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迷える君を 望む場所へと(書き直し前)  作者: 差氏 ミズキ
スタット大陸編
7/34

四話・Part1 2人の夜 家族と夜



 セシアライト王国…王都ブライト。




 王都を取り囲むようにして…聳え立っている壁を、アーチ状にくり抜かれたような…少し使った消しゴムのような形をした門を潜り抜けて、王都の馬車通りへと到着した。




 荷物を背負い…ヤンちゃんを抱きかかえて、馬車を軽やかに降りる。




 それからは…テイの案内に従い、右へ左へ…王都の中央区にどっしりと構えている王城へと向かい、ゾロゾロと足を進めている。




 道中で、知らない食べ物や…変なオブジェクト等、様々なモノを目にした。




 あの一際大きい建物は…なんの施設なのだろう。…と、興味が色々なモノに…次々と移ろっていく。




 そして…辿り着いた王城の正門。




 門の両端に、槍を地面に突き立てて…背筋をピンと伸ばし、銅像のように直立している騎士へと、テイが声を掛けて…門を開かせた。




 そして、豪奢な庭や噴水を通り過ぎ…王城の入口の前まで移動すると、テイは立ち止まり…柔らかな笑顔で、心の底から…嬉しそうに述べた。



「…さて、お帰りなさいませ…姫様。貴方のご帰還を、俺は…心待ちにしておりました」


「…はい!セイ・レイフォン・ラ・セシアライト!無事此処に…生還出来ました!」


「ささっ、早く陛下のもとへ行きましょう。あの爺さん、食事が喉を通らない…って状態でしたので…時間も丁度良いですし、昼食の席にでも乗り込みましょう」


「俺達も良いのか?そんな感動的な…瞬間に立ち会っても」


「ああ、命の恩人なんだろう?なら、堂々と胸張って混ざればいいさ。シェフには予め文を飛ばしていたし…逆に、一緒に来てもらわないと、その分の料理が余っちゃって勿体ないからね。是非、君達も…もちろんメイも、一緒に来てくれないかな?」


「なるほど、用意周到だな。そう言うことなら…俺達も行きます」


「んじゃっ…俺が先頭で…姫様がその後ろ…更に後ろに君達ね。ついてきてくれ」



 城内もテイの案内に従い、綺羅びやかな…装飾の施された廊下を歩み、セシアライト陛下の居る…食事スペースへと足を進める。




 道中ですれ違う…使用人の一人ひとりが、セイを目にするたびに、綺麗に腰を折って…お辞儀をしている。




 その光景に…俺は改めて実感した。セイは本当に…一国の姫なんだと。




 普段はああなのに。ギャップ?が感じられるな。



「…あれってメイドぉ…?」


「そうそう、メイドさんだよ。…で、あの服の人が執事さん」


「本当に存在するんだぁ」



 テイの計画を訊いてもなお…メイは、テイの左手を…メイ自身の両手でギュッと握って、隣を歩んで…横並びに進んでいる。…背中越しで確認が出来ないが…テイは恐らく、困り顔だろうと想像がつく。




 セイは緊張しているのか…表情が暗く、視線も低い。



「セイ、抱っこして」


「…え!あ、はい…!」


「んしょ…」



 どうしたんだ?……………セイの緊張を、解こうとしているのだろうか。




 …どうやら、そのようだ。



「セイ、表情硬いよ。僕が緩ませてあげる」



 セイにの首に腕を回して…ぎゅ~っと抱きつき、ヤンちゃんは頬同士を軽く擦り合わせた。



「わぁ~…可愛い…!いい香りが…!はわわわ…」


「…いつもの調子に戻ってきた。…相変わらず…甘い香りしてるね。これ好き」


「そ、そんなに耳元で囁かれると…ちょっと、良くない事になっちゃいます…!!」



 戻って来たようだ…いつもの調子に。…いや…本当に、戻ってきてよかったのだろうか?先程まで感じていた…お姫様、という高貴な雰囲気が…この状態からだと感じられない。




 …陛下の前では…流石に、こういう状態は晒さないだろうが……逆に、俺が緊張してしまいそうだ。



「もう、緊張無くなった?お姫様」


「……ふふ、そうですね。お陰で…緊張が解けました。ありがとうございます、ヤンちゃん」


「…もう少しだけ、このまま抱きついてていい?」


「はい!もちろんです!」



 …なぜだか、腕が寂しいな。




 …ん?テイが足を止めた。…ここか?




