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幕間 エディ=クラム・メリオス Part16



 天道様が山の向こう側へ見回りしに行き、ケージのように人々を丸く囲む空に、よく冷えた黒い布を降ろした。…そんな頃おいの事だった。




 未だ初雪から間もない、毎年のように訪れている季節の移り目に、また別の、白いモノが振り注いでは地を赤黒く染めてゆく。




 実験なのかリハーサルなのかは定かではないが、奴らは初めに、帝都や貴族の管理する領土を避けてうんと離れた農村に向かい同族を投下した。




 いくら地面からの襲撃を対策したとしても、まるで意味を成さない…新しい襲撃。瓦を隙間なく重ねて敷こうが、煉瓦を試行錯誤を重ねて積み立てようが、どんなに厚みや硬さを重視しようが、奴らの身体は頑強だった。




 無駄に体重があり、刃を真っ直ぐに立てなくては通らない外皮もある。更にその下には筋繊維が無数に張り巡らされている。兵士の中で、一刀で両断できる者は一流と謳われる程には傷をつけにくいのだ。




 今回の襲撃では、そんなモノが降り注いだのだ。人の目で捉えるには雲が邪魔をするほど、名を覚えられるほどに山頂の高い山々をも見下ろせるほどの遥か上空から、奴らは。




 推定では、翼の生えたブーイと数だけはいる普遍種の捨て駒のブーイ。それに指示をした知能のある上位種、または特異種の上振れ。そして、総括として最上位種のヤッシュゲニア。コレラが本格的に行動を開始したモノだと結論づけられている。




 緊急招集する間もなく、各地の騎士団などの国家戦力は待機を命じられた。近隣の警備と警戒を、持ち場だけは確実に護り抜くようにと。何故ならば、今回の襲撃はグランドライト大帝国全域に対しての、今までのブーイの侵攻を考えれば大胆すぎる進撃なのである。




 僕と五代氏族のトップ、帝王陛下とその最重要親衛部隊の方々は、各々が周囲の警戒に当たりながらもグランドライト帝王陛下の御力で遠隔で情報を共有し会議をしている。




 今回の攻防戦は歴史に記録されるだろうと、帝王陛下の口から直々に言い放たれた時、僕の心臓は緊張に高鳴った。感じたことのない…形容の仕様もない高鳴り方をしていた。




 どうやら、大帝国の上位戦力の治める地に対して、上位種の上澄み、それに加えて僕の所へ最上位種の翼竜グナトゥスが、帝王陛下の城へは脚竜アルトゥスが、僕のお義父さん…ヅェッツライト大公の所へは古鯨ペルケトゥスが仕向けられているようだ。




 帝王陛下は本来、戦線に出ても無傷で帰ってこられるほどに強い。それこそ、戦線をはしご出来るほどに。それでも護衛が付くのは、周囲へ対して舐められる為と教えてくれたのを覚えている。




 理由を尋ねたら、経験上その方が相手の隙が大きいらしい。強いと警戒してかかられるよりも、雑魚だと舐めプされる方が対峙しやすいのだと。僕も試したかったけれど、メリオスの名は余りにも広がり過ぎているから不可能でした。




 グランドライト帝王陛下の御力は強大で、始まる前から戦線の攻め方が解るらしい。しかし、未来予知とは似て非なるものなのらしい。




 そんな力を持ってしても、今回の戦線…いや、大帝国とブーイの大戦争は厳しいモノのようだ。




 御力で伝達される情報は帝王陛下の声で届くのだが、力強くも震えが混じっている。それでも平静を保てているのは帝王としての矜持きょうじか、はたまた。




 けれど、その震えが逆に力をくれた。どんなに強く気高くとも、帝王陛下も一人の兵士なのだと知ることが出来たからだ。お陰で僕も、ただの一人の兵士なのだと思い出せた。一国の王でも、神様でもない…愛する家族と平和に過ごしたいだけの仕事に忙しい父親なのだと思い出せた。




 上に立つものが必ずしも弱みを見せてはいけない訳ではないと知ることが出来た。




 正装で屋敷のベランダに立ち、視界の隅から隅へと立て続けに発生する下向きの矢印を真紅に染まった瞳で追いながら、右耳を覆っていた右手を離す。帝王陛下からの情報が途切れ、城の強襲と同時に、大戦争が始まったと理解したから。




