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幕間 エディ=クラム・メリオス Part19



 空の黒が深みを増してゆくなかで、白いモノは段階的に強く降り続ける。風とともに運ばれる冷たさと質量は、身体を覆うように通り過ぎては儚くも散って。けれど、それだけでも熱を奪うには十分であり、なかにはくしゃみをしてしまうものも。




 最上位種と人間の戦闘を蚊帳の外から眺めるしか出来ない彼らは、それぞれ最低限の警戒はしつつも退屈そうに過ごしていた。どちらが勝ち抜くのか賭け事に興じるもの、二名の並外れた打ち合いに感嘆するもの、別の戦線へ赴こうとするが中々に機会が見つからないもの。




 愚かで粗末な脳みそしか持ち合わせていない彼らでも、あの人間が自分達がやりあえる相手ではない事を理解している。現に彼らは、どんなに攻め立てようとも避けられ、当たろうとも武具が砕け散るという有様を目にしているのだ。




 いくら上位種であれ、翼持ちの協力がないと移動できない高さの屋根を、さらに上回って飛び越える化物をどう対処すれば?




 組手ならば自信がある。そのはずだったというのに、井の中の蛙の気持ちを味わった上でどう戦えば?




 最上位種である皇帝と対等に渡り合っているのだ。そもそも我らに勝ち目などないのではなかろうか?時間稼ぎにもならないのでは?本当に我らは人間達の間で上位種という格付けがなされているのだろうか?もしかして、今まで我らはとんでもなく雑魚な人間と戦闘をしていたのでは?




 コレは人間側でも通ずる意見だ。




 エディ=クラム・メリオスとはいったい、どこまでを知り、視て、思考を重ね、脳内にどんな回路図を設計しているのだろう。末端の兵や、他国の兵にすらもメリオスの名を轟かせるなんて、史上の英雄を探しても、該当地域外まで名を馳せた者は存在していないのではないか。




 その解答は本人すら不可。エディ自身も自分自身を把握しきれていない節がある。死の淵へ追い詰められるまで戦闘を行える存在が居ないこと。それが自他共に、エディの得体のしれなさを増長させる原因となっている。




 先の皇帝の演舞は素晴らしいものだった。存分に彼自身の力を発揮し、活用し、本人も成長しながら善戦…いや、押してさえいたのだから。




 暗くコンコンとした天へと昇り、火花と共に咲き乱れる姿は我らに希望を与えてくれた。かの人間が手も足も出ず、豪快に血を噴く様子には思わず歓喜し、ファンファーレを上げる者まで現れた始末だ。




 それがいったいどうして?なぜ?なぜ我らが皇帝は壁に埋まっているのだろうか?




 ……それに、いったいこの空は、この視界は、この……大地から揺らぎを上げる実体無きフレアはいったい?我らの夜は何処へ?これではまるで、昼間のようだぞ。




 あの人間が立ち上がってから、全てが変質した。




   ▲   ▲   ▲   ▲   ▲




 なんだか視界が晴れやかだ。鮮明っていう意味もあるけれど、コレに関しては周囲が明るいって意味もある。なんでだろう。見えるものもなんだか変だし、身体も軽くなってきたし不思議な気分だ。




 壁から身体を引き剥がし、睨みつつも笑みを浮かべた表情で近づいてくるトロペオ。あぁ、このマークってここに到達して止まるって意味か。




 今までは、行動をしようと決めてから矢印が湧き、記載の秒数通りに執行されるのみだった。けれども、今回は終着点が視えていた。




 始まりと終わり。矢印と円環。




 始まりの時点で脳処理に疲労していたというのに、終わりが視えるようになっているだって?焼ききれてしまうんじゃないか、僕の脳の髄までの細胞全てが。




 この力ってまだ先があったのか。……しかも、これ以上の進化も、なんとな〜くだけれど有るのだろうと察せれる。簡単に言えば、起承転結なんだろう?これ。




 なるほどね。物事の起を読み結を知る。矢印が伸び、円環が浮く。




 どの相手から何が起きるか。とか、ソレを成そうとするおこりのタイミングとか、矢印の太さによって実際に働く質量の大きさを理解してきた。けれど、いったいいつ行動のむすびが成されるかまでは判らなかったんだよね。




