幕間 エディ=クラム・メリオス Part6
※二万字以上あります。
宵闇に包まれているヅェッツライト大公領、その領内の名も無き平地にて。
エディ=クラム・メリオスと総要の二名は、沸き騰がる湯水が如くボコボコと暴れている風呂敷を、
「……………」
「……………」
ただ、警戒一色の表情を浮かべて…睨みつけるようにして見詰めている。穴が空くのではないかと思うほどまでに、瞬きすらせずソレを見詰めている。
灯りの一つもないまっさらな平野は、陽光を反射している月の光が唯一の光源である。…そのはずなのだが、エディも…総も、その瞳を真に紅く染め上げて、視界良好といった調子のようだ。
彼等の周囲には誰もいない。人もブーイも、動物の一匹でさえいない。
…おそらくは、つい先程から永続的に放出され続けている、身の毛がよだつまでの威圧感と、それに伴う精神的な圧迫感が原因なのだろう。
真紅二名は冷や汗を流しながらも、なんとか平静を保っているが…夜明けまでは持たないかもしれない。いや…普通は持つ持たない以前に、その場に立っていられないのだが。
「カウントダウン…五秒前…四…」
「スーー…フーー…」
呼吸を整えて自身の腰に手を伸ばす総。ベルトと一体型のなっている…ボタン式の革のカバーをプチッと外し、そのまま双剣を引き抜いた。
刀身は短めで柄の方が長い特殊な得物。これは槍でも当てはまる特徴なのだが…総の扱うソレは、全く違うカタチをしている。
「さぁ…来るよ!」
ミシミシ…と、およそ筋肉から鳴ってはいけない音を宵闇に響かせながら、エディは総に声を掛けた。
エディの見詰める先へと目をやれば、先程までの異様な光景は何処へやら。ボコボコと暴れていた筈の風呂敷が、先と打って変わって鎮まり、そして座しているのが伺える。
ソレはもう、ピクリとも動いていない。
「っでやあぁぁあ…!!」
エディが風呂敷に向かい、地面を一蹴りして急接近。もともと彼が居た地点には、彼自身の足跡がくっきりと残っている。
「うおおおおァァァァ!!」
エディに続いて総も風呂敷に向かい駆け出し始めた。エディの攻撃の仕方に合わせて、各方向からの追撃方法を頭の中で想像する。その中で最も有効的だと判断したパターンを絞り、その内から一つ…直感で決めた。
彼の取った選択肢は、
「っふん…!!」
双剣の柄の先と柄の先をピタリと合わせて、バチンッと音を立てさせた。どうやら繋がったらしく、彼の得物は双剣から双刃刀へと変化。
器用にも片手でソレを回して、風呂敷から飛び出すであろう位置に向かいフリスビーのように投げつけた。勢いもそのままに、総自身も健脚を活かした蹴りを風呂敷の少し上のあたりへと繰り出す。
そうして、エディ、総の二名の攻撃が振りかざされようとしている瞬間に…
湯水の沸き立つ音の如し肉々しい音。
空気を轟かせ耳を劈く獣の咆哮。
気を失いそうになってしまう程の威圧感の発生。
ガオォォォ………ォンという鈍い金属音にも似た音。
…彼が起きた。
『……ッソガアアアアアァァァアア!!』
「ッグブゥーッ…!!!」
「なに!?」
彼が目を覚まし、そして身体が急速に再生。不幸なことに、エディはソレに巻き込まれた。状況的には箆魔に一撃を負わされたことになる。
「ど…どういうことだ…?」
驚愕に目を見開いた総は先の光景が頭から離れないらしい。
エディが血を吐きながら突き飛ばされた。
総自身もそうなるかと考えた。だがしかし…彼は無事だ。全くの無傷でその場に立っている。
繰り出したはずの双刃刀も、金属音が聴こえたと思えば…なんのかすり傷も負わすこともできずに総の足元へと帰ってきて、そして地面に刺さっている。
極度に硬いモノに蹴りを入れたが故の足の痺れか、はたまたすべてのパターンがバラバラに砕け散った絶望か、足が…全身が微動だにせず。ただ、エディが地面に落下するところを見ること。彼はそれしか出来ないでいる。
覚悟に満ちていたはずの真紅の瞳も、いつの間にかもとの緑へと戻っていた。戦意喪失とはまさにこのことだろうか。
「ソウ!!気を確かに持つんだ!僕は未だ、折れてなんかいないぞ!!それとも、君はコレで折れたというのかい?」
背中から地面に落ちたにも関わらず、すぐさま立ち上がり総に発破をかけるエディ。宵闇でもギラギラと輝く真紅の瞳は、一ミリたりとも諦めを考えていないようで。
それに…
「………いや!」
総という男は悔しくなった。
敵わない。…と、一瞬でも考えてしまった自分自身が憎くて仕方がなくなった。
足で地面に刺さっている双刃刀を軽く蹴り、手でキャッチした総。彼はソレを再び双剣の状態へと分解した。
自身の震える身体を深呼吸で整え、瞳を真紅に染め上げる。
「折れる気はない。少なくとも、この戦いが終わるまでは…」
顔を上げて、真紅の瞳で箆魔へと向き直った。もうその顔に絶望の面影は無い。
『クソッ…!クソクソクソクソッ!!殺してやるあの野郎!』
エディと総には目もくれず、ひたすらに憤っている様子の箆魔。夕刻には感じられなかった謎の威圧感が、彼の感情に連動して抑揚を繰り返している。
謎といえばあの瞳もだろう。
エディや総の真紅の瞳とは違う、深紅の瞳ともまた違う。まるで、火星を想起させるような、錆びきった朱い瞳。
名を火星魔眼リュガミュール。
その名を知るのは神か魔神、それか…神話を生きた存在くらいだろう。
「…………」
カチャッ……と、遠方より銃剣を構えるエディ。どうやら、夕刻と同様に箆魔を撃ち抜こうとしているようで。だがしかし、今の篦魔は異常に硬く、刃も弾丸も通らなかった筈である。
今更、弾丸ごときで何をするというのか。
…と、彼は正確な照準で箆魔の瞳に向かって発砲した。少しでも柔っこい部位を狙い、堅実にダメージを稼ごうとしているのだろう。
『クソッ…ギュギュウゥゥイアアアア!!』
咆哮を上げ、前脚を振り上げ、地面へ向かい凄まじい威力の蹄を落とす怪物。撃ち出された弾丸が火星魔眼へ届こうとしていたタイミングで…
「っ!?これはいったい…」
「ソウ!こっちへ…!」
フィールドが創り変えられた。
コレは、箆魔の手による…いや、火星魔眼によるものなのだが、この場にソレを理解できるものは誰一人としていない。
箆魔の半径一キロほどの全てが、朱く変色し…黒い靄が朱い地面から点々と湧いている。ソレは触れられず、吸えず、特別熱かったり…冷たかったりもしない。言うなればただのエフェクトである。
フィールド外からこの球場の空間を視認したら、恐らくは、極小の火星が地面に半分埋まっているように見えるだろう。
また、フィールドの発生により、箆魔の姿にも変化がもたらされていた。
彼の取引のリタンである『俺を俺の思う通りに染め上げろ』というモノ。今回の場合は、魔神を殺害する為の自身の姿をイメージして、自動的にその姿に染まったという具合だろう。
