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迷える君を 望む場所へと(書き直し前)  作者: 差氏 ミズキ
魅夜編
33/34

幕間 エディ=クラム・メリオス Part13



「………」



 椅子から立ち上がり、右に数歩歩き立ち止まる。顎に手を当てて難しい顔をしながらその場で旋回し、もともと座っていた椅子へと戻る。



「………」



 やっぱり落ち着けなくて窓の外を少しだけ眺めて、組んでいる腕をほどいて、また組み直して。椅子から立ち上がりその周辺をうろちょろと彷徨い始めた。




 こころなしか緊張の汗が額に滲んでいて、時間が経てば経つほど表情も険しいものへと変わって行く。今の彼は誰がどう見ても、焦燥感の感じられる面持ちをしている事だろう。




 数分間…十数分間…数十分間が経過し、膝から下の貧乏揺すりが、まるで彼の鼓動を表現しているかのようで。




 一時間を超えてからは良くない考えが浮かび始めて、しかしそれを振り払うように彼は椅子から立ち上がり窓を開けて深呼吸をする。




 二時間が経過した頃合いでは、見兼ねた秘書が執務室へと強制送還を。



「………」


「半日は時間を要しますよ」


「……知ってるよ」



 焦りが苛立ちへと変わりながらも仕事に取り組み、五時間が経過。水も飲まずに飯も食わずに、ひたすら仕事に打ち込む姿からは、思わずあわれみと同情の念を抱いてしまうほどだ。




 机の上に次々と積まれていく書類に片っ端から目を通し、領地の犯罪率に思わず眉間に指を当てほぐしながらも彼は政務に没頭する。




 領内のブーイの出現場所と地図を照らし合わせて部下を派遣し調査を依頼。もしかしたら地中にブーイが眠っているかもしれないし、近隣の領民を避難させなくてはならない。




 陛下との食事会や、貴族間の交友会、他国への出張、各騎士団への指導、各学び舎や学園への輪廻科学者としての特別授業、両親の墓参り、叙爵した貴族へ賛辞を送るために祝賀会にも出席、トータルで百体の上位種を撃破した部下への祝勝会や打ち上げ。




 これらを秘書に新しく予定にまとめ入れてもらう。被っているモノがあれば日程をずらせるものはずらし、それが出来ないものは正式な書類を書いて郵送。




 もともと予定していた方を残すことが多いが、流石に陛下に誘われては致し方ない。ごめん、オールライト騎士団の方々。君達の演習は先延ばしか中止だ。




 その書類も今書き終えた。延期の方針で……と。




 方針、便利。




 …と、なんやかんやで七時間の経過。




 流石に飲まず食わずの激務が身体に響いたのか、集中を解いた瞬間にどっと疲れが押し寄せてきた。立ち上がると視界は暗闇に落ちた。




 そんなに呼吸してなかったかな?…と疑問を頭に浮かべる余裕も作らずに、無理やり視界を引き戻してまた別の作業へと彼は取り掛かりに行く。




 室内での書類整理や日程の確認を終えた後は、室外での業務が彼を呼んでいる。本日に予定していたのは産業国テリアイトの復興作業だ。




 産業国テリアイトは、数ヶ月前にブーイによる襲撃を受けて一つの領地とその近域が壊滅一歩手前にまで追い込まれていた。それこそ、他国からの支援を要するくらいにね。




 センタルス・カイゼ…いや、ベイム・ダルカンから得た当時のブーイの襲撃の仕方や主の逃がし方を参考に様々な対策が講じられた。




 ソレを行えたお礼というか、報奨として自国…グランドライト大帝国は復興に必要な、そしてそれ以上の支援を与えた。




 …何でもいいから口実が必要だったんだ。無償で他国の支援をしてしまうと、何かを勘違いした別の国が足元を見て交渉に来てしまうからね。




 もちろん、こちらから支援をする代わりに、相手方にも条約を結ばせた。こちらからの一方的な見返りのない支援も駄目なんだ。他国から、この国は自国が困った時に見返りもなく必要以上に支援をしてくれるぞ…って。