 相手が殴ろうと思考し決定。



 確定事項となったソレに基づき、おこりの矢印が行動の前に伸びる。コレには、いつ行動が始まるのか、どんな奴からその行動を受けるのかが記載されている。


 際しては、その太さによってどんな行動なのかを推測出来る。鉄砲ならば弾丸サイズの小さく細い矢印。殴りならば、その人の握り拳分の大きさ、及び太さの矢印って塩梅でね。




 と、ここまでが今までの僕の力。考察するに…起承転結が正しいと仮定するならば、こらしで正確な行動の内容が知れるんだと思う。




 事前の相手の行動からの推測だけで判断してたからね。実は書いてないんだ。行動が殴りなのか、蹴りなのか、はたまた得物なのかまでは。ソレが判るのがこらし。……かな?恐らくね、そう、恐らく承だろう。




 でも、今までもちらっ……とだけ視えているような気が…しているんだけれど……う〜ん。この感覚が正確なものとなってから、初めてこらしを習得した事となるのかな。どのラインから習得なのか知らないけれど。




 ころびは想像つかないや。




 んで、むすびおこりの矢印の終着点を知ることができる。マークは円環。輪っかになってて、その中央に終着するまでのカウントダウンが在る。これらを移動で例えると、止まる地点とそれに掛かる時間が分かる。




 つまり纏めると、こうだ。



 おこりで矢印が湧き、その〝行動が始まるまで〟カウントダウンが判る。


 こらしは推定だと、おこりからむすびまでの行動の子細が判る。


 ころびは想像もつかない。イメージが湧かない。


 むすびで円環が浮かび、その〝行動が終わるまで〟のカウントダウンが判る。



 シンプルながらも便利で動きやすい力。本人への作用としては、情報を与えるのみで身体能力に作用はないし、むしろ脳への負荷や負担がネックだね。




 進化してから力が判るなんてね。自分の力のはずなのに、割合的に見て三割程度しか理解出来ていなかったよ。面白いな。考察ってやっぱり楽しいな。あと十年早く到達出来ていればなぁ。




 いけない、職業病かな。一応だけれど僕はお国の研究員だからね。チームとかじゃなく個人で研究を進めているから、科学者の方が呼ばれ方としてしっくりくるけど。



『やっと死におった…と、思っていたのだがな。随分と我を喜ばせたいらしい。…で、先から何を愉しんでおるのだ?貴様の血に塗れた笑みは、なかなかに不気味であるぞ』


「なぁに、地獄の景色と共に黄泉から引きずり出されただけさ。喜びたいならどうぞご自由にだね」



 血でベトベトになっている前髪を後方へ撫でつける。トロペオと被るがオールバックにさせてもらう。普段は平気だけれども、濡れちゃうと重みで髪が目を覆ってしまうんだよね。




 手指を拭おうにも全身が血塗れなので諦める。この際、どこで拭おうが、身体のどこを触ろうが汚れるからね。今も出血し続けているのかな?感覚が良く分からなくて。まぁ、そのへんは考えないほうが良いか。




 集中するべきは目の前の敵のみ…か。



『貴様のその瞳…変わったな。我が覚えている限りではであるのだが、我の瞳に近くも異なるくれないを宿していたはずであろう』


「え、そうなの?鏡とかないからよく分からないけど……周囲の景色には見覚えがあるね。十数年前に見た記憶があるよ。…でも、こんなのだったかな?」


『貴様の記憶なんぞ知らぬわ。だが…興味深い。我が父、我が祖、オルバースもこのような世界を広げられておった。つまりは…その瞳はリュガミュールということであろうよ。いったい何方どちらなのかは知らぬがな』


