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幕間 エディ=クラム・メリオス Part20



 日が昇ると隣の家の鶏が鳴くから、僕はいつも朝早い時間に起きることができたんだ。冬場は寒いから、鳴いてもなかなか布団から出ることが難しかったけどね。




 結局少しだけ寝直してからベッドを降りて、カーテンを開けるんだ。暖かい日の光は少ないけれど、それでも朝だって、そう身体が認識して活動を始めていた。毎年、冬になると何回だってしていたよ。




 冷たい床の上を素足で歩いてトイレに行くと、便座が異常に冷たくて目が覚める。それからお風呂に浸かって身体を温めた後に朝食を。




 基本的に朝はスープが出ていた。細かく切った野菜を煮詰めて、誤飲しても平気なくらいトロトロにする料理。ローカルなのか、家庭の味なのかは分からないけれど、ほかの家ではまず見ないね。




 でも、美味しかった。温かくて、優しくて、楽しかった。




 …あぁ、そんな事考えてはいけないよエディ。全てが夢だったら良いななんて。




 さぁ、燃料タンクに薪をくべろ。本来継ぎ足すべきモノが液体だろうがガスだろうが知ったこっちゃない。今は薪しか持ち合わせがないから。どうせもう壊れてしまうのだから、燃えるものなら何でも良いじゃないか。




 悲鳴を上げる身体を無理矢理動かせ。痙攣したそばから叩いて沈めろ。血が噴き出しても気にするな。気にしたらその分だけ隙が生まれて、さらに血を流すことになるぞ。




 それに、体感何時間も経過しているけれど、皆が逃げ切るまではまだ足りないだろう。何の障害もなく避難地へ移動できているなんて、そんな楽観的に物事を捉えられないよ。




 最上位種の一人はどうにか時間を稼いでいるから、ほかの最上位種も帝王陛下や、お義父さんが足止めしているはずだから、どうにか上位種を切り抜けてほしい。




 意識が少しだけ薄くなってきている。血液不足だろう。ちょっとしんどいや。いや、かなりしんどい。けれど、普通ならこの状態で生きている方がおかしいんだろうな。




 そう考えたらまだ行ける気がしてきた。



『ふっ。余裕そうであるな』


「そう見える?なら君の目は節穴さ」


『なんだと?ソレで満身創痍だとでも言うのか貴様は』



 情報に次ぐ情報。矢印、円環、矢印、円環、矢印、円環。打撃に炸裂に切り取り。絶え間なく、隙間なく。反撃の機会なんか与えないと言わんばかりに。




 たまに意識が極端に薄まるタイミングが訪れるから、危うげな場面はもちろんある。頬を拳が掠ったり、蹴りが肌に触れてから気がついたり、それでも切り取りだけは気合で避けたり。炸裂?避ける必要ないよ、瞳がコレなうちは耐性があるらしいから。




 まぁ、炸裂には煙が伴うから、決してこの行為が無意味とは言い切れないけれどね。目眩ましに使えるだろうし、何より、その凶悪性は一酸化炭素かな。あんまり吸っちゃ駄目だよ。




 うっ…また薄く。



『貴様……やはり我の気の所為ではないのだな。そのようなくだらぬ死に方をするのなら、潔く我に殺されるがよいわ』


「……さぁ、時間が迫ってきているね。どうする?僕に拘束されるか、地底へ逃げ帰るか、援軍を呼ぶか。好きにしたらいいよ」


『はっ!貴様は誰にも譲らぬ。せっかく見つけたのだぞ?我に見合うだけの存在を』


「そうかい。……そうかい。見合うって認められているのなら、敵わないって思わせないといけないね。同等?互角?そんなものクソ食らえさ。圧倒じゃないと死ぬに死ねないや」


『随分とまぁ高い位置に己を置くではないか。だが、貴様にしては察しが悪いのではないか?こうして手が届いている時点で、我は貴様を殺せるのだ』


「君そこ察しが悪いね」



 振るわれる拳を鷲掴み、握力で粉砕。腕を引かれる前に肘を折り、スムーズに顔面を掴み地面へ押し付けた。鉄板に置いた肉が焼けるように、紅い世界の影響か…地面に張り付くトロペオの頭部から音が聴こえ続けている。




 ジタバタと情けない。ブーイを統率している……かは知らないけれど、皇帝と囃し立てられているにも関わらず、ただの凡庸な人間に、しかも死にかけの瀕死な人間に取り押さえられているなんて。肩書きだけは立派なようで。



『ギ、ギィィ……!貴様ァァ……!』


「はっきり言うね。あんたは僕より弱い」


『また我を…』


「驕りじゃないし、煽ってるつもりもない。プライドの高い君のことだ、貶されていると勘違いしているだろう?違うさ。僕は事実を述べているんだよ」



 プルプル小刻みに震えるのみで、大した反応も返ってこない。怒りなのか、受け入れきれずにいるのか。




 紅い世界は酷く暑いらしく、トロペオの白い肌や白い毛並みはじっとりと濡れている。いや、単に気温に暑がっているわけじゃないね。




 僕が地面に向かい押し続けているからだ。身動きが取れないようにと、常にダメージを与えられるようにと。




 不死性は厄介だけれど、痛みもあるし精神的なストレスも感じるらしい。感情を持ち、思考をし、まるで人間のように肺で呼吸をする。水中戦に特化したブーイでも肺があるから、彼らが酸素を取り込む必要があるのは確定だ。




