞こえた。


「ジンか。良い名前だな。まあ、お前がいつまでこの町に居るのかは知らないが、なんかあったら言えよ」

「ありがとおじさん」

「おじさんじゃねえよ、アンリだ。……おっ、サアヤが来たぞ、珍しい。お前を迎えに来たのかも」


 アンリの視線を追うと、少し離れた場所から少女が迅八を睨みつけていた。

 鉱山の住人達の実用的な服とは違う、手の込んだ服装。真っ白い清潔なシャツと、その上に着ている毛皮のコート。そのコートの胸に本を抱いて、迅八の事を上目に睨んでいる。


「あ、サアヤ。今さ、アンリさんと話してたんだ。サアヤも……」


 ぶんっ!! ずかずかと歩み寄ってきたサアヤは、乱暴に迅八の手を取った。


「……行くわよっ」

「えっ!? ちょ、ちょっと待てよ」


 その言葉を気にせずに、サアヤはずんずんと歩を進める。手を引かれる迅八が首をひねると、アンリは呆れた顔でサアヤの後ろ姿を見ていた。


「あ、アンリさんっ、またねっ!!」


 アンリは鼻から息を吐き出すと、迅八に向かい手を振った。




 ————————————————




「もうっ! 勝手に出歩くなって言ってるじゃない!!」

「ご、ごめんなさい。えへへ…」


 パチパチと、暖炉の炎が爆ぜる音が聞こえる部屋。

 二日前から世話になっているレジーナとサアヤの家の一室で、迅八とクロウはサアヤと向かい合っていた。

 サアヤは着ていたコートを脱ぐと、近くの洋服掛けに投げる。モコモコとした毛皮を脱ぐと、真っ白いシャツの下には短いスカートを履いている。そのスカートの下には防寒対策なのか、ピタリとした光沢のある、スパッツのような物を履いていた。


「空から降ってきて、バラバラだった体が再生した!! …あんたみたいな不審者なかなか居ないわよ!! みんなに怪しまれるから外に出ないで!!」

「あ、あはははは……。け、けどさ、みんな良い人達じゃん」

「あなた何言ってるの? バカなんじゃないの?」

「な、なにがバカなんだよ?」

「…………ふん」


 椅子に座っている迅八は、サアヤの事を見上げる形になっていた。

 明るい栗色の髪の毛を持つサアヤは、可愛い少女だった。この世界の人間らしい彫りの深い顔立ち。

 迅八よりも歳下に見えるサアヤは、自分の腰に手を当て、その胸を迅八に突き出すように背中をそらせた。


「み、見おろすなあ……。なんで怒ってるの?」

「見くだしてるの。……いい? いま、この町は……」

「ちょ、ちょっと近くない?」


(……ブラ透けてるんですけど)



 迅八が白いシャツに透けて見えるピンクの下着を観察していると、突然サアヤがそれを隠すように腕を組んだ。


「もうっ! ほんとに信じられない!! …あなたなんかが本当にネームレスなの!? 嫌だ!! こんなの嫌だああああっ!!」

「な、なんだよ急に!! 別に俺なんもしてねえだろって!!」


 胸を隠すようにうずくまったサアヤを、今度は迅八が逆に見おろす形になった。

 ……涙目で、上目遣いに迅八を見るサアヤ。

 胸を隠し体育座りのようになっているが、今度は短いスカートがはだけていて、光沢のあるスパッツの奥に、目を凝らすとピンクの布が透けているような気がした。


「……ほら、サアヤ立てよっ」

(……パンツ? あれパンツ!?)


「もう嫌だあああああああああっっ!!」

「いたっ、やめっ、ぶつなって!! ……もうなんなんだよお前、めんどくせえなあ…!!」

「パンツ見た!! いやらしい目でパンツ見た!!」

「て、テメエ名誉毀損で訴えるぞ!! 見てねえから!!」

「私の事を性的な目で見てる!! 歳下の命の恩人を、隙あらばてごめにしようとしてるじゃない!!」

「し、してねえええっ!!」


「……じゃあ、昨日私がお風呂入ってた時に脱衣所がゴソゴソしてたけど、違うよね? 覗いてないよね?」


「あたりめえだろっ!!」

(……クロウがパンツ盗もうとしてたの、止めて良かった)


「うわああああああああん!! 出てって!! 早く出てってよこの変態!!」

「な、なんなんだよ! 覗いてねえって言ってるだろ!!」



 ぐるぐるパンチが迅八を襲う。

 ポカポカと頭を殴りつけられる迅八の懐で、包帯姿の子狐は、くわあっとアクビした。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




 迅八の頭にタンコブが重ねられると、それで満足したのかサアヤが暖炉の前で何かしている。

 迅八はこの世界に来るまでは、暖炉など実際に見た事がなかったのだが、この世界では何度も見た。

 しかしこの家の暖炉は今まで見たものと少し違い、暖炉の上部が鉄板になっていて、その鉄板には幾つもの細長い切り込みが入っている。そこから立ち昇る細い蒸気。

 迅八が部屋を見渡してみてもレジーナはどこにもいなかった。


「……はい」

「お、サンキュー」


 サアヤが迅八の前に茶を置くと、迅八の懐から出てきた子狐がテーブルの上にぴょんと乗った。


「おい小娘、俺様はこれじゃ飲めねえ。皿で出せよ、気がきかねえな」

「あ、ごめんね……」


「ちょっとちょっと!? なんでこんなに口が悪いコイツには怒らないの!?」

「この子は口が悪くても正直だもん。あなたはウソばっか」

「別に嘘なんかついてねえよっ!!」

「だってあなたがネームレスでしょ? …隠してたじゃない」

「ぐ……! そ、それは」

「お風呂覗いたのも誤魔化した!! …本当に最低!!」

「……おいジンパチ。もう観念しろや。……さっさと謝れよ」

「元はと言えば、レジーナさんが風呂入ってるから覗きに行こうって、お前が言い出したんじゃねえか!! 俺はレジーナさんを覗こうとしたの!!」

「ちょ、ちょっと……。本気で最低じゃないあなた……! 同じ空気吸うのも嫌なレベルなんですけど」


「もう黙れテメエらは……。おう小娘、さっきなんか言いかけてやがったな。この町は今、なんだって?」

「ん……」


 丸みを帯びた皿を取り出し、サアヤがそこに茶を注ぐ。子狐がそれを舐めはじめると、迅八の向かいにサアヤは座った。


「この町は、今ちょっとした問題があるから……。あんまり部外者にうろついて欲しくないの」

「……おいクロウ、めんどくさそうだから聞きたくねえんだけど」

「はっ、どうせ自分から巻き込まれるくせに、なに言ってやがんだテメエは。……で? 続けろ小娘」


「北の国の使節団が今この町に向かってきてるの。……この町の未来を左右する話し合いの為に」



 ピクリと。

 その言葉を聞いた迅八の眉が上がる。

 子狐はゆっくりと、皿の茶を舐めている。


「この町を狙っている北の皇帝の使節団が来るの。問題は起こして欲しくないの!」

「サアヤ、詳しく聞かせてくれ」

「……ほーら、巻き込まれやがった」



 子狐は、この少年に出会ってから何度目になるか分からないため息を吐いてから、その身を丸めた。




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