 事前に避難させていた家族や全領民、持ち場に着く兵士達を心配する気持ちが止まらない。自分だけが対象ではないから、胃の中のぐるぐるが活発化になっている。胸の中のざわざわが深刻化している。




 冬の風に靡く外套に、一粒ずつ水分の多めな雪が張り付く。視界の中央に、定期的に白い煙が湧いては霧散する。メリオス家の家紋が刻印された得物を撫でると、気のせいか勇気をもらえる。けれど、指の震えを同時に感じた。




 ベランダの柵の上に立ち、積もっていた雪でめちゃくちゃズッコケそうになるのを堪えて庭園へと飛び降りる。植え替えて久しい椿つばきつぼみは未だ開いていないが、開く前に庭ごと無くなるかもしれない。




 皆はどこまで行けているだろう。大帝国全域の襲撃だから、何処に逃げてもブーイは居るはずだ。上位種数人と、普遍種が数十で隊列を成して進行して来ていると帝王陛下もおっしゃっていた。……一応、グビュームは上位種と戦える。けれど、多対一では不安が勝る。




 今は願うしかないね。彼らが対峙しない事を。彼らが無事に生き残る事を。




 庭園の中央へ足跡を残しながら進む。冬の凍結に備えて水を止めた噴水には、まだ何も知らない小鳥の夫婦が水を浴びに来ていた。



「ここは今から更地になるんだ。…悪いけれど、隣の国まで飛んで行ってくれないかい?」



 近づいて軽くしゃがみ込み、声をかけた。そうして気がついた。声が震えていることに。自身の想定よりも遥かに緊張してしまっていることに。




 こちらの意図を理解したのか、それとも異種族の自らの体躯よりも何十回りも巨大な存在から距離をとったのか。彼らは飛び去ってくれた。




 ため息をついてから立ち上がり、そして見据える。




 まるで誰かがそこに降り立つとでも言いたげな矢印を。




 残り二十二分。もどかしさも感じられるほどに長く、それと同時に家族や領民が逃げるには心もとない短さの時間。




 アグルが話せるようになり、メナテアの身体も健康的になった。メナテアが連れてきた赤ん坊も育ち、アグルの弟的なポジションに落ち着いた。名付けは僕にして欲しいって頼まれてしまって、急いで名前を考えて付けたのが記憶に新しい。




 どうしてこうも過去の情景が浮かぶのだろう?




 …さぁ、気を引き締め直せメリオス。




 正門前にも矢印はある。推測では上位種のみで構成された、言わば特殊部隊みたいなエリート部隊。恐らくは厄介な特徴を有している〝特異種上がりの部隊〟だろう。…これじゃ、そのままの意味の特殊部隊だね。




 …なるほど。これはこれは…知能が高いな。今回ばかりは上位種程度と言えど骨が折れそうだよ。




 空から急速に接近する矢印が複数。翼を持つブーイだろう。…アイツラが最上位種の翼竜グナトゥス…いや、トロペオ・ヤッシュゲニアの探知を手助けしているのだろう。




 そして、十分後には僕見つけて降りてくる。うん、トロペオの降りてくる矢印の方が圧倒的に速く降りてくるね。情報を掴んだ途端に降りてくるって事だろう。恨みを買い過ぎた自覚しかないから納得さ。




 そして、矢印は空だけに留まらない。




 空と正門とほぼ同時、地中から来る。掘り進めているんだ。彼らがいつも地中から湧き出てくるのは、地下にある本拠地から前を掘り、その土で後ろを埋めて地上へ来ているからだ。個々の回復力が高いから、どんなに無理な方法で土を掘っても、手指の傷が楽々に治るっていう利点を彼らブーイは遺憾なく発揮しているのさ。




 本当に、何処へ行っても逃げ道はない。




 陸海空の全てに拠点を構えて、知能があり、そして人間を襲う。でも、これはブーイ側の視点に裏返しても同様だろう。




 どんな対策をしても、防波堤を高く積み上げても、まだまだ上から越えてくる知能。なかなかに厄介極まりないよ。



「………あと、二分…か」



 長いと思っていたのに、随分と短いじゃないか。




 さぁ、どう動こうか。




 地中から出てくる奴らは地上へ顔を出す瞬間に、モグラ叩きの要領でなんとか出来そうだ。空はそうだなぁ…トロペオの初撃を躱しながら確実に潰そう。正門から来るのは楽だね。一直線上に固まっているのならばタックルで残らず肉塊に出来るだろう。




