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幕間 エディ=クラム・メリオス Part17



 刹那の出来事だった。




 視界の端から端までを覆う指向性を持ち合わせた〝炸裂の矢印〟が、一途な乙女のように僕のことを見詰め続けている。その鋭利な切先がなければ、僕からも芸術として眺めることも出来ただろう。しかしその乙女は狂気的であり、躊躇うことなく襲いかかってきて。




 小規模の大爆発とでも表せばいいのか、ソレを形容するにはあまりにも類似する例が思い当たらない。それでも、無理矢理にも振り絞って表現するならば、言わばコレは水素とマッチ棒のペアリングだろう。




 そう、水素爆発だ。あの爆発的な燃焼を僕は想起した。まぁ、音はポンッ!ってよりかはパチンッ!だったけどね。



『あの身を滅ぼし、魂の一欠片まで焼き尽くさんとする爆ぜが忘れられぬのだ。そうして、我は着想と理想を同時に得たのだ。クラム・メリオス、貴様だ。貴様自身が日々感じていた我の限界値を、遥か向こうへと吹き飛ばしてくれたのだ。敵に塩を送ったのだ…貴様はな』



 嬉々として語るトロペオ。その口調から感じ取れるのは、自身のその力を試したくて仕方がなかったが、試しても手応えすら感じない相手しかいなかったこと。また、試すには、深く原理を理解してくれる相手が居なくてはつまらないという感情。




 トロペオ・ヤッシュゲニアにとってエディ=クラム・メリオスとは、単なる脅威としての存在ではなく、実在する幻想、憂いなき相手、聡明なる狂人。トロペオ自身にとって唯一の同格ライバルなのだ。




 事実として、エディ以外でトロペオと張り合える存在など、神か魔神か、はたまたそれすらも手玉にとるなにがしか。この世界において、ほんの一握りしかいないのだ。




 そして、そんな化物トロペオを愉しませる化物エディは今、



「随分と愉快そうに語るじゃないか。そんなに美味しい塩だったのかい?」



 外套は燃え散ってしまっているが、依然として正装を身に纏い、退屈そうな仕草で崩れてしまった髪型を手櫛にて直していた。




 縦、横、高さが一定な、不可視なキューブで仕切られている空間。その内側にいる上位種達ブーイは先の爆発で一匹残らず一掃されており、血肉の一欠片も一飛沫すらも跡形が無くなっている。それなのに化物エディは衣服についた砂埃を叩いている程度。




 その空間の外側には何の影響も及んでいないらしく、低木に突き刺さっているアグルは無事でいる。そして、不思議そうに不可視な壁を叩いている上位種達も同様に無傷だ。




 どうにかそのまま、彼らの意識が僕とトロペオに向き続けてくれることを願う。彼らがアグルへと集中し、その全ての矛先が向かないことを切に願う。




 正直、アグルは騎士団所属の兵士並みに強いけど、それでも同時に相手に出来るのは二体が限界だろう。今の状況、この場にいる上位種は三百は下らない。もしかしたら、まだまだ地底に残っているかもしれないし、空で待機してるかもしれない。街中でうろついている可能性だってある。




 早急にこのキューブをなんとかして、アグルを安全な場所………はないのか。大帝国中にだったね。けれど、ここよりは安全な場所は必ずある。そこへ送り届けたい。




 けれど、やっぱり現実的じゃないね。




 でも、やらないと。




 僕はメリオスだから。




 アグルのパパだから。



『……やはり意に介さぬか。なんとも末恐ろしいものだ』


「僕は君のほうが恐ろしいかな。倒すのは簡単なのに、勝つのは難しいとかさぁ……難易度調整ミスってない?」


『それは貴様も同じことよ。我から見て、貴様は人間なのかすら怪しい。…む、そうだ。貴様に聞いておきたいコトがあったのだ』



 ニヤニヤしていた顔をスンと沈めて、真剣な眼差しをこちらへ向けるトロペオ。先程まで自身の技量に恍惚とした表情を浮かべていたというのに、ソレを忘れ去ったかのように、表情筋がピクリともしなくなった。