因みに、そのリスクとして、彼が彼自身で決めて架せたのは、『俺を殺した真紅野郎を殺したら、俺自身も即死する』なんていうモノだ。
『っ…!?ナンダァ!!』
弾丸が瞳よりも少し手前の位置でガツンと音を立てて弾かれた。ここでようやく気がつく箆魔。俺は今、真紅野郎の近くで復活したのだ。…と。
「ど…どうしようかなぁ……アイツ…」
冷や汗を拭って考え込むエディ。
彼の真紅の瞳に映るのは、
ぼんやりと光っている錆びた朱い瞳。
白い体毛。
そして、何よりも特徴的なのが、
頭部から全身を包み込むようにして隙間なく伸びている、平たく分厚い異常なほどまでに頑強な角。
いや、もはやただの角ではない。コレは全身角鎧と呼称しても相違はないだろう。
……先程までの箆魔とは全く違う様相である。
もしもこの場に名付けの権利を持つものがいれば、こう呼ばれていただろう。確実に特異種から格上げされていただろう。
上位種・箆魔…と。
「弾が通らないんだもんなぁ……う~ん…」
エディの口調はのんびりと、だがしかし表情は引き締まり、彼の立ち姿からは一切の隙も感じられない。
『…ア…アェアアアォアアァァァ!?』
エディの方を指差す箆魔。
『き、貴様は!俺のことを殺しやがった……エディとかいう真紅野郎じゃねぇか!』
「……何故…僕の名を?」
エディの質問には耳を貸さず、総の存在にも目もくれず、ただ自身の口だけを動かす箆魔。眉間によっているシワがどんどんと深さを増している。
『ブッ殺す…!!』
「答えてはくれないかぁ……」
四足歩行で地面に蹄の跡を残しながら、エディ目掛けて突進を開始。…たった今、一度切られたはずの火蓋が、再度切って落とされることになった。
………驚愕の火蓋の四分割である。
「さて……ん?ソウ、その位置から離れて。方向はどこでもいいから」
「…何かあるんだな?」
後方にヒョイと跳んで、その位置から外れる総。
その直後のことだった。
踏み硬めれている筈の地面がひび割れて、白い格子状のナニカが飛び出してきた。地中から…卵型に骨組みされている楕円形のカゴ。…言うなれば、鳥かごが出現した。
それに、
「こ、これは…!?」
総は驚きに目を見開いた。
もしも、エディの声掛けが無かったら…今頃はコレの中に幽閉されていたことだろう。もしくは…ジリジリと圧縮されて、そのまま果実のように血液を絞られていたかもしれない。
質感を見るに骨か鉄のようだが、よくよく見てみると動物の体毛ようなモノが窺える。
『チッ…!なんで避けられるんだ…ダリィ!』
「ごめんね!解るんだ、時間が!」
エディ目掛けて一直線に突撃してきている箆魔。彼の長い尻尾は地面に突き刺さっていて、
「なるほど…」
それ確認して、総はこの檻の正体が箆魔の尾であることを理解した。
変幻自在に形や質感を変えられるのか?なんていう考えを頭に浮かべて、エディに曖昧な推測ながらも共有し双剣を手に取り構える総。
箆魔は既に目の前に到着しようとしている。
それにエディは、眉間にシワを寄せて、ギョロギョロと不気味なまでに眼球を巡らせ始めた。その動きはまるで、小説や教材などの文面を読んでいるかのようで。
「来る…」
『だらァ!!』
前脚を大仰に振り上げて、エディに向かいソレを落とす。…が、予め来ることが解っていたかのようにして、エディは箆魔のふところへと潜り込んだ。
「っふぐゔゔゔゔぅぅぅ゙ゔ…!!」
ミシミシと筋肉が収縮する音とともに、微かに蒸気を上げて肥大化する大腿部。
七百キロにも及ぶ体重をものともせずに、エディは。
『っは…!はぁぁあ!?』
ドガァァンと地面にビリビリと響いた重たい音。
地に伏すは、白い角に全身を包んだ怪物。錆びたような朱い瞳の箆鹿型のブーイ。通称…箆魔。
『俺を投げ飛ばしたァァ…!?人間の身で!?』
その隙を逃さずに総が追撃をかける。
片手を逆手持ちにしながら、地に倒れた箆魔の首を刈り取るようにして、半円の軌道を描いて斬りつけた。
………が、
「…っくそ。やはり硬い…!」
薄皮の一枚すら傷つけることが出来ず、逆に双剣が刃こぼれを起こしている。
割とフルパワーで、遠心力や体重などを器用にフル活用したにも関わらず、手応えは全くのゼロ。これには流石に苦い顔をしてしまう。
『っお前は邪魔だァ!どっか行ってろ!』
総の方へと意識を向け、頭部から伸びている平たい角をぐにゃぐにゃと変形させた。…どうやらこの箆魔は、蚕の繭のような形で総を囚えるといった腹づもりらしい。
大型の肉食動物が、鳥や兎のような小動物を捕食するかのように、箆魔の角がパカリと口を開き、総を包みこもうとした。
箆魔の架されているリスクの内容が割と面倒な内容なせいで、今の箆魔からすれば総は邪魔者以外の何者でもないのだ。耳元に飛んでくる羽虫が如くうざったい存在なのだ。
故に…彼は目標を排除するためのお邪魔虫を、自身の管理のしやすい場所。角の中へと囚える方針にしたらしい。
箆魔視点では総の脅威度は未知数。だが、箆魔自身の肌に傷一つ付けられない事は確認済み。しかしそれでも警戒は怠らず、念には念を入れて今回の行動を起こしたようだった。
…が、真紅の瞳はそれを見逃さず。両手に握り締めていた得物を地面に落として。
「……………」
総はソレを脳に到達する前に対応した。コレを脊髄反射とでも言うのだろう。
グパッと開かれた大型肉食獣が如き角。
上顎のように見える部位と、下顎のように見える部位の両方を彼は、彼自身の両腕でそれぞれ受け止めた。
エディ以外に傷一つすらつけられないことを良いことに、トラバサミにも似た勢いで閉じられていたはずの角を、総はビタリと停止させた。
どうやら…総もエディと肩を並べうるほどの腕力を誇っているらしい。
「ぬぅぅぅ……!」
『大人しく捕まってろよ!』
地面に埋まった尻尾。
「ソウ!また尻尾が来るぞ!」
『あぁ…クソッ…!…クソクソクソッ……クソガァッ!!』
落ちている得物を回収してその場から離れた総。
彼の隣に瞬時に移動して並び立つエディ。
体勢を持ち直して起き上がるカンカンな箆魔。
睨み合い、一番に動きを見せたのはエディだ。
目標に向けて一直線に突き進む彼に対して、地面からザクザクと角を生やしまくる箆魔。まるでソレは鍾乳石のようで。
あの愚かしいブーイにしては良く頭を使い、エディが次にとるであろう行動の先を読んでいるらしい。
現に箆魔は、彼の着地する地点へと、タイミングを見計らって返し付きの角の槍を突き出し続けている。
『あぁ…!苛つくなァ…!なぜッ…さっきから…!』
ソレが来るタイミングを解っているエディは、簡単に角を躱しながら距離を詰め、ある事を結論づけた。
「どうやら無限に伸ばせるわけじゃなさそうだね」
『チッ…あぁ、手数は有限だ。だがそれがどうした?俺の思考は無限大なんだよ…!故に…』
「負けないとでも?っあはは…!面白い冗談だね!」
『笑うなァッ!』