「…う〜ん?うーむ…何処かでその名を聴いたような…いや、読んだような……視た可能性も捨てがたい。まぁ、いいや。なんだって」



 紅い空間と地面から上がるフレアのエフェクト。熱くもなく、重みもなく、触れず、ただ見えるのみ。きりや雲のように、水滴や水蒸気が…粒や気体が集まっているわけでもない。




 在るということには意味がある。恐らくは活用できるが、使い方を知らないタイプだ。原始人に与えられた科学のように、今の状態じゃぁ理解の及ばないモノなのだろう。




 不規則に立ち昇るフレアを尻目に、トロペオを見つめる。



『ふん。最期の戯言は連ね終えたか?』


「…まぁ、なかなかに有意義に使わせてもらったよ」



 ベタつく全身を敢えて大振りに動かし、準備体操を始めその一通りを終える。ベタつきは未だ健在だが、少しは緩和されたようで摩擦は減った。




 首の周りと足の筋肉の収縮と膨張、眼球の動きのストレッチも欠かさず行い、痛みを堪えながらも終える。幾らかの組織が破壊されてしまっているが、まぁ、何とかなるだろう。




 足と眼が動けばいいさ。



「いやぁ、待たせたね。身体がうまく動かせなくてね。少しばかり時間がかかってしまった」


『好きに整えれば良い。我は万全な貴様と死合いたいのだ。虫の息をしている奴が相手など興が冷めるわ』


「同族嫌悪でもしてしまうのかな?さぁ、メンテナンスはもう終えたところだし、僕ら虫同士、仲良く遊ぼうか」


『………ふん。減らず口は虫の特権と言えよう。命の途切れるその一時まで鳴き続けるが良いわ』



 紅い世界の中央地点で、一定の間を空けて向かい合うエディとトロペオ。手を伸ばしても届かない距離であるはずなのに、なぜだかこの二名が相対すると至近距離に感じてしまう。




 理由は明々白々。




 彼らに距離など関係ない。彼らには速度がある。彼らには強靭な身体がある。一度ひとたび視認してしまえば射程範囲内なのだ。




 右足へ力を込めてメリメリと筋肉を膨張させ、地面を捲り上げるエディ。向かう先はトロペオの正面ではない。なんということか、彼は空中へと身を投げ出したのだ。




 まさか先の瀕死を忘れているはずもない。これにはトロペオもギョッとし驚いているようだ。




 空はないだろう。無意識下での範囲除外が裏目に出た。地面よりも空のほうが広大で且つ自由であるというのに。




 エディの狙いは正にソレ。うつつを抜かし口をぽっかりと開けている間抜け面。白く整っている顔への横蹴り一閃。力加減が上手なようで、首は飛ばずにくっついたまま。



「まだまだ行くよ!あはは!」



 地面へ落ちる前にもう一度。振り抜いた足を折り曲げ直し、頭部の慣性に引っ張られ体勢を崩したトロペオの脇腹へ重い一撃を。




 木製の玩具のように軽く吹き飛ぶ白色。狙われた位置には上位種ザコの集まりが。



『ッギィ…!器用な真似を…!』


「なぁんだガーターか。なら…堅実に一ピンずつだね」



 地面へ着地と同時に踏み込み踏み入る。上位種達は咄嗟に反応が取れるはずもなく、何が起きたかを理解するよりも先に終わりを迎えることとなる。




 確実に一突きで核を穿うがつ。血に塗れた拳は鋭く正確にソレラを打ち抜いてゆく。本来ならば殴って壊せるほどに脆くはないのだが、エディだから仕方がない。メリオスだから当然だろう。




 因みに、核は骨より柔らかく飴玉よりも硬い。連鎖的に崩れやすく、小さな傷がつけられれば、そのまま放置するだけでも自動的に破壊できるモノである。また、器官的にはもう一つの心臓であり、脳であり、まだまだ研究を進めないと真相を掴めないような得体の知れないモノなのだ。




 視界に収まる上位種を突きながらもトロペオからフォーカスは外さない。回復も早いし行動も速い。見失えば勝ち筋は限りなく薄まってしまう。だからこそ燦々と煌く瞳で捉え続ける。




