二話・Part2 浅深の中 出会うのは
朧気な…誰かの声。
赤い瞳…白い…肌と髪…黒い…尻尾と羽根。
何かを求める…俺。
それ相応の…リスクを背負った……俺。
…リタンと…リスクの内容は……
「…朝になったか…」
窓から差し込む陽射しを受けて、俺は目を覚ました。
…ん?窓辺の椅子に…セイが座っている。
何やら…物憂げな表情で…外を眺めている。
悩み事でもあるのだろうか…?
未だ寝息をたてている…ヤンちゃんを起こさないようにソッとベッドから降り、台所の無料のコーヒーを2人分淹れる。
「おはようございます、セイ」
「あ…おはようございます…ヨウさん」
「コーヒーを淹れてきました。インスタントですが…良ければ…どうぞ。砂糖やミルクもココに…」
「コーヒー…ありがとうございます」
どこか気力の感じない声だな。具合でも悪いのだろうか…?
…いや、目の下に隈を見つけた。
…寝不足か。…ストレスによるものだろうか?…自殺を考える程の事を体験している…と仮定すれば…もしかしてだが、数日は眠れていないのでは…?
眠れていたとしても、睡眠が浅く…身体が休まっていないとか…?
先程も…俺がベッドから降りて、尚且つ…コーヒーまで淹れていたというのに、セイは…全く気が付いていなかったようだ。
これは不味いな…。
行動を共にするのなら…体調不良を起こされるのは…勘弁してもらいたい。休養の為に病院に寄らないといけない…数日は安静に過ごさせないと駄目…そんな事になっては、申し訳無いが…時間がもったいない。
…無理にでも寝かせた方が得策か?
ミルクを足して、黒から茶色に色を変えたコーヒー…を口に持っていこうとするセイの手を取り、カフェインの摂取を止めさせた。…俺が持ってきたのだが…。
「え…?ど、どうしました?」
「セイ、どれくらい…眠れていない…ですか?」
「…………」
「セイ…教えてください。俺は君の事を…俺自身よりも大切に考えてます」
セイの目と俺の目を合わせて、セイの手からコーヒーを取り…俺の両手で…セイの両手を掴んで訊いた。
「た、たたた…大切に…ですか!?私の…事を…!?」
「ああ。……こんなにも…可愛い顔に隈があるなんて、俺個人としては…気が気でない…です」
「かわっ…か…!可愛い顔…!?」
さて…ここからだ。
どうやって寝かせようか…。
この流れから…ベッドに寝かせるまでの間。それを考えないといけないな…。
…いや……深く考える必要は無いか。
心配なのも…可愛いと思っているのも…本心。
このまま、素直な気持ちをぶつけるだけで…解決出来るだろう。
ラストスパートだ。少し強引に…畳み掛けてみよう。
「とにかく、睡眠をとりましょう。眠れないのなら、俺が…セイが眠れるまで…側で、お腹をポンポンしますから」
「可愛い…私の事…ハッキリとそう言った…」
俺が食中毒になって苦しんで…それでずっと眠れなかったとき…おじさん達は、俺のお腹をポンポンとリズムよく叩いてくれた。
するとなぜか…お腹の痛みが…身体の不快感が消えた気がして、すぐに眠れたんだよな。
「失礼…」
「ふぁぅ…!?」
「このままベッドまで運びますね」
「ふぁ…ふぁぃ……!」
強引にお姫様抱っこをして、セイをベッドまで運んだ。
枕を頭の下に入れ込んで…ファサッと毛布を被せる。
「も…もう既に夢見心地です…!」
「では…そのまま眠りましょう」
お腹をポンポンしたいが…毛布の上からだと、どこがお腹なのか…分かりづらいな…。
…此処だろ。…多分。
大体の目安をつけて…それらしいあたりをポンポンと叩く。力加減が解らないので…丁度いい塩梅を模索しながらしている。
「…んっ…ふっ…んぅ…す、すみません…!さっきから変な声が…!んんっ…」
「…?」
もう少し上か?
「そ…そこがお腹です」
「…顔が赤い…です」
「わ、わぁ~……!」
「…熱い…ですね。でも、風邪とはまた違う…」
単に…温まってきただけか?それとも…額同士をくっつけるやり方だと…上手く計れない…?
だが…好都合だ。…温かいほうが、寝付きが良いだろう。
このままポンポンし続ければ、自然と睡魔がきて…そのまま眠りにつくだろう。
…………前にも…したな。こんなこと。
弟に…カイに…していた…ような気がする。
そうして数分が経過し、やっと寝息をたて始めたセイ。
「…寝たか」
さて、お昼頃に戻れば丁度いいだろう。
図書館で…調べ物の続きをしよう。
「ヨウ…セイに優しいよね」
「…起きていたのか。…コーヒー飲みますか?」
「…僕も、なぜだか寝不足だな~。寝かしつけてくれないかな~?」
「…………」
「…なんだ。僕にはしてくれないんだ」
セイを起こさないように…ヤンちゃんを抱き上げて、図書館に向かう…為に部屋の扉に手を掛けた。
コーヒーは…一息に2杯飲み干した。
「なにかあったら起こします。それまで、俺の腕の中で申し訳ない…ですが、寝ててください」
「…ふ~ん……じゃ、遠慮なく寝るよ」
「はい、おやすみなさい。道中は…出来るだけ、揺れないように気を付けますね」
「…………うん」
ヤンちゃんの力は…ひ…必須級だ。
詳しくは解っていないが…知る力…または、それに準ずる力だろう。
俺には…彼女が必要不可欠だ。俺は、人の基礎から…記憶がないからな。文字や…その読み方すらも…記憶喪失では、忘れてしまうモノなのだろうか…?
