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迷える君を 望む場所へと(書き直し前)  作者: 差氏 ミズキ
魅夜編
32/34

幕間 エディ=クラム・メリオス Part12

※約2万字あります。



 悪い報告。




 僕は地底に幽閉されていた人達を引き連れて、襲ってくるブーイや目に入ったブーイを残らず殲滅していた。土地勘には秀でている面があったから、現在地点が何処かを把握するのにさほど時間は掛かっていない。


 向かうべき方位やブーイの出現率を、現在視点と進行方向に脳内で照らし合わせながら皆を先導して、途中途中に休憩を挟みながら進行していっていたんだ。




 …で、僕らは大帝国の敷地に入った。




 特に仕切りも、目印的なモノも人も居ないけど、すぐにここから先がグランドライト大帝国だと理解し、僕は皆を先に進ませたんだ。ここからは安全地帯だから…と。このまま真っ直ぐ北上していけば、オムニライト侯爵領の神殿に辿り着くから…と。




 詳しくは語れないけど、そういう力を持つ人達だからね…オムニライト家は。感覚的にはソウヨウの下位互換かな。いや…彼が異常に強力なだけだね。




 そうして皆を見送って、僕はその場で待機。




 アレが来るから。




 ……コレはベイムにも一応伝えてあるから、安心しきってこの先の道のりをのんびりと進むことはない…はず。


 出来るだけ皆に悟らせないようにするようにね。…とも同時に伝えた。結構大変だけど、彼が本当に兵士だと言うのならば、そういった教育も受けている…はず。


 避難誘導は兵士にとって必須スキルだからね。



(見つかったのが今で良かった)



 残り十五秒…十四…十三。



(はぁ〜、足だけで頑張らないと…………か)



 六…五…四。



(…ルジカ。いざとなったら君のことを…)



 …と、眼前で轟音と激震、コンマ遅れて地割れが発生し、土煙が空高く舞う。かろうじて一瞬だけ視界に映ったのは、翼を持つ…恐竜のようなビジュアルのブーイ。




 今度はこの目で姿を捉えたぞ。


 最上位種ヤッシュゲニア…トロペオ…!




『先は良いものを貰ったぞ…我をここまで愚弄するとは誇るがいい、愚かな人間ヨォ…!』



 土煙が不自然に霧散して、姿を現すのは人間のような様相の、酷く機嫌が悪そうなブーイ。額にピキピキと線が入っているが、これは人間で言う青筋だろう。



「…………」



 白亜に染まった体躯と毛髪…それに深紅の瞳。後頭部に向かい撫でつけられているオールバックな髪型。…少し崩れているのは僕が蹴散らしたからだろうか?


 額に生えている一本角は歪に捻れて髪型と同様にして後頭部へ先端が向いている。因みに、色合いは瞳と同色で深紅の色だ。




 ブーイの始祖も粋な名前を付けるもんだなぁ。白亜紀の翼竜から…トロペオグナトゥスという名の恐竜から、彼にトロペオ・ヤッシュゲニアと名付けたのだから。




 口に銃剣を咥えている都合上、滑舌などが悪くなってしまっているが、ほんの少しの時間を稼ぐために…憤っているトロペオに対して僕は声を発した。




 …出来るだけ時間を稼ぎたいんだ。先に行かせた皆、のんびり歩くから、休憩をたくさん必要とするから。その分だけ神殿まで時間が掛かるだろうし。



「あれぇ…?不意打ちをあえて許すほど〝油断してくれていた〟と思っていたけど、もしかして本当に気を抜いてたりした?」


『貴様、何が言いたい…?』


「ヤッシュゲニアは案外、そのへんのブーイと変わらないか…」



 おっと…来る。




 矢印の発生から攻撃までの時間がほぼ零秒に近いから、反射神経と判断能力、動体視力をフルに発揮しないといけない。



『許さぬ。…我は許さぬ。我を含めた上でヤッシュゲニアを愚弄するとは、何と無礼なことか…』


「…………」



 こいつの攻撃方法は未知数だ。今の攻撃だって正体が掴めなかった。不可視なタイプは初見殺しな印象を抱いたりするけど、二回でも三回でもこいつの場合は変わらなそうだ。




 僕の腕を切り取ったような感じの攻撃が、想定では斬撃系が来るかとばかり考えていたけど、周囲の草地を見やっても一つとして切れているモノはない。




 まぁ、見落としている可能性も当然あるけどね。



狼藉ろうぜきはあまり好かんのだが…致し方なし。さっさと終わらせ…』



 なんか一人で流暢に話してるから、コンマ以下の速度で間合いを詰めて股下から一閃、足を振り上げて霧散させた。攻撃範囲上、腕が残ったけどすぐさま横薙ぎに足を振ることで解決。


 これで、全部が消し飛んだね。




 今度は全身を蹴って散らしたから、再生するとしたらこの返り血からかな。それとも地面を濡らしている血か、空気中の小さな血の粒子か。…僕は科学者としても働いているから、気になったりしちゃうんだよね。




 だってさ、最上位種ヤッシュゲニアともなれば、血液だけでも復活するのかな。…って。




 思わない?




 彼等って核が無いんだよ?




 なら、どう再生して復活してるのさ?どうして記憶が残り続けているのさ?姿形が完璧に…いや、髪が少し乱れていたな。


 こういうことを研究するのが楽しいんだ。




 …で、復活するかな。血液から。



「にしても、あのまま攻撃を許していたらどうなっていただろうか…」



 四方八方に、細かい矢印が湧いていた。どれもこれもが零コンマ幾らかの秒数で、正直…先手を打ってソレを出来なくさせれなかった場合、僕は。



「…………」



 おっ、復活までの矢印。




 なるほど、血液からでも復活するのか。瓶があれば根こそぎ掻き集めて持ち帰りたかったところだね。


 そのへんのブーイに投与したらどうなるかだとか、熱で蒸発するのかだとか、冷凍したら機能は停止するのかだったり。




 少々マッドすぎるかも知れない。



『…………』


「衣服まで直るんだ。その姿かたちが何処かに保存でもされているのかな…?いや、服も身体の一部だったり…?カタツムリみたいな感覚で」


『なんなのだ…』



 酷く疲れたような、心底うんざりしているような面持ちでトロペオは肩を落としてため息を吐いた。それはもう気怠げに、そのまま不貞腐れて帰ってしまうのではと思わせるほどに。