 おこりの矢印が湧き、むすびの円環が浮いた。速度は際限なく上がり続け、既に零コンマを下回る。



『今度はこちらから向かわせてもらうとしよう。この我を愉しませるために精々足掻くがよいわ』


「そんなに喋ってると舌を噛むよ。…あと、もう少し周りに目を向けたらどうかな?」



 トロペオが矢印の通りに行動を開始した。エディとトロペオ自身を覆うようにキューブを出し、駆ける脚には炸裂のおまけ付き。用途は初速の勢い付けか、はたまた土煙を上げるための策略か。




 狂気に満ちた笑みにギリギリと握り締められた拳。収縮してゆく彼らを覆うキューブ。彼の軌跡は掘り返され焦げてすらいる。




 初速から一歩も地面に脚をつけることなくエディの眼前。炸裂による加速の乗った拳が向かう先は。



「あはは!面白いねコレ!」


『なっ…!?貴様っ!』



 フェイントを噛まして地面へ突き立てられる予定だった拳は、むすびの円環の示した地点に逆らうことなく到着…しようとした。が、あわれ。エディは落ち行く拳に蹴りを放ち、あらぬ方向へ捻じ曲げコレを阻止してみせた。




 炸裂を常に起こしながら拳を振るっていた為か、エディも足をそれなりに痛めたらしく、満面とはいかない笑みを浮かべ大きく声を上げている。足の皮膚は完全に焦げ落ちている故、壮絶な痛みを誤魔化すが為の大笑いなのだろう。




 余裕そうな猶予の無いエディは次の手を探り始める。




 キューブのせいで逃げ場は無く、後退は許されていない。目の前には既にひしゃげていたはずの拳が完治しているトロペオ。湧く矢印と炸裂、浮かぶ円環のカウントはずうっと先を指す。



『解るのだろう?ならば対応してみせろ』


「殴り合い…か。体力が持つかがネックだね」


『随分と弱気なことを言うではないか。この死合いの終着は近そうであるな。我は実につまらぬぞ』


「え?あぁ、僕のだと勘違いした?随分と強気なことを言うね君は」


『…貴様は楽には死なせぬぞ!クラム・メリ…』



 矢印が始まる前に拳を叩き込む。頬、腹、首に軽く一突き。角を鷲掴みして頭を下げさせ膝でお出迎えを。根本から捩じ切るようにして角を抉り取り、そして悶え始めた背中へ滅多刺し。




 肺の位置を重点的に背中から抉る。頑丈で鋭利で素晴らしい武器だね。




 炸裂の矢印がキューブ内外問わず疎らに発生。冷静さを欠いているのだろう、まぁ…無理もないか。




 炸裂するそのタイミングを視て、トロペオの身体を持ち上げ産地返送。うめき声と肉の焦げる臭いが充満するが、気にしているほど余裕はない。




 エディの目的はトロペオの意識を飛ばすこと。また、その際に出来るだけ大きな怪我はさせないようにすること。




 首がもげたり、手足が欠損してもトロペオはすぐに回復してしまう。同時に全身の細かい傷まで余さずさっぱりしてしまう。




 エディはソレを見逃さずに仮説を立てて行動をしているのだ。傷の度合いによる再生速度の差についてを。




 必殺技なら時間を稼げずに復帰してしまうが、弱連打ならばコレよりはましな速度での復帰となる。仮説に過ぎないが確証を持たざるおえない現場を何回も見ている。故に彼はコンボでハメている。




 ハメ技はウザいが確かに一つの戦略なのだ。



「っふふ…あはは!あははは!」


『この…我を馬鹿にしおって!』



 大笑いに乱れつつあった意識が引き戻されたのか、エディの拳を弾き返し、蹴りをキューブで壁を作り防いだトロペオ。間を空けずに地面が噴火し室内を焼け野原へと変貌させてゆく。