 僕の本戦はトロペオだ。厄介な上位種に絡まれないように気をつけて、核を破壊して回ろう。




 僕側が言うのは解釈違いだけれど、皆殺しにしてやる。



「……一番速い…トロペオ…十秒前」



 次に早い…空、次に早い…正門と地中。




 初撃だけは食らってはならない。相手もそう考えているだろう。僕らはお互いに一撃で屠れるから慎重だ。



「…五秒前……」


「あっ!パパ見つけた!」


「っぅ…!?」



 直後、大地が揺れ、庭園内に積もっていた雪が発生した衝撃波で一掃されて、乾いた大地が顔を出す。やけに明るくなったと思えば、雲に大穴が開いて真ん丸としたお月様がこちらの様子を窺っていた。




 続いて発生する異常な速度の矢印、二つ伸びて来ているから二撃加えるつもりなのだろう。得物に左手をかけながら軽く地面を足で叩き横へステップ、得物を腰から引き抜き首元へ二発撃ち込む。



『ギィ…!』


「っはぁ…っはぁ……」



 次なる矢印は湧いていない。しかし油断は出来ない。こいつは脊髄反射で攻撃を仕掛けてくるから、矢印の発生と実行までのタイムラグがほぼ無いんだ。




 地面を足でめくり上げてしまったせいで、トロペオの輪郭が掴めないし、しっかりと姿を捉えられない。あいつは今どこを視ている?何を狙っている?



『…どうやら、動きは鈍っていないらしいな。むしろ洗練されているほどだ。我が直々に賞賛の言葉を贈ってやろう』


「あれ?二発ともモロに食らっているじゃないか。まさか、君はずっと寝て過ごしていたのかい?確かに、地中は快適に眠れそうだ。地域によっては埋葬するくらいだしね」


『趣味の愚弄癖は治っていなかったか…どうやら、人間というものは常に何かをわずらっているらしい。クラム・メリオスよ、ねずみでもしょくしてみたらどうだ?足りないものが補われて、少しは利口になることだろう』


「何しに来たのかと思えば、まさかお喋りでもしに来たのかい?話せる知能を持つのが少なくて寂しいんだねぇ…あぁほんと可哀想だよ。トロペオ・ヤッシュゲニア、そんな君にこそねずみが必要だろう?いや、もしかして我慢出来ずに食べてしまうのかな?ならなるほど、どうりでお利口さんなわけだよ」



 砂埃が晴れて姿があらわになる。




 白亜に染まった体躯と毛髪。深紅の瞳。後頭部に向かい撫でつけられているオールバックな髪型。額に生えた、捻れるように後頭部へ向かい伸びている深紅色の一本角。




 数年前と変わらぬ出で立ちだ。




 完全に人間のカタチになっており、その首に空いていた大穴が塞がってゆくのが、砂埃が晴れてゆくタイミングで辛うじて目で捉えられた。なので少し煽り、底を図ろうとしていたのだけれど、耐性がお有りのようで。




 撃った弾丸はしっかりと二発とも命中している。…けれど、その弾丸は何処にも落ちていない。トロペオがこっそりと隠し持った可能性がある。警戒しよう。



「パパ…?」


『…ぬぅ?ほう、貴様の息子か』


「すまないね。連携ミスがあったらしい」


『子供の動きは常に予測できぬ。なぜ目を離したのだ?連携ミスなどと、自分以外に対しても責任を負わせるでない。ソレは貴様の怠慢である』


「………」



 め、めちゃくちゃまともなこと言いやがって…!何も言い返せないじゃないか…なんか、悔しい!いやほんと、みっともないけれど…悔しいな!無意識にトロペオを下に見ていたからこそ、感心ではなく悔しさが出たのだろうね。




 にしても、アグルは何故ここに居るんだ?避難させたはずなんだけれど、こっそり抜け出してきたとか?いやぁ、子供って予測不能だ。どう護り抜こう?



