三話・Part1 本能が 赴くままに
8つ目の街。
俺…ヨウは、宿の発見に手間取っていた。
日も落ち始めるといった…そんな頃おい、宿の利用者が増える為、空いている所を見つける事に対して一苦労中だ。
ヤンちゃんの〝知る力〟は…流石に、宿の空き状況までは…うまく判らないらしい。
それでも…知らない街で、宿の位置が判る時点で上々である。かなり助かっている。
「4人部屋ねぇ…丁度空いてます。ラッキーですねお客さん」
巨大な建造物の近くの宿…そこでやっと部屋が取れた。
部屋の鍵を受け取り、荷物を室内に置いた。
「疲れた…」
「お疲れ様…ヤンちゃん、助かりました」
「今から夕食が摂れるのは…」
この街のパンフレットを開いて、夕食を摂る場所を探すテイ。営業時間の欄をくまなく読み、幾つか候補を挙げてみせる。
「定食系に…丼物系…あとは饂飩だな。どれにする?俺は丼物が良いけど…」
「そうだな…俺も、久しぶり丼物が食べたい気分…です。セイとヤンちゃんは…何か食べたいモノはありますか?」
「僕はヨウと同じモノが食べたい」
「私は…お肉が食べたいです」
「テイ、丼物屋さんのメニューは…パンフレットに載ってますか?」
「今探してる………おっ、あるある。肉丼がございますよ、セイ…さん」
街の中での姫様呼びは…流石に目立つので、セイ本人から…名前で呼ぶようにと、馬車内で言われていた。
そうして、結果的に落ち着いたのが…さん付けである。
「では、行こう。実は、先程からお腹が空いて…ました」
宿から丼物系の飲食店へと場所を移し、それぞれ注文をした。
「旨っ!味が濃くて俺好みだな」
カツ丼を口の中へ掻っ込みながら、テイがそう言った。因みに、俺とヤンちゃんが海鮮丼…セイが牛丼を食べている。
…美味い。…だが、毎日のように食べていた…おじさん特性の海鮮丼の方が…個人的に好きだな。
タイが釣れた時は…丼ではなく、しゃぶしゃぶだったな…。アレもかなり美味しかった。
「美味しいね、ヨウ」
「…ですね。臭みがなく…美味しいです」
…わさびも良いが…生姜も欲しくなってしまうな。
そうして夕食を摂り終わり、宿に戻って床に就いた。
日を跨ぎ…俺達は王都へ向かおうと、馬車乗り場へと訪れた…のだが…
「馬車が急遽出せなくなっただって?それは困ったね…」
「理由を訊いていい…ですか?」
馬車を出せなくなった理由。
それは…
「なるほどな、ブーイの大群が押し寄せている…と。だから、街の人達が重装備だったわけね。理解したよ」
「ブーイ?」
「ヨウは知らないのか?この大陸内に住んでいるなら常識だろ?…一言多いか、すまないね」
テイから一通りの説明を受けた。
この大陸唯一の…〝魔物〟という特殊な括りの存在であり、家畜や人を襲う危険な生物。
基本的には人間の5歳程度の知力だが、リーダーブーイと呼ばれるボス個体は…人間の8歳程度の知力を有している。
年々、個体数に減衰の兆しが見られるも…定期的に、ねずみ算式に数が増える。そして…未だに、何処に住処があるのかを…特定出来ずにいるらしい。
「なるほどな…で、ソレが…」
「此処に向かって侵攻して来ている。女性は攫われてしまうから…ヤンちゃんとセイ…さんは宿へ戻っていてください。ヨウは俺と戦場に向かおう」
「ああ、了解した。では…鍵をどうぞ」
セイに、ヤンちゃんと宿の鍵を預けて、俺とテイはブーイの大群のもとへ向かった。
「ひゅ~、凄い数のブーイだね。油断はしない方が良いよ。街に入られたら…おしまいだからね」
「ああ、気を引き締めよう」
此方の陣営は、街の男衆が30名程度と…俺とテイ。
対して、ブーイ側といえば…
1万は確実にいるらしい。
額に2本の角があり…肌が白い…一見すると、人間の様に見えるが…その身体は動物を彷彿とさせる。それなのに二足歩行であるが為に、奴等の不気味さが強調されている。