 死にはしないだろうけど、窒息させ続けるだとか、拷問を続けるだとか、こうして、永続的な痛みを与えるだとかが、トロペオを封じ込めるのには有効なのだろう。




 他の最上位種ヤッシュゲニア不死性そうなのかな?だとすれば後世にも情報を遺したいな。亡くならない命の死なせ方を。…けれど、ここには僕ら以外に誰もいないし、書けるものなんて無い。




 ………………おっと。



「はぁ…………ふぅ~…」


『グギギィ……!力が…!出ぬぅ!何故だ、何故なのだ?今にも死んでしまいそうな程に、貴様は弱っているはずであろう?』


「さぁねぇ?どうだろうか。死ぬ覚悟のできている人間って、尽きる最期に驚異的な力を発揮するらしいんだ。ソレかもしれないな。……でも、まだ最期じゃないさ」


『我も認めぬわ。そんな愚かな死に方など…』


「君を終わらせる方法を一つだけ思いついた。人の倫理だとか、道徳心だとかを全て無視したら成し遂げられる禁忌なんだけれどもさ……………」



 力は緩まることを知らず、だがしかしエディの思考は停止。視界も暗転し、意識は闇の深部へ潜り込む。




 言葉が途切れた事に気が付き視線をエディの方へと向けるトロペオ。焦点が合ったのは意識を失った化物ではない。




 遥か上空、紅い世界の外側で、月に照らされた半透明な巨大な魚影。どうやらトロペオはその姿形に覚えがあるようで、ニヤリと笑みを浮かべた後に声を掛けた。



『……来ておったのか。流石の我でも気配に気が付かなかったぞ。しかし手は出すでない…此奴は我の獲物よ…』



 距離はかなりあるはずであり、それこそ…王宮の屋根よりも高い位置に向け、小言で発声するくらい無謀な行いなのだ。




 …が、トロペオの表情には確固たる自信があるらしく、声が届いていない可能性を疑うことすらしていない。



「………っぶない!貧血で意識がすぐ無くなるよ」



 炸裂を浴び続けてもなお高温による止血がなされていないのは、おそらくはこの瞳の力と紅い世界のもたらす力の影響だろう。焼いて傷を閉じられないってことさ。




 失血がえげつないですずっとこれ。




 メリットが裏目に出ているのか……本来ならば喜ぶべきメリットだというのに。特に、炸裂に身を焦がされる心配が必要ないのはトロペオに対するメタだ。メタなんだけれどね。



「どこまで言ったっけ。…あぁ、そうだ禁忌。禁忌だ禁忌。……君って、ミンチにして食べたら死ぬの?ほら、消化するとかさ……っまずい!」


『キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォオオォン!!』



 天を仰ぐと大きく口を開いた燃え盛る白鯨と目が合った。苦しそうな咆哮は空気を轟かせ、この距離となると声圧のみで小地震を起こしていても不思議ではない。




 こんなにも身体が震えるのは咆哮をまともに受けてしまったからなのだろうか。…否。動けと合図を送ってきているのだ。脳よりも速く、脊髄が僕に指示を出しているのだ。




 なのに、この鯨の力なのかは分からないけれど、自由が利かない。指先、眼球、息をすることすら制御出来ない。




 あぁそうか、コイツが。文献で読んだことはあるけれども、直接この目で視たことは無かったな。




 …空を飛ぶ白い魚影とは、君のことだったんだね。いやぁ、読んでいたときは存在を疑ったけれど、かなり精巧な情報が書いてあったんだなぁ…あの文献って。




 最上位種・古鯨ペルケトゥス



『兄者ッ…!なんと哀れなお姿でッ!』


『たわけが!我の獲物だと聴こえていたであろう…!』



 屋敷を丸呑みする勢いで落下してくる鯨。地面にぶつかる事なんてお構いなしなのか、その速度は視界を埋め尽くすほどの質量と共に増している。重く、速く、なっているのだ。




 どこかのタイミングでヒトのカタチに戻るのではないか。…と、推測を立てていたのだが、一向に変質の気配は感じ取れない。まさかこのまま衝突するつもりか?




 確かに、トロペオは不死性を持つから、結果的には僕だけが押し潰されて戦闘は終わるだろう。けれども、古鯨ペルケトゥスも不死性を持っていない場合はただの自殺行為。いくら身体が巨大だろうと、頭部が潰れれば核なんて関係なく即死さ。




 ならば、コイツも不死性を持っている可能性が高いな。それか、衝突を緩和出来るナニカを使えるとか?いずれにせよ厄介極まりない。




 さて、どう切り抜けようか。




 身体は先の咆哮を聴いてから動かない。眼球も動かないし、呼吸も出来てない。血は動いている。思考が出来ているし、つまりは細胞も生きている。




 対抗手段は………起きろエディ。対抗手段は咆哮を聴かないことなんだけど、流石に爆音だから不可能に近い。鼓膜を破るか、耳の機能を失えば突破出来るだろうけどね。でも、その上であの振動に耐えきれるかは別。程度は専門外だからよく分からないけれど、震度がつくくらいの揺れだったと思う。



「………」



 駄目だ、コイツはヒトに変わらない。このまま呑まれる。何もできずに質量に潰されるかもしれない。現状、出来ることと言えば願うことだけさ。僕の身体が古鯨ペルケトゥスよりも頑丈であることをね。