図書館に到着して…俺は世界地図と、その各地名が載る…専門書?を開き、故郷であるスクヴァー村を探した。だが…最後の方の…頭文字から特定しても、俺の故郷は見当たらない。
現在は名前が違うとか…?
この本は…近年に刷られたモノのようだが…もしも、その仮説が正しければ…それが、故郷が見当たらない理由なのだろう。
…名前が変わっている可能性…か。考えてもみなかった。
あり得るな…。
「…おっと…もうこんなに時間が…」
お昼あたりの時間帯になった事を確認し、膝の上で寝ているヤンちゃんを…ソッと抱き上げた。
「ん…」
「おっと…すまない…です。起こしてしまいましたか…?」
「一生…離さないでぇ…」
「…?…ああ、なるほど」
「結婚…しようよぅ~…」
「…半分寝ているのか。…俺も3年前くらいに…経験したな…」
「ヨウの赤ちゃん…欲しいぃ…」
「おっと…そこは触るんじゃない。…意識が覚めるまで…時間が掛かりそうだ…」
宿まで歩いている間に…目が覚めていると良いのだが。
「匂い好きぃ……」
目が覚めたタイミングで、コレを覚えているのか…はたまた、忘れているのか。
「へへ…僕もヨウの事…だぁ~いす……き?………ん?あれ?」
「目が覚めたか?」
「あ……。ああ…!?ああああぁぁぁ…!!」
「街中ですよ。叫ばないでください」
ここの通りは、ただでさえ…人通りが多いんだ。変に注目を集めると…どこから狙われるか…。
「死ぬぅ…もう僕、死にたい…」
「そんなこと言わないでください…」
…死なれたら普通に困る。
…夢の内容的に、俺への…好感度は想定よりも…高めのようだ。なら…後は、しばらくそれを…維持出来れば良いのだが………会話とスキンシップを増やすか…?
腕の中で悶えるヤンちゃんを宥めながら、宿へと戻ってきた。
セイを起こして…それで…先ずは昼食を摂ろう。
「セイ、お昼になりました。睡眠はとれ…ましたか?」
「……ん…ヨウさん…?」
「良かった…ちゃんと眠れたみたいですね」
ハンカチで…セイの口から垂れていた涎を拭いた。
「え…あ、涎が…」
「起きた後は、お風呂に入ると気持ちいい…です。なので、ゆっくり浸かってみてください。その後は…3人で…昼食を摂りましょう」
「は、はい……えと…ですね」
「…どうしました?」
ハンカチが硬かったか…?いや、フワッとしているモノを使用した筈だ。
なら…そもそも、拭き取るという行為が…良くなかった…?…あり得るな。
人間の心は…一度距離が開くと、なかなか縮まらないモノだ。ので…ソレは出来るだけ避けたい。
何が不満だったんだ?
「…一緒に…入りませんか…?」
「入る…ですか?何にでしょう?」
「お風呂に…ふ、2人……あ、…いや、3人で入りませんか?」
「入る。ヨウも入るでしょ?」
「そうだな…」
俺的には…セイやヤンちゃんがお風呂に入っている間に…次なる目的地を設定し…足りない荷物の補填を行う…をしたい。
だが……誘われたのを断るのは…関係の悪化に繋がるのか…?いや、…そもそも断ること自体がマイナスな印象を与えてしまうだろう。ならば…俺も一緒に入るべきだろうか?
「俺は…」
正直に言えば入りたい。凄く。
ヤンちゃんの寝汗が衣服に染み付いて…その匂いが鼻に来る。…勘弁してほしい次第だ。
本当に御免被る…残念な話だが…俺は男だから。
「俺も入ります。良ければ…背中を流しますよ」
「ふぇ!?い…良いんですか……!?」
なんだろうな…。
少しずつ…セイが喋るようになってきている。
…コレは良い事だ。
…だが、色々と…隠さなくなってきている…気がする。俺個人の…感覚に過ぎないのだが…。
そのうち…前も洗うと冗談を言っても、冗談として受け取らなくなるのでは?
………好感度は高い分には良いのだが…ペースを間違えたようだ。
メーターの大きさは人それぞれ。セイやテンのように…簡単に好意を持ってくれる人がいれば、ヤンちゃんのように…ゆっくりと好感度が上がる人もいる。…そして、全く上がらないタイプもいるだろう。
…と、考えると…テンも危ういのか…?
「ヨウ、早くお風呂行こう。食べる時間減るよ」
「ああ…」
ヤンちゃんを抱き上げて、浮足立っているセイに続いてお風呂に入った。
色白の綺麗な背中で…小さい背中で………。
ああ…こんな感じだった。弟と…カイとお風呂に入った時は…。
やはり…セイは俺にとって必要な人だ。
一緒に居るだけで…記憶がたちまち蘇る。
故に…この旅には必要不可欠だ。
「セイ…」
「はい、どうしましたかヨウさん?」
「俺に対しては、遠慮はしなくていい…です」
「え…?」
「些細な事でも、何でも言って…ください。頼りないかも…ですが、俺は必ず協力…します」
「…………」
…なんだ…?何を考えているんだ?
