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迷える君を 望む場所へと(書き直し前)  作者: 差氏 ミズキ
エディ編
35/35

幕間 エディ=クラム・メリオス Part15



 執務室へ帰還するなり、力なくソファへと倒れ込む男が居た。バフッ…と音を立てて身体が沈み込み、そしてそのまま目を閉じようと、



「メリオス子爵、客人用のソファで寝てはいけませんよ。今回の任務でナニカがあったのはお察ししますが、せめて寝室にでも…」


「…だね。いや、やっぱいいや。こんな気持ちのときは仕事を進めるべきだ!さぁ、帝王陛下への任務遂行の書類を書くぞ〜!」


「…ご無理はなさらず」


「グビューム、第零番の押印おういんと」


「いつものインクでございますね」


「そう、それと」


「コーヒーはこちらにございます」


「あ、ありがとう。仕事が早いねいつも」



 ソファから起き上がり、執務机へと腰掛ける。そのころには既にインクは用意されており、報告書類を書く準備は整っている。




 さぁ、仔細を書き連ねようか。



「………」



 兵士の家の中へと押し入ると、他方から凶器が飛んできた。扉を開けると連動して射出される仕組みらしく、一歩入り口から引こうと後方へと下がろうと試みるが、なんとも用意周到にいつの間にか壁があって背中がぶつかった。




 仕方なく飛んできた刃物類を一つ一つ掴み取り対処した後、今度こそ家の中へと土足で上がる。…と、どうやら床に強力な粘着物を塗り込んでいたようで、靴が離れなくなった。




 床板ごと引き剥がして突き進もうとその足を上げると、床下にも細工が施されていたのか…床板ごと足を貫かんとする勢いで、鉄製の槍が飛び出す。




 見事に床板までは突き抜け、そして靴底でピタリと止まった槍を素手で引き抜こうとして掴むと、ぬらっとした蛙のような感触がした。




 どうやら毒が塗られていたらしい。僕が被害者で良かった。




 結局ぬるぬるして槍は引き抜けなかったので、なにも塗られていない床板の側面へと指をねじ込み、そして力ずくで床板ごと靴から引き剥がす。




 床板の表面だけは靴の裏に残ってしまったが、大した弊害にはならないだろうと放置。




 未だに玄関且つ一歩目で、リビングにも上がれていないというのにこの仕掛けの量。先が思いやられるが敢えて全てに引っかかって進むと決めた。




 心からねじ伏せる。ただの人間じゃあ、メリオスには何も出来ないと分からせるのさ。




 …だから、二歩目もベタベタな床の上に。引き剥がして槍を待ち、そして靴から引き剥がす。




 しかし三歩目になると構造がかわり、ぐるりと床板が回転して足が床下へと降ろされた。引き抜こうと軽く足を引っ張ると、回転した床板自体が返しの役割を担っているようで、僕でなければ引き抜けないようになっていた。




 足を上げて普通に引き抜く。改めてその床下を覗き込むと茨が詰まっていた。けれど正装には傷一つない。茨の土がちょっぴりついちゃったくらいかな。




 その後も、ベタベタな床に槍の出る壁、毒の滴り落ちる天井に高温のドアノブ等々、ヌルヌルの階段に棘の返しが付いた手すり等々。




 二階に上がると対象を発見。




 形式上声をかけて、そのブーイを殺害しに来たことを丁寧に説明する。…が、途中で兵士は襲いかかってきた。ブーイを切り払うために鍛え上げたであろう剣術や体術を僕に使用してきた。




 …で、気がついた。




 この人はもう終わりだと。




 壁にロープで張り付けにされたブーイの傍らには、二つのシングルベッドが置かれていた。そして、その上には〝カウントダウンの無い〟女性と老人が横になっている。




 つまりは、この兵士だった男は家族を手に掛けているということだ。愛する娘の顔をしたブーイと出会い、連れ帰り、そして家族からの反対を押しのけて…いや、反対意見に逆上して殺害。