 地面に落としていた視線がじょじょに上がり、やがて目が合う。深く暗い、すさんだ瞳が僕を睨みつける。




 何を考えているのか…数秒間も微動だにせずにこちらを睨み続ける。隙をうかがっているわけでもなさそうだし、ぼーっとしているようにも見えない。




 目的はなんだろうか。何がしたいのだろう?何を行おうとしているのだろう?沈黙が長ければ長いほどに僕の思考は疑問で埋め尽くされていく。



「…………」



 …攻撃の矢印が出ないかは常に警戒している。




 矢印の発生…いや、ソレを行おうとした瞬間からのディレイがあまりにも短いから。




 まるで、熱いものに触れた時によく見られるような、脊髄反射を常に可動しているかのようだ。脳みそを使っていないわけでもないだろうが…もしそうだとしても、思考から身体の筋肉に指示を伝達させるまでが早すぎる。やはりコレは脊髄反射か。




 脊髄反射の攻撃か…今までそんなものはなかったな。そりゃあ避けられないし、読んでいる間に全てが終わる。


 実際、初見時はまともに食らい腕を失っている。………その腕は銃剣ルジカを離さんとばかりに今もなお視界の隅に映っているけど。




 苦手な分類の攻撃が増えたね。




 ………?いや、脊髄反射なら矢印は出てこないのでは?無意識な攻撃、つまり本人も意図していないような接触などはそもそも矢印が出てこない。


 これも脊髄反射に近いだろうに。




 なら…トロペオは、やはり脳みそで思考し、瞬時に指示を身体中に伝達。要は、思いついたら即行動の究極系ということかもしれない。




 脳内で一体どんな速度で思考が流れているのだろう。




 まぁ、僕もあまり言えた口じゃないけど。



「…………僕はクラム・メリオス。改めて自己紹介させてもらうよ。トロペオ・ヤッシュゲニア」


『…何故…その名を?どこで聴いたのだ』


「エリアスにでも聴いたらわかるんじゃないかな?」



 適当に言葉を発しながら、再度、攻撃の機会を探す。今度は再生し始めている肉体を、どうにかこうにかして銃剣ルジカで撃ち抜いてみたい。



『まぁ、い。どうだってい。どうせすぐにこの時間も過去のものとなるのだからな』


「…………」



 矢印が湧いた。僕の両足にめり込むようにして矢印が展開されている。…どのような攻撃かは分からないが、分かるときは致命傷を負うときだ。なら、このまま不明のほうが良いだろう。




 今は…この矢印による攻撃をどうにか無くさなくては。



『よそ見をするとは随分と余裕らアグッ!?』



 ノーモーションでトロペオの懐に潜り込み、肩で軽くど突いて身体を地面から浮かせる。すかさずにその場で軽く膝を曲げて軽く跳躍し、再度肩で同じところをど突いた。




 流石に硬いなぁ。これくらいを簡単にぶち抜ける武器を開発しないと駄目だね。皆がもしもの時に戦えない。



『…キ…サマァッッッー!!!』


「っ…!」



 しまった!回復が早い!




 宙空に身を投げ出されて白目をむいていたトロペオ。彼がグルンっと黒目を戻してエディの肩に掴みかかった。




 ぎりぎりと指先が肩に食い込み、自身の肩からブツンブツンと痛々しい肉音が弾ける。現状、ふざける余裕は一切ないけど、例えるならば…肩揉みレベル地獄だ。




 なんて握力だ…!これは振り払えそうにないし、万が一肩の肉ごと持っていかれては戦闘の継続が厳しくなる!




 ただ、此奴トロペオは今、空中にいる。羽や翼の痕跡が異様な程にない人形の状態で!


 ならばこのまま押して…!



「…!?」



 跳ぼうと曲げていた膝が、突然発生した身体の異常に反応し、向かう先を前方から後方へと咄嗟にシフトチェンジした。際してはトロペオの指も綺麗に抜けた。まさか引くとは思っていなかったらしい。



 …視界が片方なくなった!?潰されたというのか!?いつ?いったい…いつ攻撃の矢印が…!?



「まさか…」



 直接…眼球の内側に…?



「っ!?」



 こ、これは…?



「ゲブ…ゴバボボボ……」



 凄まじい勢いで前方へと流れていく景色を視界の端に収めながら、エディは突如として喉を鮮血に染めて着地した。驚きの表情を浮かべながらも、彼の残る片方の瞳は、常に冷静にトロペオを捉えている。




 喉をやられた!?矢印は視えなかった……でも、浅い…!不幸中の幸いとはこのことか!




 口から絶えず血を吐きながらも、喉の傷口に軽く触れてそのカタチを確認。ヌルっとしているような、サラサラしているような、とにかく痛い。




 綺麗に…切られているのだろうか?


 それも、各方向から?



『もし、お前を逃せば…我らブーイの未来は不安に苛まれ続けるであろう。…故に、我はお主を確実に処分することにした』


「ゲホッ…ガハッ…バババ」



 トロペオから放たれたるは不可視且つ瞬足の攻撃。それは、矢印がコンマよりも少ない秒数でしか出現しない、動体視力と反射神経を限界以上に活用しなくては避けられない攻撃だ。




 だとして、そんなに一瞬な攻撃ならすぐに傷も塞がるのでは?…と、エディは考えた。圧迫なら筋肉の密度的に自動でなされる筈だし。


 だがしかし無理そうである。




 直感がそう告げている。




 コレはただの斬撃なんかではない。



『本来ならば既に死んでいるはずなのだが……クラムと言ったか?なんなのだお主は』



 心底機嫌が悪そうに額に手を当てながら、一歩一歩ゆったりとエディのもとへと距離を詰めていくトロペオ。




 彼の指がピクリと痙攣したかと思えば、僕の右の足を抉るように空間が四角形に歪んで…その部分がパッと消えた。


 右の膝から下を失った僕は、つい痛みに顔をしかめて、咄嗟に左足に力を入れる。



『その身体、観音開きにして人間どもの市井に赴き、白昼のもとに晒してやろう。敢えて見せつけるようにして低速で飛行し、人類の強者であってもこうも不様に、残酷に敗北してしまうのだと。日々能天気に糞便を垂らす者共に解らせてやるのだ』