 外から見ると炸裂により赤く光る奇妙な四角形。内側で動く彼らは正しく怪異か物怪もののけか、少なくとも彼らが同族や人間だとは思えないだろう。彼らが同族や人間であることを忘れるだろう。




 内側の音や衝撃、振動に煙。その全てが外側へ漏れ出さずに収まっている。故に伝わらぬその気迫。そのせいか上位種達の興味は薄れゆく。しかし目を離すものは此処には居なかった。




 いつ、この檻の中からあの猛獣が放たれるのだろう。皇帝が万が一にも敗れてしまった際に、我々はどう戦えば良いのだろう。対策は?対処すべきはなんだ?どこを狙う?何を庇うように動いている?




 目が離せない。観客にしては息を詰めすぎている彼らは、既に逃げる機会を失っていた。先に何処かへ向かった者たちに対し、心の中で羨ましさを溢すが口から出すことはない。いや、出ない。生きる為に見続けるのだ。生き残る為に学習するのだ。




 通常の人間ならば適当にあしらえば良いのだが、あいつは違う。尋常じゃない。メリオスがこんなに規格外だなんて知らなかった。知れていたのなら来なかった。ほかの場所へ侵攻していた。




 何故我らはこんなところに来てしまった?皇帝への加勢?足元にも及ばぬ我らに何が出来よう?囮?この数ならば可能かもしれないが、悔しくも雀の涙程度の時間しか稼げないだろう。




 空に待機していたはずの翼持ちは何処へ行った?まさか全員撃ち落とされたか?まさか全滅しているのか?…まさか、我らと同様に動けないでいるとでも言うのか?




 早く…早く…!頼むから早く終わりを迎えてくれ!表情がそう物語る。




 上位種だからこそ、知能があるからこそ、彼らは身動きが取れない。



『ギギィァ…はやく…おわれよ……!』



 頼む!来なければよかった…!家に帰りたい!地底へ帰り床につきたい…!こんな紅い空間はもう嫌だ…!




 …もう、嫌だ!



『も、ももも、もういい…ギギギ…!お…俺れれはは、か、かええ…帰るぞっ…!』



 どうせバレない。数なんて気にしない。一人欠けたところで誤差だ。平気平気。




 だから、だから、今は生きて地底へ帰還するんだ…!



『じ、じじじ地面…!ほり、ほりほっ堀り返して…!それで…えっと…ふ、ふかくふか…深く!進む!』



 震えの止まらない身体をどうにか動かし、地面へと倒れ込むようにして手をつける。土を掻き始めようとする頃には既に、周囲の音なんて聴こえなくなっていた。




 地底へ帰る。ただその一心で、無我夢中で地面へ向かい爪を突き立て続ける。踏み固められていようがお構いなし、指先が血に滲もうが、爪が剥がれようが関係ない。どうせすぐ治る。治せる。




 全身が熱く呼吸も荒くなってきた。汗が絶え間なくポタポタと地中へ吸い込まれてゆくのが見える。



『はぁ…はぁ…!道は…!?どこだよ…!ギィアアヴ!!』



 道とは彼らが掘り進み通ってきた地下空洞のことである。しかし、残念ながら…エディとトロペオの戦闘の余波により崩落し塞がっている。故に、掘って当てるには二、三メートルは覚悟が必要だ。




 冷静さを欠くこのブーイはその真実に気がついていないらしく、充血により読んで字のごとく血眼となり、焦りや緊張が苛立ちへと移ろい変わってしまっている始末。




 愚かしくも地面に這うようにして一心不乱に土を投げ続けるブーイ。周囲のブーイの視界内にも当然収まってはいるはずなのだが、それを咎めるものや、それに関心を抱くものは誰一人としていない。




 皆が皆、炸裂に光るキューブへ釘付けなのだ。生存本能は逃げ帰る事よりも観て学ぶ事を選択しているのだ。



『はぁ…!はぁ…!ギィィァヴヴ…!!何処だ…!道ぃっ…!クソっ…!畜生…!始めから行かなければ…!こんなに苦しくなるはずもなかったのにっ…!ギァヴヴヴグギギィィー!!道ィィィ!!』



