LOG.00 街はまだ何も知らない
都会は夜でも眠ることはなく、眩しく光っている。
しかしその分、闇は深く、そして暗い。
夜のコンビニ前は、いつも通りに平和だった。
冷凍食品を温める電子レンジのタイマー。自転車のブレーキ音。店員の噛み殺した欠伸。
一般人には、それで全部だ。
だが、レインには違った。
店の前で買い物袋を下げている青年の肩から、黒い粒が漏れているのが見える。
一般人には見えることはない。しかしレインには視える。
そして肩から漏れるそれは、あまり良くない兆候だ。
「……まただ」
レインはため息をつき、スマホを取り出してごく短く打つ。
《B-12で発現。単独対応入る》
送信した次の瞬間、黒い粒は一気に路地へ向かって吸い込まれていった。逃げられる前に急いで追いかける。
路地裏でそいつは、人の影の形を借りるように、膨らんでいく。
——ノイズ。
強い感情が原因で発生する、人型未満の異常。
人間に害をなす事はほとんどないが、放置すると危険だ。
「……成形か」
念の為手袋を嵌め、作業に取り掛かる——
「ちょっと、レイン! 歩くの速すぎ!」
そこへ、薄く色の入った遮光眼鏡をかけた黒髪の少女が走ってきた。
彼女の名はユイ。レインの相棒で、同じ“夜間対策課”所属である。
“夜間対策課”の仕事はいたって単純だ。毎夜都会を巡回し、ノイズを狩る。ノイズ自体一般人に見えることはないため、夜間対策課の存在を知っている者も必然的に少ない。
「遅い」
「いや、あたしが遅いんじゃなくて、レインが速いの! 人には限界ってもんがあるんです!」
そんな軽口を叩いている間にも、ノイズは人型になりつつあった。
顔のところは空洞のように歪んでいて、近づくだけで胸がざらつく感覚がした。
「タイプは?」
「感情吸収。弱め」
「了解。なら片付けよっか」
レインが一歩踏み込み、胸元へ手を伸ばす。
ノイズが反応する前に、レインはその内部にある核にそっと触れた。
次の瞬間、黒い影は一気に崩れて消える。と同時に、胸のざらつく感覚もなくなった。
後には、黒い割れたガラスのようなものが残っていた。時々虹色の光が浮かんでは消える。ノイズの核だ。これを処理することも夜間対策課の業務の一つである。
レインはそれを拾い上げ、ユイに向かって放り投げた。
「核、頼む」
「あ、また投げた! ダメって言ってるでしょ!」
「……」
「無視しない! あーもう、割れでもしたら怒られるのあたしなんだけど……」
ぶつくさ言いながら、ユイは持っていたジュラルミンケースを開け、ガラスケースを取り出す。
そこにノイズの核をしまい、端末で解析する。
「今回のはフラグメントかな」
「多分」
ユイが核を解析している間、レインは周りを見渡した。コンビニ前は、最初から何もなかったように静かだ。他のノイズの気配もない。ノイズの発生源であるあの青年も、特に変わった様子は無く、すでにここから去ったようだ。
「っと、よし。終わったよ。今日の初件おつかれ」
ユイが声をかける。ノイズの核は色を失い、灰色の欠片になっていた。虹色の光もない。
「……次は?」
「次はもう少し東で巡回・ノイズ対処だね」
「了解」
都会の夜は長い。
二人の夜勤は、まだ続きそうだ。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!