もう一つ、エディは考えている事がある。
予想通り…角を伸ばすのには限度があるらしい。
つまりは、箆魔自身の身体を覆い尽くしているあの分厚く硬い角の鎧の、その何処かを薄く減らして攻撃しているのでは?なんて思う。
角による攻撃にリソースを割けば割くほど、箆魔の身を固めている全身角鎧は軟弱になっていくのでは?なんて思う。
今は銃も剣も通らないが、この仮説が正しければ確実に勝てる。
どうにかヘイトを稼いで、総に角を砕いてもらおう。
考えは未だに纏まらない。だがしかし、ある程度の作戦は立った。…後は実行するのみだ。
『ラアアァァァ…!!』
箆魔は最早、攻撃のタイミングなんて考えていないようだ。数撃ちゃ当たる方式で地面から角を突き出し、そして引っ込めてまた突き出しを無尽蔵に繰り返している。
着々とエディと箆魔との距離が縮まりゆく。
そんな中、エディが角を躱して地面へ着地したタイミングにあることが起きた。
「っ…!」
いくら戦場がまっさらな平地だったとしても、当然地面の凹凸は存在していた。
つま先をガツンとぶつけるくらいの小山だって、ついつい足をぐねってしまうような窪みだって存在していた。
エディは後者に襲われた。
着地のタイミングで再度別方向へと跳ぼうとしていたのだが、どうやら想定よりも地面が低く、リズムが崩れたらしい。
ほんの一瞬の隙が生まれてしまったのである。
『ウシャアアアアァァァ…!!』
「…………」
冷や汗を額に滲ませているエディ。その瞳は箆魔のことを見詰めて離さないでいる。
対して箆魔は、隙に気がついて狙ったのか、数撃ちゃ当たるで当たっていたのかは定かではないが、リズムの崩れたエディの周りを取り囲むようにして角を突き出した。
このままでは四方八方から串刺しにされて即死なのだが、エディは冷や汗はかけど落ち着いていて、真紅の瞳に動揺による焦りは浮かんでいない。
誘ったのだ。
わざと隙を生み出してまで、試してみたかったのだ。
先の仮説を。
「っ今…!」
銃剣を揺るぎなく構え、間髪を容れずに撃ち放つ。
弾丸の行く先は箆魔の胸部。
エディは自身の腹部に角が触れ始めているが気にしない。
目標に至るまでの過程を構築すること。それだけに意識を割いている。
「…………」
『死ねぇアアアアァァァ…!!』
「……あはは」
箆魔に弾丸が届いた。
亀裂が入った。
綺麗にその部分が砕け落ちた。
白い肌があらわとなった。
しかしエディへの攻撃は止まらない。箆魔は気がついていないのだろう。自身の鎧が砕けたことに。
地面から突き出された角は密度が高くて折れそうにない。
もう一発を撃ち込む時間ももう残っていなさそうだ。腹に少しだけ角の先端が刺さって来ていて、血が滲み始めているのが確認できた。
…と、エディは冷静に自身の窮地を確認。
「まずいな……」
…と、口から溢したのも束の間のこと。
『ッギギィァァアアアァァァ!?』
箆魔の方から叫び声が聴こえた。
目をやると、たった今鎧が砕け落ちた箇所に、双剣を深々とねじ込む総を見つけることができた。
まるで暗殺者のようだ。…と、ついついエディは考えてしまう。
まるで気配もなかったし、足音だって聴こえなかった。 きっと箆魔視点でも、突然にも総が目の前に現れた。と、いうように見えていたことだろう。
「エディ!追撃を…!」
「…………」
足元に目を向けたが、角は引っ込んでいる。返しがついていたせいで腹は大分痛いし血が止まらないけど。
助かった。
カチャリと銃口を向け直すエディ。狙う先は総が双剣を突き刺した箇所である。撃って砕き、切って開いたの突破口である。
息を吸い…息を吐いて。
瞳をことさらに真紅に輝かせる。
灯り一つのない朱い世界の中で、その場に片膝をついて銃剣を構えた。スコープなんてついていない、サーマルなんてもってのほかだ。しかしそれでも決めるのだ。
逃がしたらどうなるかなんて色んな意味で目に見えている。
故に…ここで決着を撃ち込むのだ。
『オマエェ…!!ギギグゥ゙ゥ゙ァ゙!!っ…ゃま…なんだょ……』
「…………まだだ…まだ…」
『ジャァァァァマなんだよオ゙ォ゙ォ゙オ゙!!!』
…………。
…………。
「今」
エディの腕の中に構えられた得物から、パヒュオオオォォン……!!っと、風変わりな、甲高い音が遠のいていく。
それは、正確な軌道を描いて総の身体を避け、双剣によって切開された箆魔の胸の奥。
……愚者を人間に例えることに対して誠に遺憾ではあるが、人間で表すのならば心臓のあるであろう位置に弾丸は近づき炸裂した。
箆魔の身体の内側から、
『ギギァァァァァァアアァ゙ァ゙ア゙!?』
なにか大切そうなモノが砕ける音が聴こえた。
『ギギ…ギィィ゙………』
重たいものが地面に落ちる音が聴こえた。
『……………』
朱い世界がガラスのように割れてその場で消えていくのが視界の端から伺えた。
見慣れた黒が戻ってきた。
…が、戦場の空気は依然としてピリピリとしている。
「まだ油断はしない…」
総は双剣を引き抜いて地面へと着地した。箆魔の体躯が大体二メートルと少しである為、胸の位置が高く、双剣を引き抜くのに少し手間取っていたのは内緒である。
その場に膝をつきその場に静止した箆魔。ソレを遠目ながら、怪訝そうに凝視しているエディ。
エディ視点ではまだ勝利ではないらしい。いや、勝利かどうかを考えあぐねているようにも捉えられる。
それから数十秒…数分が経過。
「…………」
「…………」
最終的にエディと総の二名は十数分ほど警戒をし続けている。
もうそんなに経過したなら箆魔の死は確実だろう。
現場に居合わせない者達は、そんなことを考えたって仕方がないだろう。
彼等はソレを分かっていないから。
この威圧感に冷や汗、悪寒。
彼等はソレを分かるはずもないから。
もしも目を離したら、
もしも警戒を解いたら、
もしも、箆魔の身体に近づいたら、
死ぬかもしれない。今にも動き出し、咆哮を上げて襲いかかってくるかもしれない。…そんな気迫がアレからは感じられるのだ。
「どういうことなんだ………?」
エディは視界の端に映っている地面に意識を割いている。
数分前から気になっていた。
一本、また一本とソレが増えるのだ。それが今では迷路のように…決して重ならずに、一定間隔の隙間を開けて伸び増えていくのだ。
時間を読める者のみが知覚できる、カウントのある矢印記号。幾本もあるソレラの根本を辿れば、そこには箆魔がいて。
ただ単に、地中を動く蟻の道筋の可能性だってある。その仮説が一番平和的なのだが……希望的観測になってしまうだろう。
カウントがもう直に終わりそうだ。
これは果たして何の矢印な……
「ソウっ!その場から離れるんだ!いや…ソイツから!…箆魔からとにかく遠い場所へ!!」
矢印をちゃんと見たエディ。視界の端ではなく、焦点を合わせて。
まずい!反応が遅れてしまった!