 重度のストレスに震え続ける彼は、未だに気がついていない。尋常じゃない汗の量にも、この異常な熱さにも。




 変質を終えたこの紅い世界にも。



『ッギィァ!?あちぃ…!熱い熱い熱いっ!なんだ!?アレが放たれたか!?皇帝の仕業か!?……ア?』




『ギィァァァ…!!何で火がついているんだ!俺の身体はァァァ!』

『ひぃぃぃ…!近づくなオマエ!一歩でもこっちに来て引火したら………なっ!?ギイァァァー!!アッチぃぃぃ!』

『コレだっ!このゆらゆらに近づくな!触れると燃え………………て…』

『何でだ!?触ってねぇぞ!なのに何で…!俺の身体は燃えているんだ!?』

『水…水が何処かにないか!?』

『ギィィァァァァァァァァァ!誰か!た、助けてくれぇぇぇぇ!』




『…ア?ア…ア…アァ……』



 周囲から自身の手元へ視線を移す。



『…ア………アアッ!?ギィ…ギィィ…ギイイぃァァァァァァァァァ!?』



 白い身体が焼け焦げてゆく。喉が急激に渇いてゆく。熱さに倒れ焼壊してゆく。地面がボコボコと沸騰してゆく。




 空に何人か待機していたのだろう。もはや原型をとどめていない黒い塊が、次々と鈍い音を引き連れて落下してきた。不憫な事にソレに巻き込まれ全身を潰される者が続出。現在の戦場はパンデミック状態であり、冷静でいられるものなど数えるまでもない。




 この紅い世界の内側はまさに灼熱地獄。



「あはっ!あははっ!やっぱりソレ、すっごく熱いね!」


『………』


「あはは……あれ?お~い………意識飛んでるね。まさか自らの炸裂で?馬鹿だなぁ」



 よく通る人間の笑い声が響き渡る。




 キューブが解かれ、二名の姿があらわとなった。方や直立で俯きピクリとすらも動かない白い化物。方やその白い化物に対して躊躇せず拳を振るい始めた血塗れの化物。




 骨の砕ける音なのか、地面へ衝突する音なのかは定かではないが、大きく後方へと吹き飛ぶ白い化物。一見すると、重篤に歪んだ頭部からして瀕死か即死。




 血塗れの化物は歩みを進めながら語る。



「ふぅ〜。なんだか調子が良いや!動く度に痛いけど…まぁ、まぁまぁまぁ…痛いってことは、僕は生きているってことさ。……この痛みが途切れるのは、勝った時と負けた時だけ。どうやら、戦いはまだ終わらないらしいね」



 焼け焦げて炭となった上位種達など、最初から居なかったかのように気にしない。



「そうだろう?トロペオさぁん?」


『ッカハ…!ゲホッゲホゲホ…!』


「………」


『き、貴様ァ…!いったい何をした?』


「おはよう。どう?まだやれそうかい?」



 矢印と円環に従い拳が迫る。



「……なぁんだ、元気だね。良かった!あはは!」


『その瞳が起こしたのだろう?この身を焦がし続ける熱さも、人ならざる程の熱に対する耐性も』



 簡単に止められた拳にギリギリと力を込めて、エディを睨みつけるように凝視するトロペオ。深紅の瞳に反射する笑みはふんわりと柔らかく、誰に対しても人受けが良さそうだ。




 熱という単語に反応して周囲に目をやるエディ。満遍なく景色を一望するのだが、特筆して述べるような異常現象やひずみは起きていないかのようにトロペオへと向き直した。




 別にブーイが炭と化していようが、目の前の化物から黒煙が立ち上ろうがお構いなし。ほんの些細なこと。



「これくらい、今年は去年より熱いな。…だとか、虫が減ったな。……だとか、その程度のものさ」



 矢印が湧き、円環が浮いた。瞬時に繰り出されるのは殴打に蹴り、炸裂に切り取り。最適に動き最低限の動きで対応した。




 完璧に抑え込めている。…のに、長年かけて顔に張り付けた笑みは剥がれかけてきて。テープだとか、ホチキスだとか、蝋だとか、何をしても完全にはくっつかなくて。




 あぁ、限界が近いな。



「はっきり言うけど、僕には時間がないし、君を倒すビジョンが浮かばない。ねぇ、どうやったら負けてくれるんだい君は。是非とも享受させて欲しいな。君が生きていけないようにするための方法を、後世を生きる若者に遺したいんだ」


