幕間 エディ=クラム・メリオス Part11
良い報告と悪い報告。二つあるんだけどどっちから聴く?僕的には良い報告から言わせてほしいんだけど………よし、良い報告からね。
結果的に言うと、檻の中にいた人達は全員助かった。トロペオの再生が完了する前に、檻とブーイを蹴り崩しまわったお陰だね。
檻を破壊して足で方向を示して待機させ、部屋の中のブーイ…おそらく上位種か特異種を残らず殲滅した。もちろん…あの人間の子以外のブーイを殲滅したよ。
彼は特殊なタイプで興味があったし、魂がブーイじゃなく人間だから攻撃する必要ないかなと。
あと、皆が想定よりも素直に従ってくれたのが大きかったかな。僕のことを知ってる人が偶然にも多かったんだ。
まぁ、国中を右へ左へ東奔西走していたからね。そこそこの名を上げている自覚はあったよ。国外でも名前が出るくらいのプチ有名人になっている自覚は。
トロペオがカタチを形成し始めていたから再度蹴り散らして、待機させていた人達を先導しながら地底内を駆け回った。
やはりというか、かなり広くて道も多い。それにブーイも。
目に入ったブーイを逃さず蹴って駆逐して、皆の休憩を取りながら探索を進めているうちに気がついたことがあった。
誰もいない…というかいなくした部屋の中で休息を取らせていた時に、壁にもたれかかった人がいてね。ちょうど、ボコッと凹んだんだ。
肌で触れて調べてみたら、粘土のような、乾かす前の泥団子のようなそんな質感の土で出来ている壁だったんだ。…湿っていたんだ。
そこで、試しにその壁を掘り進めてみることにした。僕は部屋の入り口でブーイが来ないか見張りを、その他の人に掘り進めてもらったよ。
腕があれば僕が手で掘っていったって良かったんだけどさ、今はないから仕方がなかったんだよね。
…で、近づくブーイは暗殺しつつ、部屋の中の皆を気にかけながら柔らかい土が無くなるまで僕は待ち続けた。
そうして十数分の経過の後に、掘り進めていた皆の方から僕のことを呼ぶ声が聴こえてきた。どうやら何処かに繋がったらしく、律儀にも向こう側を確認する前に報告してくれたよ。
「……む、ムグムグ、ムググ」
「え、は、はい?なんて…おっしゃいましたか?メリオス子爵閣下」
声を掛けてきた男に、口に咥えていた銃剣を…顎をどうにかクイクイと動かして、持ってほしいとアピールをした。
意図に気がついた男は恐る恐るといった調子で受け取り、そして何かに気がついたかのように持ち方を変える。
男の手は土にまみれて汚れていた。平や甲がところどころほんのりと赤味がかっているのは、途中に石や小枝でもあったのだろう…擦り傷や切り傷から血が滲んでいるからだ。
彼の手は、皆のために本気で頑張った手をしている。
「ありがとう。向こう側の状態を確認する間、コレを頼むね。僕の家族みたいなもんなんだ」
「そっ、そんなものを俺のような末端に預けてはいけません!」
「そう?じゃあ僕の頼みを断るってこと?」
「滅相もございません!…しかし、俺は死ぬために組まれた部隊…決死隊の兵士。なんの権力も立場もありません…せめて、俺のような死に損ないより、ほら!あそこの綺麗な身なりの女性とか、あそこの屈強そうな男性とか…!」
「……そっか。なら、咥え直すから返してくれないかな?」
「え…」
圧が強いかな?…全くの無意識なんだけど。すっごくビビっちゃってるから、どうしたもんかなぁ。
どうして僕が、わざわざ土で手が汚れている人に銃剣を頼んだのか、その意図を汲み取れていないっぽいね。
この部屋の中には僕を除いて合計十六人の男女がいる。
そのうちにたった一人だけ。
「君の手は汚い」
「は、はい…!申し訳ござ…」
「お疲れさま。君一人でよく頑張ったね」
「っ…」
それだけを言って銃剣を咥える。
歩みを進めるは、何処かへと繋がったと思われる柔らかく湿っぽい土の壁の方。
見据えるは壁に背を、床に腰を、それぞれ下ろしてヒソヒソと声量も控えめに会話をしている人々。
