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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 南雲教諭のありがち(?)な災難について

作者: 綿屋 伊織

 ●南雲の日記より


 俺は南雲敬一郎。

 一応、近衛騎士だ。

 今、わけあって高校教師をしている。

 高校教師としての仕事がメインになりつつある今、本当に近衛騎士だったかどうか、俺自身、とても自信がない。

 

 だが、これは大切な任務だ。

 別に、教員免許を持っていたのが、近衛騎士団でおれと福井少佐だけだとか、そんなことは関係ないはずだ。

 でなければやっていられない。

 

 さらに俺は、わけありで金がない。


 身分を隠すため、近衛関連施設からの出勤は出来たモノではない。

 だから、学校の近くの格安アパートに住んでいたのだが―――


 追い出された。


 で、公園で野宿を始めたところで、俺は教え子の信楽未亜の紹介で、信楽のマンションに世話になることになった。

 

 信楽未亜

 

 明光学園高等部1年生徒

 身長155センチ

 体重、スリーサイズは気の毒だから言わない。

 

 本当の父はすでに他界。継父2名は共に離婚、母は世界中をまたにかける宝石のバイヤー。

 こっちでの身元保証人は祖母の信楽房江。

 芸能プロダクションのオーナーで、その世界では圧倒的発言力を有する大御所と聞く。

 

 本人もレポーターを目指しているが、いずれは祖母、または母の跡をとるだろう。 

 

 その子は葉月で一番高級なマンションの最上階の1フロアを丸ごと使った部屋に一人暮らし。

 考えてみれば、恐ろしく恵まれた子だ。

 

 だが―――


 俺はその台所に立って、それを否定する。


 食器棚は一人分の食器しかなく、冷蔵庫も、俺が来るまで空に近い状態。

 

 この子は孤独だ。

 

 同級生の桜井美奈子に絡むのは、彼女自身の生来の性癖だけではない。

 人とのふれあいを求めていることの裏返しだということは、見ていればわかる。


 さて―――


 食材を冷蔵庫から取り出した俺は、ここに住む条件―信楽の身の回りの世話―を満たすため、包丁を握った。


 ●明光学園 午前9時

 「ねぇ未亜」

 美奈子が心配そうな顔で未亜に声をかける。

 「ナニ?」

 「あんた、南雲先生と一緒に暮らしてるって、本当?」

 「うん」

 「だっ、大丈夫?」

 「何が?」

 「だ、だから―――その」

 「にゃあ?何を想像したのかなぁ?」

 「だ、だからね?あ、あなたも年頃なんだし、その、もし、何か間違いがあったら」

 「だぁいじょうぶだよぉ」

 未亜は笑って桜井の心配を否定した。

 「南雲先生は、そんな事する人じゃないし、部屋だって別々。なにより、あんな優秀なおさんどさん、そうは手放せるわけないじゃん」

 「お、おさんどさん?」

 「そ。料理、すごく上手なんだよ?あ、でも、お洗濯は私の役目。掃除は当番制だけどね」

 

 ●明光学園 校長室前廊下

 「失礼します」

 出てきたのは南雲だった。

 「災難だな。大尉」

 廊下の壁によりかかるようにして南雲を待っていたかなめが声をかける。

 「校長に随分疑われているようだな。生徒の家に厄介になるというのは、そう簡単な事じゃないことがわかったろう?」

 「そうはいいますけどね?少佐」

 「―――貴官の事情は承知している」

 かなめはそういうと、廊下を歩きだした。

 「同じ近衛同士、金策はお断りなんだろう?ま、なにかあったら、言え。出来る限りのことはする」

 「―――はぁ」

 

 未亜の家に南雲がいることが知られたのは、校内放送がきっかけだった。

 単なる事故。ともいう。

 ある日、未亜は職員室である先生にインタビューの仕事を終えた。

 未亜の仕事は完璧だった。

 実際、未亜のアドリブとトークの技術は、すでにマスコミからオファーがかかっている程だ。

 校内インタビューのあと、マイク係がマイクの電源を切り忘れていたのに気づかなかったのは、決して未亜のミスではない。

 「おい信楽」

 仕事が終わったと判断した未亜に、南雲が声をかける。

 マイクにはその声が完全に入っていた。

 「あ、南雲先生」

 「今日、どうする?」

 「うーんと―――部活はすぐ終わるからね。ね?今日はどうするの?」

 「帰ってからのお楽しみだ。帰ったら楽しみにしていろ」

 