矢印には様々な情報が載っている。
それは起動までのカウントダウン。
それは誰の行動によるモノなのか。
それは方向。それは大きさ。それは速さ。
『ギギィ…!』
「ぎっ…ぐぅ……!」
僕にはそれが解るのに、なぜ確認をしなかった!箆魔が今にも飛び起きそうだったから?言い難いほどの威圧感に耐えるだけで精一杯だった?
いや、違うだろうっ…!
「ソウ!!」
そもそも…!そもそもの話だ!
僕は気がつけていたはずだろう!箆魔を凝視しなくたって良かったはずだろう………!
いつ復活するかわからない?僕には視えるっていうのに?
復活のタイミングも、攻撃のタイミングも、方向も!
地面に広がっているこの矢印は、箆魔のこれからの動きを表すものだ。もう少しで、地面からところ狭しと角が飛び出す。
腹部から絶えず出血している僕の事を、確実に殺しに来ている。この怪我で、僕が機敏に動けないことを箆魔は理解しているんだ。
…ただ、一つだけ気になることがある。
…何故、総のところだけなにもないんだ?
人質にでもするのだろうか?
いや、いやいや、それよりも優先すべきことがあるだろ。
今は、
「大丈夫だよ!…今助ける!!」
未だに全身角鎧の箆魔。コイツが総の首を鷲掴みにして持ち上げている。動けないように、その腕を通して角を絡ませて拘束している。
地面からの攻撃のタイミングで、この弾丸を撃ち放つ。その瞬間になれば、箆魔は生身となり攻撃が通るようになるだろう。
どちらにせよ、今の僕にはソレしか選択肢はない。
ミスらない。ジャムらない。決して好機を逃さない。
集中しろ、エディ。総が窒息する可能性は未だに視えない。首を折られる可能性も、それどころか危害を加えられる可能性自体が出てこない。
今はそれをポジティブに考えろ。
僕の周囲を固めるようにして展開する矢印のサークル。そこから角が飛び出してくるまでは、総の安全は保証できる。
だから、何も気負わずに…撃ち抜くことだけ考えるんだ。
「……………」
あぁ…そんな目でこちらを確認しないでくれ。助ける…あと数秒後になってしまうが、確実に助けるから。
……くそっ…なんて惨めなんだ。
「あと…二十二秒…」
少しずつ世界が朱く形成されていく。どうやら、またもやフィールドが展開されようとしているらしい。
どういった効果を持っているのか不明な朱き小世界。
空気が淀むわけでもなし、気温が変化するわけでもなし、身体が重くなったりなどの…身体に関することも特にない。
特筆するならば、箆魔が愉快そうに頬を綻ばせるくらいだろうか。
『ギギギャギャァァア!ハハハハハハハハッ!』
「っぐぅ……」
総は、箆魔が起きてから、為す術もなく…それこそ、瞬きさえもする間もないほどの速度で身柄を拘束されて。
だがしかしそれだけ。
ただ口を塞がれて声を発せないようにさせられて。…ただ、それだけ。
全身を包み込むようにして、まるでラッピングをするかのようにして拘束して、本当にそれだけだ。
なんの外傷も、それどころか…こんなにも硬い物質できつく縛られているはずなのに、その箇所が全く痛まない。
かすり傷でも出来そうなものなのだが……俺は痛覚が麻痺しているのだろうか。…今は戦闘中で集中状態だ。故に…アドレナリンが多量に分泌されていてもおかしくはない…か?
「…………」
先程からずっと考えていた。
どうして?なぜ?この箆魔は俺を攻撃しない?なぜ…先程から俺は捕縛でエディが攻撃なんだ?
箆魔はいったい…何が目的なんだ?
『ギギィ……ギギグ…ギェギググ…』
「…………」
何故そんなにもエディの方を……
「…………」
いや、まさかな。
「…………」
いや…………まさか、そんなわけがない。
「…………」
『…もう少しで…完成する…クヒヒッ…』
「…………」
『ックハハハハァ!』
あぁ…くそ。俺は人質として捕縛されているわけではないようだ。エディの方が強力で、俺よりも厄介で…だから、俺を盾にしようとしていた。そういうわけではないようだ。
コイツ…俺を…傷つけられないんだ。怪我の一つも負わせられないんだ。
戦闘中…俺の存在をかなりうざったそうにしていたな。
そういうことだったのか。
…俺が邪魔だったのか。何らかの理由で俺に手傷を負わせられない。だから、捕縛して戦闘から離脱させようとしていたのか。
…コレをエディに伝える術がない。
声が出ない。指の一つだって動かせない。ただ視線を送ることしかできない。
エディも満身創痍に見える。あの腹部の傷…普通なら立っていられないだろうに。流血が止まらないのか、腹部を気にして集中が途切れ途切れだ。
あの瞳は目まぐるしく動き続けているが、いったい彼は何を視て、何を情報として受け取っているのだろうか。
…くそ…思考しか出来ないのか…俺は…!
