第三十二話
今回は新展開。何かが起こる予感。
あれから三日後。外の天気は曇り空。私の心はそれ以上に荒れていた。昨日のことが思っていた以上に響いているのがじわりと実感している。
私は椅子に座り、頬杖をついた瞬間、ため息が漏れた。
春也と仲直りしようと思って早めに学校へ来たのはいいけれど。
教室の壁掛け時計をチラ見すると、時刻は七時五十五分。早すぎたのか、まだ春也と会えていない。春也の席を確認するけど空席だった。もしかしたらまだ登校していないのかも。
はぁ。つい、ため息を吐いちゃう。
昼休みだと他の生徒が殺到するから話しかけれないし、放課後は放課後で春也は部活に行くから話しかけづらいし……消去法で朝春也が登校してきたら話しかけることにしたけど。
再び春也の席を見つめる。
肝心の春也が登校していないと意味ないんだよなぁ。
と、教室の扉がガラリと開き、扉の先には春也が立っていた。私だけじゃなく、クラスメイト中の視線を集めている。
来た、春也! これで話しかけられる! 春也が座ったら話しかけるんだ。
私は深呼吸して息を整える。その間に、春也は無言で自分の席にたどり着き、鞄を机の上に置いていた。
よし。頑張れ、私! 平常心だ、平常心。
椅子から立ち上がって、春也の席に向かう。意を決して。
「春也……、あのっ、この間は――」
「うるせぇ!!」
春也の怒鳴り声が降ってくるとは思っていなくて、思わずビクッと震えた。
「は、春也……」
「俺に話しかけんなって言ったただろうが! 二度と話しかけんじゃねぇよ!!」
気が付くと、目に涙が溢れていた。
まさか、ここまで拒絶されるなんて。絶望の二文字が私の頭の中をよぎる。
三日経ってからもう一度声をかけてみたけど……やっぱり無理だよ。春也に謝りたくても取り合ってもらえない。むしろ拒絶される。声をかける度に怒鳴られる……どうやって仲直りすればいいの?
私は思わず机に突っ伏した。
*
私が給食を食べ終わってトレーを片づけた時には、給食担当の生徒らが鍋類を片づけ始めていた。
友達とお喋りしたり、一人で絵を描いたり、勉強したりとクラスメイト達は昼休みを思い思いに過ごしている。
私はこれから春也と仲直りするにはどうするべきか悩んでいた。
というか考えても、考えても、考えても何も思いつかない。
どうやって仲直りを成功させるか自分の席で考えを巡らせているけど、一つも思いつかない。ごめんなさいを言う前に春也から拒絶されるんだもん……手の打ちようがないよ。お昼休みに話しかけようかどうしようか悩んだけど……。
私の斜め先の席は空席。春也はいない。たとえ居たとしても……。
頬杖をつきながら、ため息を吐いた。
時間がある時に梨子と花梨にどうすればいいか相談してみようかなぁ。
などと考えていた時だった。
「きゃー! ミュゲ様よ!」
「今日もお美しい!」
「どうしてここにいらっしゃるのかしら?」
生徒たちの黄色い声が聞こえてきたと思っていたら。顔を上げると、確かに居た。ミュゲ様こと、紫藤鈴蘭が。
え、なんで? なんで、私のクラスにミュゲ様がいるの? どういうこと? というか、春也は居ないのにどうしてここに来るんだろう? クラスの誰かに用事があるのかな?
私が首を傾げていると、ミュゲ様は教室を見回していた。
「三河麻奈さん、いらっしゃいますか?」
え、私!? 嘘でしょ!?
隠れようか逃げようか悩んでいたら、一人の女子生徒が私を指さした。
「ミュゲ様、麻奈ならいますよ! あっちに!」
いや、指ささないでよ!
というか、待って! なんでミュゲ様が私を探しているの!? あれ? でも勝負って決着したっけ? 確か告白する前に私のお母さんが倒れたとかで告白どころじゃなかったような……。
どんどん私の血の気が引いていく。
それだ。絶対、それじゃん!
この状況で告白とか絶対無理です、鈴蘭さん! 私、負け確定です!
私は恐る恐る鈴蘭に目を向けると、鈴蘭はこちらに向けてにこりと微笑んだ。
「麻奈さん、少し雑談でもしませんか? 話したいことがあるんです」
はいぃ!? 話したいこと!? どういうことですか!? やっぱり告白対決のことですか!? どうしよう!? いや、今ここで考えたところで話聞かないと分からないし……仕方がない。
椅子から立ち上がり、声をかけた。
「あの、話ってなんですか?」
「ここではちょっと……なので、場所を変えませんこと?」
え、またそのパターンですか?