 さぁ、全身で受け止めよう。



『たわけで…結構だよ…!この人間は規格外…!わたくしと兄者で…仕留めないか…!』


『断る!断固として受け入れられぬ…!』



 鯨が僕らを覆うように口を開いたまま落下し、地面へと到達した。巨体に伴う質量によって、地面が天高く掘り返される…はずなのだが、上を向く視界には鯨の内側は見えても舞い上がる土の一つも見えやしない。




 違和感を覚えた刹那。矢印が視界を埋め尽くし、水蒸気が追従するように視界を包み込んだ。吸い込んでしまったらどうなるのかは定かではないが、目の粘膜に触れても異常は起きていないことから普通の水蒸気であるとは思われる。




 おっ。身体の自由が利いてきた。




 大きく息を吸い込み、水蒸気内から伸びてきた矢印を確認し待機。円環の位置に予め移動をして、記載通りのカウントを。ゼロになり迫る拳を躱す。



『なんでっ…!?ゲホッゴホッ……不意をつけたと確信…していたのに!』


「あはっ!捕まえ……た?」


『なんなんだこの人間…本当に人間か…?今は…退避を…』



 おかしいな。




 僕は今、確実に古鯨ペルケトゥスの……いや、コロッサス・ヤッシュゲニアの拳を掴んだはずなのに。まるで雲でも握りしめたかのような感覚だ。




 さぁ、探究の時間だ。




 実体を持たないのか?否、それはあり得ない。鯨の姿の時は月の光を確かに反射していた。実体がないのならば光すらもすり抜けてしまうだろう。




 特定の場所の接触を防ぐ術を持っている?そうだろう。だけれど、それが何なのかが分からない。




 地面に衝突したはずなのに地形が何一つとして変化していないのは?おそらくは僕が雲を掴んだ感覚になった現象と同じことを地面に対しても施したのだろう。




 透過?いや…少し違和感がある。完全なる透過だというのなら退避する必要はないのではなかろうか。それに、水蒸気が発生したという事実と合点がつかない。




 雲を掴んだ感覚、水蒸気の発生、巨体の行き先、衝突時の謎。



『ロッサ!貴様では奴には太刀打ちできぬ。一戦交えるには相性が悪かろうよ。理解できるならば先に宮殿へ帰るのだ』


『兄者の力とわたくしの力を…合わせれば、確実なダメージを稼げる…はずだよ…!』


『はっ、ぬかせ。この空間ではそんなもの、意味などなさぬわ。あの瞳が燃え盛るうちは、奴は熱に耐性があるらしいからな』


『それじゃあ…取り敢えず、これだけしておくよ…余計な事をって怒るかもしれないけど…ね』



 水蒸気が霧散し、視界がクリアとなる。どちらかというと蒸発したのかな。そういえば熱いらしいからね。この紅い世界は。




 トロペオとコロッサス。どちらも人型。あれは……?全身を包み込むようにもやが…いや、あれは水蒸気か。器用なことをするね。燃えないように身体を包んでいるらしい。




 コロッサスの身体にはくっきりと火傷の跡がある。再生速度は上位種と同じ程度かな。いや、それよりも遅いかもしれない?




 息を切らしているが…体力が無いのだろうか?それとも病気を患っているのか?回復が遅いのもそれが理由か?




 深紅の瞳に白髪のロン毛。白い肌。ヘラジカの様な平たい深紅の角が左右対称に額から生えている。




 似ているなこの二人の顔立ち。そりゃそうか、ヤッシュゲニアだし。



「ヤッシュゲニアが二人もいて、人間ひとりすら満足に対応できないなんて…君たちやる気はあるのかい〜?」



 煽りが口から飛び出る。癖がついている…というか、素。これが僕自身のありのまま。



『うるさいよ…人間如きがしゃしゃり出るな…』



 矢印が伸びる。あぁ、五秒もかかるんだ?それ。トロペオとの戦闘で眼と身体が慣れてしまっているせいか、大層野暮ったい時間に感じてしまうな。




 右手を前へ伸ばし、その少し離れた先にもやが集まってゆく。一粒一粒が結合し液体となり、形が定まり始めた。なるほど、コロッサス・ヤッシュゲニアは水を繰るのが特技のようだ。




 にしてもチャージが遅すぎはしないだろうか。円環が退屈そうにしているよ。…それとも、誘っているのだろうか?敢えてゆったり構え、そして水の成形を。




 多分違うけれど、どちらにせよ僕は動く。



『井のなかの蛙よ…大海を知るがいい………さ…?…兄者ッ!?』


「あははっ!つい来ちゃった、隣良いかな?」



 完全に油断をしているトロペオの顔面に膝を入れ、慣性が身体に生まれる前に助骨の隙間を狙って一突きあげた。損傷は最大限に少なく収めなくてはね。欠損レベルじゃあ治りが早くなるしさ。




 コロッサスが大慌てで手先の水を向けようとしてきたが、腕を抑えてコレを止めた。あれ?今度は普通に触れたな…?あっ、また透過してしまった。



『ギギィィ…!少し触れられただけでも何たる苦痛ッ…!!それに…なんて速度で移動しているんだ君は…こ、この化物が…!』



 大きく距離を取りながら、またも右手を構える。矢印のカウントはさっきと同じ。まさか最速?