 後方に跳んだらまた喉を抉られた。視えなかったのは…そうか、僕が下がると予め見立てておいて、いつでもソコの地点に出せるようにしていたのだろう。




 タイミングがいまいち合わなくて、喉の表面になってしまっているけれども、実際はさらに致命的な削り方をしたいのではないかと思われる。



「………ゲブッ」




 視界の端で、視界の下の方の端で、キラリと陽光を反射したモノが目に入る。




 僕は…容赦をもっと捨てられれば良かったんだ。そうだよね…わかってる。





 あぁ…恨まないでおくれよ。僕だって本望じゃあないさ。こんな使い方…一度たりともしたくはなかったさ。



『して…言い残すことはあるか?……………いや、やはり言わずともい』



 冷徹な眼差しを…深く紅い瞳を突き刺し、周囲の植物が枯れ果て、地面が乾き亀裂が走るほどの威圧を放出するトロペオ。



『死ぬがよい…人間、いや…クラム・メリオスよ』



 中指と親指を合わせて、その眼前に掲げる。発動までの矢印が湧き、コンマ以下の詳しい秒数を教えてくれる。




 けど、僕のが決断が早かった。




 左足で着地と同時に、深く膝を曲げて…大きく踏み込む。メリメリと筋肉が唸り声を上げて肥大化し、エディに超人的な跳躍力を与える。




 生まれつきなのか後天的なのかは定かではないが、彼は脚力に恵まれていた。走ることや跳ぶこと、蹴ること、足でのアクションで右に出る者はいないだろう。


 少なくとも、人間であればの話だが。



「ほっ…!」



 エディは地面をめくり上げながらトロペオの方へと距離を詰め、勢いを活用した強烈な体当たりを食らわせた。




 完全に虚を突いたのか、彼は白目となり、その腹部や胸部は大きく凹みを見せている。背部からは骨と内臓が飛び出しており、何ともグロテスクな状態である。




 …が、しかし早くも破裂を逆再生した風船のように再生し、体当たりをしたところが青痣となりつつある。何て驚異的な回復力タフネスだろうか。


 …もしかして、回復速度を調節出来るのだろうか?だとすれば厄介さんだね。




 倒したと思って距離を詰めたら、瞬時に復活して襲われる可能性がある…と。


 数年前のエルクブーイとの戦闘時にも同じ感覚となったことを記憶している。彼もそうだったのだろう。…ってことは、最上位種ヤッシュゲニアとか関係なく…少なくとも上位種以上は即時回復の芸当が可能なのかな。




 それにしても、流石はヤッシュゲニアの処女作だ。練度も、強度も、加減が全くと言っていいほど利いていないね。




 言うなれば、ぼくのかんがえたさいきょうのそんざい、だね。




 初めの一人だからこそ、凝りに凝ったのだと思う。変に人間味があって、不思議な感慨を抱いてしまうな。



『……っ生ぬるいわアアァァァ!』



 傷一つないその背中から、コウモリを連想させられるような羽根が飛び出してきた。羽に包まれた鳥のような翼ではなく、葉脈に膜を貼ったようなあの羽根だ。




 僕の頭部を包むように矢印が各方向に伸び始める。やはりキューブ状にそれらは発生した。僕の首を削ったモノも、こんな形だったのかもしれない。



「……ルジカ」



 羽根を広げて空高く宙空を舞い、旋回しながらコチラに滑空を始めるトロペオ。加速度的に身体を肥大化させ始めたので、おそらくは人のカタチから、あの恐竜…いや、翼竜グナトゥスのスガタとなるつもりだろう。



『我に対して速度で張り合うのならば敢えて乗ってやろう!愚かな人間よ』


「君と過ごした日々、楽しかったよ」



 口に咥えていた銃剣ルジカをパッと離した。


 そして、僕にしか見えない…いや、視ることができないソレを、落ち行く銃剣ルジカから口で引き抜き呟く。



『待て…貴様何を…!』



 ジジッと静電気が発生。銃剣ルジカの内側に隙間なく詰まっている自家製のソレに引火させ、閃光と灼熱と轟音を、そして…考えうる限りの爆裂を解き放つ。



ぜろ」


『ギィッ!?』



 その瞬間、僕の世界は白く染まった。



『ッヌウウウオオオアアァァ…………!!』



 焦りすぎて攻撃位置が疎らになっているな。トロペオの扱う力は、冷静さと集中力、空間把握能力が必須なのだろうか。




 周囲の空間が四角く歪み…右の脇腹、左肩の表面、左頬を歯茎を巻き込んで、あぁ………三人称視点の僕は今頃。




 合理的ロジカルに判断した結果、自分自身を捨ててしまうのは狂っているのだろうか。メリオスはこれだから…と、皆に呆れられてしまうだろうか。




 でも、なんでだろう。




 面白くなってきた。



『ク…ラム……!ッメリオスウウウウウゥゥ…!!』


「あっははははははは!」




   ▲   ▲   ▲   ▲   ▲




「……………うーん…」


「おいおい、いつまでそうしてるんだ?」


「いや、心配ないのは分かるけど…どうにも胸騒ぎがして」


「珍しいもんだな。あのメリオスだぞ?心配なんて要らねぇよ。ほら、ラスト」


「え?」


「お前だけだ。治療が必要なのは」


「え?他のみんなはもう終わったのかい?」


「ああ。とっくの前にな…えー…名簿によりゃああんたの名は…」


「そんなに時間が経っていたのか…」



 全員無事にオムニライト侯爵領の神殿に到達したけど、何の胸騒ぎなのだろう。




 神殿の大理石で出来ている長椅子から立ち上がり、この神殿の神官様に連れられて部屋を移動する。この人もオムニライト家の血筋だそうだ。


 耳を疑ったが、直系の次男だそうで。




 他国の貴族についてはあまり詳しくなないのだけれど、流石に五代氏族の姓と、その強力さだけは認知している。




 水軍のセシアライトに、医療のオムニライト、空軍のヅェッツライトに、防衛のサンライト、陸軍のオールライト。




 彼等には国境を越えて助けてもらったことが幾つかある。俺の主も彼等に助けられた事があったらしく、度々口にしては、嬉々として語っていたことを思い出す。




 今頃は国王陛下の御前で事態の報告をしているのではないだろうか。そして我らがテリアイトの騎士達が奴等を制圧しに向かったのではないだろうか。




 産業国テリアイトは大きな川が国内を二分していて、尚且つ池や小川が多い。




 お陰でセシアライトには大いにお世話になっている。水魔が大量に出現した際には特にそうだ。


 彼らが戦場に駆けつけてくれれば、予めこちら側で誘導していた地点に案内するだけで戦線が締結する。




 グランドライト大帝国とは同盟関係で、相手からは武力を、こちらからは食料を、それらをメインで供給し合っている。だから、詳しくは知らないけれど…ここらへんの穀物類はテリアイト産が実は多いと思う。