私は椅子を机にしまい、鈴蘭の元へと駆け寄った。
鈴蘭は私の姿を確認すると頷き、「行きましょうか」と私に促す。
彼女の問いかけに、私は黙って首を縦に振ることしかできなかった。
*
鈴蘭に促され、私達がやって来たのは屋上だった。
朝は曇り空だったのが晴れ渡り、覆っていた雲がどこかに消えている。
屋上……最初に口喧嘩した時も、この間大喧嘩した時も、みんな屋上で起こった。だから本音を言うとここには来たくはなかったけど、中庭で話すとなると逆に注目を浴びちゃう。消去法で考えて屋上しかないよね。
でも今日は鈴蘭とのお話……私を呼び出したってことは、きっと何かある。
私は前を見据えて、私の先に立っている鈴蘭を見つめた。
「鈴蘭さん、私に話ってなんですか?」
「話もあるんですが、あの時の勝負のけじめをつけたいと思っておりました」
やっぱり、あの告白勝負のことだった!
でも、けじめ……? けじめをつけるって言わなかった?
どういうこと? 勝負の続きじゃないの?
私が首を傾げた時、横から優しい風が当たり、私と鈴蘭の間を通り抜けていく。
鈴蘭が髪をなびかせながら微笑んだ。その表情はどこか寂しげに見える。
「恋敵であるあなたには打ち明けておこうと思っておりましたの。私と春也君の……本当の関係について」
鈴蘭の言葉に、思わず「えっ……」と声を漏らしていた。
鈴蘭は私を気にすることなく話を続ける。
「私と春也君、実は幼稚園からの幼馴染なんです」
「えっ、幼馴染!?」
ええええっ!? 春也と鈴蘭が幼馴染!?
え、じゃあ図書館で春也が「鈴蘭は大切な人」って言っていたのはそういう意味だったの!?
紛らわしいよ!! 二人は恋人同士かと思ったじゃん!!
「そうです。私が春也君と初めて会ったのは幼稚園に入った頃でした。私の母は教育主義者と言いますか、完璧主義者で『大人になるまでに何でも出来る人間にならないといけない』と思っている方でして……私が物心ついた頃には習い事を十数個掛け持ちしていました。あまりに習い事が多すぎて心身疲弊してしまい、その頃はよく習い事をすっぽかして公園のベンチで泣いておりましたの」
私は鈴蘭の話に言葉を失った。
子供の習い事に十数個ってあまりにもキツすぎる。掛け持ちって普通は二個とか三個とかが普通だけど、幼稚園に通う子供に十数個の習い事ってありえない。子供のペースを考えていないのが分かる。いくら完璧主義だからと言って子供に無理させちゃ駄目だよ……。
「そんな時、泣いている私に話しかけてくれたのが春也君でした。親身になって私の話を聞いて下さったんです。それが嬉しくて、話せる友達ができたと母に言ったです。でも母は私にこう言ったんです」
――完璧人間に友達などいらぬ。必要な人材以外、友達を作ることは許さぬ。
「母にそう言われて諦めかけていました。友達を作ってはいけないと言われて……でも、春也君は気にすることなく話しかけ続けてくれたのです」
友達を作っちゃいけないって何? どうして駄目なの? 友達がいるからどんなことも頑張れるのに。友達を作らずに一人で孤独と戦わないといけないの?
私はそこまで考えて、ハッとした。あの時見た表情を思い出した。
ようやく分かった気がする。あの表情の意味を。
「あの時、寂しそうな表情していた理由は私のお母さんと自分のお母さんを重ねて見ていたからなのね……」
「えぇ、あの時麻奈さんのお母さまと対面して、気づいたんですの。同じだ、って。ただ、違う箇所はあります。私の母の場合、自分が思い描いた人生を歩まないと気が済まないお方。自身が思う理想の娘を演じてくれることに喜びを抱いておられるんですの」
私は思わず「はぁ!?」と叫んでいた。
「そんなのってただの親のエゴじゃない! 屁理屈すぎない!? なんで子供の人生を親が決めるの!? 子供自身で決めないと意味ないじゃない! 子供の人生は子供のものよ! 親のものじゃない!」
鈴蘭はぽかんと口を開けたまま硬直しているのが見えて、やってしまったと後悔し始めている。言うつもりなかったのに、思わず叫んでいた。改心する前の母を見ているから、どうしても他人事には思えなかった。
でも、鈴蘭の表情はどこか嬉しそうに私を見つめている。
「ありがとうございます。私の為にそこまで怒って下さって……」
「鈴蘭さん……」
「最初は疑問に思うことなく母の言う通りに従ってまいりましたの。ですが月日が流れていけばいくほど、このままで良いのかどうすれば良いのか分からなくなっていました。そしたら春也君が『迷ったら俺に相談すればいい』って言って下さって。相談に乗ってもらううちに、気が付いたら彼のことが好きになっていました」
ずっと思っていたけど、春也って面倒見がいいよね。秋夜のことといい、鈴蘭のことといい。
そりゃあ春也のこと好きになるよね。だって私から見てもお似合いの二人だもん。
「でも勝負にもなりませんでした。だって結局振られちゃいましたし」
なんて? え、振られた? 振られたって言った?
「えっ……? あ、あの、鈴蘭さん……?」
ものすごく気まずい。この後なんて言えばいいの。
「気にしないでくださいな。こちらの話ですわ。それよりも」
鈴蘭が突如一歩前に踏み出す。近いです、鈴蘭さん!
「麻奈さん、春也君と喧嘩……なさいましたよね?」
鈴蘭とのお話はまだまだ続きます。乞うご期待!