「…あと…十五秒…」
コンマ一秒も間違えてはならない。カウントダウンが終わる前に撃ってもいけない。
集中しろエディ。お前はメリオス家を背負って立つものだろう。お爺ちゃんから…ヅェッツライト大公から、歩くだけで名誉を得るという規格外の家系、メリオス家の跡継ぎとして期待されているんだろう。
なら…答えるしかないじゃないか。
集中しろ…エディ。
集中しろ…クラム・メリオス…!
…一秒が何時間にも感じられてしまう。僕はいは呼吸が出来ているのだろうか?いや、数秒程度の無呼吸なら普通は大丈夫だ。そのはずだ。
なのに、息が苦しい。そう感じてしまっている。
心臓の音が止まってしまったのだろうか?…と、思えてしまうほどには、時間の流れが異常に遅く感じられてしまっている。
今は危機的状況なんだ。心拍数は余裕で三桁を越しているはずなんだ。
なのに…次の鼓動が遅い。…一秒が遅い。
あぁ…じれったい…!秒数を待つことだけ、それだけしか僕には出来ないのか…!確かに、コレの通りなら百パー成功するし、なんだって出来るだろう。…なのに、今の僕は待つことしか出来ていない…!
なんて不自由な確実だろうか…!
今だけは…僕は心に従いたい…!
だけど、今撃ち放っても角に阻まれて、また装填しないといけない。
僕の銃剣は一発撃つと、ディレイを挟んで二発目が撃ち出される仕組みになっている。
コレの装填数は二発までで、一度撃ったら…また装填しないといけない。
一発だけ装填すればいいのは確かにそうだ。コレが普通の得物ならば確かにそうなるだろう。
…だがコレは僕にだけ扱える特殊な銃剣だ。
一発目で当たりをつけて…またはソレでトドメを打ち、二発目で…予め放たれた弾丸を撃ち抜き極めて小規模な爆裂を発生させる。
そういう仕組だ。
一発目は内部に埋めるために、けして致命傷を負わせるためではない。当たったとして、威力があまりないのだ。
故に…毎回、どちらも装填し直さないといけない。一も二も。そのどちらともを。
「あと九秒…!」
さぁ、エディ=クラム・ メリオス…!!
己を奮い立たせろ!
時に置いて行かれることなかれ!
狙うは箆魔!助けるは仲間!見据えるは安寧!
撃ち放つ弾丸は何を貫く…!
撃ち放つ弾丸は正義を貫く!…貫き通す!!
時を決して数え間違えるな…!
「…あと六『貫け!』
エディの足元が沸騰したような音を立て、朱い世界でも白と認識できるような予想外が飛び出してきた。
その表面は、一方向には滑らかな肌触りで、だがしかし…逆撫でしようものなら皮膚が食い込む返しがついている。
あぁ…なんて見覚えのある情報だろう。
箆魔の角だ。
これは一杯食わされた。
どうやら、大量の情報の中に埋もれていたらしい。
一つだけ秒数の違う矢印記号が。突き出されるタイミングが少し早い箆魔の角が、どうやら大量の矢印記号の中に紛れていたらしい。
木を隠すなら森の中とはよく言ったものだ。
完全に不意を突かれた。
「っ…!!」
避けられない。せめて撃つだけでも…
…と、地面から正面に目を移した。
その時になってやっと気がつけた。逆に、どうして今まで気がつけなかったんだろう?
『hi〜』
「あっ…」
箆魔は既に眼の前に居た。
いつの間にか、数十メートルはあった距離を詰められており、前脚が大きく振り上げられていた。
『bye…!!』
全体重を乗せた箆魔の蹄が、エディの頭部にめがけて振り下ろされる。
「…………」
下から…というか前方から此方へと斜めに突き出されていく箆魔の角。
上には前脚を振り下ろして来ている箆魔。
後方に退避を…?いや、そんな機敏な動きは出来なさそうだ。それに、確実なトドメを決め込むために、僕の周囲数十メートルは上向きの矢印記号がある。…箆魔の角による串刺し攻撃がある。
…腹部の痛みに耐えても身体が機能しない。脳みそのリミッターでも外せれば良いんだけど、僕にはまだできない技術だ。さっきから試してるけど全く出来ないや。
あぁ、ひどい出血だ。貧血になってきている。頭が重い…視界が…呼吸が辛くなってきた。
まずい…避けないと。それか、迎撃を…しかし、まだ角がコイツの身体を覆ってる。僕の銃剣じゃあ傷一つだってつけられやしない。
コレはネガティブではない。…事実だ。
…だが、ここで諦める選択肢なんてない。
「っ…!」
角が届いたのか!数センチにも満たないはずなのになんて痛みだ…!
だが、これ以上刺さるよりは、今抜いておいたほうが良いだろう。
痛みなんてプラシーボだエディ!
「っぎぅ……!!!」
よりにもよって同じところを刺されるとは。こりゃ…しばらくは治らないね。
…………。
だめだ、思考がまとまらなくなってきている。それに、視界がもう安定していない。
…重度の貧血かな?医学の勉強しておけばよかったな。
…いや、いやいや、そんなことはどうだって良いんだ。避けろ…エディ。この攻撃を、矢印を掻い潜って…最低でも相討ちという結果で終わるんだ。
引き金に指を添えて撃ち放て!タイミングはもう視えないけど!それでもそろそろ装甲が薄くなってきているはずだ…!
角鎧を撃ち砕いて…すぐに銃剣を刺し込む。
『真上に撃て!』
「っ!」
エディは〝仲間の声〟を頼りに自身の真上へ向けて銃剣を構えて、そして引き金を引いた。
これでいいのか?あっているだろうか?
視界が掠れすぎていてよく分からない…だが、指示通りに行えたとは思う。
ソウ…コレであっていたかな?
『ッブフゥ…!ヴァゥウッハハハハハハハ!!』
「…あぁ。お前か…」
声高らかに、周囲に性格の悪い笑い声を響かせて、その身を屈めた箆魔。趣味の悪い顔が張り付いているのが、今のエディの視界でも確認できた。
手を伸ばせば簡単に触れられるだろうが、こんな状況で変な刺激を与えてしまったら………ん?
『見えないんだろ?出血し過ぎて、もう立っているのも辛いだろう?まってろ、今トドメを刺してやる…』
「ねぇ、一ついいかな?」
直に命が潰える。そんな状況下で、このエディという人間は突然にも笑みを浮かべて箆魔を見据え、語りかけ始める。
とうとう気でも狂ってしまったのだろうか?…と、感じるかもしれないが、掠れきった視界の中、近づきに近づいてやっと視認できたのだ。
箆魔の身体を横一閃に貫いている矢印記号が。
「取引の魔神はどうだった…?」
時間稼ぎだ。少しでもここに引き留めろ。狙いやすいようにするんだ。〝彼女〟は静止している状態ならば確実に当てられるから。
この矢印は君のものだろう?
