自分可哀想症候群の年上婚約者は、案外可愛い
僕の婚約者は自分可哀想症候群だ。
「ああ、公爵家の娘のわたくしが伯爵家に嫁ぐなんて…なんて可哀想なわたくし……」
「ああ、こんな可愛いだけで才能のない男に嫁ぐなんて…なんて可哀想なわたくし……」
「ああ、こんなナヨナヨした年下男より年上の…そう、あの騎士様のような男と結ばれないなんて…なんて可哀想なわたくし……」
いつもそんなことを言って人を困らせる。
うちの親はしばらく病んだ。
使用人たちはしばらく裏でブチ切れていた。
それどころかあちらのご両親も「娘が失礼を…!」と頭を抱えていた。
僕は―…事実だと思ったから、あんまり気にしなかった。
僕と婚約者の交流はいつもそんな風にして進む。
そんなある日のことだった。
「あなた、なんでめげないの?」
「え?」
「このわたくしの嫌がらせに屈しない人、貴方が初めて」
なんてことだろう、事実を言ってるだけかと思ったら嫌がらせだったのか。
そういや確かに彼女の言葉は巡り巡ってうちの評判を落としそうになっていた。
金の力で周りを黙らせたから別になんてことないけど。
そもそもうちはただの商家で、金で爵位と領地を買っただけ。
彼女の家は金持ちで、権力も発言力も地位もあって、この婚約はあちらの家にも彼女にも一切利益がない。
ただ…彼女があまりにも「片っ端から縁談をダメにする」ことで有名なせいで、うちにお鉢が回ってきただけ。
うちとしては公爵家と縁続きになれるし、僕としては彼女と結婚できるからいいんだけど。
「わたくしね、誰とも婚約する気はないの」
「へえ、でもそれだと困るな」
「何故?家の利益のために?」
「それも大いにあるけど…貴女と結婚するの、楽しみにしてるから」
「ええ!?」
彼女にしては珍しい声をあげる。
「あ、し、失礼しました…」
「いや、僕は構わないよ。貴女のことは好きだから、どんな声も可憐に聞こえる」
「ひぁっ!?」
「うん、やっぱり可愛い」
「きゃー!」
彼女は扇で顔を隠してしまう。
凛としている彼女にこそ惚れたけど、彼女は案外ちょろいらしいと再発見。
ちょっと心配だけど、可愛いからこのままちょろい子でいて欲しい気持ちもあるな。
可愛い彼女は今、顔を真っ赤にしているだろう。
ああ、可愛い。
本当に可愛い。
「シルフィーは可愛いね」
「あうっ」
「シルフィー、僕はどんなシルフィーでも好きだよ」
「はうっ」
「シルフィー、愛してる」
「うっ」
シルフィー…婚約者は本当に可愛い。
さっきまでの自分可哀想症候群が嘘みたいだ。
いや、あれは嫌がらせだったんだっけ?
どっちでもいいや。
「シルフィー、シルフィーも僕を名前で呼んでよ」
「アーサー…様」
「呼び捨てでも良いよ」
「いえ、あの、その」
さっき押せ押せで行ったからかまだワタワタしている可愛いシルフィー。
「アーサー様、嫌がらせしてごめんなさい。だからもう許してくださいまし…なんだかドキドキして、死んでしまいそうですわ…」
「ならもっとドキドキして欲しいな」
「わたくしを殺す気ですの!?」
「ううん、惚れて欲しいだけ。僕もシルフィーに惚れてるから」
「きゃー!」
可愛いなぁ。
僕の婚約者はこんなに可愛い。
この日から、シルフィーの自分可哀想症候群の内容が変わった。
「ああ、公爵家の娘のわたくしが伯爵家の年下男なんかに惚れ込むなんて…なんて可哀想なわたくし……」
「ああ、こんな可愛いだけで才能のない男に惚れ込むなんて…なんて可哀想なわたくし……」
「ああ、あの騎士様のような男よりこんなナヨナヨした年下男に惚れ込むなんて…なんて可哀想なわたくし……」
こんな感じで僕のことを好き好きアピールするようになったのだ。
可愛い。
うちの親はしばらくしてそれに気付いて両手放しで喜んだ。
使用人たちはしばらくしてそれに気付いて「あのお嬢様見る目あるじゃん」と手のひら返しして彼女に尽くすようになった。
あちらのご両親も「娘が…!あの我儘娘がやっと婚約者に惚れてくれた…!ありがとうアーサー君!」と喜んでいた。
僕は―…彼女の愛らしさにさらに惚れ直していた。
それからしばらくして、僕たちの噂は広まって社交の場では「おしどり婚約者」「イチャイチャカップル」「早く結婚しろ」と言われるほどになった。
その度シルフィーは「こんな平凡な男との結婚式が楽しみなんて…わたくしは落ちぶれたの…なんて可哀想なわたくし……」「早く結婚したいけどこの男が年下なせいでまだ結婚できない…なんて可哀想なわたくし……」とやっている。
可愛い。