足を伸ばすは、薄く一枚の膜を張ったかのように広がっているソレの向こう側。
壁が崩れた。
「……なるほど」
崩れた向こうへ顔を覗かせると、一面に広がる太陽の光と巨大な滝のようなモノ。
左右に大きく、割れているかのように…亀裂が入っているかのように伸びている吹き抜けの空間。
下を覗き込むと、どこまでも落ちていきそうな程に深く、暗い…終着点のない闇。
「渓谷に繋がったのか…」
目視だけでも壁はジメジメツルツル。これは滝のせい?かもしれない。海の近くの崖、その壁は滑らかになっているし、滝でも同じようなことが起きるのだろうか?…
というか、あれは海水っぽいね。なら、この場合は滝でもそうなるのか。
本当に圧巻の絶景だ。
状況が状況だから、あんまり見入ることは出来ないけど、無限に流れ続けるのではないかと…思わずそう考えさせられてしまう程のこの大きな滝は、いつまでも眺められる気がする。
耳も、目も、ヒンヤリとした爽やかな風も、すべてが心地よい。
あぁ、ここがブーイの巣窟じゃなければ。
いっそのこと、ブーイの巣窟じゃなくするか…?…うん、そうしよう。
そもそも、ここを出たら大帝国に報告するしね。地底にブーイがいること、あらたな最上位種がいること…その彼等がヤッシュゲニアを姓にもつモノであること。
帰宅後は報告書類の山を作るのかぁ………まぁ、やるけど。
「…………」
で、どう登るか。
足だけの跳躍でも行けないことはない。たかが数百メートル程度、どうということもない。…けど、この人数を一回一回上に持っていって、降りてを繰り返すのは骨が折れそうだ。
しがみついてもらうしかないのも大変だ。…跳躍するときの慣性で変に置いて行っちゃうかもしれないし、途中で負荷に耐えきれずに気を失い…そのまま腕が離れるかもしれない。
着地した先に地面があるとも限らない。
この滝だ。この水量だ。
ここら一帯は海かもしれない。少なくとも向こう側は海につながっているはずだね。絶え間なく水が落ちているし、潮の香りも鼻に届く。
…なら、この景色がよく見えるこちら側は?少なくとも滝は流れていないこちら側は?
そう思い、頭を壁から出して空を見上げる。
陽光により白く照らされたミストの上に、どうやら今は真昼時のようで…燦々としたお天道様がチラリと伺えた。それ以外には特にない。これから波が落ちてくるような矢印もない。
こちら側は地面がありそうだ。
よし…跳躍をするために、足を強く踏み込める場所とスペースを確保しなくては。
…と、部屋の中をぐるりと見渡して、部屋の向こう側…及び、通路側とでも言えばいいのか、ブーイの存在の有無や矢印の情報を確認。
ブーイはしばらく来ないし通らない。
「…………」
最初に僕だけが跳んで地上の状態を確認したい。もしかしたらブーイがいるかもしれないし、地盤が安定していなかったりするかも。
一人ひとりを順に運ぼうとして居る都合上、地上にブーイがいる場合…または、ブーイが現れた場合に、全員を運ぶ間に誰かが怪我を負ってしまうだろう。
僕が地底に戻るタイミングでブーイが来たら終わりだ。…せめて、戦える人…他の人達を護れる人がいれば良いんだけど。
「………あ」
いたね。
決死隊を編成する国は未だに複数存在している。
緊急事態に、領主を、王を、権力者を逃がすために、家族や友人を生き延びさせるために、決死隊の彼等は日々厳しい鍛錬を積む。
前線におもむいたり、派遣されたりはしない。ただひたすらに備える。来るかも分からない緊急事態から、ブーイの襲撃や権力争いによる暗殺から、何から何までを対処するために住み込みで備え続ける。
つい最近…ほんの数日ほど前に、隣国の一つの領地がブーイにより蹂躙されたと耳にしている。
彼はきっとそこの所属だったのだろう。…地底にいた日数を算出すると、多くても三日間は捕らえられていた計算になる。
矢印を視て載っている情報を確認し、口に咥えている銃剣を器用に壁に立てかけてから、彼の名を呼んだ。