また借りを作ってしまうことになるな。
『…あ?テメェ…なぜ今、そい…』
ドゥゥゥゥォンという、この場ではエディ以外が聴き馴染みのないであろう螺旋状の空気の振動が、箆魔の右肩の内部を通過し、そのまま左肩に向けて通り抜けていく。
「おっ…地面の矢印が無くなった」
やはり流石だな。僕もいつかその次元に達したいよ。いったいどうすればあんなにも硬い角を撃ち抜けるんだい?
…後で彼女と共に銃剣を組み立て直そう。そうしたら、今まで以上のパフォーマンスを披露できるだろうから。
それから改めて箆魔の身体を見ると、綺麗に首と胴体が別れ、肩を失った両腕がそれぞれボトリと地面に落ちたのが確認できた。
その時に総も解放されている。
身体を拘束していた角が腕から伸びていた角だったからこそ、その根本である肩を失ったことで、連動して砕け散ったのかもしれない。
……だとすれば箆魔の頭部を、全てに通じるであろう角の根元を狙って砕れていれば、アイツの全身を包みこんでいた角も簡単に突破することが出来たのだろうか…?
まぁ、今考えても仕方がないね。
「…地面の矢印は確かに発動していたんだ。かなり短くて、素足で歩かなければ余裕な程度だけど…あっ、砕け散っていった」
その弾丸は…あまりにも速すぎたが故に目で捉えることが出来なかったのか、はたまた鉛玉自体を使用していなかったのか。その真実を知るものは数える程度しかいない。
ただ本当に、空気の振動が螺旋を描いて通り過ぎただけ。本当にそれだけ。としか言いようがないほどには情報を残さない砲撃だったのだ。
先程の状況をナニカに例えられたとして、イメージのつかないほどに超凶悪な鎌鼬が物凄い勢いで通り過ぎた、くらいだろうか。
『……………』
箆魔はエディの問い掛けの返答を、その続きを述べられずに、更には、自らの身に何が起きたのかすら理解出来ずに、膝からズシンと地面に崩れ落ちた。
続いて、撃ち抜かれたことにようやく気がついたかのようにして、遅れて頭が地面に落ちた。まぁ、遅れたと言ってもコンマ秒の世界の話なのだが。
「っは…っは…」
「やっぱり君か。相変わらず素晴らしい腕前だね!惚れ惚れしちゃうよ!」
再び黒く染め直された世界の…その遠方から、いや本当にだいぶ遠めの位置から、一人の少女がこちらに向けて駆けていている。
主にエディを目掛けて、息を切らしながらも小動物のようにぴょこぴょこと駆けてきている。…愛らしいんだなぁこれが。
うっ…お腹の傷が深すぎる…!あり得ないくらい痛いな。でも、これしきではへばらない。
あの日の皆はもっと苦しかっただろう。
…………。
あぁ、まずい。意識が途切れかけている。立っているのに眠りそうだ……うん?いつの間にか膝ついてる…?
立ち上がれそうにないな。足に力を入れてるはずなのに腹部の筋肉が勝手に動いてしまう。普段も無意識に使っていたりしてるんだろうな。
「ゲホッガハッ……エディ…!」
「ねぇソウ…コイツってさ、僕にだけしか危害を加えられないのかな?…どう思う?」
「俺も確定だと考えているが、今はそれよりも治療が優先だ!」
「このえぐれ方だし、応急処置したって…」
「傷口を見せてくれ」
「う、うん…」
あぁ、そういえば…だいぶラフな格好で箆魔と戦闘をしていたんだな。そりゃあ簡単にえぐれるよね。あ、ここにもいつの間にか怪我がある。
傷口が見えるように、自身の衣服をまくり上げたエディ。ズタズタにめくれ上がった腹部があらわとなる。
ここだけを見れば、戦場の遺体とあまり遜色のない状態だ。そう、エディはそれほどまでにえげつない負傷の仕方をしているのである。
想定よりも酷い怪我だったのか、コレを確認した総はクシャリと一瞬だけ眉間にシワを寄せた。
「…………」
「…ソウ?何を…」
総はエディに向き直り、その場にしゃがみ込んだ。まるで協会の神父のように…手を合わせて祈りを捧げ始めるので、エディは困惑を隠せないでいる。
「ソウ…?」
「どうだ?内部まで完璧に治せたと思うが、違和感はないだろうか?」
「え?」
え?…お腹の傷が、というか穴が無くなった?
ん?…えぇ?総が手を合わせてから……えぇ?ちょっと理解できないな。
お腹の傷どころか、貧血まで治ってる?身体も軽いし、視界まで良好だ。錯覚かもしれないけど、今まで以上に身体が健康体な気がする。
いったいどうやって?
メリオス家のように、彼の家系もなにかあるのだろうか………?
