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壊れた懐中時計

作者: なごみ
掲載日:2026/07/21

 いつからだったかは覚えていないが、

 アリスは、

 壊れた懐中時計を持ち歩くようになった。


 鎖付きで、少し重く、音もしない。


「直せばいいのに」

 

 僕はそう言ってから、

 目の前で黙々とお菓子をたべているセレナを見る。


「……?」


 少し目線を上げ、

 俯いてから、首を傾げている。


「いや、懐中時計の話だよ。アリスが持ってるやつ」

「あぁ、あれですか。

 ……最近は毎日持ってますよね」


 今度はコーヒーに目を移し、

 カップの取っ手を指で撫でながら、

 セレナは静かに応える。


「でも直すって、なんの話です?」

「……あれ、壊れてるんじゃないの?」

「そうなんですか?」

「あれで時間を見ている所、見たことある?」


 セレナは頭を持ち上げ、少し黙る。


「たぶん……ない、と思います」

「だよね」


 カップを一口煽り、セレナは僕の方を向く。


「なんで……でしょうね。

 アリスさんなら、さっさと直しそうですけど」

 

 アリスは道具の手入れにうるさい。

 壊れたまま放置する性格ではないのは確かだ。


「……呪いの懐中時計?」


 ——呪いとは?

 セレナは声を落とし、ゆっくりと続ける。


「冒険者組合の噂です。

 あるらしいですよ、呪い」

「……なんの呪い?」

「外せなくなるやつです」

「でも、外してるよね」

「そう……ですね」


 着け外し出来るのに……必ず着ける。


「想い出の品とか?」

「想い出……ならありえますかね」


 浅く頷くセレナを見て、悪くない気がした。


「大切な人に貰った時計。

 直したら、同じものか分からなくなる、

 だから直さない。

 とか、どう?」


 言ってから、その説明が妙にしっくりきた。


 セレナはすぐには答えなかった。

 カップの縁に口をつけたまま、

 しばらく考えている。


「……ありそうです」


 静かに、そう言った。


「アリスさん、そういうところありますよね」

「そういうところ?」

「壊れてても、

 その……“そのまま”であることが大事」


 スプーンが、カップの内側で小さく鳴る。

 セレナは僕の視線を掴んだまま、続けた。


「……だから」


 言いかけて、

 言葉を探すように一瞬だけ口を閉じる。


「直すかどうかは、

 壊れているかどうかとは、

 あまり関係ないのかもしれません」


 なるほど、と頷きかけて、やめる。

 その続きを、彼女が言う気がしたからだ。


「“今のまま”でいることに、

 意味がある時って、ありますよね」


 視線が外れる。

 セレナはカップの中身を確かめるように覗き込み、

 もう一度だけスプーンを動かした。


 澄んだ音が、小さく鳴る。


「……時間を見るための時計じゃ、

 ないんでしょうね」


 分かったような、分からなかったような、

 そんな歯痒い気持ちだ。

 

 ——もう少し、アリスを理解したい。

 そういうことなのか?

 

「想い出がモノに変わる……」

「はい。だから……

 壊れたままでも、

 動いていた証拠が欲しい、とか」


 胸に刺さった棘が抜けたような気がした。



——

 


 アリスがあの懐中時計を見ている。


「アリス、何を?」

「え、時間を見てるけど……何?」


 あれ?おかしいな。

 慌てる僕を、アリスは目を細めて見てくる。


「壊れてたんじゃ」

「よく知ってるわね。

 壊れてたわ。だから直したのよ」

「いや、そうなんだけどさ」


 アリスは、いつもと同じ顔で立っていた。

 それだけで、

 僕の考えが全部ずれていたと分かった。


「でも……着けてたじゃないか」

「お気に入りなのよ」


 懐中時計を目の前で揺らし、

 遠くを見るように眺めている。

 ——やっぱり。


「見た目がね、好きなの」


 ……。

 

「服に合うし」


 結論はそれだけだった。


「どうしたの、ライル?」

「な、なんでもない」

「そう?なら、行きましょ。

 もうすぐ待ち合わせの時間よ」


 ほんのり重くなった足を引きずり、

 僕はアリスについて行った。


 



——



 

 

「アリスさん、その懐中時計って」

「?あぁ、昔ね、貰ったのよ」

 アリスさんは懐かしそうに言った。

読んでいただき、ありがとうございました。

自分のキャラクターを使った短編です。


これは、普通の冒険譚だと思っていたけど──たぶん僕だけがそう思っている

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