「パパっ!この白いおじさんが敵?倒したらクリア?」


「アグル…どうしてここに来たんだ!命を落としかねない行動だよ!」


『あぁあぁ、怒り慣れていないのが丸わかりであるな。我は見ていて恥ずかしくなる』



 はい、怒り慣れてないです。怒る機会なんてあまり訪れないし、むしろ褒めることの方が多かったからさぁ。



「えっ…と、手伝いたくてさ!僕だって戦えるよ!だってほら…!メリオスって凄いんでしょ?なら僕も…」


「馬鹿っ!」


「え…?パ、パパ?」


「僕の大馬鹿野郎………!!」



 やっぱり怒れない。僕は僕に対してしか怒る経験がないから。僕以外への怒り方も、その何もかもをよく知らない。…パパはどう怒っていたかな?駄目だ…怒られるようなことしてないや。




 確かに、アグルは年齢を考えるとかなり強い。でも、経験や技術が足りていない。メリオス家の力についてもまだ説明していない。




 アグルはまだ、戦いには適していない。命のやり取りなんてまだ早い。…けれど、メリオスならば?



「…アグル」


「は、はいパパ!」


「…僕の銃の使い方は解るよね?」


「うん、全パターンが頭のなかに入ってるよ。組み直しだって得意だもんね」


「…上位種への動き方も分かるかな?」


「もちろん!核を破壊するんだよね。それと…損傷が致命的ならそのまま倒せる!」


「そうそう」



 腕を組んでこちらを眺めているトロペオ。暇そうにこちらの会話に耳を傾け、頷いて反応を示してきている。まるで親戚のおじさんみたいなポジションだ。




 子供に対しては寛容なのかもしれない。何かあれば甘さを出して、アグルだけは逃がしてくれる可能性もあるな。まぁ、あくまでも可能性。ほんの少しだけしかない不確定要素だ。




 だから…どうにかアグルを逃がすタイミングを探さないと。




 それに、もう到達する。空から翼持ちが降りてくる。



「よいしょ…っと…」


「あはは、まだ重たいかな?」


「へーきだよ!重たくなんか…ないもんね…!」


「そっか…」



 アグルへ得物を譲り渡し、空から来るブーイの位置と数を教えた。地中から顔を出してくるブーイの位置と数を教えた。正門から侵入してくるブーイの楽な一掃の仕方を助言した。




 頭を撫でてアグルの表情の強張りを払い、僕自身も立ち上がり、トロペオの方へと向き直る。



『最期の教育は終えたか』


「…だね。わざわざ待ってくれて、敵ながら感謝するよ。さぁ、リスタートといこう」


『あまり楽に死んでくれるなよ?クラム・メリオスよ』


「僕に対して底は見せないでくれよ?トロペオ・ヤッシュゲニア」



 お互いに緊張感を張り巡らせ、集中力と心拍を高める。未だにトロペオから矢印が湧いてこないのは、あちら側も様子を窺っているからなのだろう。何か起点となるものがあれば、間違いなく即座に動きを見せてくるはずだ。そして、その起点も直に。




 空を観察していたアグルが、その手に構える変化自在な銃の標準をナニカに対してビタリと合わせ、銃先を追わせ始めた。確実に当てるために、当てられる距離になるまで待っているんだろう。焦らないうちの子は本当に頭が良い。



「よし…この距離なら行ける…!」



 瞬きすらもお互いにせず好機を待っているうちに、ソレラはアグルの銃声が響いた後に落ちてきた。視界の隅にべチャリと、銃声が鳴るたび確実に一体は肉塊となっているのだ。精度が高いうちの子は天才だ。




 …なるほど、ペレグリンブーイだったか。それなのに降りてくるのに時間がかかったということは、大気圏ギリギリまで上昇していたのではなかろうか。




 矢印は未だ湧いていない。カウンターを狙っているのだろうか?…それとも、遥か遠いところに意識を集中させている?




 次々と降り注ぐペレグリンの肉片や臓物、血液の飛沫。生暖かくて不愉快さが拭えないのだが、そのうち気にならなくなるほど浴びることになる。




 相手の出方を窺う受けの姿勢は本来なら僕の得意な分野ではない。いつこの我慢が限界に達するか。




 動いたって問題はなさそうだけれど、トロペオがどれだけ速度を成長させているのかが判っていない。そのままの意味で速度に特化しているだけ…ならいいけれど、こいつはその上で頑丈であり強靭だ。




 僕でさえ下手をすれば即死してしまうだろうね。



「うわぁっ…!?」


「アグルっ!」



 突然、斜め後方から愛息子の悲鳴が聴こえて、咄嗟に振り返ってしまった。…いや、振り返れてよかった。手遅れになる前に気がつけて本当によかった。



「な…」


「ぺぺっ…!汚い…眼球が口に入った…!」


「っ…!」



 …っぶない!!前言撤回だよ!コイツは…トロペオ・ヤッシュゲニアは子供だろうがお構いなしだった…!自分自身に腹が立つけれど、今は反省している時間すら惜しい…!