 ひどい臭いがした。収束した戦線のような、ひどく腐敗した嫌な臭いが。彼はこの中で生活をしていたというのだろうか。




 いや、この男を見ると頬がコケているし、足取りもふらふらと頼りないものになっている。剣を持つ手も力ないし、型を再現しようと遠心力に身を任せているだけで脅威度も低い。




 髪が床に散らばっているが、自分でむしり取ったのだろう。おおかた、奥さんとお爺さんを殺害した後に冷静となり、その現実に耐えられなくなったのではないかと。




 にしても、ブーイが服を着ていることが気になった。カオスブーイならば理解できる。彼らはどちらかといえば人間に近いから。




 しかし…ソレはただの普遍種のブーイでしかなく違和感でしかない。




 もはや人語を形成していない言語にて、男が僕に何かを訴えかけてきている。娘だけは?否。




 殺してやる。だな。




 交渉の余地はないので、さっさと撃ち殺した。頭が爆発して散り散りとなり、脳みそや眼球が壁にへばりついたのはなかなかにグロッキーだったよ。




 次いでブーイに銃口を向けて、引き金に指を掛けた。




 すると、不思議な現象が発生したのだ。




 ブーイが男の死体へと顔を向けて涙を流していた。




 背筋がゾッとした。




 偶然あくびをしていた可能性だってあるし、ゴミが目に入っただとか、まつ毛が目に入っただとか、様々な可能性を頭の中で考える。




 死体に興味が湧いてただ見つめているだけだったり、飢えている中で散ってきた鮮血に興奮しているだけなのかもしれない。…そう考える。




 人の心の貧弱さを痛感しながら銃を撃ち、壁に張り付けられたブーイを吹き飛ばした。なぜだか嫌な気分が押し寄せてくる。




 要約して書き連ね、最後に以上を。第零番ソロモンの押印をカシュッと空白スペースに押し付けて完成だ。




 あとは直接渡しに行くか、誰かに委託するかだね。




 封筒に包んで、黒色の蝋を溶かして垂らす。そして、固まる前にメリオスの家紋が掘られている判子を押してしばらく放置。固まったら判子を持ち上げてっと。




 さて、残りの仕事量次第だなぁ。直接出しに行くか、委託するかは。委託するなら誰が良いだろう?グビュームにはこの屋敷を護る任務を与えてるから出せないし。




 信用できる人、もっとたくさん居れば良いんだけど。



「メリオス子爵閣下!!」


「はいはい?開けていいよ」



 部屋の扉がノックされて、名前を呼ばれる。この声は屋敷の門の警備を任せている従業員のものだ。ハキハキとしていて聴き取りやすいのが毎度助かっている。




 そんな彼が執務室の扉を開いて入室。まだ誰か居るのか、扉を閉めることなく入ってすぐに後方を目で確認して用件を報告した。



「推定十代前半と思わしき少女と赤子が、メリオス子爵閣下を訪ねてきました!本日の来客として該当するのならば迎え入れますが…如何でしょうか!」


「少女と赤子ぉ…?」



 突拍子もないし、そんな連絡は何も来ていないな。それにだ、組み合わせもよく分からない。いったいなぜ、少女と赤ん坊が訪ねてくるというのだろうか。




 …様子を見るに、既に執務室の外で待機していそうだな。このまま放置しているわけにもいかないし、一旦室内へ招いて座らせようか。




 考えをまとめてグビュームにアイコンタクトを図る。すると、怖いことに全てを察した彼は執務室の外へと歩みを進めて、そして対象を発見し顔をしかめた。



「さぁ、いらっしゃい。僕に用があるんだろう?ソファにでも腰掛けてお話しようか」


「入室の許可が出たぞ。良かったな……では!引き続き門の警備に戻ります!」


「うんうん、お願いね」


「はっ!」



 門番が執務室を後にして、グビュームが少女の手を引き執務室へと入り、そのままソファへと連れて行き座らせた。




 おどおどと落ち着きのない様子で室内を見渡し、本当に座っていいのかという葛藤をしているが、別に汚れたって気にしないし、なんなら戦線帰りの僕のほうが汚いと思う。




 執務室に来る前にお風呂には入ったけれど、まだ臭いは取れないし。いや、取れているけど、記憶が臭いを蘇らせているのかな?…忘れたほうがいいのか、覚えて生きるべきか、二極の臭いだ。