「ほら、あんたが一番重症なんだから。ベイ厶・ダルカンで間違いないな?」


「うん、俺がベイムで合っているよ。このご恩は感謝してもしきれないよ神官様」


「いや、別にそういう身分でもないけどな」



 神殿の奥の部屋、半透明な純白のカーテンを通過して中庭らしき場所に出る。青々と草地が生い茂り、色鮮やかな花々が目に癒やしを与えてくれた。



「あ、自己紹介が遅れてすまない」



 中庭の中央にて堂々と佇む誰かの石像の前で振り返り、こちらに向き直る。




 カステラのような淡い黄色をしている髪に、銀縁の丸眼鏡を掛けている。その向こう側には、メリオス子爵閣下のような…惹かれるような、神々しいまでの真紅の瞳が確認できた。



「ジェドミレシオ侯爵の次男坊、チェテリオス・レシャテーゼ・ラ・オムニライトだ。この侯爵領内では父に次いで高精度の癒しが扱えるよ」


「では、俺からも改めて…ベイム・ダルカン。よろしく頼みたい」


「おうよっ。………少し目を閉じて待っててくれ」


「…?あ、すまない。そういうしきたりだったか」



 目を閉じて、視覚情報をシャットアウト。本当は目を瞑ることが嫌なのだけれど、流石に今は仕方ない。耐え忍ぼう…あの惨劇が、この暗闇の中に浮かんできても。




 にしても花の香が鼻腔をくすぐる。このポカポカな陽光と相まって良いリラックス効果が期待できる。そよそよと吹く風が頬の横を通り過ぎるたびに、爽やかな清涼感と癒しを貰えてありがたい。




 鳥のさえずりにこんなに耳を傾けたのはいつぶりだろう。テリアイトでは聴かないタイプの鳥の歌だ。



「う…っし、終了だよ。どうしたらこんな怪我を負うのか…いや、余計だね」


「す、凄い…」



 息がしやすい…!痛みも何もなくなっているし、身体の調子も万全だ…!これが…医療のオムニライトだと言うのか!




 これなら、今からでも戻って…!



「駄目だぞ?戻るのは」


「へ…?」



 まさか顔に出ていたのだろうか?あまりの高揚感に気持ちが緩んだ可能性がある。改めて気を引き締めないと、いつ、どこで、いかに平和に見えてもヤツラは現れるのだから…!



「治してくれてありがとう、チェテリオスさん」


「こらこら、病み上がりだろうに。クラムの所へ向かうつもりなのかい?」


「…俺は」


「彼よりも弱いのに助太刀すると?駄目だよ。これは、君の身体を心配しているんじゃない。クラムの邪魔になることを危惧しているんだ」


「…………」


「解るだろう?」



 …なんて圧迫感だ。心なしか…彼の瞳が光っているようにも見える。



「…………」



 丸腰か…いや、裾の下や衣服のポケットにナイフでも仕込んでいるかもしれない。ここで強引に向かっても止められる可能性は高めか。




 しかし、俺は既に死んでいるも同然だった。ならばこの命を、元の使命のために消費するのは間違いではない。




 多くの仲間が、気のいい人達が、主のご子息の一人が、従業員が目の前で皆殺された。




 俺は油断していた。


 まさか、平和なアフタヌーンに地面から這い出てくるとは。


 まさか、青に染まった大空から突如として現れるとは。



 何一つ考えていなかった…!




 思い起こすだけでも胃がムカムカして吐きそうになる。あぁ…皆…申し訳ない。




 主を護るという任務は果たせたが、あくまでもそれは最低限度の話だ。



「あの人は気の良い人だ。噂通り…強く、賢明で、どこの誰から見てもメリオスと呼ばれるに値する化物だ」


「一応…言っておくんだけどさ、お医者さんなのよ。だから、言えないんだよ、戦場に向かえなんてさ。君を止めるのは職業としての義務であり…」



 銀縁の丸眼鏡を外して、眉間にしわを寄せながら彼は言い切る。



「僕の意思ではない」


「え?」


「さぁ、何をボサッとしてるんだよ?行こうぜ」


「…え?」



 この人、さっき俺に邪魔になるとかそんなこと言ってたけど。



「っ!?」

「なんて揺れだ…!?クラムがまた何かやったのか…?」



 突然にして地震が発生した。いや、地震自体は突然起きても不思議ではない自然現象だ。だがしかし、これはあまりにも突拍子もない縦揺れだ。




 ここに来るまでに馬車を幾つか確認している。今頃は馬が地震に驚いて制御を失っているかもしれない。なら…先ずは確認しに行くのが最優先か。



「ベイムっ!アレを持ってクラムのもとへ急ぐんだ!」


「いやっ!先ずは…!」


「すぅ~…!!」



 俺が言い終わるよりも先に、彼は大きく息を吸い、上着のポケットから五センチほどの笛の様な物を取り出した。




 そして、力一杯といった調子でそれに空気を吹き込み音を鳴らす。




 甲高くも力強い、笛を吹いているはずなのに太鼓でも叩いているかのような音圧の音色が、神殿の外まで響きわたる。



「っ走れよ…!すぅ~〜…!!」



 何をぼーっと呆けているんだ俺は…!




 彼が先程に目線で指していたモノを手に取り、その見た目にそぐわぬ重量感に足をつまかせながらも神殿内を出た。



「す、凄い…が、今はコレを届けるんだ…!」



 外にいる馬は皆寝ていた。それどころか通りをゆく人々さえも心地良さそうに寝息を立てているではないか。


 気絶しているのだろうか?いや、突然倒れたような痕跡もない。ならば睡魔が…?


 あの笛を吹くとそうなるのだろうか?



「いや…!」



 彼の力?オムニライトの隠された別の能力とか?