『簡単に受け止めおって…!その上で良く語るではないか。時間がない?ビジョンが浮かばない?知らぬわそんなもの!我は貴様を殺したいのではない。当然、この戦いにも負けるなど望まぬ。我の目的は…』


「暇つぶし。そうだろう?…こんなに鞭打って生き続けているのに、なんだよそれ…」


『ほう?ようやくらく以外の感情が見えてきたな。それはか』



 繰り返し向けられる攻撃的な矢印をいなしながら、ずっと言えなかった言葉を連ね始める。




 日々をクラム・メリオスとして生きることを余儀なくされていただけの、完璧で、最強で、模範で、人類の頂点で、前代未聞の問題児で…たったそれだけの人間で。




 でも、その中でも確かに楽しいことも嬉しいことも沢山あって。妻を持ち、子を持ち、権力を得て、民から慕われ、兵を育て、好きな研究も出来て、世界を大きく知ることが出来て。




 多分、その時だけは、僕は、メリオスとしてじゃなく…エディとして日々の物事に対しため息を吐けていた。




 才能だとか、豪運だとか、逸脱だとか、そんなの知らない方が……いや、知ったうえで幸せな気持ちになれていた。



『クラム・メリオス、今の表情はまるで人間のようであるぞ?貴様ともあろう強者が、ただの凡庸のように見えてしまっているぞ』


「僕はエディだよ…」


『ほう…?二つの名があるとでも言うのか?』


「いいや、一つさ。僕の名はエディ=クラム・メリオス。エディであり、クラム・メリオスでもあるけれど、確かに…一人なんだ」


『貴様のような強者ならば、当然こき使われよう。人間社会がどのような愚策で動いているかは知らぬが、たった今ソレが少し知れたぞ』


「…あのさ、今から言うのは全部本当は言っては駄目なことなんだ。けど、ここにはあんた以外居ないし…もう良いかなって」



 俯きながら、なにに焦点を合わせるでもなく足元へと視線を落とす。一瞬だけ生い茂る草が見えた気がするけど、すぐに赤黒い地面へと変わった。



「皆が皆、僕に頼りきりになってきていて…いや、メリオスという偶像に縋り付き、完全な依存をしていて、正直得体のしれなさに気持ち悪いって思ってたんだ。


 幼い頃にブーイに家族を奪われただけの、たまたまメリオスと名のつく貴族に拾われただけの、復讐心を何年間も燃やし続けていただけの人間なのに。大して皆と違うところはないのに。


 なのに、皆は僕を神か何かのように祀り上げるんだ。崇め奉るんだ。


 辞めてくれって言っても、また何処かで始まってるから…正直吐き気がした。責任に押し潰されそうだった。期待と義務が僕の首を絞めていた。


 皆は何が視えているの?皆は誰に何を望んでいるの?それってエディ?クラム?……メリオス?なんなの?


 知らないよ、僕はただの一人の人間なんだから。


 帝王陛下から第零番ソロモンになって欲しいとか、爵位とか与えられたときゾッとした。僕はこの先、大帝国のために生き、大帝国のために死に、大帝国の伝説としてこの先の数十年先まで名を上げられるんだって。


 一番可哀想なのはアグルさ。あの子は強い。けど、コレを背負わせたくない。僕みたいに悩ませたくない。名もない土地でひっそりと農作業をして生きてほしい。……普通の人間として生きてほしい。