 にしても酷い傷だな。




 片目が完全に潰れているし、腫れ上がって膿も出ているね。変色してしまってもいる。




 衣服…というよりは布切れに身を包んでいるようだ。手には常に短刀が握られていて…その上で赤ん坊を器用に抱きかかえている…と。




 ここまでの道のりで何かに使用したのか、短刀には血液が付着している。ブーイを狩れるような余裕も余力もなさげに見えるのだが……いや、そもそも拾い上げたか短刀を得たタイミングで既に付着していたという説もある。




 まぁ、彼女が実は怪力で、ブーイを赤子を抱えながらなぎ倒してメリオスの屋敷に到着したって可能性も捨て難いけどね。的外れかもしれないけど、確定するまではシュレディンガーさ。この仮説を誰も否定できない。




 執務机からコーヒーを片手に立ち上り、ローテーブルを挟んだ対面のソファへと腰を落ち着ける。おっといけない、笑顔で対応しなきゃね。



「初めましてお嬢さん、僕がクラム・メリオスその人さ。お嬢さんの名前と出身を聞いても良いかな?」



 作り慣れてしまった営業スマイルで朗らかに語りかける。先ずは出身地域を把握してブーイの襲撃の報告書類を照らし合わせよう。もしかしたら、まだ報告されていない地域かもしれないし、そうなら避難や派遣も視野に入れないとだしね。




 手負いの少女が赤子を抱えて……どのくらいの時間を要したかは定かではないけれど、行動できる範囲としてはそこまで広くはないだろう。




 でも、領内でもないな。領内ならばすぐ耳に届くしね。それに、各所に兵士を二から三名ほど配置してあるし、何かあればその詰所を頼るようにも領民には周知させてもいる。



「ぇ…えっ…と」


「あぁ…嫌、まずは休息から取ろうか。喉が潰れているんだね。それ…と、傷の治療するからチェテリオスを呼んでもらって…お風呂も沸かそう。着替えの支度も必要になるし、赤子は…」


「ぁ、の」


「ん?あんまり無理して喋ると、悪化するから安静にしたほうが良いよ。名前とかの仔細は後ほど落ち着いてから聞かせてもらうね」


「……ぅし…て、そこまで…?」


「どうしてって言われてもなぁ……」



 ソファから立ち上がり執務机の引き出しを開く。その中からメリオス家の紋章が刻印されたバッチを手に取り、ソファに腰を落ち着かせている少女の隣にしゃがみ込みながらソレを手に握らせた。




 一瞬だけだが恐怖に顔が歪んだのを確認し、改めて少女の身を包む布切れを観察。ところどころに土に塗れている部分があるのは、屋敷に辿り着くまでの過程で野宿をしていたからだろうか。



「この屋敷にいる間は、そのバッチを肌身離さず持ち歩くといい。使用人や警備兵から不審に思われても、僕のお客様として処理できるようになるからね」


「ぇ…と」


「状況が飲み込めてなさそうだね。まぁ、仕方ないか」



 ……やっぱり気になるなこの布切れ。動物の毛皮のようにも見えるし、また違う素材にも見える。触れようと手を伸ばせば流石に怖がられるだろうし、不審に見られるだろうから出来ないしなぁ。




 まぁ、お風呂に入る時に着替えるし、その時にでも調べよう。それか、後で聞くのもアリだね。どこで得たのか、もともと所有していたのか、貰ったのか、とか。



「メリオス子爵、湯の準備にお召し物の手配、医者の準備が整いました。先ずは神殿まで馬車で移動しますので、軽く身支度をお願いします」


「おっ、ありがとうグビューム。…さぁ、その目の痛みも、もう少しの辛抱だよ。腕の立つお医者さん…的な人と友人でね。その人なら、跡は残るだろうけれども、それでも…綺麗に治るからね」


