管領が論功行賞?
畿内及び四国も巻き込んだ戦も終戦し、いよいよ諸将の待ち遠しい褒美は?
時を越えた武将 第21話 「管領が論功行賞?」 始まります。
2日後、管領の畠山摂津守吉興と管領代の裕次郎吉晴は、京の将軍館を訪ねていた。
「上様にはご機嫌麗しく、ご尊顔を拝して有り難き幸せに御座います」
「硬苦しい挨拶は抜きじゃ、それより摂津守、首尾はどうなのじゃ」
「はっ! 修理大夫を討ち取りしにて」
吉興は平伏しながら将軍・足利義輝に返答していた。
「よくやった」
「いえ、討ち取りしは、倅の裕次郎にて」
吉興は後ろを振り返りながら言った。
「そちは?」
「はっ! 管領代の 裕次郎吉晴と申します。お見き知りの程を」
吉晴は初めて見る義輝に興味を持ちつつ、彼のカリスマ性に脅威を感じていた。
「うむ! よくやった誉めて使わす」
「勿体なきお言葉」
義輝は目の前にいて、平伏している吉晴を頼もしく見ていた。
「その方らに褒美を取らせる」
「はっ!」
「旧三好家の領土管領の采配に任せる」
「有り難き幸せ、されど上様」
「何じゃ、不服と申すか」
「淀と槙島と鹿瀬山は上様の意を組みたいと思いますが」
「山城は予に返すと申すのか」
「御意」
「あい、解った」
そう言うと、一人の公家を呼んだ。
「お入りくだされ」
義輝と同じ年である。正親町三条参議実福である。
彼は、後奈良天皇と現天皇である正親町天皇の側近の一人である。
畠山親子は公家の登場を知り目の前の床を見た。
実福は義輝の横に座る。
その姿は、公家でなく武人であった。
「面をあげるで御座る」
しかし話し方は公家である為、顔をあげた吉興はまた下を向き、
笑いを込み上げるのであった。
「天子様より官位を授ける」
「「有り難き幸せ」」
「吉興殿には、従五位上摂津大夫を授ける」
「はっ!」
「吉晴殿には、従五位下民部少輔を授ける」
「はっ!」
「これからも帝の為、心して励むでござるよ」
実福は義輝の方を向き、
「義輝殿、帝の為よしなに励むで御座るよ」
そう言うと サッサと出て行った。
その後、畠山親子も退室していった。
畠山親子は翌日、
諸将を元長慶の居城の芥川山城に集めた。
「皆の者面をあげよ」
正面左側に座する管領代の吉晴は声高らかに話し出す
「先の戦にて皆の協力有り難く存ずる。さて上様から酒を頂戴したので、ゆるりと楽しむが良い」
吉興は酒を広間に運び入れさせた。
諸将からは歓声の声があがった。
「飲み持って聞いて欲しい」
諸将は一斉に吉興の方を見ると、
「筒井順慶・筒井城、筒井順政・順慶の後見人、十市新二郎遠勝・大和龍王山城主、秋山遠江守教家・大和秋山城、箸尾高春・箸尾城主 は居るか」
「此処に」
「そなたらには大和を離れて頂くよって希望の地を与えるが如何致す」
「大和はどうなりますか」
順政が代表して聞く、
これは、大和を統治してきた自負がある彼らにとって重要な事である。
「大和は小山家の統治といたす」
「離れたくなければ」
「そちらは、小山家の家臣となるがそれ以上の事は解らん」
「松永殿はいかがなりますか」
「我が家臣となる」
吉興の言葉で、順政は決めた。
家臣の意見を聞くまでは無い。
「畠山家の皆さん、お世話になりました」
「それでよいのじゃな」
吉興は確認を執る。
「はっ」
「あい!!解った宴が終わった後、別室にて小山家の代理と申す者が来て居る。その者について行くが良い」
「では順次発表する」
「民部少輔吉晴、そなたには、北摂津を任せ高槻城主に任命する。」
「はっ、有り難き幸せ」
「入江左近将監元秀、高山飛騨守重房・を家老として、池田筑後守長正、中川左右衛門尉清村、能勢頼幸・摂津能勢城、伊丹親興・摂津伊丹城、塩川伯耆守長満・摂津一蔵城、を付ける」
「足利左馬頭義親は、讃岐丸亀城として西讃岐と中央讃岐を治めよ、十河隼人存親、讃岐十河城、香西越後守元載・讃岐藤尾城、安富盛方・讃岐雨滝城、香川中務丞之景・讃岐天霧城を付ける」
「細川掃部頭真之・阿波勝瑞城として西阿波と南阿波を治めよ、大西出雲守頼武・阿波白地城、海部左近将監友光・阿波海部城、小笠原長政・阿波一宮城、篠原右京進長房・阿波上桜城を付ける」
「十河孫六郎重好を改め三好孫六郎義継・讃岐引田城として東讃岐と北東阿波を治めよ、三好山城守康長・阿波木津城、三好日向守長逸・讃岐虎丸城、三好下野守政康・阿波土佐泊城り、三好右衛門大夫政勝・阿波撫養城、寒川丹後守元隣・讃岐昼寝城を付ける」
「安宅摂津守冬康・淡路洲本城として、管長宗・阿波湊城、柳沢越前守直盛・阿波柳澤城、松山新介吉冬・淡路志知城を付ける」
「内藤備前守宗勝・丹波八木城主として、波多野左衛門大夫秀治・丹波八上城として湯浅越前守宗貞・丹波国世木城として安堵
「別所大蔵大輔安治・播磨三木城として安堵」
「畠山右衛門督尚誠・和泉岸和田城として平松宗時・和泉土居城を付け、松浦肥前守を家老とする」
「畠山紀伊守高政・河内高屋城として、安見美作守宗房・河内若江城と松永弾正少弼久秀・河内飯盛山城、結城山城守忠正・河内交野城を付け、岩成友通は河内守口城主を命ずる」
「畠山修理亮政尚・紀伊太田城として、保田佐介知宗、紀伊八幡山城、湯川直春・紀伊泊山城・津村式部大輔信秀・紀伊八千貫城主を付ける」
「畠山左衛門督政頼・紀伊岩屋城として、堀内氏虎・紀伊新宮城、玉置盛辰・紀伊国手取城主を付ける」
「鈴木佐大夫重興、紀伊雑貨城として、土橋種興を家老に命ず」
「遊佐河内守信教、津田監物算長・根来城、淡輪重昌、有馬則頼・摂津有馬城、有馬村秀・則頼後見人、茨木佐渡守重親・摂津茨木城、淡河弾正忠定範・和泉淡河城、明石長行・摂津枝吉城の諸将は今後もワシに仕えよ」
「細川六郎慶元は摂津・芥川山城主として家老に細川右京大夫氏綱とする」
「呼ばれてない者は居るか」
吉晴は諸将を見渡し、
「さぁ、皆の衆飲んで騒いで楽しんでくれ」
酒宴は夜更けまで続いた。
小山家に使える事となった筒井家はいかに?
次回 「順政虚しく」お楽しみに
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