相手側は全員手ぶらだが…ブーイの得意とする戦法は格闘だと訊いている。なので、普通は…街に届く前に、遠距離から潰し…数が少なくなったところを、1体に対して3名で討ち取るらしい。
銃を構える者、毒矢を放とうとしている者…そして…剣を抜くテイ、鉄の翼を展開する俺。
完全に浮いている2名。片方は…本当に浮いている。
街の男衆から…不安そうな顔を向けられている俺とテイ。だが…彼等の心配は杞憂に終わる。なぜなら…
「もう行っても良いんだよね?…じゃあ、おっ先~」
「俺も、悠長に待っているのは苦手でな。すみませんが、先に行かせてもらいます」
…俺達が強かったからだ。
「1458…1459…1460」
縦横無尽に、通った所を…屍の道に変えていくテイ。
「数えて何になるんだ……」
空を滑空しつつ、両腕で…ブーイ達を焼き払う俺。
想定していたよりも当たる、男衆の弓矢と弾丸。
そうして、俺が約3千…テイが約2千、男衆が約2千を葬った頃合いに…
リーダーが現れた。
「うげ…コレは苦戦するな」
「そんなに強いのか?」
「強い強い。訓練された騎士が、それでも、タイマンを避けるレベルでね」
「なるほど…それは、油断出来ないな」
残りはリーダー個体と3千。
リーダー個体は俺とテイで対応し、残りは…何だかんだで強い男衆に任せよう。此処から見た感じでは…爆弾の様なものを括り付けた矢が装填されている事が確認できる。……俺達を巻き込まないようにしてくれよ?
リーダー個体に向き直り、他のブーイと同様に炎を浴びせる。
何やら鎧を纏っているが…炎を浴びせれば、脱ぎたくても取れなくなる程に熱くなるだろう。
…と、そう思っていた。
効いていない…!?なぜだ…?
「こ、こいつ…ヨウ!ただのリーダーじゃないぞ!キングだ!」
「キング…?それはリーダーよりも上か…?…まて…つまりは、知力もその分上がっているのか?」
「同じ同じ!俺等と同じくらいの知力だ!」
「なんて事だ…」
…だとしても、何故炎が効かないんだ…?
すると、俺の疑問の答え合わせをするようにして…ベロンと革鎧の表面が剥がれた。
「…パイナップル…?」
「ヨウ!呆けるな…!!」
「なっ!?」
っぶない!
…あれ?…俺は今…なぜ…避けた?俺の身体は硬いと…自分自身で…よくよく把握しているだろう…?
両の手に…それぞれ握る棍棒を…別々の向きに振り回し、同胞を避けて俺達を狙うキングブーイ。
人間の子供のような体躯で、巨大なソレを片手づつで振り回すとは…なんて力なんだ。
『後ろから来てるぞ!』
「何!?」
後ろ!?………あれ?
何も…な…い…?
「グブッ!?」
「ヨウ!…クソッ…こいつ、俺の声を…真似しやがったぁ!!」
もろに身体を殴り落とされた…!あり得ないくらい…身体が痛む、外傷は無いが…痛すぎる…!
キングブーイにとって俺は……単なる羽虫扱いなのか…!
身体を起こして、俺に隙かさず振るわれていた棍棒を…間一髪で…なんとか避けた。
川に石を落としたかのように…地面が飛び散る。今のを食らっていたら…完全に埋められていただろう。
頭を殴られる事だけは…なんとしても、避けないといけないな…。こんな所で…こんな状況で、気絶は出来ない。
深く息を吸い、深く油断を吐いた。
「ヨウ!もう会話は無しで!」
「了解!」
「何があっても喋るなよ!」
炎が駄目…ならば、俺の剛鉄のような身体を活かす他ないだろう。
要は…タックルだ。
テイが剣一本で、キングの攻撃をいなし続けている。たまに隙を見つけては斬りかかり、着実にダメージを稼いでいる。
それを邪魔しないように、振られる棍棒を避けながら、小さな体躯のキングブーイへと…飛翔からの滑空にて突進を仕掛けた。
「っ…」
『ぎゅぐ…!?』
俺の突進はキングに直撃。
勢いよく後方へとぶっ飛んだ。
『痛い…』
俺も痛い…硬いなキング。そして…知らない声だな。本来の声だろうか?