 両開きの大きな扉。その片方のノブに手を掛けて…メイを連れて中へと入ったテイ。




 …メイも中に入ってしまったが…大丈夫なのだろうか?




 室内の音に集中してみると…陛下と思わしき声と、テイの会話が聴こえてきた。



「おお…テイではないか。…………その子は?」


「陛下、お食事中すみません。陛下により任されていた…姫様の捜索…そのご報告に参りました。この子は…帰還の途中に立ち寄った街で出会い、保護しているカオスです」


「なるほど…それでは、この子はテイと同じなのだな。手厚く歓迎しよう」


「手厚くだってよ、良かったな…メイ。それで…任務の結果を、先に申し上げますと…」


「…見つけられなかったのだろう?…あれから数日が経過してもなお、その手の報告は、儂の耳には届いておらん。我が息子と…その妻の遺体は見つかったのだが…セイだけは…一向に痕跡一つ見つけられない。……儂が、あの日に止めておけば、こんなことにはならなかっただろうに…不甲斐ない」


「まぁまぁ、落ち着いて…最後まで耳を傾けてください」


「…すまない。取り乱してしまった。一応訊いておくが…どうだったのだ?」


「………………」


「…テイ…?やはり…」


「姫様ー!!ご入室願います!」



 …おっと、合図が来た。




 ちょうど、どのタイミングで行っていいのか…考えあぐねていたところだったので、丁度良いタイミングである。




 セイからヤンちゃんを受け取り、扉を引いて…中へと促す。




 セイが室内へと一歩を踏み出し…聴こえてくるのは、椅子がガタッとなった音、少しして…バタンとソレが倒れる音、捻り出すように発される…陛下の驚愕の声。




 俺もセイに続き…ヤンちゃんを抱いて中へ入り、扉を締めた。…こんなに広いスペースに独りで…食事に手を付けずに、ただボーッと過ごしていたのか。




 国政もままなっていないのでは?…いや、それは流石に…しっかりとしている筈である。




 ……躓きながらも、此方へ力なく…駆け足で近づく陛下。その目には…今にも零れ落ちそうなほどに、ウルウルと涙を浮かべている。



「っ…!!ま…まさか、本当にセイなのか!?」


「はい、お爺さま!私は無事、生還しました。数日しか離れていないのに…数ヶ月間ぶりに顔を見た気がしますね」


「っ……!…おほん!セイ…もっと顔を見せておくれ」


「あれ?…お兄さまは…一緒には居ないのですか?」


「…あ~…実は、喧嘩中でな。…儂があまりにもメソメソしておったが故、呆れられてしまったのだ。気持ちを切り替えろ…とな」


「ふふ…お兄さまらしいです」


「陛下…感動の再開を邪魔するようで、申し訳ございませんが…此方の方々の紹介をさせてください」



 テイが、俺達を目で指し…そう告げた。



「お初にお目に掛かります。俺は…ヨウと言い…ます」


「お初です。ヤンって名前です」



 俺とヤンちゃんの…無愛想な名乗りを受けて、陛下は怪訝そうな表情を浮かべ…テイに問い掛けた。



「この者達は…?カオス…では、ないのだろう?」


「はい。ヨウとヤンちゃんは…セイの命を救った、所謂…セイにとっての、命の恩人でごさいます。以後、ご周知の程、よろしく願います」


「ほう……」



 テイの方へと向けていた視線を、俺とヤンちゃんを交互に見るように動かして…足に関する事は触れずに、俺の方へ…陛下は声を掛けた。



「命の恩人…とは、お主で相違ないか?」


「ああ、俺だ。コレが本当か気になるなら…テイに調べてもらうといいだろう。陛下も、テイの力についてはご存知…ですよね」


「ああ、よく知っておる。…して、そのほかでもない、テイがお主を…セイの命の恩人だと申してくれた。………よくぞ…よくぞ救ってくれた…!儂はお主に、感謝しても仕切れない。ホク・レイフォン・ラ・セシアライトの名において、お主には最大限の褒美を与えよう」