「いいや…!!」



 走れって!




 頭がどんなにボンヤリしようとも、瞼が重く垂れ下がろうとも…!とにかく俺は走り続けるんだ!




 地面は未だに振動している。足を踏み込もうとしても、少し位置がズレて捻りそうになってしまう現状だ。



「にしてもこの縦揺れは本当に地震なのか…!?」



 商店の立ち並ぶ道を抜けて、馬車通りを抜けて、民家を抜けて、閉めている途中だったのか…開いている門をスライディングで勢いを保ちながらとにかく前進。



「あ、アレは…!?」



 足を止めずに駆けながら、遥か遠くの半球型の燃え盛るドームへと目を向ける。一瞬、太陽が落ちてきたのかと錯覚してしまった。




 ソレは夢なのか幻なのか、とにかく神秘的でついつい視線が誘導されてしまう。あそこに彼が居るのは確定だろう。あの爆発?の心当たりは彼くらいだ。


 かなりめちゃくちゃに聴こえるかもしれないが、彼は俺みたいな末端の耳に入るほどの強者で、なにより、あのメリオスなんだから。



『〜〜〜♪』


「な、なんだ!」


『〜〜〜♪』


「っ誰か他に?」



 どこからか鼻歌が聴こえる。こんな何も無い平野で、なおかつ縦揺れ中にも関わらず…なんとも愉快げな調子で響いている。




 しかし、どういうことなのか。いくら周囲を見渡してもそれらしい音の発信源はない。人間の気配も一つだって感じられない。




 …ただただ嫌な汗が背中や額から噴き出し始めている。


 ……体調が悪い時のような、緊張しているかのような、悪寒が身体を蝕んでいる時のような、そんな汗が身体中から滲み始めている。



『〜〜〜♪』


「いや、この音の正体は後で探す…!今はメリオ…」


『〜〜〜♪』


「…ス」



 ドクン、ドクン…と、ソレは強くリズムを取り始めた。もはや痛みを感じるほどまでに、ソレは大きな躍動を見せながら、鼻歌と似たリズムを取り始めた。




 視界の隅にはいつの間にか、霧が掛かっているかのように。


 託されたモノを持つ手は、地面を踏みしめるその足は、本人の意志を押しのけてまで…なんともたのしげに。


 やがて思考すらも奪われて、情報を処理することも出来ずに俺は。



「………」


『〜〜〜♪』


「〜……〜〜♪…ぐ………〜〜……♪」



 な…〜だ?俺の身体が〜手に動くぞ…?〜るで…自分の身体〜ゃないみたい…に。いっ〜い何故?


 あれ?〜考も〜な〜〜じになってきて〜ぞ!


 〜…ずい…!まずいィッ!



「〜…ぅううううううぐウウ…!」



 …〜バイ…せめて、〜の手に〜〜〜…クソッ…!



「向かわなければ…!〜…んんッ!!」


『………』



 あ。



『…っふふ♪』



 ああぁ…!




 ああああああぁぁぁぁぁ…!




 アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァーー!!



「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァァァアアァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッッッ……!!!」


『あ〜♪〜〜〜♪』


「ヴヴヴァアヴウウウウゥゥゥ…!」


『んぅふふ♪』



 無から出づるは幼気な少女。




 純白の…いや、透明色とでも言うべきか、サラサラと風になびく…目元を隠したショートヘア。襟足が少し長めで、ほんのりと中性的な印象をいだかされる容姿。




 髪の隙間からチラリと見える瞳は、やけに、嫌に、深海が如く暗い…それでいて紅い、深紅の瞳を宿している。



『ら〜♪らら〜〜♪』



 彼女が身を乗り出してきたその空間は、まるで水面に広がる波紋のように波打っている。陽炎とはまた違う、空気の揺らぎがソコに浮かんでいた。




 触れただけで壊れてしまいそうな指を、絹のようにサラサラとした白く綺麗な指先を、狂い始めたベイムに対して真っ直ぐと向けて、




 そして、



『えいっ♪』


「ア…………」



 深く、深く、既に背部へと貫通していてもおかしくないのに、何故だが永遠に奥の方へと刺し、突き込んだ。




 ひたすらに妖しく微笑み続ける少女。艶っぽく赤らんでいる頬がなんとも嗜虐的で、とても魅惑的に映る。



「……な、にを…」 


『えっ…?』


「な…にを、している…?俺…の、から…身体に…」


『……つまんないの〜』



 ベイムの身体から腕を引き抜いて、まるで水気でも払うかのようにその場で一振り。




 だらだらと酷く気怠げな足取りとなった少女は、ベイムの手に握られているモノを睨みつけて小さく溜息を吐いた。



『また、お前か』


「お前は…誰だ…?」


『………』



 何も言わず、その場で背を向けて歩き始める少女。一歩一歩進むたびに弾む髪の毛が妙に愛らしく感じる。彼女にそう思わされているのか、はたまたこの世の仕組みなのか。




 数歩進んだ先で空間が歪む。いや、揺れる?




 またもや原理不明の空間の揺らめきが、水面が如く波紋が周囲に広がり、



『………bye』



 …とだけを振り返らずに呟いて、少女は〝向こう側〟へと姿を消した。



「…………カフっ」



 一人残された男はその場で白目を剥き、膝から力なく地面へ崩れ伏す。両の手で抱えたままのソレを化物メリオスのもとへと運びきれずに。




 しかし何故なのか。




 彼は意識のないままに再び立ち上がり、ふらふらとした覚束ない足取りで歩き始める。白目をむいて…口からはよだれが垂れているというのに、全身から力が抜け落ちているというのに、それなのに彼は傀儡かいらいが如く進み行く。




 それはまるでゾンビのように。



「…………」



 まぁ、死んでいないのだが。




   ▲   ▲   ▲   ▲   ▲




 なんていい天気だろう。




 ぽかぽかな陽気が空間を満たし、空を見上げれば雲一つのない青空が視界いっぱいに広がっている。心地よい風が前髪を玩具おもちゃのようにもて遊ぶせいで、せっかく整えていた髪形がめちゃくちゃだ。