「センタルス・カイゼ」
「えっ…!!なぜ俺の名前をメリオス子爵閣下が…!?」
この部屋の出入り口の穴の先を、僕のかわりに絶えず警戒してくれていたようだ。僕とは違って視界も悪い状態だろうに…自分の役割を考えて、迷わずにソコにつくとは感心するね。
相変わらず手がボロボロだ。洗い流して消毒してあげたいところだけど…ここには綺麗な水もガーゼもない。土が乾燥してボロボロと自然に落ちる頃には血は止まっているだろうけど…残念ながらこの部屋も地底も湿度が高い。…しばらくはあのままだろう。
そう、この渓谷に繋がる壁を掘ってくれた彼だ。
センタルス・カイゼ…良い名だ。バチバチに格好良いよね。もちろんのこと、クラム・メリオスだって格好良いけど。
「グランドライト騎士団、第零番、ソロモンから君に頼みがある」
「っ…!ソロモンから……はい!この身を貴方に託します!なんなりと!」
「そ、そこまでは良いかな…?」
隣国の兵士達がどんなスタンスで取り組んでるのかは把握してなかったけど…なかなかに覚悟が決まっているんだな。
まぁ…決死隊ということもあって、何かを頼まれたりする責任感が人一倍強いのだろう。例え、自らの命が尽きるような依頼であっても、彼等は躊躇わずに即応し、遵守するのだろう。
襲われた隣国の名は確か…産業国テリアイトだっけかな…?そこの騎士団…というか、兵士達を纏め上げる国家軍兵組織はたった一つだけだったはずだ。
彼はソコの末端だと自称していたけど、決死隊は前線に要らないから掃けられているんじゃない。足手まといだったり、実力不足で編成させられるわけでもない。
ソレは、いざとなったときに雇い主を確実に生き残らせる事が可能な強者が、雇い主に認められ…そして国からも認められる兵が編成される部隊なんだ。
…そもそも、信頼をされていなければ、コイツなら護ってくれる…と、そう雇い主に確信されていなければ決死隊には編成なんてされないしね。
つまりは、彼は、センタルスは信頼できる人材という裏付けになるんだ。
まぁ…彼の価値観だと、決死隊は死んでもいいような、死んでも前線に影響が無いほどに微弱な存在が編成されるようだけど。
なんでそんなに自己肯定観が低いんだろう?決死隊だからといって、死ぬことが決定しているわけではないのに。
目的を見失っているのかもしれないね。
…護る事。
ソレが決死隊の存在理由さ。
「センタルス、君の雇い主は生き延びたかい?」
「はい!俺達で………っうぅぷ…」
「………フラッシュバックしてしまったようだね。かなりの惨状だったんだろう。君の価値観が捻じ曲がってしまう程の……大きな絶望だったのだろう」
「す、すみません!もう…落ち着きました。主様は傷一つもつけずに護りました。今頃はテリアイト内の別領地に到着なされているかと」
「よしっ、目的は成せたんだね」
「ええ…ですが、俺以外は…」
肩を落として浅く溜息を吐くセンタルス。無礼なことをしてしまった…とでも思ったのか、すぐに姿勢を正して向き直った。その顔は改めて見るとかなりやつれている。
三日間も飲まず食わずで、しかも…この傷だ。この胸の凹み方だ。この人は肺が潰れているな。
不甲斐ない。
僕が国外まで活動範囲を延長出来れば…いや、ただの言い訳になるね。
今は、彼に労いを、己に闘志を。
「メリオス子爵閣下!?」
頭を下げた。腰を綺麗に折って、最敬礼の構えを取った。驚いたような声が上がったけど気にしないし、気にしていない。彼が成したのはそれだけ尊敬に値する、表彰されるべき凄い事…なのだから。
主を護った上に決死隊員も生き延びる。これは、それほどまでに己を鍛え上げ、日々を大切に打ち込んでいたという証拠に他ならない。
真実は知らないし、矢印にだってそんなのは載っていない。
だけど、彼は。
「あ、頭を上げてください!俺なんかにそんな…」
「俺なんか。ではないよ、センタルス・カイゼ」
地上に上がっている間、ここは守りがお留守になる。…でも、彼がいればどうだ?