「あちゃ〜…ついに言われたか。でも、僕からすれば僕は基準で、君達がソレより下にいるだけさ。だからさ…」


『え…?は…?はぁ!?…そんな、ありえ…ゲホゲホッゴホッ…!あって良いわけがない…!こんな…こんなこと…!!』


「だからさ…」



 槍の形にまとまった水を手で払い散らす。驚愕した表情を浮かべられたけれど、ただの水じゃないか。何を驚くのさ?おかげで手がびちゃびちゃ。



「さっさとここまで上がってこいよ。なぁ…?小魚くん。あはっ」


『ギィィィ……!わたくしも高貴たるヤッシュゲニアなんだよ…当然プライドもあるし、矜持もある…!だけれど…その上で冷静なんだよ。わたくしは兄者ほどに…キレやすくはないからね…あくまでも…戦況を見極めるのが最優先さ…』


「ふーん?わたくしは挑発には乗りません。だけで言い表せないのかい?ソレって」



 目を合わせ、焦点を一ミリもずらすことなく歩み詰める。一歩進み、相手は一歩引き、一歩進み、相手はまた一歩引く。




 張り合いがないなぁ、こいつ。何がなんでもリスクを得たくないんだろう。自分が不死性を持ち合わせていないという自白に過ぎない行いだ。いざとなれば、また透過すれば…なんなら、常に透過して攻撃する時だけ実体に戻れば良いんじゃないのかな?




 まぁ、そうしないってことはメリットとデメリットの釣り合いが取れていないってことなのだろう。




 メリットは触られることがなく、モノが透過するからダメージがない。が、デメリットとしてソレを常用しないレベルの何かが有る。




 例えば、透過した部位は輪郭が曖昧になるとか。長時間そのままの状態でいると、空気に溶けて消えてしまうんじゃないかな?



「おっ、復帰したか」


『貴様の辞書に不意という言葉は存在しないらしいな。弟が世話になったな。次は我だ』


『兄者!戻ろう…どうせコイツ、失血で長くはないんだ…だから…放置すれば勝手に死ぬ』



 まぁ、安牌だろうね。そもそも僕から逃げられる前提なのが気になるけれど。いや、…咆哮と鯨のカタチを併用すればいけそうだね。トロペオもあの速度なら即座に退散可能だろう。流石に逃げに徹されるとどうにも出来ないし。




 コロッサス…君はつまらないな。一般の兵士からすれば、逃げてくれる君は大変助かる存在だろう。最上位種ヤッシュゲニアだから普通に強くて、逃げさせるなんて状況生まれにくいだろうけど。




 あ、思い出したけど…この逃げ腰鯨は帝王陛下のところか…お義父さんのところに行ってたんじゃないっけ?メインの主力を直接潰しに来ているって頭に流れ込んできてたし。




 となると、逃げたか勝ってきたか。



「なぁ逃げ腰鯨!」


『…な、なんだい?心外だが否定できない…君は痛いとこを突くな…』


「此処に来る前はどこにいた?白い王城?それとも、青い王城?」


『………青…だったかな?すまないね、興味ないから…覚えられないんだ…急に何を言い出すと思えば、まさか別の…別の場所の心配でもしてるのかい…?』


「いや、良かった」



 白い王城は帝王陛下の居る場所。大帝国内で一番大きな建造物で、小さな国ならまるっと収まるんじゃないかな?それでも、全ての部屋に役割を与え使用しているんだ。流石は大帝国を統べる者。効率良く物事を回すプロだよ。




 で、青い王城はお義父さんの家。本人は屋敷だって言うけれど、他国に行くとやっぱり王城だなってなる形と大きさをしている。そう、他国の城より大きいんだ。




 コロッサスが向かったのは青い王城。つまりはお義父さんの所。



「どうやら、風に飛ばされて此処に辿り着いたみたいだね。道中この紅い世界を見掛けて興味本位に近づき、トロペオを見つけた…って流れかな?」


『大まかには当たっている…けど、少しだけ違うよ』


「完璧に当てたいわけじゃないから、大まかで充分さ」


『いや、そうじゃない』



 眉間に寄せていたしわが直り、目尻が下がり口角が上がる。もしも擬音が見えるのならば、にたぁ…なんてモノが浮かんでいそうなほど、趣味の悪い笑顔である。




 構えていた右手をわざわざ解いて、意味深に腹部をさすり出すコロッサス。ジェスチャーが意味するのは空腹か、腹痛か。否、此処である。位置を示しているのである。




 やすい挑発だ。真実かどうかは定かではないが、僕の感情を揺さぶろうとしてきているのは確か。実際、少し揺らいだし。




 矢印が湧いた。これはトロペオのモノなのだが…炸裂か、はたまた切り取りか。どちらもその場で完結する攻撃である故に円環も機能している意味がない。




 こらしが覚醒すればソレラも判るんだろうけど、僕には到達出来ない領域だと思う。あぁ、この先の何年間かで習得できると思うけど、命はそう長くないってことさ。弱気じゃなく、合理に従っているんだ。




 まぁ、取り敢えずは避ける。…だけじゃつまらないか。ふふっ。




 円環から外れてコロッサスの背後へまわる。



『は、はや………いっ!?』



 背中を蹴り飛ばし円環とエンカウント。驚きに目を見開いたトロペオが咄嗟に解除しようとするが、矢印が湧いたということは、確実にその動作をするということさ。




 コロッサスの身体は円環に吸い込まれるように。



『ッギィァァ…!!』


『ロッサ!き、貴様ァァァー…!』



 あちゃ〜!肩の根元から切り取られちゃったね。でも治るし良いんじゃない?いちいち動揺することじゃない。トロペオ、次に君のすることは僕への警戒さ。




 コロッサスは…そうだなぁ…………ん、あれ?…なんだっけ?




