大黒天の後継者
「もうそろそろ、ワシも身を引こうと思うんじゃ」
「そろそろ潮時かもかもしれんな」
朝夕に肌寒さを感じるようになったある日、大黒天が恵比寿神に相談していた。ずっと働き詰めの毎日だった。彼には人々を豊かにするために十分働いて来たという自負があった。人間だったら、とっくに引退している年齢だと思った。自分もそろそろ隠居して、悠々自適の生活を送っても良いのではないかと考えていた。
「でも心配だなぁ」
大黒天はため息をついていた。
「後継者のことか?」
大黒天の胸中を察した恵比寿神は言った。この頃ではどこの神様も後継者不足で悩んでいた。魔法界や異世界に優秀な人材が流出してしまい、なかなか後継者が育たなかった。自分たちのスタイルはちょっと古すぎるのかもしれないと考え込むこともあった。それでも大黒天は苦労しながら一人の弟子を育てていた。だがその弟子にはいろいろと問題があった。
「飛ぶ鳥を落とす勢いのベンチャー企業の社長を彼に任せたら、一か月も経たないうちに資金繰りが悪化して倒産に追い込まれてしまった」
大黒天は告白した。それは長い間、福を授け続けて来た彼にとって、あまりにショッキングな出来事のようだった。
「それから五穀豊穣を祈願している農村に向かわせてみたのだが、翌年、近年稀に見る凶作が村を襲ってしまって・・・」
大黒天は涙ぐみながら言った。
「経験の浅い弟子に重たい役割を期待しすぎじゃないのか? もっと身近なところから、一歩一歩育てて行った方が良くないか?」
話を聞いた恵比寿神は、親友になんとか元気を出してもらいたいと思ってそう言った。
「俺もそう思ったよ。それでどこにでもある、ありきたりの家庭に彼を派遣したのさ。家庭円満とか家族の健康を守るとか、福の神なら簡単にできることをやらせてみようと思った。だが結果は悲惨なものだった。離婚の危機に見舞われた家庭もあれば、一家の大黒柱が病気で寝込んでしまう家庭もあった。まったく何をやらせてもダメだった。お前には才能がない。つい、そんなひどい言葉を吐いてしまったよ。そしたら弟子が泣き崩れてしまって・・・」
恵比寿神はただ話を聞いているだけだった。どんな言葉を掛けたら良いのか、彼には心当たりがなかった。
それから二か月が経った。また大黒天が恵比寿神のところに来ていた。以前とは違ってとても機嫌が良さそうだった。いったい何があったのか、恵比寿神は聞いてみた。
「弟子を叱っているとそこにたまたま老人が通りかかって、しばらくの間、私のところで預かりましょうと言ってくれたのさ。途方に暮れていたのでその提案に乗ることにした。一か月後に様子を見に行ったら、この若者をぜひ自分の後継者として迎えたいと言われた。その時、弟子を見ると、なんかこう目がキラキラと輝いていてね」
大黒天は言った。
「その老人というのは、もしかして・・・」
「お察しの通り、貧乏神だよ。あいつも後継者で悩んでいたらしい」
「それでさっきから君の隣にいる若者は誰だ?」
「貧乏神の弟子だった若者だよ。貧乏神には才能がないと言って散々罵倒されていたようだが、これが稀に見る逸材でね。ようやくワシも悠々自適の生活が送れそうだ」
大黒天は言った。
<これが適材適所というものか>
恵比寿神は事の顛末にすっかり感心していた。