「…ぁ、りがと…ぅ…」


「感謝するなら、その喉が治癒してからね」



 いつの間に連れてきていたのか、アグルの面倒を見てもらっていた侍女が隣を通り過ぎ、赤ん坊へと手を伸ばして慣れた手つきで抱きかかえた。




 当然にも少女はぎょっとして、僕の方へと目を向ける。けれど、侍女の紹介をしたらほっと一息をつき、短刀を握りしめていた手を緩めてお願いしますとお辞儀をしだした。




 この少女の家族なのかは定かではないけれど、命を賭けらるほど大切な存在だというのは理解できた。説明しなければ、次の瞬間には飛びかかっていただろうし。気迫が凄かったからね。矢印を見なくても察知出来る。



「さぁ、行こうか。グビューム、少しの間だけど、屋敷を任せたよ」


「はい、お任せくださいメリオス子爵。貴方の期待に沿えるよう、命を賭して遂行いたします」


「重いし堅いなぁ…」



 少女の手を取り補助をしつつ馬車へと搭乗。




 僕の足のほうが速いのは理解しているが、常人があの風圧に耐えきれないのも理解している。抱っこして連れて行こうものなら、空気で窒息しちゃうんじゃないかな。僕は息を止めていられるから平気なんだけど。




 それに、彼女は誰から見ても満身創痍だ。ここまでずっと歩き通していたんだろうね。敢えて聞くこともしないけれど、馬車に乗った途端からウトウトし始めているのがなによりの証拠さ。




 かなり気を張り詰めていたんだろうね。反動でふっと意識が飛びかけているみたいだ。



「寝てても良いんだよ。どうせ直ぐには到着しないし、普通に馬車に乗ってるのは暇だしね」


「………」


「ほら、このクッションに寝なよ。あ、横向きで寝るときは、怪我していない方を下にするんだよ。まぁ…悪化しても治るだろうけど」


「………」



 ふかふかとしたクッションを少女へ手渡し、窓枠に肘をついて外の様子を眺める。日照りが街の中を鮮明にし、道行く人を包み込んで暖めている。




 やはりというか、戦線へ出向かない人々は危機感があまりないらしい。向こう岸の火事だとでも思っているのだろう。近隣地域に被害が出ても………いや、僕の価値観の問題があるな。




 僕にとっては数分で着くような道のりでも、普通は小旅行だったり、出張だったりする距離だ。いかんな。個人的基準が常識から乖離しているぞエディ。




 ……自分の仕事ばかりでメリルやアグルに何かしてあげてられていない気がするな。ブーイがいる限り僕は兵士として、第零番として出動しないといけないからね。




 兵力の底上げに力を入れなくては。帝王陛下もどこか能天気気味で不安が募るしね。僕が、グランドライト大帝国にはメリオスが居るから…なーんてコトを念頭にして対ブーイへの作戦とか考えている節があるし。




 強敵が出た。ならメリオス。



「………メリオス」



 僕が居ることを前提に組まれつつある現状の軍事力には、はっきり言って苦言をていす。帝王陛下自体もお強いのに、ぜい肉がついてきてしまっているし、末端の兵はメリオスが居るし何とかなるかぁ…なんて思考だよ。




 こんな思い…アグルにはさせたくないな。



 