地面に横たわるキングに向かい、隙かさず斬り掛かるテイ。俺もソレに続いて、今度は噴射により加速しながらタックルを仕掛けに行く。
そうして、テイの剣がキングの首を捉え…
俺がキングの頭に向かい突進。
『……おっそ』
「何っ…!?」
キングは横たわった体勢のままに、身体を曲げてテイの剣を蹴り飛ばした。
そのままの勢いで後転にて起き上がり…テイの首根っこを掴み、タックル中の俺に向かい…グイッと突き出してみせるキング。
「まじか…!」
「まだ…です…!」
何とか急停止をした俺は、地面に降り…キングを狙って蹴りだした。
『意味ねー…』
「しまった…!」
足をパスッとキャッチされた。
キングの右手にはテイの首…左手には俺の右足…
詰んだか…?
「抵抗やめてぇ」
『…あ?』
突如、足元が掘り返され…そこから腕が出現した。
「退治手伝うぅ」
『誰だ?』
キングの興味が移ったらしく、俺の足と…テイの首は離された。
すぐさま距離をとり、キングと…謎の声の様子を伺う。
『おっ…』
地面へと引っ張られ、下半身を完全に埋められるキング。対して…地中から這い上がり、姿を表す謎の人。
深く被った帽子…短く黒い髪…黄色の瞳…褐色の肌…間延びした声。
「仲間なのか?だが、賭けるしかないな。ヨウ、様子を窺いながら…隙を見てキングを討ち取るぞ」
「了解…です」
剣を回収し、そのままジリジリと距離を詰めるテイ。
地面から這い出て謎の人に掴みかかろうとするキング。
それを躱して、腕を掴んでそのまま投げる謎の人。
この人…強いな。普通に。
「ナイスパス!」
テイが剣を振り下ろし、キングへと斬り掛かる。
今度は命中した…が…
「カハッ…」
『痛いよ』
肉を切らせて骨を断つ…
ブーイの王者…
キングブーイ。
「テイ!」
弧を描くように飛んでいく…テイの右腕…
そして…
…上半身。
ずっと服の下に忍ばせていたのか…その手に剣を持ち…見事な太刀筋で切り払った…キング。
格闘が得意と訊いていたのだが…思い返すと、キングは始めから違っていた。…棍棒を振り回していた。…そして、今度は…剣。
「回収ぅ」
『チッ…』
「ここ置いとくねぇ」
上半身と下半身をそれぞれ回収し、俺のもとへ置いて…キングの方へ戻って行く謎の人。
「畜生…しばらくは動けねぇわ」
「しばらくどころじゃないだろう…!今直す!」
テイの身体を※※した。
上半身と下半身がくっつき、貧血気味でクラクラしているテイは…ゆっくりとその身体を起こした。
なんとか一命は取り留めたか…。
「ヨウ、凄いなあんた。助かるよ」
「違和感はないか?」
「ないない。…さて、早くあの帽子くんの援護に行こう。善戦しているように見えるけど、少しずつ押されている」
確かに…あの人凄いな。
素手なのに、剣持のキングの斬撃を上手にズラして…別の方向へ空振らせている。それでも、たまに間に合わずに…肌の表面を軽く斬られている為、このままではジリ貧なのは確実。
だが…俺とテイが加勢に向かえば勝てるだろう。
「トドメはヨウが決めてくれよ。超高い所から落ちてきてくれ」
「では、少しだけ相手の動きを止めててください」
「ああ」
テイが謎の人と共に、キングへの攻撃を開始。
蹴り…蹴り飛ばされ、殴り…殴り飛ばされ…それでも齧りつくように立ち向かう謎の人。
剣同士をかち合わせて、キングの攻撃を…剣を立てて防ぐものの、そのまま剣ごとぶっ飛ばされるテイ。
空高くまで飛び上がり、残りのブーイがキングだけである事に感心を抱く俺。
さぁ…あと一体だ。
鉄の翼の噴射を止めて、キング目掛けて滑空を始める。両手をクロスさせての突撃である。
『はぁ~…鬱陶しくなってきた…』
「っふん…!!」
剣の攻撃を地面へといなし…それを足で押さえて、テイは力強く一太刀を振るう。
『だから…遅いんだよ。ソレ』
「っあ…!」
「キングブーイ…厄介だねぇ」
キングは握っていた剣を離し…謎の人を真似て、剣筋をずらして空振らせた。
隙かさず…テイが体勢を立て直す前に拳を振るう。
狙いは頭部。……ソレを破裂させるかのような勢いで、ブゥンと音を立て…大砲が如き突きを繰り出した。
『っあ』
「ギリギリぃ」
「すまない!助かった!」
またもや下半身を埋められるキング。
空振った拳は数メートル先の草原を靡かせ、テイの顔を青くさせた。
「捉え…ました!」
『ガァ!?』
埋まって身動きが取れなくなった隙を狙い、渾身のタックルをキングへ直撃させた。
両腕が折れた感覚…だが、俺は無傷。
俺が立ち上げた土煙が…少しずつ霧散していく。
そうして目に入った光景は…
「よし…!終わり…ました!」
埋まっているキングの下半身…数歩離れて、キングの上半身。
地面から…噴水が如く湧き出す血液。
………勝った…。
「ヨウ!」
「テイ、お疲れ様…です」
…あれ…どうしてそんなに、険しい顔のままなのだろうか?