 ブーイからする質問などたかが知れているが、トロペオは特別だ。最上位種である彼は、知能指数が教授や学者レベルにはあると推測している。現に、あの爆発も何らかの手段で生み出した技なのだろう。着想だとか言ってたし。




 物理や科学の分野に秀でていそうな気配もするし、原理を曖昧にだけ理解している。と、いうだけな気もする。いや……恐らくは両方か。使用者としてプロセスは把握しているが、説明できるほど精密には理解していない。そんな感覚だと思う。



「ブーイから質問なんて初めてされるよ。メリオスについてで良いかな?」


『ぬかせ、内容を勝手に決めるでない。我が問うのはただ一つ』



 …アグルが銃を組み替えているのが視界の隅に映る。低木と屋敷の壁のちょっとした隙間に身を隠しているらしいけど、矢印で解る。今から小銃擲弾で一掃するつもりらしい。




 内側から外側への干渉が届いていない事に気が付いているらしい。天才だねうちの子は。…んで、ブーイの一掃に加えて、外から内への干渉率の分析をしようとしているっぽい。天才だようちの子は。




 おっといけない。視界の端にばかり集中してしまっていた。




 真紅の瞳を動かして焦点を合わせると、トロペオの深紅の瞳とガチリとかち合う。ほんの少しの期待に、大方の諦め、静かなる悲しみに疑念の感情。




 して、彼が口を開く。



『我が師、我が父、我が道標、オルバース・ヤッシュゲニアについて、何か知っていることはないか?』


「………」


『何でも良い。我がすでに知っていようとも、どのような些細な情報でも構わぬ。死ぬ前に全てを吐き捨てよ。クラム・メリオス』



 ……っぷふ。



「っふふふ…!あっはは…!あははははは!」


『………』


「な~んだ。何かと思えば……っあははははは!」


『何がそんなに面白いというのだ?愚弄するというのならば…』


「待って…!違うさ。滑稽だとか、愚かしいだとか、そんなマイナスな感情で笑ったとかじゃないさ」



 はぁ〜…………何だか、見え方変わるね。なんだよもう、結局は〝最上位種ヤッシュゲニアも人間〟じゃないか。




 大胆な行進を見せてまで大帝国を侵略しに来て、そこまでしてすることが〝お父さんを探しています〟だって?何でもいいから〝父に関する情報を下さい〟だって?




 一気に変わったよ。印象が。




 得体のしれないナニカ、話の通じない魔物、感情も血も涙もない化物、手の届かぬ頂、底のない深淵。まるで違う。何一つとして違う。




 こいつは感情を持ち、知性があり、誰かを心配する心がある。



「ただ、アンタが遠い存在じゃなくなっただけさ」


『何を…』


「オルバースは生きている」


『な…!本当かっ!』


「けど、会うのは厳しいんじゃない?」



 目を見開き、その場で動揺している彼に向かい無防備に歩みを進める。キューブの外側が定期的に明るくなるが、きっとアグルの小銃擲弾だろう。音も、風も、臭いも遮断されるようだね。




 だとすれば長くはないね。この空間。そのうち酸素がなくなるだろう。




 草が無くなっている焼けた地面の上を踏み、風が吹かない空間を掻き分ける。空を見上げると、爆発による煙が霧散せずに停滞しているのが見えた。




 歩みを止めて、改めて前方を見据える。手を伸ばせば触れられる配置で向かい合う僕とトロペオ。当然、矢印の警戒を怠らない。相手も僕への警戒を常にしているね。




 目線が僕よりも少し高いな。普通のブーイならば、背丈も顔立ちも少年から青年程度でしかないのだが、トロペオはかなり違う。成年期から壮年期初期といったところだろうか。まぁ、簡単な表現で〝大人〟ってやつさ。