 僕の代で変えないと。



「……おっと。いけない」



 馬車の窓に反射する自分の表情に驚かされた。なんて顔をしているんだエディ。お前もメリオスならば常にお手本となれ。




 お爺ちゃんもこんな感じで悩んでいたのかな?わざわざメリオスの血を引いているお義父さんの姓を、ヅェッツライトに婿入りさせて公に流れる名を変えているくらいだし。




 アグルが大きくなったら聞いてみよう。メリオスでいるか、婿入りして姓を隠す…いや、変えてしまうかを。……何歳くらいから聞けばいいだろう。




 子供って意外と頭が良くて驚かされるからね。自分が幼い時の状態をベースにして、別の幼い子供の知能を推し量る大人になるのは避けたい。




 流暢に喋れるようになってから…をめあすにして聞いてみようか。



「……目的地まであとどれくらいだろう?。……脳がバグって基準が分からなくていけないね。普通に馬でこの速度は上等なのに」


「……ぁ…の」


「おや、ごめんね。起こしてしまって…どうしたんだい?」


「ぉ…」


「お?」


「ぉ…とぃ…れ、ぃき…たぃです…」


「………」


「ぁ…す、すみま…せ…」



 無言で馬車内で立ち上がり、小窓を空ける。走行中で風の音が耳を包み込むので、馬主さんへ向かい大きめの声で言う。



「小休憩しましょう!ブーイが目に入りましたので狩りに行きます!」



 声が届いたのか、馬の速度が少しずつゆっくりになっていき、そして時速はゼロへと減少した。外の景色もピタリと止まり、動くのは人やら布やらだ。




 馬車の扉を開けて少女を連れて降りる。ここらへんなら…というか大帝国内全域とその近隣国の土地勘は効く。ギリギリ街の中で良かったよ。ここらへんならまだトイレがある。




 …あっ、ブーイを狩りに行くって言ったからか。馬主さんがこんなに臨戦態勢で怯えているのは。いい傾向だね。自分の身に加えて、それ以外…今回は馬だね。……ソレを守ろうと頭が動いている。



「さぁ、ここから先は僕は入れないから。急がなくていいからね」


「す…みませっ…」


「………」



 小石を拾い上げて少し歩く。人通りを抜けて裏路地へ入り込んだ。懐かしい雰囲気と悪臭、蛆の集る破れたごみ袋、通路の端でへたり込む人…そして、沸々と蠢く地面。




 煮沸き立つ湯面のように、視界の中央で土が捲れ上がってゆく。



「三秒前…二秒前…一秒前…」



 ソレは予見通りに地面から飛び出して咆哮を上げた。白い身体に動物のような…しかし二足で立つ偶蹄目か奇蹄目の脚。発見数が多いのは前者かな。




 当然ざわめく周囲。しかしそれを気にせず、手に持つ小石を弾いて撃ち抜いた。綺麗な軌道で進んだ先は首のど真ん中。回転しながら撃ち出された小石が触れて、周囲の肉を引き込みながら向こう側へと通り抜けた。




 頭の重さを支えきれなくなった首はぐにゃりと曲がり、その勢いのまま鈍い音を立てて地面へ落下。少し遅れて、頭部が無くなったことに気がついた身体から力が抜け落ち、倒れ伏した。




 一応街中だから遺体の処理をしなくてはならないね。




 基本的に〝その筋の人〟に連絡をして、…いや、専門の人って言う方が人聞きは良さそうかな?一報送れば駆けつけて回収してくれるんだ。その人達に後で頼まないと…まぁ、人よりも分解は早く進むから放置したって良いんだけど、景観と衛生が悪い。




 戦線の場合は焼き払うか、放置で済ませることが多いかな。人の遺体とかは回収して遺族に送るんだけど、ブーイは地面に還すんだ。




 何事もなかったかのように裏路地を出て、足早に施設前まで歩く。既に済んでいたら可哀想だしね。案内だけして姿を消すとか、残された人からしたら心細いとしか言えないよ。



「………」



 …何かしていないと落ち着かないな。道中、軽くつまめるものでも買おう。屋台に目星はあるし




 施設の前でぼんやりと空を眺めながら、今後の予定をまとめていると、いそいそといった調子で顔を出す少女。あ、そういえば名前聞いてない。



「さぁ、馬車へ戻ろうか」


「はぃ…ぉ時間を、取ら…せ…」


「お腹減ってない?ほら、これ美味しいよ。煮て柔らかくした野菜類をパスタと和えた食べ物なんだ」


「ぇ…と」


「あぁ、気持ちが先走っちゃったね。馬車へ戻ろうか。道中に気になるものがあれば言ってね」


「………はぃ…」



 ちょっと強引だったけど、こうでもしないと遠慮と謙遜で食べてくれなさそうだからね。…シンプルに苦手な食べ物っていう線もあるんだけどね。アレルギーだったら申し訳ないな。断りづらいにもほどがあるもの。