 アグルの首に対して、恐ろしいほどに綺麗なキューブが…その矢印が巻き付いていたのだ。悲鳴を聞けなければ、そのまま胴から首が無くなり、頭と泣き別れする状態へ陥っていただろう。



『ックハハハハァ〜…!!誤算だがいい顔が見れたぞ!』


「ごめんなさいっ!パパ!」



 アグルを抱きかかえた状態でトロペオから距離をとるようにステップを踏む。火蓋は切られた。アイツはここから動き始める…!




 視界内に大量のキューブ状の歪みと矢印が発生し、そして消えてゆく。不可視かつ致命的な攻撃で同時に複数展開可能。それに加えて矢印が発生するのとタイムラグが零以下。チートだよ、まったく。




 パターン的にそろそろ…ほら、後ろにステップを踏むだろうとキューブが湧いた。



『貴様のその眼の動き方は視えている…いや、予め解っているように感じ取れる。だとすれば厄介極まりない』


「お互い様だろっ!」



 時間が来た。これから正門と地中からブーイが押し寄せてくる。




 カウントが終わり、地面が心臓のように脈打ち始め、そして崩壊し庭園に復興困難な大穴が空いた。内から湧いて出る白い集団は、まるで腐肉の中を貪り尽くす蛆虫の様で。



『……ッギィア!…はぁっ…』『…グィググ!ふぅ~…』『っしゃあ!地上だっ!』『ひゃははは!』『皇帝!?なぜこんなところに…?』『ペレグリンが全滅していやがるぞ!』『やはり腑抜けだ』『向こうからさらに援軍も来ているなぁ!』『人間の男とガキが居るぞ!』『この屋敷、ずいぶんとお高そうじゃねぇか!』『おいっ!あのマーク…』『げげっ…天下のメリオス様じゃねぇかよ!』『皇帝が居るんだ!口を慎め!』『雪崩込めなだれこめ!』『後ろ詰まってるぞ!』『地上の穴広げろ!』『痛ぇな!てめぇの斧が当たったぞ!』『斧で切れる軟弱な身体が悪ぃ!』『喧嘩している場合じゃねえだろ!』『うわ眩しっ!』『いやお前夜だぞ?』『どっちが多く鼻を集められるか勝負しようぜ!『乗った!』『その勝負俺も付き合うぜ!』『初陣だけど数が数だからな!』『心配いらねぇよ!人間って雑魚だからさ!』『あ……』『おいおい!どうしたよ?怖気付いたかぁ?』『女何人いっかな〜』『おっ、食肉か?』『マニアだなあんた』『いっちょやってやるか!』


「っひぃ…………!!」


「なんだ、これくらいか…」



 アグルは小さく悲鳴を上げて、僕は大穴から視線をトロペオに移し直す。…すると直ぐ様目が合った。大穴を気にもとめずに、その背後…正門から押し寄せる同胞へ興味を示さずに、奴は僕を一点に見つめていた。




 進軍が本格的に押し寄せても、キューブ状に切り取る攻撃は絶え間なく襲いかかってきている。その攻撃範囲に同胞が巻き込まれていても構わず実行されるから、逆にそれが動きやすくて助かっている僕だ。



「銃を」


「は、はい、パパっ!」



 アグルへ声を掛けて得物を受け取り、正門とトロペオが一直線に並ぶ地点まで横跳びを。常人ならすぐに着地してしまう程の距離の移動だけれど、僕はそのまま、空中で組み直した機関銃を片手に構えてぶっ放した。