ちなみに僕は無難に「早く結婚したいんですけど、僕がまだ成人前なので」「うちの婚約者、可愛いでしょう?」で全部流してる。
そんな時だった。
「あ、見つけましたシルフィール様!」
「…シルフィー、知り合い?」
「いえ、まったく」
「君、誰?」
「お初にお目にかかります、男爵令嬢のアイリス・カロンと申します!」
男爵家の娘が、公爵家の娘になんの用があるというのか。
「それよりシルフィール様、酷いじゃないですか!なんで攻略対象の誰とも婚約してないんですか!?」
「攻略対象?なにそれ?」
「そんなもの知りませんわ」
そんなもの知りませんわ、なんて言いつつシルフィーは僕の服の袖をきゅっと握る。
何が怖いのかわからないけど、シルフィーが怖がるなら害悪なのだろう。
攻略対象とやらか、この娘か、どちらが害悪かはわからないけど…今はこの娘を追い払おう。
「君が何を言っているのかよくわからないけど、シルフィーは僕の婚約者だ。失礼な物言いは止して欲しいな」
「…でも、この世界のヒロインは私で私がヒロインになるためにはシルフィール様には悪役令嬢でいて貰わないと困るんです!」
シルフィーが僕の服の袖を掴む力を強くする。
「……本当によくわからないけど、悪役って付くからには悪口だよね?男爵令嬢の君が、公爵令嬢のシルフィーを悪役呼ばわり?馬鹿馬鹿しい」
「でも、私はヒロインで!」
「こっちはヒロイン症候群か…シルフィーの自分可哀想症候群は可愛いけど、こっちは可愛くないね」
「なっ!?」
顔を真っ赤にする男爵令嬢に言い放つ。
「僕のシルフィーをこれ以上侮辱するなら許さない。慈悲だ、今消えたら許してあげる」
「…っ!」
男爵令嬢は顔を真っ赤にしつつもその場を去った。
「…アーサー様、わたくし……」
「怖かったね、もう大丈夫だよ」
「アーサー様っ!」
そして周りから拍手喝采。
僕はシルフィーを抱きしめて、これ以上騒ぎにしないためその場を離れた。
「…アーサー様」
「なに?」
「その、聞きませんの?」
「なにを?」
「攻略対象とか、ヒロインとか、悪役令嬢とか…」
シルフィーが聞いて欲しそうにしているので、聞くことにする。
「ああ、それってなんなの?」
「実は…」
シルフィーが語ったことは、荒唐無稽で信じるに足るような話ではなかった。
けれどシルフィーが言うのだから、事実なのだろう。
この世界はシルフィーの前世の乙女ゲームという遊戯と似た世界。
シルフィーは悪役令嬢で、さっきの女がヒロインで、男を巡ってわちゃわちゃするらしい。
シルフィーと婚約した男をあの女が奪うのが筋書きらしいが、なんて慎みのない女だろう。
でも、シルフィーにはその記憶があったから攻略対象とは婚約しなかったそうな。
本当は誰とも婚約しないつもりだったけど、僕がシルフィーを好きだと知って思い直してくれたらしい。
「うーん…だとしても、ここは現実でゲームではないのだから。あの子が自力で良い男見つけたら良いだけじゃないの?」
「そうですわよね…本当に…」
「このことはうちからも男爵家に抗議するよ」
「うちでもそうしますわ」
「よし、ならもう大丈夫だね」
僕のその言葉に、シルフィーは目を潤ませる。
「本当に…?」
「うん、大丈夫だよ」
「アーサー様は、あの子よりわたくしを選んでくださいますの?」
「もちろん。永遠の愛を誓うよ」
「…アーサー様!」
不安に震えるシルフィーを抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だからね」
「…愛してますわ、アーサー様」
「僕もだよ、シルフィー」
そして僕たちは屋敷に帰り、親に今回のことを伝えて正式に男爵家に抗議した。
結果、あの男爵令嬢は貴族籍から外され戸籍上も分籍されたらしい。
今は何処ぞのスラム街にいるとかいないとか。
ざまぁみろ、僕の可愛いシルフィーを怯えさせた罰だ。
「…ね、大丈夫だったでしょ?」
「ええ、さすがアーサー様です」
しばらくが経ち、ようやくシルフィーが安心してくれた。
しばらくの間、何事もなかったからね。
「それよりシルフィー」
「はい、アーサー様」
僕はシルフィーの前に跪く。
そして、シルフィーの左手の薬指に指輪をはめた。
「シルフィー、半年後僕は成人して結婚できるようになる。僕と結婚してください」
「…ああ、なんて幸せなわたくし。もう、不安にならなくて良いのね……」
シルフィーは目にいっぱい涙を溜めて、微笑んでくれた。
「ええ、もちろん喜んでお受けいたしますわ!なんて幸せなわたくしなのかしら!」
「シルフィー!」
「アーサー様!」
こうして僕らは、幸せを掴んだ。