「その調子なら、うまく治せたようだな」
「あ、ありがとう。ソウも〝そういう力〟があるんだね。僕普通に驚いたよ」
「…秘密にしてくれるか?本来は、こう簡単に使ってはいけないんだ」
「確かに…致命傷レベルの外傷を瞬時に治せるっていうのは、少し厄介さんだね」
こんな力は、そう頻繁に使ってはいけない。最初は大きな傷を癒やす為に使っていたとしても、人間の感覚は少しずつ麻痺していくものだ。そのうち…ほんの少しのかすり傷ですら使用してしまうかもしれない。ありがたみもその分減っていく。
それに、一度上がった水準は下げるのが難しい。僕がそうだし…矢印ゲー過ぎてさ、戦闘も何もかも。あと便利すぎるんだコレ。
秘密にしておくべき力だね。やっぱり。
メリオスも…要も、訳ありな一族ってことだ。
「はっ…はっ…はぁ~…!つ…着いた…」
「お疲れさま。さっきは助かったよ」
数キロメートル先から箆魔を撃ち抜いた少女が、肩で息をしながらもエディ達のもとへと到着した。その手には銃口の広い、例えるならばバズーカのようなモノを携えている。
身体のラインが強調されている衣服に身を纏っている。…が、身体の成長は芳しく無く、どこも控えめといった具合の体躯。
ロリータファッションが似合いそうなロリロリとした童顔。ぱっちりとしたキラキラと輝いているお目々。
苺のようなピンク髪、そして瞳と唇。常にモジモジしていて、落ち着きがないように見える。
夜風になびくたびにチラリと見える耳にはピアスが開けられており、童顔な彼女だからかギャップを感じられた。
ヅェッツライト家の次女。
得意なことは空軍戦と長距離狙撃。
名を、メリルタルア・ズィフォッグ・ラ・ヅェッツライトという。
「わぁ…!?エ、エディ!すすす、すごい出血だよ…!は、早く基地に戻って、手当してもらわないと!」
「あはは…落ち着いてメリル。ほらっ、僕は無傷だから」
自身の衣服をめくり上げたエディ。衣服に染み込んでいた血液が、未だに乾いていない状態で直接エディの素肌に触れていたため、鮮血に染まったお腹がこんにちは。
お陰で、ますます心配度は上がったようだ。
「血塗れじゃないの…!?」
「あぁ、そうか」
…と、メリルタルアの手を引くエディ。その手を自身の腹部へと持っていき、触らせた。
「本当に…無傷…?」
「そうだよ。この血は全部僕のものだけど、まぁ、なんやかんやあったんだ。綺麗に治ったよ」
「なんやかんや…」
総の方へと視線を向けたメリルタルア。何かを察したのか、それ以上のことはせず。因みに、彼女にもメリオス家の血は流れている。
明晰回路な彼女だから、そういう力に理解のある彼女だから、決してどんな力なのかは追求はしない。
「…あれ?メリルはどうしてこんな所に居るんだい?Aチームの人達は?」
「それは…」
メリルタルアは経緯を語る。
Aチームはヅェッツライト大公領の、ネルギエ湖へと赴き、その湖で大暴れをしている水魔を討伐すること。
…コレがAチームの試験内容である。
因みにAチームは、
タタマキ・ヒェイカー
スェリオス・レシャテーゼ・ラ・オムニライト
メリルタルア・ズィフォッグ・ラ・ヅェッツライト
…の三名だ。
水魔を討伐するために、彼等はすぐさまネルギエ湖へと足を運んだ。
ネルギエ湖近辺へと到着したのは日没後で、スェリオス以外は後日の討伐を提案した。
…が、スェリオスはコレを却下。「寝たいたら寝てれば?どーせ俺一人でもよゆーだろ」と、傲岸不遜な態度で聞く耳を持たず、彼は一人で夜のネルギエ湖へと。
どう止めようが意味を成さず、放っておくわけにもいかず、視覚的にバッドコンディションの状態で戦闘は始まったらしい。
件の水魔は、つい最近に特異種から上位種へと格上げされており、その様相は御伽噺の人魚と酷似しているとのこと。
その特徴を持つブーイに付けられた名は、
オルカブーイ、及び…鯱魔。
上半身はブーイ、下半身はシャチの純白の存在である。人魚と表したが鱗はついていない。ツルツルであり、見立てでは肌触りは良いらしい。
…と、ネルギエ湖のほとりには人類側の基地が建てられており、Aチームは訪問した後にすぐさま戦闘に加わった。
初めは善戦していたようで、水魔達を一網打尽していたとのこと。
ここで言う水魔は読みもそのままにヌーブブーイ、及び雑魚魔。水中戦が向いているはずなのに、何故だが地上に這い出てピチピチとその場で跳ねるだけの読んで字のごとく雑魚だ。
雑魚魔を片付けること、ソレがAチームの試験内容だと戦闘開始時点では考えていた。…のだが、大元がつい小一時間ほど前に浅瀬に浮上してきたようだ。
その大元こそが鯱魔。
基地の中で休息と力の温存をしていた部隊長の人物も、それから戦闘に加わった。
格闘術では活躍できないと…雑魚狩りに専念しつつ隙を伺うと、タタマキはネルギエ湖の湖沿いを駆け巡り始めた。
剣技も水中では意味をなさないだろうと、スェリオスも周囲の兵士たちから雑魚狩りを頼まれたらしい。本人は嫌々ながらも承諾。退屈そうに雑魚狩りを開始。
セシアライト家がここにいれば良かったのだが、救難の連絡を送ったのはつい数日前のこと。故に、未だに連絡は届いていないと思われる。
ヅェッツライト領とセシアライト領は距離がかなり遠い。今回はソレが悪い方向に出てしまっていた。
一応、メリルタルアは遠距離狙撃手である。…故に、彼女がメインで鯱魔にダメージを与えていた。
…のだが、
鯱魔の回復速度が早すぎること。
水中に潜られては、メリルタルアの力…いや、ズェッツライト族の力が効果をなさなくなること。
その二つが致命的なまでに噛み合わさってしまっていたようだ。
「それで、援軍を直接呼びに行こうと思ったの。確か、飛空艇が一隻余ってたはずだから」
「確かに、ティリオニアスさんの庭に三隻程が停泊しているんだったね。最近、第一番隊と第三番隊が出張ったって聴いてたけど、残りの一隻、第二番隊の分の飛空艇は残っていたのか」
「そう。依頼を受けていなければ、まだ残っていると思って。けど、パパのところに戻る道中で、変な赤いドームが目に入ってね…」
「なるほど…」
なら、今からすることは決まったな。
「よし、じゃあメリル!」
「うん!ついてきてほしいの!」
「いや、僕は残るよ。行くのはソウだけさ」
「え?」
「お、俺に遠距離は向いていないのだが…」
エディの言葉にメリルタルアと総は驚いた。話の流れ的に、銃剣を得物として携えているエディが、対鯱魔戦に抜擢されると二名は考えていたからだ。
なのにエディはここに残ると宣言。
彼の見つめる先には箆魔の胴体とその頭部。おまけに両腕が転がっている。
さっきからカウントが進んでて、気になってたんだよね。……まだ、生きているのか?だとすれば、粉微塵にすり潰すべきだと思うんだ。
その作業は僕がやりたい。
「とりあえず先に行っててよ。すぐに追いつくからさ」
「う、うん。なにかあるって事だもんね。エディは考えなしに行動するタイプじゃないのは、誰よりも私が理解してるから。…多分」
「あはは、言い切ってほしいなそこは」