上位種は定かではないが、普遍種に負けることはないだろう。例え、今にも死にかけているほどに手負いだったとしても。
彼は強い。公爵並の領主や…一国の王の運営している騎士団に推薦出来るくらいに強い。
普段は両刃の剣を扱っているのだろう。立ち姿からして隙がない。会話している間も部屋の出入り口の警戒を怠っていないし、なにより、渓谷側からブーイが侵入しても即応出来る位置取りに彼は自然と向かい立ち直している。
いきなり団長は難しいかもだけど、それ程のポテンシャルを持ち合わせている。将来有望だね。
だから、生きて帰らせなくてはならない。
僕はエディだから。
僕はクラム・メリオスなのだから。
人類を安寧へと導かなくては。ゴールはまだ先、コレを継続してみせなければ。僕が息絶えるまで、後進が育つまで。
「君には、この部屋に来るブーイを片してもらう。僕の銃剣を使ってくれないかな。アレは銃先についている片刃だから、君のスタイルと合わないかもだけど…」
彼がここを護る間、僕は地上に専念出来る。
初めは僕一人で向かって、ブーイが居れば残らず蹴散らす。そして、居なくなってから皆を地上に跳躍して運び出す。
不謹慎で申し訳ないけど、彼が決死隊で良かった。彼のお陰で、また人間が救われるんだから。
「僕は地上に繋がっているか、安全かどうか確認してくる。で、確認が取れしたい一人一人を地上へ運び込むつもりだ。そうして全員を運び出すまでの間、君にはこの部屋を護るという任務を与える。……出来るかい?センタルス」
「…………」
周囲をちらりと確認し、緊張でもしているのか呼吸を整えてから彼は言う。
「不肖、ベイム・ダルカン。真の名をセンタルス・カイゼが、ソロモン様より…その依頼をお受けします」
「おっと…ご、ごめんね。偽名を使う人だったのか…」
「いえ、ここには俺の国の人は居ないようですので、どうか気にせず」
「改めてベイム・ダルカン、銃剣をよろしく」
「はい!」
さて…この部屋は解決した。
次は地上の確認を。
…と、そう考えて渓谷のほうへと歩みを進めて…壁の穴から顔を出し、足の踏み場を目視で探す。踏み込んでも簡単に崩れないような足場を。
「あそこ良いな…」
壁から身を乗り出して、足に力を込め…そして跳躍。
腕がないからバランスが取りづらいけど、あ、銃剣に腕ついたままだけど、センタルスの邪魔になってないかな?まぁ…彼ならなんとかするだろう。違うね、ベイム、ベイム・ダルカンだったね。
いやぁ~、難しい!
「よし。…で、次は地上」
深く屈んで軽くその場で跳躍、着地時に再度深く屈み込み…二回目の垂直跳び。
「行くか」
斜めに着地しながら、今まで足に溜め込んだ力をフルに放出。筋肉もメリメリと音を立てている。
体感だと着地までの滞空時間は約十二秒、それで目算六百メートル弱の上昇はかなり成長したと個人的に思う。少なくとも去年は出来なかっただろうね。
『ギギ…』
『ギググイギ』
『ギァイアァ』
「あれま、集落みたいになってる」
まぁ、このくらいなら別に…けど、油断禁物だね。未だ知らない最上位種が混じっているかもしれない。
さあ。蹂躙だ。
…と、ざっと二百五十弱のブーイを蹴散らした。
「これじゃあ、どっちがインベーダーか分からないね。完全にヴィランしてるし…僕」
『ギギギ…ギィ』
「おっ…」
『ギャッ…!』
…………いかんな。
声が聴こえて即殺害。これは倫理感を問われるぞ。ブーイだって見方を変えれば自然の動物、文化を持ち、娯楽に喜ぶような、人間に近い存在なんだ。
まぁ、普遍種は魂に人間の名残も欠片もないから別に気にしないけど。
「さて、地底に戻ろう。安全を確保した」
というわけで地底の部屋の中へ。
一人一人を順に地上へと運ぶ。毎度毎度上がる悲鳴。気分はアトラクションだ。
地上に到着して別のタイプの悲鳴。SAN値の削れるシリアスな気分だ。…彼等目線では。
「ベイム、君の番が来たよ。警備おつかれ」
「いえ、ブーイは一人も来なかったので…」
「…………いや、君に依頼をしたのは僕さ。君は労いの言葉を掛けるのは普通のことさ」
銃剣をベイムから受け取り、そのまま彼にしがみついてもらった。おどおどが加速していたけど、死にかけてる人とは思えないほどに力強い。
これは有望な人材足り得るぞ。
「よっ…と」
「こ、こんなに高くジャンプ出来るなんて…」
「君も鍛えればこれくらい…」
「いえいえ!出来ませんよ!?」
「ありゃ…」
「あ、すみません!ご無礼を…!」
「良いよ、いちいち気にしなくたって…僕は何も咎めるつもりはないし」
こうして、全員無事に救出した。
これが、良い報告。
悪い報告は、この先さ。