 結ばせたのは主に三つ。




 産業国テリアイトで開発した兵器は、グランドライト大帝国に第一に共有すること。また、我が国はそのための投資は惜しまない。


 グランドライト大帝国と産業国テリアイトは同盟を結び、お互いに不可侵となる。且つ、片方が他国やブーイから襲撃を受けた場合は全面協力すること。


 国家の最重要機密事項以外の情報は可能な限りお互いに共有しておくこと。




 産業国テリアイトは数多くの兵器や発明品が日々生み出されている。職人気質の人が多く産まれるらしく、その歴史は調べてみるとブーイの発生前からあった。




 かなりの長寿国と言えよう。実際、国民の寿命は長い方で、平均として九十までは現役として開発や生産に打ち込めるらしい。




 因みに、ブーイとの戦闘に一役も二役も、それどころかスタット大陸のほぼ全域にいるブーイの殲滅に力を入れている…グランドライト大帝国は、戦線に赴くような血気盛んな若者がたくさん産まれるからか…平均的な寿命は短く、五十まで生きられれば上々である。




 …低いかもだけど、僕でも二十代前半で死にかけたんだ。最上位種ヤッシュゲニアという存在が規格外なだけかもしれないが、一般兵から見れば、普通の上位種でも最上位種並みに強力なのだ。



「二時間くらいは掛かるだろうなぁ……」


「男は気長に待つしかないのですよ」


「無力だ」


「貴方が無力ならば、私達はいったい何だというのでしょう」


「………行ってくるよ。何かあればソロモンの名前を使って一報寄越してほしい」


「毎度のこと緊張するのですよ。そうやすやすと使っていい名前ではないのですから…」


「あははっ…そのうち慣れるさ。じゃあ、代官として少しの間お願いします」


「仰せのとおりに…」


「うーん…」



 まぁ、立場的にそうなるか。




 というわけでテリアイトへ急行して数十分程で到着。馬で行くよりも圧倒的に速く到着出来るけど、町中に入ったりしてしまうと…窓がガタガタうるさくなるって苦情が来ちゃうのが難点だよ。




 復興作業と言っても、あんまり僕に手伝うことは残っていなかったりする。今はもうひび割れている地面を埋めて整地するくらい?




 多いんだ、職人気質の人達が。ここは、産業国テリアイトだよ?数ヶ月もあれば国民だけでも完全復興以上に出来てしまうんだよ。




 というわけで、立つ瀬がないです。現地で監督しか出来ないです。見てるだけだとどうにもムズムズして仕方がないです。




 にしても綺麗な手さばきだ。細かい作業が得意な人と、力仕事が得意な人、デザインが得意な人など、各々の配置が的確で皆が十二分に力を発揮して生き生きとしている。




 見習いたいな、僕も戦線で指揮を執ることがあるし。というかほぼ毎回。




 僕が殲滅すれば終わるんだけど、それじゃあ後続が育たない。僕が死んだ後、大きな脅威に対応する力が育たない。だから……勅令なんだ。グランドライト帝王陛下からストップかけられてます…緊急時以外は。




 今ではソロモンなんて…肩書だけになってしまっている。




 あれ以降は平和だ。怖いくらい…ブーイが出てこない。




 コレが嵐の前の静けさだと、僕は思う。




 今度は、勝つ。



「………」



 もうこのエリア終わっちゃった。早すぎない?




 復興が完全に終えられたらセレモニーを開いて、そして僕もそれに出席しないと行けなくて…えーと、セレモニーでは一声求められるだろうしなぁ…よし、観察して言う事纏めておこう。もう殆ど直ってるけどもね!




 あぁ~…!ムズムズするなぁ!あんなに小さい子供が手伝っているというのに僕は!くぅ~…!辛いです!




 この無力感…!ダブルブッキングだ!