 …と、陛下が頭を下げてきたところで、何処かから…お腹の鳴る音が聴こえた。



「ごめんねぇ。今じゃないよねぇ」


「いやいや…もうお昼だし、今ではあるよ。……陛下、お食事…ご一緒してもよろしいでしょうか?」


「うむ、構わぬ。…儂も、少しだけ腹が減っての…」


「安心してお腹が空いたんですね、陛下」


「では、シェフに連絡を入れなければな…」


「それなら、既にしてありますので大丈夫ですよ。そろそろ…到着する手筈かと」



 …褒美か…何が貰えるのか、何を頼めるのか。




 各々が、縦長のテーブルに…思い思いに腰を落ち着けた。




 お誕生日席に陛下。…離れて、テイとメイ。…その対面に、セイ、俺、ヤンちゃんの順である。




 こころなしか…陛下が寂しそうな表情をしている。視界の端から、此方側を見つめる…しょぼんとした顔。…はっきり見えてしまうが故に、気になって仕方がないな。




 セイは……陛下との、実の祖父ほと感動の再開だろうに…なぜ、俺の隣に腰を下ろしたのか。




 セイに視線を向けると、ニコニコ笑顔で…俺を見つめ返すばかり。…陛下など眼中にない?…いや、そんな事はないだろう……とも言い切れないのか。



「良いのか?陛下の隣に座らなくても。積もる話もある…でしょう?」


「良いんです。………私は、ヨウさんの…と、隣が良いです」


「…そうか」



 ………陛下。




 なんて顔をしているんだ。思わず背けてしまっただろう。




 呼吸を整えて、陛下が視界内に入るように戻す。




 …これは駄目だ…!やっぱり堪えきれない。笑ってしまいそうだ。



「ヨウ、陛下の顔…」


「ふっ……ん゙ん゙!解っている……くふっ…」


「テイも凄いことになってるね」



 ヤンちゃんの発言を受けて、対面へ腰を落ち着けている…テイの方へと視線を移した。……なるほどな。俺と同じような表情をしている。だが…殆ど隠しきれていない…肩が震えて、笑い声も…耳を澄ませば聴こえる。



「テイ、どうしたのぉ…?」


「…………………」


「テイ?具合悪いぃ?」


「ち…違うんだ……ングフッ……死にそうではあるね…ククッ」


「え…死んじゃ駄目ぇ。メイよりも先には駄目ぇ」


「大丈夫大丈夫。俺もカオスだから…心臓か、首から上か、核かを守れば死なないよ。それに、寿命も人と比べて長いしね」



 陛下の…しょぼくれにしょぼくれた顔に、クツクツと笑いを堪えていると、扉から…各料理が乗った、手押しの…車輪のついた…わ、ワゴン?…………を、使用人が室内へと運んできた。




 各々の配置を確認して…少し吹き出しつつも、使用人は料理を配膳し、気が付けばパーティーのように…料理の乗ったお皿が、ところ狭しとテーブルの上に並んでいた。




 揚げ物やサラダ、スープに加え……中が赤い…レア?のお肉、一見ワインだが…恐らくジュース。




 ……っく…駄目だ。




 陛下を視界に入れては駄目だ。




 今は…両隣と正面、そして…料理に集中しよう。




 いい香りだ。食欲を唆られる。



「いただき…ます」



 スープからいこう。…急にドカドカとモノを入れては、胃を驚かせてしまうからな。




 俺が…スプーンでスープを掬い上げると、なぜだか…セイやヤンちゃんも…スープへと手を伸ばしだす。俺と考えが同じなのか……好感度が高いが故に、同じものを食べたいのか。恐らくは後者だろう。



