噂
「私が杏子ちゃん達のいた中学校に転校してきたのは、ちょうど中学二年の二学期からだったの。」と理佐さんは、再び話し始めた。「元々、私、明るいタイプでもなかったから、なかなか、みんなと馴染むことができなかったの。よく、放課後みんなが帰る道を避けて、わざと遠回りして帰ってたりしてた。自分が孤独だったからなのかもしれないけど、杏子ちゃんを初めて見た時、何も言わなくても、すぐ分かったの。『この子も、きっと一人なんだろうな』って。杏子ちゃん、いつも隣で楽しそうに話している女子たちを無視しているかのように本を読んでいた。そして、周りの女の子達もまるで彼女が存在しないかのように、杏子ちゃんの方を見なかった。」「仲間外れにあってたの?」「そうね…。でも、みんなが、杏子ちゃんを恐れていたから、近寄らなかったといった方が適切かもしれない。最初、私も、何故みんなが彼女を避けるのか、よく分からなかった。下校途中に、彼女、よく後ろ指さされていた。みんなが彼女の事を噂していたの。」「噂?どんな噂。」「みんな、杏子ちゃんのいない所で、面白そうに話していたの。『怖いよ~。とても気味悪い。もしかしたら、人殺しかもしれないんだよ。』って。それをね、みんなとても楽しそうに話すの。私、彼女達の言ったことにも驚いたけど、それ以上に、周りの人達の、楽しそうな笑顔にビックリしてしまって」。理佐さんは、僕の方を見ずに、ずっと桜の木を見ていた。「みんなが話しているのを横で聞いている内に、なんとなく分かってきたの。何故、杏子ちゃんが変な目で見られているのかが。中学二年の夏休み、彼女の家で、杏子ちゃんのお父さんとお母さんはね、無くなったらしいの。お父さんは、リビングのテーブルの傍で死んでいて、死因はね….。」「何?」「私には、よく分からないけれど、テーブルに残っていたカレーには何かの劇薬みたいのが入っていたらしくて、それを食べて死んだらしくて。」僕はカレーという単語に、ドキッとした。その時、理佐さんは突然黙ってしまった。「どうしたの?」「私、こんな事話しちゃっていいのかしら。もしかしたら、杏子ちゃんにとって、知られたくない事実なのかもしれないし。」確かに、彼女の言う事も、もっともであるが、それでも僕は妻の過去が知りたかったので、「君が、話さなくても、僕は調べるつもりだし、遅かれ早かれ、知ってしまう事実だと思うので、できれば、今話してくれないかな?」と言った。「そうね。途中で止めたら、あなたも気持ち悪いだろうし…。でも、なるべく私の口から聞いたってことは杏子ちゃんには、言わないでほしい。ずるいかもしれないけど。」「分かった。言わないでおくよ。」「杏子ちゃんのお父さんは殺されたらしいの。しかも、杏子ちゃんのお母さんが殺したんじゃないかという噂が流れていて。」