 別に、未亜の日頃の行いが悪いせいじゃない。はずだ。

 マイクにノイズが入って、校内に流れたのが、

 『今日は?』

 『帰ったら楽しみにしていろ』

 だけが流れたのは、事故だ。

 

 だが、噂は噂を呼び、南雲がどんなに否定しても、「南雲が教え子に手を出した」という噂は、懸命に否定する南雲の様子のおもしろさから、生徒達がことあるごとに蒸し返したため、簡単には消えなかった。

  

 噂が疑惑を呼ぶ中、それでも未亜が南雲を引き留めていた理由は、南雲にはわかっていた。

 

 未亜は、ひとりぼっちが嫌だったのだ。

 

 帰れば家に誰かがいてくれる。

 

 暖かい手作りのご飯が待っていてくれる。


 それが、未亜にとっての幸せだった。


 せっかく手に入れた幸せを、未亜は離したくなかった。


 そういう、ことだ。


 

 それからしばらくした後の日曜のことだ。


 台所の掃除が終わった南雲は、ベランダでぼんやりしていた。

 

 晴れ上がった空は、高い。

 

 「先生、じゃま!」

 「ん?」

 振り向くと、そこには未亜がいた。

 手にはバスケットに入った洗濯物。

 「洗濯物、干すからどいてて」

 「あ、ああ―――手伝うぞ?」

 南雲が無造作にバスケットの中からとりだしたのは、ピンク色のヒモ

 「にゃぁぁぁぁっ!!先生のエッチ!!」

 「な、何がエッチだ?」

 未亜が血相を変えて南雲の手から洗濯物を奪い取ろうとした瞬間、それが何か理解した南雲は、慌てて手を離した。

 「す、すまん信楽!」

 それは、未亜のブラジャーだった。

 

 洗濯物が出ている間はベランダ立ち入り禁止!

 という新しいルールができあがった瞬間だった。

 

 お昼過ぎ

 

 しかし―――

 

 買い出しから戻った南雲は、マンションを眺めながらため息をついた。

 

 ベランダに干された男女の服。

 

 人が見たらどう思うだろうか。


 「ん?」

 

 屋上から出た黒いポールの上に、何か白い物が動いた気がした。


 「あっ!先生!」

 玄関前で慌てた様子の未亜が飛びついてきた。

 どこかに行っていたらしい。

 「ど、どうした!?」

 「た、助けて!」

 「何!?どうした!」

 「ね、猫!」

 「猫?」

 

 未亜の話だと、屋上から出ている飾りのポール(正しくはマンション全室向けサービスの一環として音楽配信会社が設置したアンテナ)で猫が動けなくなっているという。

 「よく気づいたな」

 「ベランダにいたら、ニャーニャー声がするからね?屋上に行ってみたんだよ!」

 

 屋上に設置されたポールの高さは約3メートル。

 電柱並みの太さだ。

 その上で、猫が一匹、丸くなっていた。

 

 「どうやって登ったんだ?」

 「そんなことより!先生!助けようよ!」

 「よ、よし」

 結局、南雲が未亜を肩車すると、丁度手が届くことがわかったので、そうすることにした。

 

 「よーし。猫ちゃん。いい子だからおいで」


 未亜が懸命に手を伸ばすが、猫は警戒を解こうとはしない。

 未亜は焦っていた。

 ポールは約3メートル。だが、ここは地上12階だ。

 しかも、ポールは端から約1メートルの位置。

 猫が端へ向けて飛び降りたら、着地位置によってはそのまま―――


 「よしよし。いい子だね?おいで」

 

 猫は、未亜の手をじっと見つめていたが―――

 

 「あっ!」

 

 突然、未亜にしがみつく形で飛びついてきた。


 「こ、こらっ!痛っいたたたたっ!」

 

 薄いシャツに爪を立てられたからたまったものではない。

 

 「し、信楽!暴れるな!」

 南雲はバランスを失い、大きく後ろへ転んでしまう。

 「い、痛ったーっ!」

 南雲がクッションになることで、なんとか信楽を床にたたきつけることだけは避けたものの、2メートルの急激な高さの移動は、それでも未亜にそれなりのダメージを与えていた。

 猫は無事。

 よかったと安堵する間もなく、未亜は自分と南雲のおかれた状況を呆然としてながめることになる。

 

 未亜は、確かに南雲の上に乗っかる形になっている。

 

 だが、それは、南雲に肩車してもらっている体制のはず。


 それなのに、


 なんで、私―――

 

 私、南雲先生の顔にまたがっているの?