「…皆!今日はもうお開きだ!お疲れ様でした!」



 早いもので九時間目の経過。帰りに立ち寄った神殿で祈りを捧げてから帰路についた。もう外が赤く染められてきている。




 月が明るいのに見えるから、それがなんだか不思議でたまらない。




 僕が太陽で、皆を照らし続けているとしよう。でも、いつか…闇に飲まれてしまうときがあるかもしれない。


 そんなときに月となってくれる人が欲しい。


 闇に飲まれた筈の僕の光を、代わりに照らしてくれるような人が欲しい。


 そして、こんな感じで同じ時間に両方が顔を出して情報の引き継ぎをして、眠りたい。




 ポエム的になってしまったけれど、僕は代わりが欲しいんだ。僕の代わりを僕自身が望むってなかなかに変な状態かもしれないけれど、いつまでも僕が健在とは言えないじゃないか。




 いつ死ぬかわからない。僕でさえ。




 最近、死に直面したからこそ、こんなに考えてしまうのだろうね。



「………」



 両の頬をバチンと手のひらで叩いて気合を入れた。気分が沈んできていることに気がついたからだ。いかんね、今だにメンタルの浮き沈みが安定しないよ。




 切り替え切り替えっ!



「メリルのほうが僕より頑張ってるんだ…!へこむなメリオス、ただひたすらに前を向け」



 執務室の中で椅子に座りながら呼吸を整えて、名付けの権利を獲得するためにお勉強を始める。




 名を付けるだけなのに何故そこまでの資格が必要なのか?




 そこら辺は僕には分からない。




 多分だけど、名付けをする人と周知をする人、名簿に登録して国に納める人、特徴や対策法、主な生息地や強さとかを一人で行うからかもしれない。




 国家機密としてかなり大きいからね。ブーイの攻略情報って。




 それこそ、他の国が喉から手が出るくらい欲しがるだろう。まぁ…他国でもそれなりにまとめられているだろうけど、大帝国に比べたら大雑把でイマイチなものだろう。




 白馬と特異種のホースブーイの違いも分からないんだから。




 森林に薬か何かを採取しにいった兵士が、下半身だけで判断して近づいたところ…生い茂る草木で上半身が隠れていた馬魔ホースブーイだったって事例がある。




 それくらいに、大帝国では考えられないくらい情報の量が彼等には少ないんだよね。




 共有したほうが良いだろうと言えばソレも正論さ。




 しかしながら、情報は資産なんだ。




 ブーイが発生してから現在に至るまでに、この情報を掴むために積み上がった屍を知っているか?彼等が命懸けで繋いでくれた情報を、そうやすやすと渡せないのさ。




 特に、ブーイの発生が少ない国とか…ね。彼等は脅威を知らないからイキりやすくてね。ただの普遍種を上位種だと思い込んだりするし、混沌魔カオスブーイとヒトの区別をつけるために住民に王の手形をつけて回ったり……コレはセクハラ目的だね。




 どうも平和になると人がブーイになるらしい。あぁ…皮肉さ。人の魂は確かにブーイへ循環するけれど、人の状態からの突然変異は存在しないよ。血液を投与してもね。



「……ん?コーヒー変えた?」


「良かったです。あまりにも根を詰めていたので毒に対する警戒も薄れているのではと…」


「え?毒入れたの?…僕には効かないのに?」


「そこではないでしょう…メリオス子爵の体質を知らない暗殺者は毒に頼って捕まることが多いですが、いずれ別の毒を開発するやもしれません。どうか飲食の場では警戒を」


「分かってるよ。あっそうだ、抗体の種類増やそう…」


「お辞めください。身体が壊死しますよ」


「大丈夫だって」


「ですが…」


「僕はメリオス何だよ?」


「その単語にどんな意味が込められていたとしても、私は止めない理由を得たことにはなりませんよ」



 真剣な眼差しを一直線に僕へ向けている秘書。




 黒いピッチリとした手袋に…カッチリとしたメリオス家の紋が刻まれた黒を基調としたスーツ、黒縁の眼鏡の奥には黒い瞳が浮いており、透き通るような白い髪と肌は社交界の淑女を魅力してやまない。




 上唇うわくちびるから目尻を通り、そのまま側頭部の方へと走っている傷跡は痛々しくも勇ましい印象をくれる。そのためか、街の子供達はコレを真似してすすすみで顔に線を描いてたりも。