「メイ…口の周りが汚れてるよ。…ほら、こっち向いて。拭いたげるから」


「ありがとうぅ」


「…………よし、綺麗になった。改めて見ても、やっぱり整った顔立ちだね。可愛いよ」


「あ…ありがとうぅ…?メイも、テイの事格好良いって思うよぉ」


「うんうん。妻と娘にも、良く言われてたよ。お父さんは格好良いってね」


「あぁ………既婚者かぁ…」



 ……お肉も美味いな。




 揚げ物も、サラダも…シェフには脱帽だ。




 …さて、食べ終えたな。




 おっと、お皿の回収も…かなり速いな。気が付いたら…テーブルの上がピカピカに拭かれている。いつやったんだ?



「…おっほん!」



 全員が食べ終わった事を見計らい、咳払いを軽くし、皆の注目を取る陛下。




 何やら真剣な面持ちである。




 その視線はセイへと向いており、今から…彼女に関する話をするのだろうと、陛下が口開く前に勘付かされた。




 俺は…ヤンちゃんを自身の膝の上に移動させて、いつでも此処を出られる準備を開始。2人きりで話したい内容である可能性、ソレが考えられるが為の行動である。



「では陛下、俺達はこれにて…」


「うむ。テイ、君に与える褒美なのだが…何を求む?悪れぬうちに、先に訊いておこう」


「俺は………」


「何でも良いぞ?家でも…土地でも…如何様でも構わぬ。お主が件の任務を成功させた事は、それほどの大義である」



 少し考える素振りをして…メイへと視線を向けたテイ。軽く微笑み、頭を撫でた。そして…再び陛下に向き直る。




 彼が望むのは…



「…では陛下。メイに似合う、可愛い衣服の用意を願います。俺に…服選びのセンスなんてないので」


「……そのくらいなら、願わずとも与えてやろう。……では、今件の褒美は保留という事にしよう。契約書を後で作成する。心待ちにしているといい」


「はい。ありがとうございます」


「では、メイ?といったかな?…お主には後日、我が王家専属の服飾士に、採寸からデザイン…その全てを受けてもらう。完成には…数日は掛かってしまうだろう。だが、我々が着用している衣服と遜色ない仕上がりとなる筈だ。………もちろん、外を出歩く為に素朴なデザインも頼んでおく。楽しみにしていなさい」


「良かったね、メイ。それでは、俺はこれで」



 テイと目が合う。




 お前も来い。そう言っているような気がした。




 俺は無言で…軽く頷き、ヤンちゃんを抱き上げて…その場を後にした。




 褒美の話…何を頼むか考えておこう。それで…また明日にでも、此処へもう一度訪れるとしよう。




 その後は、王都の観光をした。




 テイの案内のもと、様々な観光スポットやグルメスポットに立ち寄り、ソレを楽しんだ。




 メイも、外見相応の子供のように燥ぎ…楽しんでいるように見える。




 …並んで、少し先を歩む2人の後ろ姿を見ていると、まるで兄妹のように………そう、まるで…家族のように見えて仕方がないのだ。



「……………」



 そうか…やっと思い出した。




 …カイ。




 セイと顔が似ている。だが…セイとは違って、髪の色が…俺と同様に緑。その瞳も緑だ。




 癖っ毛で、いつも…髪がところどころピンと跳ねていた。




 あの崖の上で、よく一緒に…3人で…?遊んで…?




 3人で?




 ………青い…長いボサボサの髪の…女の子?