下を向いて俯く彼女は…何やら思い詰めている様子だ。
セイは…あまり感傷的な部分を見せないな。あの日、崖に立つ理由になった…何か、も…俺は全く知らないし、ソレは…あえて訊く事でもない。
俺が出来ることは…なんだろうか。
「…………」
ただ無言で…手を握ってくるセイ。…解らないな、本当に。
「僕、気まずいな」
「…それは…そうですね。俺も思う」
お風呂を出た俺達は、昼食を摂るために…適当な飲食店へと踏み入れ、モグモグと…揚げ物類の食感を楽しみながら食事をしている。
これで最後の一つか…名残惜しいが、次の街の設定を済ませないといけない。それと…荷物の補填に…云々…。
そうして最後の一口を…自身の口に放り込むと、バァンッと音を立てて…飲食店の扉が開かれた。
…美味かった。…1つ目の街の…ケーキと、同じくらいの衝撃だな。揚げ物…完全に気に入った。
「手を上げろ!金を出せ!」
さて…と、会計を済ませよう。
セイとヤンちゃんは十分前には…既に食べ終わっている。…ので、その時に…俺も残りをパパッと口の中に放り込もうとしていた…が、2人はゆっくり食べてて良い…と言ってくれた。
どうやら…俺の食べる姿を眺めるのが好きなようで…終始ニコニコ笑顔で見つめてきていた。
人の食事を眺める…それの何が楽しいのか…。
「少しでも怪しい動きをしてみせろ!もしもそんな事をしたら…即刻撃ち殺す!からな?」
「会計を頼みたい」
席を立ち、財布を取り出して言った。
「おい、お前!何をしている!撃ち殺すぞ!?」
「…俺か。何をしているか…?…会計待ち…ですが?」
「そ、そんなことは聞いてねぇ!頭沸いてんのか?」
「悪いが俺…は…時間が大切で仕方ない…です。なので、強盗のごっこ遊びに付き合う気にはなれない…です」
俺の額に…銃口を突きつけて、即引き金を引いた強盗。
響く銃声、耳を劈く誰かの悲鳴、過ぎゆく時間。
驚くほど痛い額…。少しして床に落ちる…ぺしゃんこの弾丸。
「へっ!俺をバカにしやがるからこうなるんだ!」
「どこの街も…駄目だな。1つ目の街くらいだ、何も無かったのは…」
「なっ!?」
「お前を対処する。覚悟してください」
「ふ、ふざけやがってぇ!」
銃が効かないと理解した強盗…だが、その手は止まらない。
次に懐から取り出したのは…ハンマーやトンカチを彷彿とさせる鈍器だ。
…鈍器だ。
「ぬるぽっ…!?」
「おっと…すまない。つい、腕を折って…しまいました」
「っ~…!この野郎…!!」
「…………」
別に…片腕も両腕も変わらないだろう。
「ガッ!?」
「今から自首しに行くならば…両足はそのまま…にします」
「わ、分かった!すまなかった!俺はもう…自首しに行く!流石に勘弁だ!」
「物わかりが良いようで良かった…です」
……なるほど。これは…ダークヒーローだな。
呆然と眺めていたセイと…強盗に憐れみの目を向けているヤンちゃんを連れて、飲食店の外へ出る。
もちろん会計は済ませてある。
そうして、やっとこの現場に到着した…この街の警察とすれ違う。
「これまた…髄分と重役な」
「まぁ…俺も思うところはある。…が、別件で忙しかったんでしょう、ヤンちゃん」
「だとしても…」
首を横に動かして、言葉を続けるヤンちゃん。
「昼休憩になったばかりの学生と、同じタイミングで到着するのは…流石にどうかと思うな」
その視線の向く方へと、俺も自らの視線を動かす。
こうして向いた先に見えたのは、此方に向かい駆けて来る赤髪の少女……テンの姿だ。
「師匠~!大丈夫っすか!強盗が出たと訊いて……みたんすけども…」
「既にその件は終わった。………テンは、これから暇…ですか?」
「暇っす!あと1時間くらいは…っすけどね…」
「俺達の買い物に付き合うか?次の目的地までは…馬車でも数日掛かると訊き…ました。なので、水と食料を軽く購入しようかなと…」
「あ…」
俺の話を聴いて、途端に元気さを失くすテン。
「そうっすよね…次の街…」
「…寂しいか?」
ほんの1日、少しの間だけの関係というのに…。
学生であるテンは、簡単には…俺達と旅を共にするなんて言えない筈である。
「もちろん…寂しいっす」
気持ちを切り替えるようにして…または、この時間を…楽しもうとして、テンは話を変えた。
「私…昨日、やりたい事が出来たっす」
「…どんな事をしたいんだ?」
「私は…この街の平和を守る!ヒーローになるっす!犯罪率を…減らしたいんで…」
「ふむ…」
この街に限った話では無いのだが……
あまりにも犯罪が横行し過ぎている。
虐め。
性犯罪。
人攫い。
殺人…及び…殺人未遂。
泥棒。
たった今も…裏路地に入れば、何かしらが起きる可能性が高いだろう。…これは俺の偏見であって欲しかったが…本当にそうなのだ。
…となると、各街の平和を維持するとしたら…個人が立ち上がる必要がある。…見ての通り…騒ぎを聞きつけた学生や野次馬の方が…警察よりも早かった。
警察のその時の場所次第ではあったが…今回の件では、前者…学生の方が遠い場所に居たはずである。
先程の飲食店から交番まで凡そ…半キロメートル。
図書館…学校からだと、2キロメートル。
………たまたま、街の端にいて…情報の伝達が遅れて到着遅かった、のなら良いが…この街の警察は1人な訳が無い。
…何処に居るんだ?他の治安維持者は?