 ソレを苦笑いで対応しながら、子供の顔をハンカチでぐしぐしと拭う彼の姿はどこか微笑ましく、それと同時に哀愁も感じられて見ていて飽きない。



「一つ良いかな?」



 余計なことを考えないようにと、机の上にどっさり盛られている資料の山から…屋敷の従業員への給与の計算や収益率等を計算してくれている彼へと声をかけた。




 …と言うか、僕が何か言葉を発することを察して、既にお客用のソファから立ち上がり姿勢を正している彼へと声をかけた。



「はい、メリオス子爵。どうされましたか?」


「どうして一人称を変えたんだい?別に俺のままでも良かったのに。それに、社交場には俺を一人称として用いる人だっているよ」


「それは…」



 黒縁の眼鏡を外して折りたたみ、胸ポケットへと挿しながら。



「一度忠誠を誓った身。立場上という概念モノも当然ありますが、私の場合は自分の規則に沿って発言と行動を起こしています」



 眉間のシワを解しながら続ける。



「そして、その規則に従い一人称を…より忠実な部下らしいものを選別し、私、に落ち着きました」


「あんまり自分の中のルールに縛られすぎないようにね。まぁ、余計なお世話かもしれないけどさ」


「いえ、改めて心を引き締め直します。…自覚はしていますので」



 ソレがかたいんだよなぁ。グビュー厶・プルェンくん…もう少し物腰柔らかになってくれれば良いんだけれど。



「………すまないね。仕事を中断してしまって」


「いえ、いい息抜きになりました。丁度、思考が凝り固まってしまっていたので、助けられました」


「そうか…なら良いんだけどね」



 っくぅ〜!部下が優秀すぎます!僕はどうすれば良いですか?…心理学について勉強すればよかったね。多分、ブーイにも応用が利かせられるしさ。




 …さぁ!集中集中!今はグビュームのお堅さは忘れてまつりごとと向き合おう。




 そうしよう!



「あ、コーヒー貰えるかな?」


「ここに」


「あ、ありがとう…」



 ひぇ~……君、本当に同年代タメなの?何だかしっかりし過ぎてないですか?プルェン家の血筋が先祖代々このような感じなのだろうか。




 後で個人的に調べておこう。今の僕なら可能だし。……国家権力にまで手を伸ばせるようになっているからね。まぁ………倫理感は科学作業室で爆発しちゃったよ。




 …にしても、心配だなぁ。



「………」


「同じ資料を凝視していますが、何か誤字や脱字でもありましたか?」


「いや、考え事をしていただけさ。それに、誤字や脱字があれば既に君が、向こう側に書き直すように一報連絡を入れてるだろう?ついでにその紙も処分してさ」


「そうですね…では、他に…あぁ、そういうことですか。時刻的には早くて後一時間ほどでしょうか」


「よし!一時間後まで全力集中するぞぉ!耐えろエディ!行けるぞエディ!」



 執務机に置かれた…湯気の立っているコーヒーを一息に飲み干して喉の輪郭が鮮明になる。喉を通り胃へと向かうこの液体が、漠然とした眠気を飛ばして意識を覚醒させる頃には、きっと彼女も。




 ペンを持ち、インクを入れて字を連ねる。




 今書いている書類はブーイについての考察のメモだ。政務や軍務とは別の仕事のメモだ。




 ブーイには顔がある。当たり前だ。彼等は人間の身体を模倣しているのだから。いや、模倣はまた違うかもしれない。




 彼等のルーツは人間なのだから。…のほうがしっくりくる。ヤッシュゲニア家に産まれ落ちたオルバース・ヤッシュゲニアが取引の魔神と取引をして、それでブーイがこの世に誕生した。




 取引の内容は考察に過ぎないが、ブーイ…人間ではない強力な生物に変えてくれ、ではないことは理解している。




 誰にも公表していない個人的な考えでは、取引の魔人と取引をしたからこそ、種族が変わりブーイになってしまったのではないだろうか、そう結論付けている。




 エルクブーイの例では、彼はブーイからナニカ…最終的には人間へ。




 そして、人類史を漁って見つけた、たった一人の他の取引者。最低でも千数百年以上前から続いている人類史の中で、且つ、現存している中でやっと見つけた一人。




 無情者…セレス=バネァル。




 この人物は、過去に自身を助けてくれた一家を、むごたらしく殺害したらしい。つまりは、恩を仇で返したから無情者と呼ばれているようだ。




 処刑場でも大暴れだったらしく、被害も相当なもの。死者が多数に怪我人が大量。更には家屋も倒壊させて、最終的には、セレスが起こした全体の被害は街二つ分と甚大だ。




 復興にどれだけの時間が掛かったのかは、貿易の中止と再開の時期を照らし合わせると三年弱程度。思っているよりも長いが、それはセレスの持っている力が関係しているのだろう。