 皆が称賛の声を上げるたびに、僕と一緒に戦線に行き、そして帰還が叶わず散っていった同胞の死を悼む声が減っててさ、胸糞が悪かったよ。


 何?本人はこの国のために死ねて本望だろう?勝手なこと言うなよ馬鹿共が。聞いたことないだろ、本人からそんな言葉。死にたくないって何度叫んでいたか。知らないだろ。救えなかった僕らがどれだけ辛い思いで遺族と向き合うのか、知らないだろ。


 久しぶりに遺族の顔を見に行った時にさ、怒りに震えたんだ。だって彼ら、初めから何も無かったかのようにしているんだよ?乗り越えただとか、受け入れただとか、そんなの…散った同胞がどう思う?素直に喜んでくれるとでも?それともまたお国か?


 ある日…こうして溜まった苛立ちを減らすために、僕はストレスを発散するようにしてメリルを押し倒したんだ。…でも、嫌そうな顔してくれなくてさ、むしろ心から心配してくれたし、同情さえしてくれた。


 気づかれていたんだ。隠していたのに。


 久しぶりに涙を流した日だったよ。エルクを埋めてから泣いてなかったし。


 大帝国への不満は百は言える。…だから、完全なる信頼がおけなくて、研究成果と内容と…何も報告していないんだ。家族にすら、言えてない。言えない。あんな真実。


 ……あははっ。あははは………はぁ。最後にソトで心から笑ったのっていつなんだろ。もう、笑えないや。


 こんな気持ちになったのは……いや、この気持ちを表に出したのは、初めてかもしれない。命の恩人だと思っていたヒトが親の仇だったって…表には出さなかった。態度に出ていたかもしれないけどね。


 トロペオ・ヤッシユゲニア。君に礼を言おう。


 僕は欲しかったんだ。対等な相手が。


 心の内を吐いても馬鹿にしない、心配もしない、同情もしないような奴が。


 心の底から欲しかったんだ」



 ポタポタと地面に落ちていく液体が見えるけど、多分汗か何かだろう。泣いてるわけない。弱い自分はもういない。もう…帰ってこれない。



 顔を上げて正面を見ると、心底退屈そうな、つまらなそうな顔の化物と目が合う。深く暗く、紅く輝く瞳と。



『だから何なのだ?貴様の事情も、この国の愚かさも知ったことではない。勝手に栄え、勝手に堕ちろ』



 矢印も円環も止まず。それを受け止め躱し、避け続けて。



「ねぇ、一つ良いかい?」



 誰かにこんな事言うの、初めてかもしれないな。うわぁ、緊張するなこれ、かなり。



「僕と友達になってくれないかい?」


『断る!我は貴様を友にしない。忘れるな、貴様は我を楽しませるだけの壊れぬ玩具よ。さらに、オルバースについても見識があると言う。貴様は生かし捕らえて情報を取るのだ。安心しろ、死なせはせぬ』


「やった!死ぬまでの間よろしくね、トロペオ・ヤッシュゲニア!」


『…どうしても我を愚弄したいらしいな。確かに拒否をしたはずなのだが……貴様の耳は無くて良いのではないか?持ち腐れであろう。今すぐ抵抗をやめるのだ、さすれば根本から千切り取ってやろう。エディ=クラム・メリオスよ』



 時代の頂点が二名。規模は屋敷一つ分。争い、高め合い、煽り合い、そして互いを強者として認め合う。そんな奇妙な関係は、今後、幾星霜の時が流れようとも二度と生まれないだろう。




 楽しそうに笑みを浮かべて攻撃を受け止め続ける化物。


 不快そうに絶え間なく繰り出し続けている攻撃を不完全燃焼で終わらされている化物。




 どちらも終わりを望まず。決定打を持たない。




 この戦闘は、どちらかがイチパーセントの閃きを得るまで終わらない。九十九の努力を済ませている彼らには、あと一つだけ、その一つだけが足りていない。




 絶対に負けない化物と、絶対に勝てない化物。どちらがどちらと定義する必要は無い。



 決着が済まされるまでは、どちらもそう呼べばいい。



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