なら、力のある自分がソレになろう。そう思うのは…積極性や正義感が高いテンなら…あり得る話だろう。
先日には実際に、彼女自身が危地に陥っていた…というのに、本当に…偉くて強い子だ。
俺は…後押しする事しか、元より考えていない。ここは素直に背中を押して…褒めて…やる気を上げさせよう。
「良い案だ。テンがヒーローとして…その活動を始めたとすれば…この街の犯罪率は、他の街よりも圧倒的に低いモノと…なりますよ」
「おおぅ…師匠って本当に、頭撫でるの好きっすよね~!しかも褒めながらとか…ふふふん。私、ヒーロー頑張るっす!」
「ああ、応援します。頑張って…ください」
「ねぇ、君達。目の前でイチャイチャされる身にもなって欲しいかな。…嫉妬しそうになる」
嫉妬か…。
羨望と似て非なる、な…難儀な感情である。
今回の場合なら、テンと俺が…親しく会話をしていたことに対して…の嫉妬だろう。先程の発言から考察するに、羨ましい…とも言い表せるかもしれない。
なら…会話の量を増やすべきか?…それとも、スキンシップをするべきだろうか。
「すまない、ヤンちゃん。セイも…待たせてしまい、すみません。荷物の補填に行きましょうか。…何を購入するのかは、決めてましたか?」
「僕は…ヨウがいれば、生活には困らないかな」
「では…ヤンちゃんは特に無い…と」
「私も…ヨウさんがいれば良い…ですけど、護身用に…何か簡単な得物が欲しいですね」
「では…荷物の補填が済み次第、反動の少ない拳銃…を購入しましょう」
セイの身体つきは…一言で言えば…華奢…だ。
筋肉の量も…一般人より劣るだろう。
…だが…セイは、ヤンちゃんを抱えて移動することが出来る。
筋力…はあるんだ。
「拳銃ですか?」
「ああ、距離が遠いならより有利に…尚且つ、近くても強力…です」
銃の撃ち方は心得ている。…狙撃銃でも、機関銃でも…6年間で色々学んでいる。
おじさん達の中には、拳銃を…肌身はなさず…常備している人がいた。
…その人は、お兄さんと呼ぶべきか…おじさんと呼ぶべきか…それくらいの年齢の人物である。
その人は、拳銃の解体や組立の方法…構え方…狙うべき所等々、訊いてもいないのに…ツラツラと教えてくれた。
魚を捕る際には使用しないが…同業者…別の密漁者達とかち合った時には、彼の…異常な程の腕前が大活躍していた。
密漁船の用心棒…それがその人の役割だったな…。
…危ない。
また性懲りもなく…物思いにふけていた。
「撃ち方は、俺が手取り足取り教え…ます」
「ててて、手取り足取りですか…!?やった…!今からとても楽しみです!」
「…………ですか。なら…良かった…?です。うん…」
荷物の補填を済ませ……拳銃を購入し…今。
調べ物をする為に、図書館を訪れている。
静かに本が読めるスポットを探し、そこに荷物を置き、セイとヤンちゃんを座らせた際のこと。
適当な本棚へ向かおうとしていたところに、テンからある事を訊かれた。
「ヨウさん!1つ…訊いてもいいっすか?」
「なんだ?…俺で良ければ、何なりと…訊いてください」
「訊きたい事…なんすけども…」
何やらモジモジとし始めるテン。
やがて、覚悟を決めたかのような面持ちとなり、口を開いた。
「ヨウさんって…か、彼女さんとか…いるんすか?」
少し頬を朱に染めて…俯きがちに…上目がちで、そして真剣そうな面持ちで…訊いてきた。
さて…どう答えたものか。
聞き耳を立てる他の面々。
昼休憩に入った学生達と…セイとヤンちゃんが俺に注目しているこの状況。
さて…ここは素直に答えよう。
「いない」
「ふぅ~ん…?そうなんすね…」
目を細めて、ジーッと俺の顔を見つめるテン。
嘘を付いている…と、思われたのだろうか。
「な、なら…私と…」
テンがソレを言いかけたタイミングで、何かを察知したヤンちゃんが…テンと俺の間に口を挟み込んだ。
「ヨウ、僕と付き合わない?ヨウだったら絶対に、僕のことを置いていかないと思うし…それと、僕は普通に…ヨウのこと好きだから」
「えっ、ちょっと…私のターンだったじゃないすか!」
「早い者勝ち」
……困ったな。
「ヨウ、どうするの?」
「俺は…やめておけ」
「…え」
「やめておけ。それだけ伝えておきます」
「僕…振られた…?」
「好きに解釈してもらっていい。もし付き合ったとして、ヤンちゃんは後悔するだけ…ですけど」
「え、それだと…僕次第で恋人出来ちゃわない?」
「何方でも…お好きなように。…それでは、俺は調べ物をします…ので、本を探してきます」
「お好きな…ように…」
今回調べたいのは〝金色の厄災〟についてだ。
それについての本が…この図書館に在るとは限らないが……なんとか見つけることが出来た。
「単純なタイトルだな…」
『金色の厄災について 出版者 国家防衛委員会 災害対処部門 特殊災害対処課 海洋グループ 近海チーム所属 ググ・レ・カス』
もはや…タイトル名よりも、出版者の方が頭に残る。
俺はその場で軽く開き、パラパラとページを捲る。
「なるほど…」
金色の厄災とは……
世界中の人々が…世界の??を望むと発生する…
広く捉えると??的なモノであり…
「…ふむ…?」
厄災の後は何事も無かったかのように、建物やヒトが元通りになる。
…が、倒壊した筈の建物…厄災後に元通りとなった建物は、金属のように…硬く……
これは…飲み込まれた筈のヒトも同様であり………
「…………」
金色の高波は…密度が際限なく変化する。…故に、全てを飲み込み沈ませる…
そして波に飲まれたモノは…
波の影響により失なった部分が…金属的物質に変換される。
「…終わりか」
後々で…俺の正体を調べたかったが、この新事実のお陰で…難しくなってきたな。
被災者であり…生還者?であり…金属の様に硬い身体で…でも、柔らかく熱を持っている…正しくキカイな存在。
「そんなに事例も無さそうだというのに…よくここまで、信憑性の高い情報を調べられたものだな」
…おっと!