「………ぁ……」


「…ヨウ?どうしたの?」


「…いいや、気にするな。ヤンちゃん」



 …俺と…カイ。緑の2人。




 そして…どこか見覚えのある…


 だが、あまりにもボロボロで…


 痣だらけで…


 汚れだらけで…


 ガリガリで…




 棒切に布を被せたかのような身体をしていた。



「ヤンちゃん」


「何?ヨウ」


「ヤンちゃんは今…幸せか?」


「…?もちろん。…なぜだか解らないんだけど、本能的に、僕の身体がヨウを求めてやまないんだ。いい匂いで…出会って数日ばかりの筈なのに、こんなにも僕を大切にしてくれて…愛してくれているから…なのかな?とにかく…僕は幸せだよ、ヨウ」


「……………」


「…どうしたの…?えらく積極的だね」



 俺はヤンちゃんを、強く抱き締めた。俺の今の顔を…彼女には見られたくなかったから。




 周りの視線が…今は気にならない。






 久しぶり………ヤツテ・ヤンちゃん。





 僕の故郷の友達。


 そして…俺の恋人。





 俺は…君が愛されなかった分、際限なく君を愛す。今ここに…改めて誓う。あの日の自分が、そう誓ったように。






 カナメ・ヨウ……僕の、俺の初恋の相手だから。



「ヤンちゃん……」


「今度はなぁに?ヨウ」


「耳を貸してくれ。…少しだけでいい」


「…?うん、良いけど…」



 耳を此方に向けたヤンちゃん。




 俺は…囁いた。



「…!?…え…?え?」


「…駄目か?」


「…こ、この身体でも…良いの?大丈夫?」


「ああ。俺の身体が削れたとして、ヤンちゃんは冷めるか?」


「いいや。むしろ、お揃いだね!って…ブラックジョークを言うよ」


「お二人さーん…!水を差して悪いね。王城に戻ってきたから一応言っとくよ」


「…ああ、了解…です。セイを迎えに行きましょうか」



 いつの間にか、王城前に戻って来ていた。




 空も少し赤みがかってきている。




 …さて…




 セイを迎えに行こう。




   ▲   ▲   ▲   ▲   ▲




 …さて…




 セイは今晩、王城に泊まることになったらしい。




 どうやら、身内だけで色々するらしい。…お墓参りに、家族で食事をしたり…等々だと考えられる。




 申し訳無さそうにしていたが、今回ばかりは仕方がないと言える。




 …それで、王城から出ると…暗い空とご対面。




 宿をどこに取るか。王城に近い所にしたいが…相応に金額も上がるだろう。




 そうして、今晩の予定を再構築していると…テイから提案された。



「うちくる?」


「良いのか?」


「良いの良いの。メイ、君も家に泊まりなよ」


「やったぁ、テイのお家ぃ…!凄く楽しみぃ」


「有り難く、泊まらせて…もらいます」



 それからは、場所を…テイの自宅へ移した。




 ちょっと大きめな、ちょっと豪華な、そんな雰囲気の邸宅である。




 俺は今晩、此処に一泊する。




 扉を開いて、中へ入るように促される。…トイレの場所や、お風呂の場所、客室…と、テイは次々と案内してくれた。



「好きに寛いでくれていいよ。俺は…家族に挨拶してくる。夕食はもう少し待って欲しいかな」


「…ああ、分かりました」



 客室を後にして、別の部屋へ向かったテイ。




 …トイレに行きたい。




 …場所は確か……




 と、記憶の中と照らし合わせて…家の中を進む。



「ここか」



 無事にトイレを済ませた。その戻りでの事。




 俺は…見た。



「…こんな事があってね。それで…」



 仏壇に向かって…これまでの事を話している…テイ。扉の隙間からギリギリ見えない、推定…奥さんと子供の写真に向かって。



「それで…さ、新しく…養子に迎え入れたいんだけど、良いかな?怒るかな…いや、世界一優しい君のことだ、カオスと結婚して…子供まで作るような変わり者の君のことだ、笑って良いよって…言ってくれるよな」