 もう身体の形を感じ取れない。足も、腕も。




 もはや痛すぎて痛みを感じる器官の許容量を超えたのか、逆に痛くない。今はただ、濃い鉄の臭いだけが肺を満たしている。




 多分…臭いだけではなく、実際に血液がタプンタプンになってるんだと思う。肺の中に…ね。




 百周回って穏やかな気持ちだ。




 草がなびく音を聴き、地べたに寝転がりながら空を眺める。陽気が眠気を誘ってきている。




 でも、この眠気は駄目なやつだ。




 寝ちゃあ…駄目なやつだ。




 もう起きれないやつだ。




 …けど、眠くて仕方がない。



「………」



 あぁ…瞬きすら危険だ。そのまま落ちてしまいそうになる。覚めない夢へと魂ごと持って行かれてしまいそうになる。




 ……………。



「……っ」



 駄目だ…死ぬ。




 失血死するか、あいつが復活し終わって殺されるか…かな。選べるとしたら。まぁ…両方ともお断りだけどさ。




 かなり絶望的な状況だなぁ。容赦を捨てて、ロマンを捨てて、ただの〝メリオス〟になれれば勝てたのかな?




 蹴散らしたあとに、トロペオの血飛沫をすべて土と混ぜていれば良かったかな。さっきは空気中の血液から復活していたし。予想では土にまみれるだとか、ほかの物質と過剰に混ざるとアウトなんじゃないかな。物質次第だろうけど、固形が混じると駄目そうだ。




 うんうんと、過ぎたことを考えて唸っていると、突然、地面に矢印が湧いて膨れ上がり、亀裂が広がりそのまま砕け散った。




 音的にさほど遠くはない位置で。



『ギギグ…ギャギャッ』


「……あ」



 また別の矢印が湧いて地面が膨れ上がり、亀裂が広がりそのまま砕け散った。



『ギィ!ギァイギギァ…!』

『ギギギ!ギァイギググゥ…』

『ググガギ…ギャギャグィ!』



 そのまた別の矢印が湧いて地面が膨れ上がり、亀裂が広がりそのまま砕け散った。



『ギィィィァ』

『グギググギ!ギギグァ!』

『ギャイィギグガァ?』

『ギィグググギャギャギャヴ』

『ギグァグギヴウゥギグ』

『ギギィイアグギ』

『ギグギャギャ…ギギャギググ!!』

『ギィ』

『ギギギャァ…?』




 視界の端に矢印が湧いて地面が膨れ上がり、亀裂が広がりそのまま砕け散った。



『ギギグガァ!ギギィ…?』

『ギグギギィア、グギァグ』

『ギグギァァ』

『グァググガギ、ギャググギギグ』

『グィグァ…?ギギグァギィィィ…!』

『ギァギァギィィ、グゥギャァ』

『ギギガギ?ググガギ?』

『グギァグィギャギャ!!』

『ギググギ…ギィグ』

『ギィググギィァ、ギャィィィ…』

『ギガギギググァ』

『ギュヴガギャ、ギグゥゥア』

『ギグャギィ、ググァィ』

『ググギグァ』



 もはや目を動かしても視界に入らない地面が膨れ上がり、亀裂が広がりそのまま砕け散った。



『ギギィググ』

『グギギィぐぐァ』

『ギャギギャ』

『ギギゥグヴギャ』

『ギギィァ…?』

『ギャィァグゥギギィ』

『ギャギギィ…!』

『グァギャァ』

『ギィグゥゥァ、ギギィギ』

『ギャギャッ!ギャギィグ』

『グギャア』

『ガグギィ』

『ググギグ?ギギグゥ』

『ギグギギァ…!』

『ギギガァ…』

『ガギャ…ァグ』

『ギィガァグィ』

『ギググギグァァァァ…!!』

『グギャ…ギグギギ』

『ギギガギャギギ』

『グギィググ』

『ギャィググギァ…グ!』

『グゥググギギャァァァ…!』

『グギギギギィィィ…』

『ギャァグギグ…グァググゥ』

『ギャギギャギャギ!!』

『グゥァギャギ?グァグゥ』



 雷が落ちた地面からミミズが這い出るように、爆発の起きた大地からブーイが湧き出てきた。おそらくは地中で寝ていたやつが、地震と爆発音…それに加えて、爆発で掘り起こされて目を覚ましたのだろう。




 そのうちの何匹かが。僕を見つけるなりニタァと気色の悪い笑みを顔に浮かべて、ひてひたとにじり寄ってくる。




 ぞろぞろと群がるように、虫の死骸を蟻達が囲むように。僕はこれから運びやすい大きさに千切られて、そのまま巣窟に…いや、普遍種は遊ぶだけか。人の死体で。




 そして手が伸び、矢印……が………?



『大丈夫…!?』


「……!?」



 僕は気が付かないうちに空にいた。




 矢印に載っていた情報を思い起こせない。そもそも、時間を…カウントダウンを読めていない。もはやマッハの速度…つまりは音と同等の速度でいつの間にやら空へと連れて行かれたのだ。




 …そして、僕は一人しか知らない。この速度を出せそうな人物を。まぁ……記憶の中のその人は、こんなに速度を出してはいなかったのだが。いや?もしかすると本気を出すと音速になるのだろうか?…普通に成長しただけかな?




 いけない、職業病かな。




 突然にも空に切り替わった視界に目が慣れてきた頃、その姿はようやっと視界が鮮明になり景色がカタチを成した。




 あぁ……あの時と変わらない姿だ。



『腕と足が…それに内臓も見えちゃってる…』



 え?僕、そんなにグロテスクな状態なんですか?




 なんか急にお腹とか痛くなってきたかも。



「………」



 そういえば風を感じない。どうやら今は滞空しているらしい。地上の方へと視線を落とせば大規模なクレーターと白い魔物達。空から見ると完全に蛆虫そのものだね。




 あれ?…動いていない?




 全部死んでいる…?




 いつ?どのタイミングで?



『キングーッ!終わった?』



 キング?…キング?もしかして、爬虫類型のブーイ…ヨルが言っていた人物だろうか?キングと呼ばれているのはいったい誰?