 あぁ、そうそう、コロッサスは蹴られたと感じた途端に身体を透過させとけば良かったんだよ。それなら何が起きても対応できたはずだしね。



「自分の心配でもしたら?その腕、とても痛そうだし…」


『ぬっ…!いつの間に…ギィッ!?』



 トロペオの角を右手で掴み、左手で顔面に拳を入れる。あっ、角が折れちゃった。…なら、活用するか。




 吹き飛んでゆこうとする身体を固定するように、まだ離れていない足に向かい角を突き立てる。深く、深くへとその杭を捩じ込んでいく。




 手を離し、足で固定も兼ねてさらに深く踏み入れる。さぁ、両手が空いたし飛ばない身体も準備出来たぞ。これからやることは、サンドバッグにしかやってはいけないから、見習ってはいけないからね。



いち


『ゴアッ…!?』



 腹部へ。




『ブアッ……!』



 顎下へ。



さん



 右脇腹へ。



「四、五、六、七……」



 肩、首、腹、右頬、口、額、首………全身へ向かい弱連打。これが一番ダメージを蓄積できるし治癒が遅い。




 長い苦しみを与えるつもりはないのだが、不死性を持ち合わせた己を恨め。矛先は常に自分へ向け続けろ。己を責められないのに、相手を責められるわけないだろう。




 まずは己を殺すのさ。次に相手を殺すのさ。その順番なら、殺される前に死んでいるから死ぬことがない。死の覚悟とはそういうことさ。




 狂っていてなんぼ。




 ん…?あれ?



「六十七…………八十二…」


『………』



 こいつ、痣になってる…?



『う…うぅ……っ人間!兄者を離すんだ…!』


「あーあー!鬱陶しいばかりで決定打がないくせに、邪魔でしかないよ君。逃げるなら逃げれば良いのにさぁ…!」


『知らないよ…君の事情なんか…!わたくしが求めるのは…兄弟の幸福のみ…!それを阻むものは全て…全て…!』



 両手を突き出し、指先を牙を立てた口のように整形。その口の内側からボコボコと湯の沸く音が聴こえ始めた頃には、既に〝構え〟は完成していた。攻撃の方法は整え終えられていた。




 ぐんぐんと膨らむ手の口からは絶えず湯水と蒸気が噴き出し、周囲の空気を揺らめかせている。




 あぁ…まるで幻覚でも見ている気分だ。昇る蒸気が複数箇所で固まり花を咲かせている。降り注がれる湯水は枯れた大地に活力を与え、青々しく生い茂る草池を作り上げている。



『散らし尽くしてやる…!花弁がなくなれば茎の繊維を…!それもなくなれば根の一本一本を…!障害となる全てを…!』


「はぁ、勘弁してくれないか。家族がそんなに大切ならば、一生を地底で過ごしていれば良いじゃないか!心があるのならば、他の種族への思いやりを、尊重を……って、解らないか。人間を経由していない最上位種ヤッシュゲニアには」


『黙れ…!いつの時代も…ヤッシュゲニアは人類に尊重されなかった…!全てはそちらから仕掛けてきた事だ…!』


「あははははっ!君の言葉を使おうか。知らないよ、君の事情なんか!その時代の記憶に囚われているうちは、君は人間を尊重しないだろう。…そして、人間も君の手を取らない。まったく、僕より生きた年数を何に使ってきたんだよ…」



 両手の牙がグパッと開かれ、その内側に在るまた別の牙が開かれる。するとまた牙が生え揃っており、開かれる。




 幾重にも重なる牙は花弁の細かな花の如く。しかし類を見ない。見たことのない、奇々怪々で美しい花。鼻に届く香りはどの香水よりも上品で、とても甘く優しい慈悲を想起させられた。



『我らの先をゆく同胞よ。知性を、魂そのものを削り、我らの力と散り給え。我らの傀儡となる事を誉れに思え。わたくしの名はコロッサス・ヤッシュゲニア。これより父により与えられた任を、遂行する』



 最後の牙が開き終えると、満開の牙の花が完成した。その牙の一つ一つが余さず僕を捉え、ステップを踏もうとも、零以下の動きを見せようとも、トリックアートのように目を離してくれなかった。



海直イサナミ


「見極めろエディ…!これは…即死だぞ!!」



 全ての牙の先から細く鋭く圧縮された湯水が放たれる。計三桁本はあるだろうか。個々の湯水が意思を持つかのように追従して来ている。ホーミングというやつだ。




 矢印は僕を追うことをやめず、果てが存在しないのか円環も見当たらない。しんどいなぁ…体力が無限にあるわけじゃあないんだぞ。全身が痛くて堪らないんだぞ。痛みを感じた度に笑い飛ばさないと、痛いって口からこぼれそうになるんだぞ。



「るうああああああぁぁぁぁぁぁ…!!」



 速度を上げるんだ!限界を超え続けるんだ!骨が折れたっていいさ、筋肉が折れた骨を元の位置へ押し留めてくれる!筋肉がはち切れたら?いいさ、構わない、皮膚という理性的な限界の壁を気にしなくてよくなる!