まずい、長居しすぎた!
俺は適当な本を、タイトルを見ずに数冊抜き取り…セイ達の元へ戻った。
それから時間が経過し、街を歩いていると…警察の男性に呼び止められた。
因みに、セイは一足先に宿へ戻っている。
「おい、そこのお前!」
「…はい、なんですか?」
「お前…人攫いだろ!」
「はい?」
「ヨウは人攫いじゃないよ、警察さん」
「…可哀想に…脅されているんだな…!」
「えー…」
「堂々と犯罪をするとは…許せん!署で事情聴取に付き合ってもらうぞ!」
「…行くしかないか?」
「ヨウ次第」
「行くしかないか…」
警察の男性に連れられるまま…俺達はそれらしい建物の中へと入り、ヤンちゃんを別室に待機させ…俺は何故か、写真を1枚撮ってから留置所に通される。
「なぜここに…?」
「そこで大人しく待っていろ!今から、誘拐されそうになっていた少女に、詳しい話を訊きに行く!」
それだけ言い、警察の男性は…檻の中に俺を放置して部屋を去っていった。
薄暗いな…照明の1つも無いものだろうか…?
「…………」
……時間が勿体ない。
早く終われば良いのだが…。
「…………」
夕食はまだ摂っていない…ので、宿に居るセイを待たせる事になってしまう。
先に食べていて良いと言ってはいたが…
性格上、彼女は俺達の帰りを待って…夕食を摂らずにいるだろう…。
今回の外出の理由も、セイにとっては良くない印象を与えかねなかった…ので、自ら宿に戻ってくれていたのは、かなりのチャンスの筈だった。
…というのに。
パパッと購入して、サクッと戻ろうと考えていたのに…
…まぁ、逆に考えると…
犯罪率の高い街で…足のない少女を抱えて、日の落ちた街を歩んでいるというあの状態…勘違いされても…仕方が無い?のだろう。
にしても…掛かるな。
「…………」
貧乏揺すりが…いつの間にか始まっている。
…はぁ。
…明日ここを出る予定だとはいえ、脱獄なんて…してはいけないだろう。…そもそも、指名手配に掛けられる可能性もある。
「……長いな」
なるだけ早く行きたいのだが……店が閉まっている可能性が、少しずつ…着実に上昇の兆しを見せている。
犯罪率の高い街で…夜に商売をしている所は少ないだろう。
早く向かいたいのだが……。
「……?…今…何か…聴こえたか?」
………………。
「…ヤンちゃん?」
……………。
…!叫び声!
「今行く!」
俺は牢屋の檻を押し曲げて部屋を出た。
ドアごと、壁ごと、声のする方へ向かい真っ直ぐに…愚直に突き進む。
重要そうな柱を避けながら進むこと暫く…俺は広く…冷たいスペースに辿り着いた。
「倉庫か…?」
あたりをぐるりと見渡すと、目に入るのは…馬車数台。
ここから見える出口の先には、揺らぐ月と波打つ海岸が伺える。
「コレ…怪しいな…?」
馬車の内側を怪訝に思った俺は…各馬車の扉を外して回った。
「なるほどな…」
警察の男性の正体は…人攫いのベテランか…。
…だが、周囲に人攫いの姿は無い。
口を塞がれた女子供が…十と少し、そして…その中には、ヤンちゃんも居た。
「ヨウ…?」
「すみません…!遅れ…ました…?」
ヤンちゃんを抱き上げようとして…腰に手を回すと、薄暗くて気が付かなかったが…全身が濡れている。
「…何があったか、言えますか?」
「…両腕を縛られて…水槽に…」
「……ですか」
俺はヤンちゃんの服を脱がして、自身の羽織っていた上着を着させた。
濡れた服を身に纏ったまま放置するのは…かなり危険だ。
俺が海に落ちたときも…おじさん達は、服をすぐに変えさせてきた事を記憶している。
他の人達は特に外傷も拘束具も見られない。
自身の足で動けるだろう。
ヤンちゃんを抱き上げて、海岸出口から外へ出た。
誘拐犯は何処へ…?