 そもそもブーイは名前を……あぁ、言っていたね。ヨルは。




 キングが名前をくれて、自分達も何か呼び方が欲しいと言ったらそう呼ぶように提案されたと。率いる者の呼び方として、王様キングと呼ぶように提案されたと。




 割と軽い調子で返答を受けたせいで、王様キングというモノがどのくらいの地位なのか、初めはよく分からなかったらしい。




 つまり…は、



『あぁ、たかだか五十数体だ。既に終わっている』


『さっすがキング〜!』



 彼が…キング。




 地下牢?いや、地底に捕らえられていた時に僕のことを見つめていたブーイだ。トロペオの隣で、興味深そうにしていた名前のあるヒトだ。




 名前は確か、



「………」


『キングキング!』


『何だ?』


『この人まだ息があるから、どこか治療ができる所へ運びたいんだけど…』


『そうか、地理に詳しくないのか。ならば…』


「む…さ…か…」



 二人の会話に割って入るようで申し訳ないが、さらに…いきなり名前を呼び捨てするというのも失礼だが、敢えて注目を引くために呼ばせてもらった。




 やはり喉から声があまり出ない。水が欲しいところだけど、今の僕には嚥下えんげが上手にできる自信がない。我慢…か。




 カサカサな声で調子が狂うけれど、このまま続けさせてもらおう。彼女の速度ならば、すぐに辿り着くはずだから。




 ゴル大陸へ。




 ソウヨウに助けてもらう他ない。




 力をこんな事に使わせるのは申し訳ないけれど、恥を忍んで頼むべきだろう。合理的に考えて、僕の持つ情報はデカい。全てを報告しなければならない。




 …ソウの扱う力は、使えば使うほど有難みが減り、使用感が軽いものとなる。病気になったら薬を投与する…その過程を省いてすぐに病気を治すようになってしまう。一人にそう力を使えば、二人、三人とどんどん緩くなってくる。




 コストパフォーマンスが優れすぎているからこそ、無限の使用制限であるからこそ、その分大切に扱わなければならない。




 それが普通とならないように。




 だからなおさら申し訳がない。



『ミワク…今、その男は…ムサカ…と、言ったのか?』


『言った…よ、キング。ムサカって』


『………信じられん…』


「ム…サカ、この大…陸とは別の…大陸に治療が施せるアテ…があるんだ。そこまで運ん…運んで欲しい。頼ん…でも良いかな…?」



 呼吸を整えるのは厳しいので、間を置いてお願い事を並べる。



「天使さん…から見て六時の方向に、真っ直ぐ…進んでこの大陸を抜け…しばらく進んだ先に別の…大陸へと辿り着く…はずだから」


『天使…さん?』


「久し…ぶりですね…エディです…」


『え…?えぇぇぇ!?き、君、まさか…』


「まさか…また…命を救われる事になるとは…」



 あの頃から変わっていない。彼女の容姿も、僕の状況も。




 ずっと、言いたかった事がある。



「天使さん…いや、ミワク…?と呼ぶべきかな…?」



 あの時は言いそびれてしまったけれどけれど。



「あの日、貴方が居なければ、僕は…両親共々この世から居なくなっていたかもしれない」


『………』


「ありがとう。この命を…」


『ごめんッ!!』


「え?」


『ごめんねぇ…ごめん…本当にごめんなさい…』



 あの日は伝えられなかった感謝の気持を述べようとしていると、天使さんに唐突にも謝罪を受けた。大粒の涙を真紅の瞳からボロボロとこぼし、僕の顔を濡らしている。




 どうして謝り始めたのだろう?




 何を、謝り始めたと言うのだろう?



「あの…?」


『僕…ずっと言えなかったんだ…!』


「天使…さん…?」


『あの日…あの日!』



 絞り出された声は酷く苦しそうに震えていて、緊張や罪悪感、後悔や怖れ…更には葛藤と少しばかりの焦燥が折混じった表情を天使さんはしている。




 それでも時間は残酷に進むようで、沈黙が静寂を呼び、それが焦りを加速させた。




 腕があれば震える口に指を当てられるのに。喋れば良いんだけど、タイミング次第では彼女の勇気を殺すことになる。




 だから…ただ真っ直ぐ、僕は彼女を見据えることした。




 今の状態を客観的に見たら、僕は天に召される途中のようになってしまっていることだろう。まさに今から、天へと運ばれていくかのように見えるだろう。




 まぁ…このままの身体で数時間が経過したら本当にそうなるだろうけど。




 だとしたら、メリルタルアは…メリルは酷く悲しんでしまうだろうな。忙しくて最近会えてなかったから、久々に会いたかったのだけど。




 それにまだ、メリオスとしての仕事も果たせてない。




 まだ死ねない。まだ死なない。



「天使さん、落ち着いてください。まずは気持ちを…」


『エディくんのお母さんを殺したのは僕なんだ…!!』



 …………は?




 僕の…ママを殺したのは………え?



『僕は特殊なブーイだから、初陣も早くって、それに、他のブーイから初の殺人をするように催促されて、見守られて、振り切れなくて、それで、家を指さされて……それで…!』


「………」



 あの時、どんな顔して僕と会話していた?




 あの時、君は庇ってくれたけど、それは罪悪感か?せめてもの償いとでも考えて運んでくれていたのか?ママは最期に何て言っていた?貴方は誰かに催促されて自分の意思を曲げるようなヒトなのか?敵かどうかを尋ねた時にしていたあの表情は、僕に対する罪悪感と申し訳なさからか?その謝罪は自己満足なんじゃないのか?本当に今話すことだったのか?言い訳がましい謝罪は何なんだ?謝られたからといって、許すのとはまた別の話だろ?ママを肉塊になるまでグチャグチャにしたのはお前か?苦しむような殺し方をしたのか?謝罪できて心はスッキリしたか?身体の重荷は外れたか?許しの言葉が出るとでも思うか?




 僕は…僕は…どんな顔して君を視れば良い?