 処刑執行後は、異常なほどに大地がカラカラに乾いていた。と、記載がなされている。




 単なる偶然にしては、時期的に不可思議だ。処刑は梅雨に、そして嘘か真か分からないが…当日は史上最多の降水量を記録していたようだ。




 それなのに。…だ。



「………」



 渇き…大地のひび割れと空気の乾燥か。天変地異でも起きたのだろうか?はたまた…そうようのような力を保持している?




 取引の魔神との取引で得た力?いや、その線は無さそうだな。それに、取引の内容は既に割れているし。副産物として生まれた力という可能性はゼロと言っていい。




 取引のタイミングはおそらく過去に助けてくれたってところの後。それ以降から再会するまでの間だろう。




 それまでの間でセレスは取引の魔神と出会い、そして彼は〝昔助けてくれた一家と再会したい〟と、取引をした。




 どうやって内容が判明したのか?




 それは、セレス本人の口から語られた。カラカラに枯れ果てた声が憎悪や後悔を乗せて、罪悪感に潰されそうな表情と…止め処無く揺れ続ける真紅で深紅なその瞳が、事の顛末を嘆くように。



「やはり魔神なんて信じなければよかった…かぁ…」



 その一文だけで様々な情報が、勝手に脳内で生み出されていく。湯水のように思考が沸き立ち、底なしの考察が始まってしまう。




 セレスの起こした干ばつが取引の魔神によるモノでないのなら、では、いったい何なのだろう?とかね。




 遺体を解剖した結果だと、セレスは人間だったらしい。




 取引を行った後だったというのに…ね。




 つまりは。



「何から人間になったんだろう……?」



 歴史上、ブーイが発生するよりも前の人物なので、ソレはない。ブーイが取引の魔神と取引をして、人間になったという線はない。




 なら…いったいどんな種族が取引をしたのだろうか。




 動物?いや、最低限の知能がないと駄目だね。取引を持ちかけられるくらいの。と、いうわけで植物も無しだ。そもそも思考しているか分からないけれど。




 微生物?その線はあり得る。けれど………とても現実的とは思えない。大前提として、とある一家に助けられていないといけないし。とてもじゃないけど、微生物を助けるシーンを僕はイメージ出来ない。




 細菌類やウイルスも無いね。




 …では、セレスの名前に着目してみよう。




 セレス=バネァルという名前には、僕の名前と同様にイコールが使用されているね。




 そして、基本的にだが…養子に出されて新しい名前が付けられただとかで、名前が二つ以上ある時にソレは使用される事が多い。




 まぁ…それ以外の例についてあまり詳しくはないからこれ以上は何も言えないけれども。




 もしも、バネァルが後付だと仮定すれば元の名前はセレス単体だ。姓が続くわけでもなく、ただ単にセレス。これは僕のエディと同じ感覚だね。




 …んで、書物を読み漁った。神に関する書物や、宗教の教典、神殿で祀られている神などについて。




 そうして見つけたのは。



渇神かつじんセレス……」



 動植物ではなく、人間でもない。そして、ブーイが発生する以前の人外。…と、そんなものはもう、神という存在しか残されていなかった。




 そしたら大当たりさ。




 渇きの神様がヒットしたよ。




 致命的なまでの干ばつも、セレスという名前も、人間ではないということも、全てこの神様なら当てはまる。どこまでが本当なのかは知り得ないけれど、それでも確信を持てるほどに。




 神話と呼ばれている時代の、その世界が分離した後に産まれたとされている神様で、渇きを司っていたらしい。喉や空気、池や井戸等々、さらには欲望でさえも自由自在とのことだ。




 まぁ…最後の一つだけはよくわからないけれど。狙った相手を渇望状態にさせるのかな?……何に対しての渇望?その時の欲求…?これはまた別件でいいや。




 さてと、本筋に話を戻すとセレスは神様から人間へ…だね。




 取引の魔神と取引をしたからといって、必ずしも他の種族へと変化するのかは知らない。けれど、今のところ百パーセントで変化しているのも事実。




 これはもう確定した情報として帝王陛下へ報告するのもありかもしれないな。…不確定な要素はなんにでもあるわけだしね。




 いつか遠い未来で、この法則性を無視してそのままでいる存在が見つかるかもしれない。



「………ふぅ…」



 にしても、取引でリクエストした内容…いや、フィードバックも。その二つの中身がいったいどうなれば種族が変わるというのだろうか。




 ………エルクブーイは…どうやって人間へ?




