キョウコちゃん
「それで…」と僕は思わず聞いてしまった。「それで、終わり。それ以外、私は知らない。」「えっ!!それで、終わりなの?」「うん。」「なんだ。もっと色んな事を知っているのかと思った。」「私が知っているのは、そういう噂がクラスの中で広がっていたっていう事実だけ。本当のところなんて、警察じゃないんだから、よく分からないよ。でも、よく分からなかったから、みんな色んな噂をしていたんだと思う。」僕は、杏子に関する情報をもう少し、詳しく知りたかったので残念であった。「でね…さっきの話に戻るけど、貴方の両親が結婚を反対したのって、きっとそう言う事も原因じゃないかと思う。」「そう言う事?」「つまり、あなたの両親は、杏子ちゃんに対して、あんまり良いイメージを持ってなかったんじゃないかなって意味。少なくとも、『そんな黒い噂が流れている女性と、くっつけたくない』って思ったんじゃないかな?」「そういうものかな?」「私はそう思うけど、記憶がないらしいけど貴方の家ってお金持ちだって言ってたよ。」「誰が?」「杏子ちゃんがそんな話してた。つまりね、私が言いたいのは、家柄とかを気にする人達も少なからず、いるんじゃ無いかってこと。」言われてみれば、そんな気もする。そして、二人の会話もそこで切れてしまった。しばらく、彼女が私の目の前をずっと歩いていて、突然「ちょっと、あそこのベンチに座らない?」と聞いてきた。「ええ、いいですよ」と僕は返事をして、歩いている道のすぐ隣にあった公園のベンチに二人で腰を掛けた。「あなた、さっき記憶無いって言ってたよね。それって本当なの?」「信じられないみたいですね。でも、本当ですよ。」「そうか、じゃあ聞いても無駄なのかな?」「何をです?」「本当はね、私、二人は別れちゃったんじゃないかってちょっと思ってたの?」「二人って、僕と杏子のことですか?」「そう。記憶がない貴方に、こんな事いっても仕方がないかも知れないけど、私、見ちゃったんだ。」「何を?」
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ブクブクと泡立つ鍋の中で、グルグル回るゴロゴロとした野菜を見つめながら、私は、何故か昔の事を思いだしていた。いくらチャイムを鳴らしてもドアは開かなかった。私は、ドアの向こうで、あの子が笑いながら私の顔を見ているのかと思うと、なんとも言えない気持ちになったのを憶えている。あの子がドアの向こうにいるのは知っていた。だって、私はあの子が来るのを待ち伏せしていたから。あの子が他の友達と家に入っていったのを見てたから。なんで、いまさら、こんなことを思い出すんだろう。
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「あなたが、女の人と一緒に歩いているところ。多分、あれって、キョウコちゃんだったんじゃないかな?」「僕と、杏子が歩いている事の何処が、変なの?」「私の言ってる、キョウコちゃんって言うのは、私たちの同級生だったもう一人のキョウコちゃんの事。私ね、それを見た時、『もしかして、杏子ちゃん捨てられちゃったのかな』って思って…。だから、杏子ちゃん、私に連絡してこなくなっちゃんたんじゃないかって。」「なんで、そんな風に思うの?」「うん…。でも、キョウコちゃんのお腹、大きかったんだよ。産婦人科から、二人が出てきたら、そういう風に邪推するのもそんなに変な事だとは思わないけど。」