 弾数については、改良に改良を重ねた結果、五代氏族の方々の協力もあり…一番弾数消費の多い機関銃スタイルでさえ、丸一日は連射し続けられるようになっている。




 一発一発が高い貫通力でブーイを〝通過〟し、弾丸の形状にそぐわぬ螺旋状の大穴を空ける。おかげで、こうしてわざと散弾させて撃つほうが効果範囲が広くて強力なのだ。




 核から離れた位置を通過しようとも、特殊な傷跡が残るために動きが鈍くなる仕様。その仕様とこの機関銃スタイルは相性が良くて、数撃ちゃ当たるという言葉がよく似合う。




 トロペオへの軌道上に居たせいで巻き込まれたブーイ達は、皆して肉塊になっているか消失しているか。まぁ、後者の方が多いのは火を見るより明らかだろう。弾数が弾数だしね。



『実にくだらぬな。本気を出せば、コレより速くなれるはずであろう?何故そうしない?』



 全弾命中してもなお、さも当然の如く何事も無かったかのように無傷とかやめて欲しいな。周りの上位種を見習って狼狽えるか息絶えるかしてくれよ。




 まったく…愉しい相手だよ。




 地面へと着地し、アグルを抱きかかえながらも慣れた手つきで銃を組み直す。壊れない玩具、無限の的、理想的なモルモット。やはりトロペオ、僕の好敵手は君だ。



「本気じゃないのはお互い様だろう?今は君と何の気兼ねもなく殺り合う為の舞台を整えているのさ。協力してくれると有難いんだけど、その力でまるっと切り取ってくれないか?」


『ほう、我の力について中々に良く理解しているではないか。褒めて遣わそう。先の愚申、貴様の頑張り次第では考えてやらんこともないぞ?』


「その手は桑名くわなの焼きはまぐりだね。…でも、本当にしてくれるのなら頑張っちゃおうかな〜?」



 手元に出来上がった得物を使用する機会を窺いながら、テンポの上昇したトロペオのトリミング攻撃の回避を継続する。急制動への耐性をつけさせる訓練をアグルにも施しておいて良かったよ。まぁ、それでも酔ってるみたいだけれど。




 いや、この光景に脳が刺激されているのか。当然、悪い意味でね。僕は慣れてしまった…いや、もう気にしなくなったの方が個人的に正しい表現な気がするけれど、敢えて述べよう。僕は穢に慣れてしまったんだ。




 人の感性としては悪いことなのかもしれない。…が、戦線へ赴く一兵士としてならば、コレは吉兆、素晴らしい適応となる。いちいち狼狽して、次へと踏み出すことに躊躇が生まれてしまうよりは…そのせいで出遅れて護りたいものも護れない事態となるのならば、クラムは喜んでエディを捨て去る。家内安全は客観的にも素晴らしいことだろう?



『さぁ、コレはどう解釈するのだ?クラム・メリオスよ。我は試してみたくなった。貴様の奇怪なその瞳の動きに対してな』



 トロペオがキューブ状に切り取る攻撃を止め、腕組を解き、そのまま右腕を前方へと突出した。そして見える、いや…魅せつけられているその〝手の形〟は。



「コレは……まずいっ!」


「っうわあああぁぁぁ〜〜〜…………!?」



 咄嗟にアグルへ得物を押し付けて、僕の後方、綺麗に整えられた低木に…ソレの範囲外に向かいぶん投げた。綺麗に整えてくれていた庭師には申し訳ないけれど、しばらく優先事項に謝罪を入れるつもりはない。今はただ備えを。



『ほう、やはり視えておるのだな?』


「…まあね。にしても器用なことをするじゃないか」



 にやりと人の悪い笑みを浮かべるトロペオ。




 瞬間、この世界は一辺が二十メートルの正方形型にまで収縮されてしまった。超広範囲の切り取り攻撃の内側へ、どうやら僕は収監されてしまったらしい。




 見渡せば状況に困惑しているブーイ達もいるし、範囲の境界へいた不幸なブーイも半身だけいる。この攻撃はただ切り取るだけではなく、隔離も出来るようだ。




 いや…元々の発動の流れがそうなのかもしれない。隔離して、そして切り取る。この空間は、ソレを隔離の段階で留めただけなのかもしれないな。



『これはリスペクト。そして、我からの褒美というものだ』




 にやりと、笑みのシワを深くしていきながらも、決して僕からは視線を外さないトロペオ。その身体は静止画のように固定されており、周囲のブーイ達が機敏に動いている分だけ余計に存在感が際立っている。



『これしきで易易と死んでくれるでないぞ?』



 言い終わると同時、その〝手の狐〟が甲高く鳴いた。




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