街へと戻り服屋さんに向かおうとしている道中、フルプレートに身を固めた、騎士のような男性に声を掛けられた。
あれから…ヤンちゃんは、俺の胸元にもたれ掛かるだけで…これといった反応をしてくれない。…息はしているし、脈もある。そこには安心である。
「そこのイケメン君、ちょっと話を訊いてもいいかな?少しだけ…ねっ?」
「ああ、少しだけ…ならば、構わない…ですが」
「ああと…案外素直に進むな…で、率直に訊くけどさ…」
少し声色を落として、続きを述べる騎士。
「君とその子、どういう関係だい…?まさか…人攫いなんかじゃあ…ないよね?」
「どういう関係か…?そんなもの…見て判るだろう?」
一呼吸をおいて、ハッキリと応える。
際しては、ヤンちゃんを力強く抱き上げて…騎士に見せつけるようにして…答える。
「ご覧の通り、ただのカップルだ。それ以外の何者でもない」
「…!?」
「ふぅん?にしては…彼女さんの方は、驚いているようだけど…?」
「さぁな、恥ずかしいんだろう。付き合って間もないんだ」
「…なら…本当に付き合っていると仮定しよう。…すると、彼女さんの…緊張した表情と、上着1枚のみの装いに疑問を抱くよ」
俺からヤンちゃんの方へと対象を移して…問い掛けるように騎士は言う。
「本当に…君は、彼と、付き合っているのかい?君からも確認させてほしいな」
「……うん…僕から告って、オッケーしてもらった」
「…微妙だね。半分は本当で…もう半分は嘘といった具合かな?…判るんだ、そういうの。……で、告った方を本当だと仮定しよう。それは、心からの…本当に彼が好きでの行いかい?」
「うん。僕はヨウの事…本当に好きだよ」
「………まじか。本当に?」
「なら…観てて」
騎士からの疑問を晴らすように、ヤンちゃんは俺の頬へ手を伸ばし…顔を向けさせて…
冷たく暖かい…口づけをした。
長く…長く…息が止まりかけるほどに、口内を侵食されている。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
おっと…思考が勝手に503を起こしていた。……止まっていた。
「待て待て待て待て…もう判ったよ。解ったから止まってくれないか?……おーい!こりゃ…まいったな…」
生々しい音を立て…一本の繋がりを残して離れた口。
感覚がまだ残っている。
…だが、ここで狼狽えては…それはそれで疑われるだろう。
「と、こんな感じだ。疑念は晴れたか?」
「ああ…そりゃあ、偉いもん観ちまったよ。……ならさ、コレって何なの?」
懐からパッと取り出した1枚の紙。
そこに載っている顔には見覚えがあった。
そう…俺だ。
「指名手配犯…罪状は…人攫い、暴行…酷いな」
「暴行はあながち…間違ってはないよね」
「確かにな」
「…何だって?暴行は間違いではない…って言ったのかい?」
「正義の為に、致し方なくしたものだ」
「…どうやら、嘘はついていないらしいね。でも、控えるように」
この騎士…〝真実を見抜ける力〟を身につけているのか?それとも…これがメンタリストというモノか?
「あ、いた…!ヨウさん…!大丈夫ですか!」
「セイ?」
「な……!?」
ついに、痺れをきたしてしまったのだろうか…長らく待たせてしまっていた自覚しかない。
そして…待たせていたのはセイだけではない。
ヤンちゃんの服もまだ購入出来ていない。
本来の目的も果たせていない。
ない…ばっかりだ。
「ふと、窓から外を眺めたときに…こんな張り紙が目に入って!」
「そっちの方にも有るんですね。………あぁ、もしや…」
偽の署に案内された時に…写真を1枚撮られていたな…。
うむ…画角も、光の具合も記憶と一致している。
……随分と慎重で、ずる賢く…回りくどいやり方だな。
人攫いの計画としては…
ある程度の人数を集める。
現場に案内をして、写真を撮る。
街で写真をプリントし…指名手配書を配るか貼る。
ソイツが捕まり…そのうちに自身は逃げる。
コレが正しいならば…捕まったかどうかを確認しないといけない。
だが…逮捕の知らせを待つほど、流暢にはしていられない。なぜなら、集めた人達が衰弱するか…助けを求めて逃げ出すかもしれない…。
一応、水責めの恐怖で逆らえないようには…しているらしいが、それもいつまで効力を保つか…だから、早く捕まるように大量に張り紙をする。
そして…物陰から捕まるところを見守る。
「…コレが正しいならば…」
ヤンちゃんに声を掛けて、居場所を突き止める。
「…そこ」
「了解」
「ひ、あ、ち、ちょっと君達!何処に行くつもりだい!まだ職質は……って、速っ…!」
鉄の翼を展開し、トップスピードで首根っこを掴み地面に叩きつけた。
やはり…観ていたらしい。
人攫いの男性と顔が一致。声も同様に。
「確保。このまま騎士に突き渡そう」
「や、やめろ…!指名手配だー!ここに、手配書の人物がいるぞー!」
「…………おい」
「ア…」
「悪いが、このダークヒーローは…あんたに対して恨みがあってな」
「ンデェ゙…!?」
人攫いの左足を外した。
「ルゥ゙…!」
次に右足。
「センゥ゙…!」
「そして、右腕」
「ぐっ~…!!」
「さて…騎士に連行してもらうとするか」
そう考え、人攫いを片手で引きずろうとすると…ガッシャガッシャと音を立てて、先程の騎士が此方に来ていた。
「こいつが今回の件の真犯人だ。連行してくれ…ませんか」
「君、これはやり過ぎだ。過剰も過剰…暴行罪で逮捕する。俺は警察じゃないけど、権利は持っている。さぁ、ついてきなさい。素直に従わない場合は、公務執行妨害罪が増えてしまうからな」
「今回はどうする?」
「さてな…どうすべきか…」
「さぁ、悪いようにはならないとは思うから、俺についてきなさい」
……服屋さんで服を購入…次に目的の品の購入…次に夕食を摂る…後の予定が渋滞中だ。
とにかく…第一に服だな。
人攫いを騎士に渡しながら、一言伝えた。
「俺を連行するのは構わない…ですが、先ずはヤンちゃんの衣服を確保したい…です」
「あ~ね…別に良いよ。っていうかさ、元々そこに入る予定だったよね。俺が止めちゃったんだけど」
「ああ、服が諸事情により着れなくなって…しまったので、新しいモノが必要でした」
「なら、立ち寄るとするか。金あんの?出そうか?」
「不要だ。蓄えなら十分に…あります」
そうして、服屋さんに向かって歩き出したところで、息を切らしながらも…セイが到着した。
思い返すと…確かに距離は離れていた。鉄の翼のお陰ですぐに来れたが……………となると、この騎士は何なのだろうか?