 とにかく、


 「にゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 近所中に響き渡るような悲鳴をあげた未亜の往復びんたが南雲の顔に炸裂したのは、確かなことだ。

 

 「先生のスケベ!」

 目にうっすら涙を浮かべた未亜が、猫を抱きしめながら南雲を非難する。

 「私は美奈子ちゃんのものなんだからね!?」

 「だ、だから、これは事故だろうが?」

 顔に見事な手形を二つもつけた南雲は、それでも教師としての威厳をみせようと、虚しい抗議をするが、未亜の耳には届いているか、正直、自信がない。

  

 「全く、お前のせいだぞ?」

 

 南雲はそうぼやいて猫をつまみ上げたが―――


 ニ゛ャァァァァァァッ!!


 バリバリバリバリバリ


 南雲の悲鳴がここに続いたという。


 すべては、よく晴れ渡った日曜の出来事だった。


 

 ●翌日 明光学園

 「み、未亜?あのね?」

 未亜の両肩を、しっかりと掴んだ美奈子が、真剣な眼差しで未亜に言った。

 「辛かったと思う」

 「にゃ?」

 「でもね?私たち、友達でしょう?」

 「美奈子ちゃん?」

 気がつくと、周囲には美奈子の他にも綾乃をはじめ、クラスの女子が取り巻いていた。

 「心配しないで。今、南雲先生は校長室に呼び出されているし」

 「―――お話がみえないんだけどなぁ」

 「福井先生とルシフェルさんが、“南雲先生を斬る”って向かってくれている。だから」

 「え゛!?」

 「言える限りでいいですよ?」

 綾乃も青くなりながら言った。

 「辛いことは、誰かに聞いてもらうだけで違います」

 「あの、何の話?」

 「あの南雲先生のひっかき傷と手形、未亜が抵抗した跡ね?」

 「あ、あはははっ……あれはその」

 「でも、南雲先生の力なら、そんなものは―――グスッ」

 美奈子をはじめ、女子生徒はそろってそこですすり泣きを上げ始めた。

 「未亜、私たち、どんなことがあっても友達よ?言いなさい。昨日、何があったのか」

 「……」

 

 『南雲先生が教え子に手を出した』という噂は、未亜の必死の抗議で、何とか否定出来た。

 それを南雲が知ったのは、「公開の場で斬首。それまで死んでもらっては困る」と主張する、霊刃片手のかなめとルシフェルの監視下、水瀬から治癒魔法を受けている中だった。

 

 無論、校長室に呼び出され、学校経由で近衛の査問委員会に呼び出され―――


 南雲は、生活費まで教え子に頼ることになったという。



 しばらくしてからのこと。


 「あ、ほら。先生、あの猫!」

 食材の買い出しの帰り、未亜が指さした先には、あのポールに登った猫がいた。

 「元気そうだね」

 「ああ。憎ったらしいほどな」

 「先生?」

 未亜がいたずらっぽい声で南雲に言った。

 「何だ?」

 「あの時、本当は、私に手を出したっていったら、どうなったかなぁ」

 「ば、バカ!教師をからかうな!」

 「あははっ。でもねわかんないよね?同じ屋根の下だし」

 「こらっ!相手は選べ!」

 「えーっ?私、南雲先生ならいいのになぁ」

 「あのな!」

 「お料理上手だし―――あ、でも、世渡り下手だから出世はないか」

 「わ、わるかったな……」

 「でもいいや!」

 未亜は笑顔で言った。

 「私が面倒見てあげるから!」

 「はぁ?」

 「先生、これからも私のおさんどさん決定!」


 南雲は、人生の先に、なにやら暗い影を見た気がした。

 

 

 

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