 馬車前へ辿り着き、目的地に向かってもらうよう指示を出す。道中は何事もなく進み、勝った食べ物も全て無くなった。そうそう、お腹空いてたみたいで沢山食べてくれたよ。いやぁ、水を持ってきていて良かった。




 神殿前まで到着し、馬車を待機させる。アポなしで来ているものだから彼が居るか少しだけ心配なのだが…まぁ居るだろう。多分暇してるだろう。あいつだし。




 馬車を降りて少女の手を取り補助を。扉を開いて室内へとストレートに向かう。




 少女は体力が回復したのか、足取りも安定してきていて、表情も心なしか良くなっている。あ、名前また聞き忘れた。治ってから帰りにでも聞こう。



「よっ、チェテリオス。暇な君にお仕事だぞ」


「急だな?どうしたクラム。いつもみたいにその辺の道で転んだのか?毎度のこと、あのメリオスともあろうものが聞いて呆れるねぇ」


「違うよ、今日は違う。治してほしいのはこの子さ。治せるかい?」


「今日は…じゃなく、いつも違うだろう。ちゃんと否定してくれないか?って、この子…?誰か連れてきたのか?人がいいねクラムは」



 気がついたら背後に隠れていた少女。一歩横にズレて軽く情報をチェテリオスへ伝えた。




 情報がなくても治せるのだが、あるに越したことはないし、ある方が精度も気持ち高い。性能自体は変わらないんだろうけど、心理的に治ったと強く思えるんだ。




 怪我に対する最大の治療法は、当人のメンタルの回復をさせることさ。治ると思わずして治療したって、安堵に繋がるわけないしね。全然過言だけど。




 少女の前にしゃがみ込み、人の良さそうな営業スマイルで語りかけるチェテリオス。患部を診て回り、目を閉じるように少女へ頼み、オムニライト家の力を使用してパパっと治療を施した。




 目を閉じさせるのは力を隠すってのもあるけど、眩しいんだよね。見開いて直視するには。え?見てますよ普通に。五代氏族の力については既に知っているから、今更目をそらす必要もないのさ。



「酷い怪我だったね。汚れやもともと付いていた血は取れないけど、傷はもう塞がっているよ。確認してご覧お嬢さん」


「ありがとうね、チェテリオス。今日も君が暇で良かったよ」


「クラム…いま暇な分だけ、戦線帰りの兵士達が沢山押し寄せるんだ。だから、この時間はそれまでの休憩さ。もう本当に忙しい時は忙しいんだから!一定であれよ!」


「まぁ、落ち着けよ。彼女もびっくりしてしまっているし…」


「あぁ……すまないね。取り乱した」



 少女を見ると、驚きに困惑、喜びといった感情が僅かながらも確認できた。緊張状態がまだ解けていないようで、未だその表情はかたい。




 傷口が塞がったところを指でなぞったり、やはり失明している片目を悲しそうにさすったり。戦線から帰還した兵士と遜色ない傷を負っていた。…という事実の痕跡を確かめている。