流石に俺のほうが速かったが、騎士の方も然程…到着の時間に差異が無かったような気がする。
「そ…その逮捕………待ってください…」
「やっぱり、似ているんだよな…この子」
ゼーハーの呼吸を整えて…セイは自身の衣服のポケットから、月の明かりに煌めく…水色の紋章が彫られた…掌サイズの純白のプレートを取り出し、ソレを掲げた。
「…え…ソレ…え、じゃあ…!」
「私は…セシアライト王国の王女、セイ・レイフォン・ラ・セシアライト…その人です」
「本当に…姫様…!?………よくご無事で…!」
「ヨウさんは、私の命の恩人です!その人を連行する事は、私が許可しません。彼を解放してください」
「はい、そりゃもちろん!…で、姫様!探していましたよ!早くセシアライト王へ顔を見せてあげてください!」
…姫様?セイが…?
これは…後々、説明してもらおう。
「…まぁ、こんな時間ですし、また後日に伺わせて頂きます。それまでには…そうですねぇ…城に顔を見せに帰るか、このまま彼等と共に過ごすか、決めておいてください。俺は正直…姫様の自由が確約されている方が良いので、断然後者なんですけど…」
「そうなんですか?」
「ですです。でも…顔を見せるくらいはしたほうが良いんじゃないかと、俺は具申しますよ。王を安心させたげてください」
「なら、顔だけ出して…そのまま、ヨウさんと旅を続けます」
「それが安定ですね。…てか、俺の事覚えてます?」
「…………ごめんなさい」
「ですよね~…では、俺はこれで…コレを持っていかないと行けないんで、失礼します。また明日」
人攫いを引きずりながら、何処かへと去っていく騎士。
取り敢えず解決したのだろう…今回の人攫いの騒動は。
「では、服を買おう。もう少しだけ…待っていてください」
服屋さんへと入り、適当な服を次々手に取る。
即購入し…店内の試着スペースで着替えさせてもらった。
「似合ってますよ」
「ヨウのセンス凄いよね。僕を可愛くするなんて…」
「さぁ?元より、素材が良いのでしょう」
「だろうね。後さ、これからもよろしくね…僕の彼氏くん」
「ああ、任せろ」
服屋さんを出て、ヤンちゃんをセイに預けてから、パパッと本来の目的の品を購入しに行った。
店が開いていてよかった……。
そして…どうにか入手出来た。
セイとヤンちゃんと合流し、そのまま宿に戻り…軽く夕食を済ませてから、部屋に戻った。
「セイ、姫様とは…何の話だったんですか?」
「あぅ…実はですね…」
セイから詳しい話を訊いた。
隣国の…セシアライト王国の王女様である事。
まさかお姫様なんてな……全くの想定外だ。…だが、だからといって、これからの態度を変えるつもりは…微塵もない。
俺が知るのは…俺が今接しているのは、…隣国のお姫様ではなく、セイという1人の女性である。
「……では、なぜ…あの時に、地面に座り込んで…蹲っていたんですか?」
少し…踏み込み過ぎている気がしなくもないが、一国のお姫様が…どういう経緯で…あの場に辿り着き…身投げ寸前までになったのか、誰でも…訊きたくなるだろう。
俺の問い掛けの答えを…頭の中で纏めているのか、はたまた、踏み越えてはいけないラインを越えてしまったのか…返事が来ない。
いや……杞憂だったか、どうやら…前者の方らしい。
「お忍びで家族旅行をしていました。…それで、野盗に襲われて…お父様とお母様を目の前で亡くし………ですが、私はどうにか逃げ延びました。………知らない街を歩き回り、疲れ切って蹲っていたところで、ヨウさんの声が耳に届きました」
「なるほど…野暮な事を訊いてしまったな」
「いえいえ!今はこうして…立ち直れてますので!…どれもこれも、貴方のお陰です。今生きているのも、自由に…なんの気兼ねもなく動けるのも、ヨウさんがあの時に助けてくれたお陰です。本当に感謝してもしきれないです」
「…そうか。これからもよろしく頼みます。セイ」
「はい、喜んで。こちらこそよろしくお願いします。ヨウさん」
次の目的地は元より、隣国の王都…と、ある程度決めていたが…まさか、セイの故郷だとはな。
王都の方が、金色の厄災や…スクヴァー村について、より詳しいモノがあると踏んで、そこを目的地にしていた。
だが…流石に距離がある。ので、馬車を利用し、幾つかの街を経由して行こうと考えている。…上等の馬車を利用すれば、経由する街は1つで済むが…如何せん高すぎる。
利用出来なくはないのだが…いつ何か起きるのか分からないんだ。節約してなんぼだろう。
「セイ、僕…ヨウと正式に付き合うことになった」
「…ふぇ?」
「ああ、恋人関係になった。…だが、あまり気にしなくても良い…です。気まずいかもしれませんが…」
朝に出発する予定なので、もうそろそろ就寝したい。
…と、そう考えていたところに、ヤンちゃんが突拍子もない事を言い始めた。
「何なら、セイとも付き合っちゃおうよ」
膝の上から…仰け反るようにこちらを見上げ、スンとした表情で言われた。
「僕はソレが1番平和だと思うな」