 何かを言いたそうに片眉を上げているトロペオに対して、旧友かのように軽々しく声をかける。その全てを示すようにと両腕をガバっと開きながら。



「彼は今、此処に居る」


『……何を言っておるのだ?』


「いや、森羅万象に在るって言うのが適切かな?この見えるもの全てがそうであり、そして、この世界内で感じている物事の全てが彼だ。君は解るかな?」


『我を愚弄しているのか?クラム・メリオスよ…』


「………なーんだ」



 眉間にシワを寄せて苛立っている察しの悪い間抜けに向けて、嘲笑気味に一言だけ。



「あぁ、そっか。ないもんねぇ、君たちには〝世界王〟なんて概念すら。自己至上主義なんだもんね?君たち」


『そんな分かり易い挑発に乗るほど…』


「挑発なんて捉えるくらいには苛ついたんだね。これだけで」


『………』



 馬鹿にするように、神経を逆なでするように、敢えてキレさせる行為へ突き進む。自殺行為だと言う人がいるかもしれない。




 しかしそれはその人にとっての自殺行為だ。僕はそうは思えないし。




 矢印の発生を確認。丁寧な市松模様に設定された切り取りによる攻撃。やはり、実行までのカウントダウンが零以下だ。




 速度が速く、周囲を覆われているこの現状は、僕が苦手とする分野の攻撃でしかない。けれど、対策も勿論考えている。苦手分野は少ないほうがいいからね。普段から思考を練ってるよ。




 この場合の対策法は、守りに徹するか、相手がミスることを願うか、瞬時に伏せて〝避けられること〟を期待するか〝範囲から少しでも外れること〟を期待するか。




 でも…一番の方法は、



『ギィッ…!?』


「やっぱり脳筋プレイだよね」



 攻撃が実行される前に蹴りをつける。そのままの意味で、股下から脳天までの一閃を蹴り上げた。その場での立ち開脚さ。もう三十路を二年くらい越えているけれど、綺麗に決まったね。まだ柔軟だ。




 トロペオの身体は右と左にそれぞれべチャリ。すぐに治るだろうけど、それはどこまで治るのかな?さっきから時間稼いでるのに、侵攻している気配が見られないな。




 弾丸に毒を仕込んでるのに。




 矢印が消失したことを確認して、周囲を見渡す。キューブ状に分離されていた世界から解放され、視界も空気もフレッシュさ。二酸化炭素濃度がどうとかは専門分野外だけれど、息も幾分かしやすい。




 …さぁ、やるなら今だ。トロペオが回復しきって意識を取り戻すまでに、アグルを避難させて上位種を減らす。全滅させるには流石に間に合わない量だから、減らす。彼の方が先に復活してしまうと思う。




 行動を決めればあとはやるだけ。仕事みたいなもんだね。いや、実際仕事として従事しているものか。




 キューブによる遮断が無くなったから、周囲の音が凄い。爆裂音とブーイの喧騒、それに、



「さぁ、メリオスが野に放たれたぞ…!」



 上位種だからこその悲鳴。知能があるからこその恐怖。畏怖。絶望。気圧されたり、腰を抜かしたり。十数年間を兵士として生きてきた者の姿を、一見温厚そうな人間から漂うには異常な雰囲気を、ひと言ひと言を告げるたびにひりつく空気を、知性ある彼らは体感する。




 あぁ、ここで終わりなんだ。と。




 その気持ちが彼らを恐慌状態へと陥らせ、その気持ちが彼ら全員に伝播していく。




 好きに逃げるといい。好きに戦うといい。好きな行動をするといい。




 どうせ、



「はぁ~…血の気が少ない者ばかりだね。隊かと思えば烏合の衆だったか」



 僕にはどの行動をとっても、悪手に過ぎないのだから。




 見えない壁から解き放たれた父親の姿を見て、アグルは緊張を逆に解いてしまう。もう大丈夫なんだと。けれど、そこで終わらない。そこで終わるともう戦えないから。終わらない。




 アグルは知っている。




 父親が常々、グビュームに対して後進の教育方法の相談をしていたり、第零番の仕事が降りる度に、一般兵でも対応出来るように対策法を練ったりと、頭を休ませる時間を作らず他の仕事も行っている事を。