 ……戻ろう。




 敢えて盗み聞きするようなモノではない。少しだけでも、家族との時間を邪魔したようで…なんとも申し訳ないな。




 …それに、扉の先に俺が居た事に…テイは気が付いていた。…目線も変わらず、声色も変わっていなかったが…俺がチラリと隙間から見た際に、耳がピクリと動いていた。




 ……俺も…あんな聖人になれれば良いのだが…無理そうだ。




 線香の香りが微かに感じられる。そんなスペースから…俺は客室へ戻った。



「ヨウくんも格好良いと思うよぉ?でも、メイはテイの方が好きかなぁ」


「どういう好きなの?」


「ん~…そうだなぁ。テイは…兄って感じがするんだよねぇ。異性としての好き…とは、違うかなぁ」



 客室に戻ってから、女子2名のキャッキャとした会話に…自身の耳を少し傾けつつ、読書をしている。いや…読書と言うのは語弊があるな。…一人黙々と…地理についての勉強をしている。




 やはり…スクヴァー村の名前は記載されていない。なぜか……心がホッと一息ついた。




 古い地図は…もうほとんど処分されてい待ったのだろうか。




 ヤンちゃんの〝知る力〟があれば…あるいは…と、考えた事もある。…だが、それで…見つけたとして、この旅はどうなる?




 元々は、崖を確かめに行くのが目的の一人旅だ。…ただ彷徨って…行き当たりばったりで…だが、目的地へ…少しずつ…ほんの少しずつでも愚直に突き進む…そんな一人旅だった。




 だが今は…そのほんの少しが、とても大切な時間になってしまっている。気が付いたら…そうなってしまっている。終わりが…旅の終わりが…やけに近い所にあるように思えてしまう。




 何故なら…




 これが、ただの…旅から…




 …楽しい…旅行になっているからだ。




 …だが、俺は必ずゴールに辿り着く。




 どんなに遠回りをして、一緒に旅をしている時間を楽しもうとしても、いつかは到着している。




 ならば、目的が果たされるその時までは…この気分に浸っていよう。…言い表せない、変な気分に。



「悪い悪い、これまでの事話てたら、少し長くなってたんだよね。さぁ、夕食作るから、ヨウ…手伝ってもらえるかな?」


「ああ、了解…です」


「キッチンはこっちね」


「ああ」



 …旅を終えたその先の事。…ソレが、なぜだかわからないが…全く想像できない。




 皆で…ひっそりと暮らしているのか。はたまた、全ての街を踏破しに行くのか。…どちらも楽しそうだ。




 だが…どちらもしっくりこない。




 どちらも遠い…手を伸ばそうとしても、走って近づこうとしても、その分だけ遠ざかっていく。




 俺に、そんな未来は訪れないと言わんばかりに。やがて見えなくなっていく。




 俺は…目的を果たして…その後はどうなるのだろうか?