「わ、私とヨウさんが…付き合う…ですか!?そ、その前に…お2人は正式に恋人にって…頭がパンクしてしまいます…!」
「別に今答えられなくても、後々の好きなタイミングで答えてくれればいいよ」
俺の意思を考慮していないところに疑問を抱いてしまうが、悪くはないと…悪い考えが浮かんでしまったのも事実。
だが、後々の好きなタイミングで…と言うのなら、その時が来るまでは…気にしなくても良いだろう。
「もう寝ましょう。明日の朝には…次の街へ向かう為に、馬車の予約をしに行きます。それに…個人的な用事もあります」
ヤンちゃんを抱き上げてベッドに移り、セイも放心状態ながらそれに続く。
さて…寝よう。変な気を起こしてしまう前に。
そうして日を跨ぎ、朝。
朝風呂に入り、目的を果たすために外へ出る。
「なんなんだい、さっきから。俺はただ、ヨウに提案を持ちかけようとしているだけだ…と言っているだろう?」
「なんの提案かを訊いているんすよ!怪しい以外の情報をよこすっす!」
「これがまた…あまり公には言えないものでね。すまないが………おう、起きたか。待っていたぞ」
知らない青年とテンが、宿前で何やら口論をしていた。
「あ、師匠!おはようっす!」
「ヨウ、君に提案を持ち掛けに………待て、今師匠って言ったかい?」
「誰だ?」
「……あ、なるほど。俺は、騎士の格好をしていた者だよ。というか…俺の名前は言ってなかったね」
「先日の騎士か。…で、その騎士が俺になんの用だ」
短く揃えられた金髪…右が俺と同じ黒の瞳…左が黄色の瞳といったオッドアイ。右耳に…穴を開けない、挟み込むタイプの黒いピアス…背丈は俺と近しいな。
「俺の名前はテイ、よろしくな。で、提案何だけど…俺は昨日、姫様の捜索任務が完了したんだよね。それで、王都に戻るんだけど…良ければ道中共にしないかなと。行くでしょ?王都に」
「ああ、幾つか街を経由するがな」
「あ~…そっちの馬車使うんだね。なら、俺金出すからさ、上等使おうよ。それなら…街の経由は一度だけで済むよね?それにお得だし」
「良いのか?…分かった、飲もう…その提案を」
「よし来た。お昼頃に出発の予定だから…それまでに荷物を纏めて、馬車通りまで来てくれ」
「ああ、お昼を食べてからでも構わないか?」
「もちろんもちろん、俺も昼食ってから向かう予定だから。それじゃあまた、纏める荷物が多くてね…」
宿前から去っていく騎士…及びテイ。
…そして、ヤンちゃんを抱えて…宿から姿を表したセイ。
「また揉め事…?懲りないねヨウは」
「いや、あいつは昨日の騎士です。…諸事情により、彼と王都までの道を…共にすることになりました」
「ふ~ん…ヨウ、抱っこして」
セイからヤンちゃんを受け取り、テンへと向き直った。
「学校は良いのか?制服を身に着けていない…ようですが」
「今日は休んだっす。し…ヨウさんとの、最後かもしれない時間を楽しみたいんで」
「なるほど。……なら、今日はついて来ると良い」
テンには申し訳ないが…経由する街についての情報を、図書館で調べようと考えている。
「や…休んだのに学校に来るなんて…思わなかったっす。なかなかに落ち着かないっすね…………この状態も」
「テン、これはなんて読むんですか?」
「え…ええ…と、これはっすね…」
膝の上に座らせたテンに、色々と読めないモノを訊いたりしている。
ヤンちゃんはセイの膝の上から、ムスッとした顔で此方を見つめている。
それからお昼を摂り…別れの時間は早々にも訪れた。
「本当に…行っちゃうんすね…」
「…これを」
「…?これは…?」
「しばらく会えないので…簡単ながら、プレゼントを贈ります」
「プレゼント!わぉ…指輪っすか。…ふふん…大切にするっすね!」
左の薬指に嵌めて、ニンマリと笑みを浮かべて俺に抱きつくテン。苦しむヤンちゃん。指輪を羨ましそうに見つめるセイ。
「おーい!もういいかなぁ…惚気くん!普通に置いてくよ?」
「では…また」
「またっす」
テイの催促を受けて、俺の身体からやっと離れるテン。
上等の馬車へと乗り込み、窓越しに…こちらに向かい手を振る彼女にならい…俺も手を振った。
また会おう、テン。有意義な時間を過ごせた。
「さて、次の街についてなんだけどさ……」
「ああ、それなら…」
テイと今後の予定を照らし合わせながら、俺達は7つ目の街を離れた。
「ヨウ」
「…はい?何でしょうか、ヤンちゃん」
「…こっちも構って」
「…はい。…テイ、予定の設定は休憩にしましょう」
「おけおけ。俺がいる事を加味したうえで…おセッセ以外でごゆっくり~」
さて…休憩しよう。
流石に頭が疲れたな……。
だが…それが旅だ。
…俺達は旅を…まだ続ける。
…スクヴァー村…金色の厄災…知りたい事はまだ多い。……なぜ…セイといると記憶が蘇るのかも、テイの力についても…何一つとして判っていない。
それを…知ることが出来れば良いのだが…少し時間が掛かりそうだな。
…だが、近づいている。確実に。
よし…予定の設定を再開しよう。
もっと…ゴールへ近づく為に。
夢の景色を……この目で見る為に。