 リスクとリタン以外にも、もしかしてだけど…まだ何か?



「いてっ…」


「…!どうされましたっ!」


「いや、ただの静電気だよ。………だからその医療バッグを下げて欲しいな」


「静電気でしたか…」



 ほっと一息ついたグビューム。しかしその手のバッグは手元に保管したっきり。




 こりゃあ…怪我をしたあかつきにはドカドカに拘束されそうだねぇ………ありがたい…ありがたいよ事だよ。うん。怪我には気をつけよう。




 …あれ。そういえば。



「そろそろかと思います」


「うわっ…!う、うん。ありがとうね」



 ビビった〜……!心臓に悪いね。脈拍の加速を嫌でも体感してしまうよ。




 さぁ!こうしちゃあいられない!だいたい十と一時間弱、彼女はずっと戦っていたんだ!まだ続いていたら共に戦おう!もう終えられているのなら労ろう!




 我が子の、第一子の誕生なんて夢のようだ!




 極力空気を轟かせないように最大限のスピードを出し、屋敷内の廊下をギクシャクしながら突き進む。緊張して思うように動かなくて、自身の表情が強張りを見せている事を理解しながら僕は。




 その部屋に近づいていることを自覚すればするほど、緊張が重みを増し…足枷として、添え木に巻き付くつるのように絡みついていく。




 胸がざわざわして止まない。呼吸も荒々しくなっていく。やっぱりどうしても冷静さは保てないな。




 名前はもう決めてある。メリオスの名を継ぐ子の名前はもう既に。数ヶ月もの間、メリルと共に談笑しながら考えた。



「……スーッ…」



 扉の前へ到着したので軽く深呼吸を挟み込む。



「フーッ…!」



 少し乱れた衣服と髪型を正すために、少し震えている手を、



「おぎゃぁぁぁぁ…!!」


「っアグル!」



 不意に室内から聴こえた赤ん坊の産声に、髪へと伸ばしていた手が引っ込み、扉の方へと向かって反射的に動いた。




 髪も衣服も、呼吸も、そのどれもが整っていない状態だが、意に介さずに扉を開いた。冷静を装うつもりで扉の前で深呼吸をしたというのに、もう息が詰まってしまっていて。




 開いて開いた視界の右側にベッドを確認。産婆を確認。メリルと赤ん坊を確認。視界の歪みを認識。




 駄目だ泣いてしまう。



「あっ、エディっ…!」


「メリル!良かった……母子ともに無事で良かった…!」


「もう〜、大袈裟だよ。それに…見てみてっ!男の子よ!すぅっごく可愛いわ!」 



 メリルごと赤ん坊を優しく抱きしめて。



「…あはは、君に似たのかな。なんて可愛さだ…」



 赤ん坊をメリルから受け取り、自分自身でも抱き上げてみる。中々にぎこちなく見えていることだろう。傷つけないように必死で、一ミリでも腕を動かすのが怖いよ。



「…こんな感じだったのかな」



 改めて赤ん坊の名前を呼ぶ。



「パパだよ〜、これからたくさん思い出作ろうね。アグル〜」


「もう〜エディったら、パパだなんて言ってもアグルはまだ何も分からないわ」


「今から刷り込んでるのさ。パパだよ〜」


「ふふふっ、じゃあ私も!」



 二人して赤ん坊に呼びかけて、途中で可笑しくなり笑い合って、そしてお互いになんとも幸せそうな表情で向き合う。




 産まれた赤ん坊の名前はアグル・メリオス。




 この赤ん坊がいったいどんな影響を世界に与えるのかはまだ分からない。けれど、この子もメリオスの名を冠する者の一人だ。




 この子もまた、何か大きなモノを背負うことになるかもしれない。まぁ、出来れば平和でいてほしいけどね。







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