「まだだ!そいつは…!」
え…
『よくも…!!』
「っな…!?」
身体を押し倒された!
腕だけの力で…俺に飛びついてきたのか!?
まずい!首を締め始めた…!
『許さない…!!お前…だけでも…!』
「なんて…力だ…!」
「ヨウ!今助ける!」
『大丈夫だ!テイ俺だけで対応でき…ます!』
こいつ…声も、喋り方も…!
キングの声真似に、数瞬だけ動きが固まるテイ。だが…すぐに俺の方へと走り込む。
「ぐっ!?」
『ああああぁぁぁ…!!!』
首が軋みを上げた…!なんて怪力なんだ…!
このままでは首を千切り取られる!
「このっ!ヨウから離れやがれぇ!!」
『あああああぁぁぁ…!!!』
「こ…こいつ!さっきよりも…圧倒的に硬ぇ!?」
テイの剣が折れて、剣の刃が飛んでいく。
それでもテイは止まらず、柄を離して打撃に移行する。
「ぐぅぅ……っああ!?」
自身の首から…嫌な音が聴こえた。
メコッと何かが凹む音が…聴こえた。
途端に出来なくなる呼吸。
本当に…不味い…本当に死んでしまう……。
これ…恐らくだが、テンならば…容易に対処出来たのだろうな…。
「離れてぇ」
『ああ…!?』
キングの身体が…俺の首が引っ張られる。
「離してぇ?」
自身の首から、少しずつ…指が離れていく感覚。
そして…
『邪魔するな…!!…クソッ!』
俺の首から、キングの手が離れた。
そしてすかさずに…自身の首を※※して、元の形にした。
…息が…出来る…。
「抑えてる…誰かやってぇ!」
「俺が…やります!」
『ガアアアアアァァァ…!?』
身を起こして、ずぼりと…キングの断面に両手を捩じ入れた。
「さらばだ!キングブーイ…!」
「うぇ…!キモいキモい!無理無理無理…!」
キングの体内へ入れた両手を、筒状に変形させて…
…本気の炎を噴射した!
『ギャァァァ…!!』
「うわぁ」
「ごめんごめん…俺これマジ無理。うっぷ…」
キングの体内から漏れる炎は…今までの赤とは違う…別の色だった…
…言うなれば、蒼炎だった。
『…………』
「死んだぁ」
「はぁ…はぁ…そうか」
「おえぇぇ…」
キングブーイ……敵ながら天晴だった。貴方は…俺よりも、この場の誰よりも強く、勇ましかった。
……ありがとう…ございました。
魔物の王者キングブーイ…3名掛かりで討伐。
「ふぅー……」
俺はその場で仰向けに倒れて、いつもよりも綺麗に見える空を眺めた。
俺の顔を不思議そうに覗き込む謎の人。
少し離れて聴こえるテイの嗚咽。
「助かった。俺は、ヨウです。貴方は?」
「メイ…だよぉ」
「そうか…メイ、君のお陰で…今回の戦いは切り抜けられた。感謝します」
「ヨウくんは…人間なのぉ?それとも………同類?」
人間じゃないと思われても仕方がないが…キングと同じ種族だと思われるなんてな…。
嬉しくもあり…悲しくもある。
「一応は人間のつもり…です」
「…なんだぁ。違うんだねぇ」
ドタバタと聴こえる足音。
男衆が此方に向かい…迫って来ているらしい。
そして…到着するなり、わっしょいわっしょいと…どあげが始まった。
「俺はいい!遠慮じゃなくて!本当に……!うっぷ…ほら危ねぇ…!」
「シンプルに…触らないでぇ?」
かくして…
ブーイの大群…そして、キングブーイとの戦いは終わった。