 軽く少女の頭をポンポンと撫でて、馬車へと促した。治療を終えて神殿を抜けて、後は帰るだけだ。チェテリオスには後でお菓子でも贈ろうか。




 補助をしながら馬車に乗り込む。衣服を何か与えないとな。今の状態は肌面積が多いし、街中を歩くにも嫌な視線が集中してしまうだろう。普通に顔も整ってるし。



「お嬢さん、喉の調子はどうかな?もう痛みはない?」


「はい、ありがとう…ございます。すっかり治りましたし、痛みも特には…」


「なら良かった」


「どう恩を返せば良いのか…何か、私に出来ることはあるのでしょうか…?」


「別に見返りなんて求めちゃいないさ。ありがとうって聞けただけ充分だよ。…あ、そうだった」


「はい…?」


「君の名前、教えてくれないかな?」



 潰れている右目。黒髪に藍色の瞳。痩せた身体。血の汚れや土の汚れ。視覚的な情報だけだと、未だに怪我人のような容姿をしている少女へ問いかける。




 すると返答はすぐに来た。ハキハキとした聞き取りやすい、女性にしては低めな印象を受ける声で教えてくれた。



「メナテア・ダンと言います」


「メナテアか…いい名前だね。成就の神様の名前から取られているのかな?」


「確か…はい、そうです。どんな壁にぶつかっても越えていけるように…と両親が名付けてくれました」


「博識なご両親だね。あ、知っているかな?メナテアは…神様のほうのメナテアは、実はメリオスと縁が深いんだ」


「メリオスと…?」


「そう。太古と表現するには最近過ぎるほど、世界の創世記よりも前から存在しているいにしえの…神話となるまでに大昔の神達なんだ、メナテアとメリオスは」



 どんなえにしがあるのやら…まさかメリオスの姉に位置する神様の名を冠する少女が訪ねてくるなんて。可能性のイチパーセントすら頭になかったな。




 ……神様からの天啓とでも言えばいいだろうか?



「そうなんですか、すごい偶然ですね。多分、両親はそこまでの知識はなかったと思います」


「…メナテア・ダン」


「は、はい?どうされました…か?」


「もしも行く当てがないのなら、メリオス家に家族として迎えられてくれないかい?」


「……へ?えっ…と?」


「どちらにせよ、赤ちゃんがある程度育つまではお世話…サポートさせて貰う予定だしね。そして、そのままアグルの姉になって欲しいんだ」



 神様は信じていない。…けど、信じざるおえない程には、僕は運命にもてあそばれてしまっている。今回のコレも、きっとあんたの仕業なんだろう?…世界王。



「もちろん強制はしないつもりさ。君が良ければで…」


「な、なります!ならせてくださいっ!…あっ…すみません…」


「元気で何よりだよ。好きなのかい?子供」


「はい…純粋で穢れがないところとか特に…」


「ッスーー………」



 ………いや、避けられぬ地雷だった。言い訳するけど、話の流れ的にこうなるじゃないですか。そしたらまさか、闇が見えてしまうなんてねぇ。いやぁ、失敬。




 しかも僕さっき、頭を不用意に撫でたよね。角度的に表情とか見えてなかったけれども、もしかして緊迫していたりしたのかな?




 これは居た堪れないぞ。もしもそうだったとしたら。



「あの…?どうかされましたか…?」


「いや、何でもないよ。屋敷に戻り、風呂に入り次第、採寸して衣服を作ってもらおう。腕の良い人達が知り合いにいてね。それと、仮面もオーダーメイドしようか。かっこいい系とかわいい系、どっちが好みかな?希望に沿って模様とかも入れられるよ」


「かっこいい系が良いです…!」


「だね。君はクールな雰囲気があるから…あとシンプルに女性からモテそうな顔立ちだから、そのほうが良さそうだね」


「そうですかね…?」


「そうだよ。社交界に出席したら皆が釘付けになるだろうさ」



 帰ったら色んなところへ連絡しないといけないね。メリオス家としての動き方とか、最低限だけ覚えてもらって…部屋も与えてインテリアとかのセッティングも同時進行でしてもらおうかな?




 それと、忘れちゃいけないのが戦闘能力の確認だね。ブーイの普遍種には簡単に勝てるようにしなくては。




 さぁ、帰ったら仕事が待っている。今のうちにあらかた脳内でまとめておこう。



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