 その上で自身への教育や父親としての愛を注いでくれている事を。定期的に特別休暇や食事会等のイベントを行い、屋敷の従業員へ対してのメンタルケアをしている事を。




 いずれは父親の跡を継ぐ立場である自分自身に対して、今以上の重圧が掛からないように地盤を固めている事を。




 アグルはこの世の誰よりも理解している。




 今この状況で、自分自身が邪魔になってしまっていることにも。



「…僕はパパの手伝いがしたかったのに。僕には出せないや、あんなに覇気のある眼差しなんて」


『ッギィ…!』


「っうわぁ…!?」


『こいつを…!こいつを人質にすれば…!』



 いつの間にかすぐ目の前までブーイが来ていた。思考に集中しすぎて眼が疎かになっていたことをアグルは自覚する。




 思わず父親の方へと目線を向けてしまうが、父親はコチラを見ることはなかった。気にかけている様子も感じ取れない。




 息子を信頼しての行動か、諦めて目の前の敵に集中しているのか。




 アグルはコレを選択せず。前者の結果となるように動き出す。



『腕の一本は仕方がないよなぁ…?』


「成長するときが来たんだ…」


『ほぉら、怖がっても時間の無駄だからさっさとおいで』


「僕も、戦える。僕も戦える」



 乱暴に腕を伸ばしてくる悪魔へ、組み直した銃の先を向ける。照準を合わせた後、引き金に指を掛けて反動を最小限に構えた。




 相手との距離はすでに一メートル未満、確実に外しはしないが、その分だけ正確に急所を撃ち抜き、仕留めなくては自らが危うい距離。核か、首か、脳か、迫る選択とタイムリミット。




 アグルの選択は断然…首である。



「ふぅ~…」



 集中し、引き金を引く。




 この距離ならば、この距離ならば、この距離ならば!…いける!…と、経験の浅い少年は考えていた。




 相手は上位種。忘れるな。



『っぶねぇ!』


「なぁ…!?」



 銃の先を手の甲で払い除け、その照準をあらぬ方向へと動かされたアグル。彼の額にブワッと脂汗が滲み出る。黒い瞳に白い笑顔が反射する。



「そ、そんな…いや、まだっ!」



 銃の方向を正そうとするが、目の前の上位種に銃身を掴まれ止められる。




 掴まれている部分をカコンと外して組み直そうとするが、瞬時に上がった蹄に空高く蹴り弾かれる。




 咄嗟に地面から土を一掴みし、目潰しがわりにぶち撒けて脳震盪を狙って殴り抜ける。…しかし、容易にパシッと止められて。




 エディが異常なだけで、上位種とはこうだ。コレが普通なのだ。忘れるな。目の前の敵は上位種だ。核を破壊するか、再生不能まで損傷させるかしないと倒せないくせに、治癒能力が異常に高くすぐに再生する化物だ。




 それを決して忘れるな。




 自分が〝この距離で〟上位種に敵うわけないことを。



『おとなしくしろよ…?ギィァァ…』


「っひぃ……!う、うああぁ…!」



 パパ!助けてっ!




   ▲   ▲   ▲   ▲   ▲




「っパ…パ…?」



 腕が伸ばされ思わず目を瞑ってしまったアグル。しかし、次の瞬間には周囲の音が完全に遮断され、雪の冷たさが、血の臭いが、見える景色そのものが無へと変わった。




 ここは何も無い。存在という概念を疑うほどに、視えず、感じず、捉えられず、触れず、ただ在るのは虚ろな世界、一つのみ。




 うまく動かない身体を捻じり、向きをどうにか変えると、圧倒的な上位存在がそこに居た。誰が定義したでもないが、そう感じざるおえない風格と様相をしているのだ。




 白い髪、白い肌、真紅の瞳、黒い羽に黒い尻尾。その体長は五メートル程度はあるだろう。あぐらをかいて、膝に肘を立てて頬杖をついている姿勢で、性別不明の存在はコチラを見詰めている。




 思わず吸い込まれてしまいそうになる美貌と妖しさ。敵だと認識しようにも敵意が感じ取れず、味方と認識するには妖しすぎる。




 相手はアグルへ微笑みをかけて、恐ろしいほどに優しい顔で告げた。



「hi、初めまして。羅針裏の統一者であり懐中表の統一者、時板神じばんしんメリオス。その末裔アグル・メリオス」



 何もない世界では何も感じ取れず。感じ取れるものが生まれると、それ以外の情報がないせいで鮮明かつ明瞭にダイレクトに魂へと響く。




 無意識のうちに魂ごと心を揺さぶる声。落ち着くような、気分の高鳴りを抑えるような染み込む声。けれども、残念なことにソレは悪魔の呼び声である。本来なら傾けてはいけないいざないである。