 地面を蹴る足にメリメリと力を込めて、筋肉を肥大化させて力を増してゆく。一歩を進めば土が砂のように舞う。あぁ…!痛い!本当に皮膚が裂けそうだ…!




 けど、良い!こうじゃなくっちゃ!戦闘とは、何時如何なる時も死と隣り合わせ!死地を経験して兵士は強くなれる!僕はまだ底に到達していない…!あぁ、あぁ!なんて楽しいんだ!



「っ芸達者だな…!」



 背後から迫る高圧洗浄ホーミングとはまた別に、正面から迎えるように矢印が伸びてきている。速度はトロペオに負けず劣らず。やけに攻撃までのカウントが長いわけだ。放てば勝てるからこそ、長いカウント内で対処しろってことだったのか。




 正面から来る矢印を躱すフェイントを仕掛けると、どうやら引っかかってくれたようで軌道が逸れた。ホーミングとはまた別の意識を割いて放っているのだろう。




 右耳が切り離されたが、ホーミングではない水ビームにはフェイントが有効だという情報を得た。メリットにはデメリットがつきまとう。今回は耳が削がれた。命に別状はないし、なんなら左もくれてやるさ。情報が貰えると言うならね。




 屋敷の中へ入り、コロッサスから僕の現在位置という情報を失わせる。完全なホーミングか確かめるんだ。




 あぁ、こんなにもボロボロな屋敷は見たくはなかった。ヒビの入った壁も、割れてしまった照明も、落ちた花瓶も、全てが大切な思い出なんだ。一つ一つに記憶がこもっているんだ。




 階段を駆け上がり、二階へ。




 ホーミングはもう着いては来ていない。…が、来なくなった代わりに、矢印がこの屋敷の末路を教えてくれた。屋敷ごと五センチ毎に切り刻む…かのように伸びているんだ。




 なので一階へ…なるべく窓は避けて到達。




 矢印のカウントは残り、いや、確認する時間が勿体無い。掘れ!床の上から地面を掘り進めるんだ!




 大理石のタイルを叩き割り、屋敷の床の解体作業を進める。土が見え、一心不乱に掘り返し地中へ間一髪で潜り込む。



「…はぁ…はぁ、何も…遺せないのか…僕は」



 感傷に浸るのは後にしろ。今は…遺すものがこれ以上減らぬ努力をしろ。地面を掘り進め。




 まったくブーイはどうやって掘り進めているのか。人間の手じゃあ……ってブーイも上半身は完全に人間と形は一緒か。数で掘っているから正確に、早く掘れるんだろうな。




 なら、独りで十だ。独りでも百だ。千だ。




 何処だ、何処から地上へ出よう。コロッサスの不意をつける位置まで、奴の隣は何処まで掘れば良い…?そもそも、ブーイはどうやって屋敷まで掘り進められた?音も感じ取れない。何も分からない。




 奴らの目印は何だ?ブーイには特別な器官が備わっているのだろうか?いや、内臓も神経も把握している。ピット器官的なものはない。その筈だ。




 なら…なら…どうやって?




 いや、何を迷う必要があるんだエディ。お前はもう、命を終えている運命だったろう?さぁ…するべき事は一つに絞られた。




 ここで良い、従え。運命は既に僕を終わらせたのだから。たとえ死のうが、延長されていた命が消えるだけだから。




 地上を目指して土を掻き、躍り出て着地と共に周囲の警戒を。



「おっ、ドンピシャラッキー」


『ッギ!?』



 未だに屋敷を重点的に刻んでいたようだ。慢心して攻撃を止めてくれているなんて、そんな夢物語あるわけないよね。でも、逆に助かった。コロッサスの念の入れようが逆に功を奏した結果になっている。




 メリメリと踏み込み、反応仕切る前に渾身の蹴りを食らわせる。肥大化した筋肉による、今の身体の状態で出せる限界点のパフォーマンスだ。



『…君が蹴ったのは何だろうね。もやかな?かすみかな?』



 背後から声が聴こえた時はゾッとした。完全に実体を蹴り払ったはずなのに。声だって聴こえた。なのに、いったいどういう事なんだ…?



『喜びなよ人間。再放出をしてやろう』



 振り返りざまに拳を振るう。するとあっけなくコロッサスの身体は弾け飛び、地に臓物がぶち撒けられた。血液も噴き出している。




 なのに…何故、何故だ?確かに実体だ。拳に残る重みも、肉の硬さも、確かに本物だ。なのに…そのはずなのに何故…?こんなにも落ち着かない?




 あ…不味い…!こんなタイミングで………意識が…うす……く……なって。………いいや!僕はまだっ!まだっ!



海直イサナミ



 その言葉が耳に届くと同時に、背中に無数の痛みが走る。身体の内側をミミズのように這い回り、貪るように食らい尽くしてゆく。針状のウイルスが血管内に入ったかのように激烈な痛みが止まない。




 身体が無くなってゆく感覚が気持ち悪い。大切な臓器や器官が食べられてゆくのが気持ち悪い。身体の中を這い回るこの感覚が気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。