メリルタルアから総へと視線を移す。
「メリルの道中の身の安全を任せたよ。そろそろ、地中で眠っているブーイが起き始める時間帯だしさ」
「…もう、そんなに時間が経っていたのか」
少しづつ青みがかり始めている空を眺めながら、総は言葉を続けた。
「任せてくれ。この戦いでは活躍できていなかったからな。せめてそれくらいは…」
「待ってよエディ!私、身の安全くらい自分で出来るわ!それに最近は近接も覚えたんだよ?もう普通のブーイなら…私っ…」
口ごもるメリルタルア。その頭を撫でながら、エディは申し訳なさそうな顔でゆっくりと首を振った。
視えるからそうしたんだよメリル。…ソウがいない場合、君は……起きた上位種と出くわす。そして、何も出来ずに御臨終だ。
「………わかったわ。エディの言う通りにする……」
「ごめんね。お詫びと言ったら何だけど…今度、一緒に食事でもどうかな?」
「良いの?最近忙しいって聴いてたけど」
「もちろんだよ。忙しかったのは完全に私用が原因だったしね」
主にブーイの勉強と、血液の勉強と…人体の構造を浅く調べたりとか、歴史の勉強したり…うーん。
あれ?ちゃんと申し訳ないな。
……そろそろカウントが終わってしまう。なにか起きる前に、二人には行ってもらわないと。
「メリルタルア…だったか?早く加勢に向かったほうが良いのではないか?遠距離は得意ではないが、出来ないわけでもない。それに、そろそろ奴等は起き始めるだろう。早めに俺は行きたいと考えている」
エディの気持ちを察してか否か、総はメリルタルアに声をかけ、水魔の討伐に向かおうと促した。
そうね。…と、総の言葉に頷き、エディに軽く手を振ってから彼女は足早に駆け始める。総も軽くエディと目配せをしてから、メリルタルアの背を追った。
「…さて、エルクブーイとの戦闘を終わらせよう」
カウントは既に十秒を切っている。
カチャッ…と、銃剣を構えて力無く膝をついている箆魔の胴体。その胸部に照準を合わせる。
今は角も何も無い。僕の銃剣でも簡単に撃ち抜くことができるだろう。
「…………」
銃剣のトリガーに指を掛けて、グイッと手前側に引く。
一発目が銃口から撃ち出されて、箆魔の胸部の内側へと深くめり込んだ。
ディレイを挟んで撃ち出された二発目の弾丸が、一発目と同様のポイントへ向かい真っ直ぐに、迷いなく…導かれるようにして進み、そして一発目とかち合った。
瞬時に控えめな爆裂音が箆魔の身体から聴こえた。パット見だと原型を保っている。…が、指で軽く押すだけでも凹む程には、内側はぐちゃぐちゃだろう。
「抜かりなく」
再装填をして、二セット目に移行する。
「次は頭部を破壊しよう…」
標準を頭部に合わせて、先と同様にトリガーに指を掛ける。
「まぁ、楽しかったよ。実際…死にかけたしさ。今度はブーイとして産まれないように祈っておくよ」
それじゃあ。
「じゃあね。エルクブーイ」
トリガーを引き込み、弾丸を撃ち放った。
一発目は身体に埋め込むためのモノ。
ディレイを、
「……いや、違うな」
すぐさま銃口を逸らして二発目を地面に撃ち出した。
「この矢印は違う」
僕はこのカウントダウンを、攻撃か、はたまたそれに近しいモノか。…と考えていたのだが、どうやら違ったらしい。
この矢印の指し示していたモノの正体は、
「…いっちょ前に涙なんか流して、いったい何人もの人間をお前は…」
箆魔の頬に一線。
「…………」
カウントが減っていく。
普段は視えないようにしている矢印。それに載っているカウントが減っていっている。…箆魔の寿命が尽きようとしている。
ブーイは長命だ。戦闘ですぐ死んでしまうだけで、生きようとすれば何百年も生きれる。
そのはずなのに箆魔はもう。
「その瞳が、リスクリタンの取引が原因かい?それとも…」
『…………』
もう死ぬ。あと数分後には寿命が終わりを告げる。
………それならば、わざわざ殺す必要はないだろう。
箆魔の頭部を尻目に、エディはメリルタルア達が駆けていった方向へと身体を向けた。そして体勢を低く構えて、大腿筋に力を込める。メリメリ…と、音が発生して大腿の筋肉が肥大化した。
何日間も動きっぱなしかどうだったかは知らないし、君がどんな性格で、何が好きなのかとか、そんなのも分からない。
「行くね。さよなら」
『…い……』
「っ…!意識があるのか…!」
姿勢を正して銃剣を構え直すエディ。
『行かないで……置いてかないで…』
「…………」
『ママ…』
「……マ…マ…?」
ママ?母親?ブーイの母親は人間しかいないし、それに、産んだらすぐに死ぬ。生きていたとしても、次なるブーイを産むために子育てなんて出来ないだろう。
なら…ママなんて、どうしてコイツは…?
『僕が…僕が悪かったからぁ…行かないでよ…』
「…………?」
こころなしか流暢になってきている気がする。
『一人じゃ生きられないよ…僕、いい子にしてるから、パパにも迷惑かけないから…』
「…………」
『どれだけ痛いことしても良いから…僕、我慢できるから…』
「…………」
『だから…』
箆魔の一つ目のリタンは『俺を俺の思う通りに染め上げろ』だ。だからだろう、箆魔の頭は姿を変え始めた。
角は無くなり、肌は血色が良くなり、白い頭髪も黒く染まっていく。
「子供…?それも、人間の…?」
『僕を一人にしないでよぉ…』
「…………っぅ……!!」
消えてくれ!駄目だ!そんな考えは浮かべてしまっては駄目だ!
駄目だ……!
でも、
「大丈夫だよ…僕が居る。一人じゃないから、もう泣かないで良いんだよ…」
近づいて、警戒なんて一ミリもせずに抱き上げる。
あと数秒しかない命を、大切そうに彼は抱き締める。地面に両膝をついて、ソレを安心させようとして、何度も何度も声を掛けて。
日の出の時間になったのか、名もなき大地に光が射した。
『…ごめんなさ…い』
「大丈夫さ…君は…君は何も悪くない」
『ごめ………ごめんなさい」
「…!謝らなくて良いんだ………!」
「……マ……………マ」
「……………くそっ…」
…ゼロ。
エディの頬がキラリと光る。
「………知らないほうが幸せだったかな」
……埋葬しよう。
せめて、この〝人間に戻った〟頭部だけでも。
「…よし。……向かおう」
これからしんどいな。
けど、ブーイは人間を襲い、弄び、いたずらに殺す。
たとえ、
たとえ、
「ブーイが〝人間の生まれ変わり〟かもしれなくとも、戦い、殺さなくてはならない」
僕らは人間で、ブーイはその人間を襲うから。
あぁ…進む先が解らなくなってきた。
「僕が守るべきは…いったい何なんだろう。僕が打ち倒すべきはいったい…誰なんだろう」
朝になり、地面からボコボコとブーイが目覚め始める。ソレをエディは、今までとは違う目を向けながら、ただ無心で切り払った。
実は「幕間エディ」は現時点(Part6)で全体の三割程しか進んでいません。
………………っ…!(泣)
2026になる前に魅夜編を終わらせたいとは思ってます。(書き直し前だから完結してもしばらく完結しないけどね)
次回の更新は多分また結構かかるので、読む人は気長にどうぞ。