 決して受け入れてはいけないモノである。



「さぁ、何を欲しますか?」



 現状をうまく捉えられないまま、工程は無造作に続いてゆく。アグルは既に、終へ進むベルトコンベアの面上に置かれているのだ。




 正体不明の白い巨大な人。家屋と同等の背丈の人。




 アグルは取引の魔神を知らない。取引をするとどうなるのか。リスクとリタン。世界王からの扱いの変化。種の変貌。そのどれもを知らない。




 父親エディの個人研究は誰にも共有されていない。それは愛息子アグルも例外ではない。



「何を欲す…?」



 純粋な善意に、平等な招待。全ては取引の魔神の厚意による行動。そこに下心なんてものはない。だからこそたちが悪い。



「はい。何でも欲したものを与えましょう」


「欲したものを…何でも与える?」



 耳に入ってしまう甘い誘惑。アグルはそれを疑えずに従うのみ。



「それって本当に何でもなの?存在していなくとも?」



 工程は無造作に進む。本人が望もうが、拒否しようが、進む速度は変わらない。乗ってしまった時点で途中下車は不可能。




 いつの間にか握らされていた乗車券は片道切符。捨てることも渡さないことも出来ない、魔の紙切れ。



「はい。どんなモノでも際限はありません」


「……っじゃ、じゃあさ…!じゃあさじゃあさ!」



 無邪気な子供は大きくはしゃぐ。



「僕を最強にしてよ!すっごく強くて!誰にも負けなくて!パパが楽になれるくらい最強に!」



 何も知らずに嬉々として願うアグル。対するは朗らかに微笑むばかりの魔神。



「最強にですね。はい、了……承…うん?」


「…?どうしたの?」


「……そんな!」



 けれど、その微笑みは瞬時に消え失せ、白い肌が青ざめていく。驚きに目を見開き、身体を震わせ始める。全身から汗を噴き出し、恐る恐ると空を見上げる。




 まるで、何かに怯えるように。口をパクパクと動かしながら目で何かを追いかける。



「そこに何か居るの?」


『悪いね』


「っうわぁ…!?」



 何者かに胸元を押され後ろへ倒れ込む。しかし、地面へ到達しない。いつまでも落ちて行く感覚だけがある。




 そのうち真の意味で何も視えなくなり、握りしめていたはずの電車のキップは消失した。




   ▲   ▲   ▲   ▲   ▲




 空気の寒さが戻り、雪の冷たさが戻り、周囲の喧騒が戻り、血の臭いが戻り、身体の感覚が戻り、視界が明瞭になり、事態が全て元通り。




 伸ばされる上位種の腕が自身へ到達しようとしている。ソレを思い出すまでにワンテンポ遅れた少年は、しかし冷静だった。



「胸が温かい…眼が…熱い…!」


『人質ゲッ………』



 両目を抑えてうずくまる少年。ソレに向かい伸びていた腕は、重量のある音と共に隣へ逸れた。




 熱さに堪えてどうにか確認をすると、先の上位種が倒れ伏しているのが見える。背中に一箇所しかない傷から考えられるのは、一撃の核破壊という神業に等しい芸当。




 いったい誰がこんな事をしたのだろう。…と、アグルは思う。パパ…?…と、アグルは思う。




 その解答を得るのに時間は要さなかった。白い肌に白い髪、真紅の瞳に手元に握られたつるぎ。焦りに満ちた表情と、



「一秒前…?」


『さっさと逃げるぞっ…!』



 矢印が伸び、手が伸びる。優しく慎重に触れられて、抱きかかえられる。先の見えない矢印が伸びて、そのまま遠方へと周囲は移り変わり始めた。




 矢印に記載されている名は。




魅夜鵡逆ミヨノムサカ…?」




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