 腹部が膨らみ、ぶつんと穴の空く音が聴こえた。あぁ、見なくたって解る。なんてことだ。僕の身体は今。




 声を出すことが出来ず、身体の力が入らなくて倒れ伏す。天からガラスが割れるような音が届く。身体中を包んでいた熱が薄れてゆく。白い雪が、かろうじて見える視界に映る。




 紅い世界の終わりを知る。




 命の尽きる定めを知る。



『っ貴様…!ロッサ!!よくも我の………くそっ…!』


『うるさいよ兄者…!ほら、これで終わりさ…だから…もう満たされたんだよ…主力は削げた。あとは帰る…のみさ』


『ならぬ。我は不完全燃焼である。…だが、もう此奴程の者など現れぬだろうよ。…故に………もう、良いわ。直ちに地底へ帰還し、計画を進めようではないか。捕らえた人間の健康状態も確認しておきたい』


『………』



 地に伏す食べカスをチラリと見て。トロペオもコレへと目を落とす。前者は不安と緊張、さっさとの場をあとにしたいという感情を。後者は悲しみと悔しさ、物足りなさに尊敬。




 食べカスの傍らまで歩み寄るトロペオ。腕をその場で組み、声高らかに言い放つ。



『此度の戦いは誠に愉快であった!断言しよう!過去、未来を通しても貴様ほどのつわものは現れぬであろう!我は貴様と拳を交えたことを誇りとしよう。天晴なり、エディ=クラム・メリオスよ!』


「そりゃどうも。あははははっ!!」



 響く笑い声。どこまでも、いつまでも、反響して返ってくる声なのか、食べカスの口から出ているのかは最早解らない。




 確かにわかるのは、食べカスはまだ命を燃やし尽くしていないということである。コレを生きているとは呼べないが、だからといって放置することは出来ない。




 今にでも襲いかかってきそうな異様な雰囲気。常に周囲の生物を惨殺しかねない狂気。ないはずの器官から延々と産まれる嗤う声。



「あはははははははは!」


『ギィ!あ、あれは駄目だ…アレは…!』



 コロッサスはあまりの恐怖に身じろぎ、生存本能がその場から逃げさせる選択を取らせた。全身から水蒸気を放出させ、カタチを変質させてゆく。気体のはずなのに触れられる。重さを感じ取れないはずなのに質量に圧迫される。




 やがて意思を持ち、ヒレを持ち、尾を持ち、白い鯨へと変質を遂げた。最上位種・古鯨ペルケトゥスへと変質を遂げた。



『ぬぁ…!?な、何をするロッサ!やめめんか、離すのだっ!』


『アレは駄目…アレは駄目…無理だ…!絶対…!』


『ロッサ…!…………ロッサ?』


『ごめんね…少し黙っててほしい……キュオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォン…!!』



 咆哮。瞳を止めて、息を止めて、動きを止めて、しかし細胞までには影響を及ぼさず、鯨の鳴き声は月の見える空まで轟いた。




 どういう原理化空へ飛び立ち、動きの止まったトロペオを咥えて遥か遠くへと彼らは逃げてゆく。向かう先は地底か、はたまた距離を取りたいのか。




 固定されたトロペオの瞳はナカミのない人間、エディを捉えて離さない。雲より高く上がっても、何キロメートルも離れても。




 トロペオ・ヤッシュゲニアは無念を抱えたまま、兄弟の手により強制送還と相成った。



「………」



 ………………は…は…僕の…勝ち。




 膝から崩れ落ち、本当の終わりまで彼は待つ。本当に終わってしまうまで彼は待つ。残りの秒数では何もできることはない。身体も動かない。もはや痛みも感じない。




 機能が一つ一つ電源を落とし、緩やかに魂のカタチも曖昧になっていく。




 皆は逃げ切れたかな。ヤッシュゲニアにトラウマを残せたかな。




 お爺ちゃん、お義父さん…パパ、ママ、僕は上手くやれましたか?




 人類の希望になれていましたか?



「…あははっ」


「こんばんは。メリオス子爵」




   ▲   ▲   ▲   ▲   ▲




 アグル・ メリオスを安全な場所まで送り届け、キングと呼ばれるブーイは大急ぎでメリオス邸まで走っている。自分自身に出来ることはあまりないかもしれないが、だからといって行かないという選択肢は無かったのだ。




 あの人は希望なんだ。死んではならない存在。今後の人類がブーイに勝つためには必要不可欠なんだ。彼が唯一、最上位種と渡り合えるのだ。




 息を切らし、汗を流し、凍結した地面を器用に進む。




 嫌でも助かっている。己の蹄に。忌み嫌っているはずのこの身体に、助けられている。




 目的地が見えてきた。早く戻って少しでも多くのブーイを減らし、彼の負担を減らすのだ。心が人間であるならば、一度でも戦闘に加わったのならば、最後まで足掻き続けたい。己の生まれに足掻き続けたい。




 塀を駆け登り、中へ入る。崩れている屋敷に目を見開く。




 膝をつく男に目を見開く。



「エ………」



 いや、声を出すな。潜んでいるヤツがいるかも知れない。トロペオは?あいつは何処へ行った?まさか死んだ?いや、逃げたのか?