『ごめんっ…なさい…!!ごめ…ごめんなさいっ!』


「………」



 泣いて何になると言うんだ?僕の目を見て話せよ。



「謝罪はいりません」



 もう良いよ。



「僕は、貴方に命を救われたんだ。その事実だけはひるがえらない」



 許さない。殺したことを許すなんてことはない。僕はそこまで人が出来ていないから。だから、今はただ…合理的に。



「謝ってくれただけでも、その事実を教えてくれただけでも有り難いです」


『……ごめ』


「僕は」



 重ねて言った。



「僕は今、見ての通り死にかけです。申し訳ないと言うのなら、僕の指示に従って目的の地へと運んでもらえると幸いです」


『……うん…』


「では、さっそく指示を出します」



 あぁ…僕は性格が悪いな。




 こんなにあからさまな他人行儀に敬語。天使さんが気付かないワケがない。傷つかないワケがない。



「まずは…」



 先程と同じ内容を。



『…うん。わかっ…』



 天使さんの声が途切れ、力なく落下し始めた。



「何っ!?」



 見ると翼が大きく抉れていて。



「………」


『貴様ッ…!!』



 地上へ目を向けると。



「……あ」



 ベイム・ダルカンがそこに立っていた。




 口からよだれが垂れて、白目を剥いていて、まさにゾンビを彷彿とさせられるようなよたよたと頼りない足取りでこちらに向かい歩みを進めて来ている。




 意識がないのか、意志だけがあるのかは定かではないが、彼の状態が異常であることは回らない頭でも理解できている。



「……あぁ」



 彼の手に握られてるアレは。




 あの銃は。




 ルジカをベースに型を取った試作品じゃないか。



「素手で…触れてしまったと」



 製作者として取り扱いは厳重に、友人の所へ預けていた筈なのにな。…届けに来たとか?ルジカに詰めていた火薬について知っている人物で且つ、アレを持っている人物は一人しか思いつかない。




 チェテリオス・レシャテーゼ・ラ・オムニライト…彼が、ベイムにろくな説明もなしに渡してしまったのだろうね。




 神を模倣して作ったら、魔物ができてしまったという例えが的確な銃。




 与えた名前は、クレイ。



「…クレイッ!!」



 その名を呼ぶと、次を構えていたベイムの身体はピタリと停止し、その場で折り畳まれるようにへたり込んだ。




 どうやら解放されたようだ。製作したのは僕だから、解放されたようだは他人事すぎるかもしれないね。いや、申し訳ない。ベイムは立派な被害者だよ。



『……っは!』


「あぁ…天使さん、悪いけど」



 翼が回復して意識の戻った天使さんに、地上でへたり込んで気絶しているベイムの腕の中にある得物の回収を頼んだ。




 キングと呼ばれているムサカというヒトは、降りてきた天使さんをブーイではあり得ないほどまでに心配して声を掛けていたよ。




 身内に対してかなりの心配性になるのだろうか?それとも、他にここまで心配するような理由でもあるのだろうか?……ただ単に、仲間だからだとか?




 まぁ、どれでも構わない。



『この〝火縄銃〟みたいなモノで良いんだよね?』


「火縄銃…?なんですかソレ?この銃で合ってますよ。僕の身体と一緒に運んでもらえると助かります」


『コイツはどうするんだ?このまま放置していればいずれ襲われるぞ?』


「大丈夫だよ。知り合いがすぐに来ると思うから…」


『……そうか』



 クレイ…良いタイミングで来てくれた。




 ちょうど、トロペオが復活しそうだったから困ってたんだ。



「クレイ…」



 カタカタと身体のうえで震えだす機関銃クレイ




 その威力は単発撃っただけでも、天使さんの翼を抉り取るほどだ。一応、機関銃マシンガンなんだけど、威力にステータスを振りすぎて制動性が悪くなってしまったから、この機関銃クレイは基本は単発ずつしか撃たない予定だ。




 距離が近いならいくらでも連発出来るけどね。



「撃ち抜け」



 直後、ドパアアァァァンと鼓膜を劈く重低音が広い空間に轟きを生み、心臓の鼓動にすら影響を与えて不規則なリズムへと引っ張った。




 だから預けてたのに、撃ち放つと不整脈どころの騒ぎで留まらなくなるからさ。最悪の場合、心臓が麻痺して即死するからねコレ。




 天使さんや、キングと呼ばれているヒトは心配要らないね。流石はブーイのタフネスだ。不整脈なんてものともしていない。……ベイムはそもそも不整脈気味になっていたからか、特に大きな問題もなさそうだね。




 …で、肝心のヤツは。




 トロペオ・ヤッシュゲニアは?



「ヒット…ナイスだクレイ」



 見事に当てたようで、トロペオの身体は肉片となり無残に散らばっている。この場合は一番大きい肉片から再生や復活をするのだろうか?




 出来ればその結果を知りたいところだけど、いったい…あと何発の弾丸が込められているのか把握できていない点が不安だね。




 一応、機関銃だから沢山入っているんじゃないかと見越しているけれど、最悪のケースを常に想定しなくてはならない。もしかしたら残り一発しかないかもしれないし、もう弾切れの可能性だってある。




 よし、天使さんが回復した。忍びないけど、移動してもらおう。



『な…何…!?今の…』


「説明は後でしますよ。今は…ゴル大陸まで運んでもらえると助かります」


『う…うん…!わかった…!』



 再度浮上し、方角を定める。




 そうして移動しようとしていたところに、声が掛かる。



『待てっ!アンタの名前は…!』



 キングが訊く。



「エディ=クラム・メリオス!子爵としてシェリバルという名の湖の周辺一帯を管理している!何かあったら訪ねて来てほしい!君とは積もる話が出来そうだ!」



 遠のいていくキングの姿に対して、潰れきって限界を超えた声帯で返事をした。キングは僕の好奇心をくすぐりにくすぐっている。僕の研究しているうちの一つ「命の循環と輪廻について」が大躍進を果たしそうだから。




 …「命の循環と輪廻について」の研究対象の中には天使さんもいる。後で色々話させてもらおう。




 色々…ね。




 かくして、僕はこの戦線を切り抜ける事が出来た。




 最上位種ヤッシュゲニアの驚異的なタフネスが嫌と言うほど理解出来たし、地下深くにブーイの拠点がある事を知ることが出来た。




 大収穫だ。 




 他にも、いち早くアイツの存在を報告して、最上位種のリストに追加しなければならないね。



「最上位種・皇帝魔エンペラーブーイ翼竜グナトゥス



 この名を名簿に。名付けの権限を持っている人にリクエストでもしよう。僕はまだ権限を持つ条件を満たしていないから、勝手に名前を付けられないんだ。




 悪い報告。


 銃剣ルジカを失ってしまった事。このまま放置されれば数時間で死んでしまうほど瀕死な状態にされてしまった事。トロペオをここで仕留めきれなかった事の三点。




 それと。



「………」



 僕の母親を殺害したのは、僕の命を救ってくれた天使さんだったこと。












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