「凄いな、ヨウってめちゃくちゃ綺麗に魚を捌けるんだな」


「6年くらいやっていたからな。気が付けば、出来ていました」


「6年も!プロじゃん」


「…テイは何を作っているんですか?」


「俺は…箸休め的なやつ。ヨウが海鮮丼だからな」



 そして、料理を終えて客室。




 ご飯を待つ2名に提供して、皆で食べた。




 美味しいと言ってもらえて良かった。



「ごちそうさま。…メイ、話があるんだけど…」


「どうしたのぉ?」


「俺の子にならない?メイを養子として迎え入れてさ…」


「…嫌だぁ」


「…嫌か。そりゃ残念だね」


「…妹」


「…ん?妹が良いのかい?」


「うん。親子って程、歳は離れてないでしょぉ?」


「……俺は21歳だけど、メイは?」


「16歳だよぉ」


「それはそれは……意外だね」


「どこ見て言ってるのそれぇ…これから成長する筈だから、そんな目を向けないでよぉ」



 …俺よりも歳上なのか。




 あまりにも幼い容姿だからか、しっくりとこない。



「ごめんごめん。では、改めてよろしくね。俺の妹、メイ」


「うん、これからよろしくぅ」


「明日…メイが採寸している間に、色々手続きしないとなぁ…あ、君達、先にお風呂入ってきなよ。でも、あまり湯船のお湯は汚さないでおくれよ?後が控えているからね」


「ああ。何だと思っているんだ?」


「…彼女さんには…俺の台詞が効いたみたいだね」


「………さて、お風呂に入ろうか、ヤンちゃん」



 ヤンちゃんを抱き上げて、お風呂へと向かった。




 服を脱がせて、タオルを巻いてあげて…服を脱いで、タオルを腰に巻いて…準備を整えて、ヤンちゃんの身体と髪を洗った。



 そのままだと溺れてしまうので、軽く足場を沈めてから湯船に入れる。




 既に顔が赤い彼女は、俺の手を握って離さない。




 …仕方がないので、俺はもう片方の手のみで全身を洗った。…キカイの身体なのに洗っても良いのだろうか?…そんな疑問が、ふと脳裏を過ったが…今更気にするような事でもない。



「ヨウ」


「…どうした?ヤンちゃん」


「なんか…僕に対してさ、敬語使わなくなったね。なにか心変わりでもあった?」


「…むしろその逆だな。変わっていた心が、元に戻ったんだ」



 全部戻った訳では無いがな。



「ふぅ~ん?」



 身体を洗い終えて、ヤンちゃんの下に敷いていた足場を取って…代わりに俺がそこに胡座をかく。




 柔らかく重たい感覚が、俺の足にプニュンと乗っかる。




 何故か…向き合うように身体を捻って座り直すヤンちゃん。




 腕を俺の背に回し、ギュッと、優しく抱きしめてきた。




 彼女の鼓動が、柔らかい胸越しに伝わる。



「ヨウ…僕のこと、1人にしないでね」


「ああ。1人にはしない。絶対に」


「大好き」


「…………………………ああ」



 1人にしないで…か。




 何を〝知って〟そんな意味深な発言を唐突にしたんだろうか。



「ぉあっ……ヨウ?」


「……………」


「…するの?」



 …違う。抱き締めただけだ。



「ヤツテ…」


「…!へ、へぇ~…知ってるんだ、僕の名前。………カナメ」


「…それは…元々知っていたのか?それとも…」


「ど~っちだ」


「いつから…思い出していたんだ…?」



 俺の目を真っ直ぐ見つめる。…妖艶な顔をした、艶めかしい恋人の瞳。




 俺は………………………………………。



「…ヤツテ」


「…する?…いいよ?」


「…違う…」


「僕のこと…好きじゃない…?」



 ………君の場合…そうなってしまうのか。



「行為に及ぶことだけが、愛の証明ではない。…ただそれだけだ」


「………そっか」



 そうして、窮地を乗り切ったタイミングで、更衣室から声が掛かった。…テイの声である。実に…有り難い。




 内容は…




 いつまで入っているんだ。もう1時間半が経過しているぞ。逆上せてしまうぞ。




 とのこと。




 …後でさり気なく、恩返しでもしておこう。



「ヤンちゃん、上がろうか」


「うん。…残念」


「………すまないな」



 俺達はお風呂から上がり…少しして、入れ替わるようにしてテイが入っていった。




 それにテチテチと続くのがメイである。




 彼女も服を脱いで、中へと入ろうと試みようとしていたが、ポイッと数回は浴室の外へと追い出されていた。




 当然ながらタオルは巻いていた。…少し丈が足りていないように見えるが…それは、テイや俺の想定よりも、メイの足が長かったからだろう。




 そんなやり取りを耳で感知して寛いでいると…




兄妹みたいなことしてみたいのぉ。お願いぃ。


…ぐ…ぐぬぅ…今回だけだよ。あと、目隠し取ってくるね。




 …と、そんな会話が聴こえた。




 それ以降には、騒がしい…楽しげなあのやり取りが無くなった為、2人で浴室に入ったのだろうと、容易に想像できた。




 お風呂に入り…色々と血行が良くなった為か、眠気が俺を襲った。




 敷布団を床に敷いて…ヤンちゃんを、無意識的に…普段よりも力強く抱き締めて、その日は眠りに就いた。




 いつの間にか、それまで考えていた不安は…色褪せて消えている。




 この旅の目的が果たされても、この感覚は…続いてくれると思ったから。

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