 少しだけ離れた位置から観察を続け、安全を確保した上で歩みを進めようとした。その時のことだった。




 見知らぬ人間がいつの間にかエディの傍らへ立っている。その情報に対して何故だが胸騒ぎが止まらない。無性に緊張が走り、不安感情が脳裏に滲む。




 腰まで届いた金髪、何処かの貴族なのかピシッとした衣服、腰に携えた一振りの剣、柔らかい表情にとろんと垂れた目尻。どこから見ても人間。




 なのに。



「…あははっ」


「こんばんは。メリオス子爵」



 その人間は鞘から剣を引き抜き、エディの首元へ据える。慈愛を持った〝深紅の瞳〟で少しだけ彼を見つめて、剣を振り払う。



「なっ……!あいつ、何を…!」



 宙を舞う英雄の頭が、鈍い音と共に地面に落ちる。鮮血が噴き出すことはなく、残る身体はバタリと倒れ伏した。力なく、呆気なく。




 それだけでは終わらず。金髪の人間は剣を収めて頭部の方へと近づき、両手でソレを拾い上げた。大切な花瓶を手に取るように、割れやすい宝石を抱えるように、大切に、抱き締めた。




 そして、



「………は?」



 口を開いて齧りついた。骨の砕ける音が響く。美味しそうに唸る声が届く。脳みそを、血液を、啜るような水音が耳に纏わりつく。




 聴きたくない、見たくない。しかし、目が離そうとしてくれない。あまりの衝撃に、身体が強張って言う事を聞かない。



「……ごちそうさまでした。さぁ、出ておいで。いるんでしょ?」


「………!」


「それとも、僕からそちらへ向かおうか?」



 血まみれの口元を拭うことすらせずに近づいてくる。身を隠しているはずなのにも関わらず、まるで此処に居ることが丸分かりかのように彼は向かって来る。




 思わず腰に手を伸ばし、剣をいつでも引き抜ける準備をした。




 勝てない。分かっている。だが、だが…俺は。



「は~い、こんにちは」


「っ!」



 鞘から引き抜き、草木を掻き分けこちらを見つけた金髪へ振るう。狙うは首元の横一閃。敵わないのは理解している。だが、脊髄がその軌道で斬るように指示を出した。従わずにはいられなかった。



「あれ、ブーイだったか。しかも、この匂い…」


「剣が…」



 肌に触れる寸前で、何かに導かれるようにあらぬ方向へと向かってしまった。



「君が噂の皇子だね。ロペにいから聞き及んでいるよ、君のことについて」


「ロペにい…だと…?」


「初めまして、僕の名前はトロプス・ ヤッシュゲニア。四番目の皇帝、初代カオスブーイ。多分…ロプだとかで聴いたことあるんじゃないかな?」


「ロプっ…お前が…」


「うははっ!ビンゴだね。変なあだ名付けてくるけど、逆にそれが覚えやすいジレンマがあるんだよね。ロブスターみたいで僕は嫌だけど、お好きに呼びなよ…えー……キング、だったかな?」


「………」



 衝撃に次ぐ衝撃に脳のキャパシティが限界を超えそうになった。何を理解すればいいのか分からない。何から処理していけば良いのか分からない。



「困った事があったらうちにきなよ。いつでも歓迎するから。…………連絡が入った。もう行くね。じゃ、アレの残りは食べても構わないから、また会おう」



 そう言うと、目の前の金髪は空へ向かい浮き始め、スライドするように姿勢を変えずに何処かへ行った。




 未だに情報が処理しきれない。




 エディの亡き骸の元へと視線を移し、身体を動かす。酷く荒れた大地だ。不自然に雪が少ない。いったいどれだけの規模で戦闘をしていたんだ。



「………」



 せめて、弔おう。




 爪を突き立てて土を掘る。無心に、ひたすらに、穴を掘る。




 俺はまた、誰かの墓を掘っている。俺はまた、遅れてしまった。俺はまた、人を見殺しにした。俺はまた。俺はまた。




 仇は必ず。何年かかるか分からないが、せめてこの英雄の仇は討ちたいと思った。




 そうしないといけないと。誰かが言ったような気がした。



「不格好な墓ですまないな」



 異常に軽い亡き骸を、俺は穴の中へと放り込み…埋めた。




   ▲   ▲   ▲   ▲   ▲




「目覚めろ。エディ=クラム・メリオス」



 誰かに名前を呼ばれた。



「貴方は死んだ。そして、僕が起こした。単刀直入に目的を言おう」



 ソウヨウ…?いや…違う。



「貴方の生きた記録を教えてほしい。これは、僕からの要望だ」



 君は…誰…?



「僕の名前は、カイヨウソウヨウの孫だ。お爺ちゃんの書斎を漁っていたら、貴方の事について書かれていた。強く、賢い、尊敬出来る御方であると」



 孫…お爺ちゃん…?



「貴方は意識が鮮明だ」



 僕は死んだんじゃないのか?それに、孫と言っていたね。



「貴方は僕について訊くことはない」



 あれ?何を考えていたんだっけ。



「貴方は……いや、もう良いか。申し訳ないが、僕には時間がない。迫ってきているんだ、彼らが」



 末恐ろしいね。君の力については深く知りたいけれど、謎に訊こうと思えない。脳信号から制御されているのかな?君が……まぁ、いっか。




 何処から聴きたい?



「貴方が産まれたところから」



 いいよ。覚えてる範疇で語ろうじゃないか。コーヒーでも淹れて来ると良いよ。漏らさず聴きたいというのならね。



「そうだな、だが〝既にコーヒーはここに在る〟んだ。続けてくれて構わないよ、エディ」



 …めちゃくちゃ訊きたいけど…はぁ、では始めよう。




 エディ=クラム・メリオスの人生を。




 すぐ終わらせる予定だったのに、めちゃくちゃ時間かかってしまいました。


 next、エディ編→魅夜編・Part2



 数ヶ月更新かかるかもしれないですが、読むなら待機していてください。


 エディお疲れ。ではまた。

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