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迷える君を 望む場所へと(書き直し前)  作者: 差氏 ミズキ
魅夜編
21/34

幕間 エディ=クラム・メリオス Part1



 グランドライト族から枝分かれして誕生した五大氏族。その内のヅェッツライト族の長が一人。ティリオニアス・ズィフォッグ・ラ・ヅェッツライト大公の統治する領土の中にて。




 一国にも見間違えるほどの莫大な領土より…人呼んで、ヅェッツライト帝国。そして、その東端に位置するティリモ村にて。

 



「おお!男の子が産まれたのか!」

「この子、将来イケメンになると思うわ」

「それは俺に似てかな?」

「ええ、もちろん!」

「あはは、照れるなぁ〜」



 そこまで裕福でもなく、そこまで貧しくもない、そんな至極一般的と言える有り触れた家庭に、一人の赤子が産まれた。




 そして、すぐにその村の〝教会〟に運ばれた赤子は、神官様の聖なる施しを受けた後に、両親により名を与えられる。



「エディ。君の名前だよ」

「あら、喜んでるみたいよ」

「良かった〜」

「ママだよ〜、エディ〜」

「まだ喋れないって。気が早いよママ」

「ふふふ。今からママって聴かせておくことで、パパよりも先に呼ばれる作戦よ」

「なんだって?パパだよエディ。俺がパ〜パ」



 エディ。




 ただのエディだ。その家庭には性がないらしい。どうやら、両親の何方どちらもがそういう文化圏の生まれのようである。





    ▲  それから数年が経過した  ▲




「僕もお洗濯手伝う」

「あら、手伝ってくれるの?パパとは違って、エディは優しいね」

「あはは、こりゃまいったな。俺も手伝うよママ」



 産まれてからの数年間は実に平和で、エディは何のトラブルに巻き込まれるでもなく、健やかに成長した。友達も何人か出来たし、更には好きな人も出来ていた。




 隣の家に住んでいる子で、幼馴染という立ち位置にある女の子である。




 とにかく平和で、とにかく穏やかで、特筆するところのない、普通で普通で、とにかく普通。そんな幸せな生活をエディは送っていた。



「エディ、学び舎はどうだ?楽しいだろー」

「うん!皆が苦戦してた問題を解いたらね、すごいすごいって褒めてくれるんだ!」

「おお!将来は学者さんかなぁ?」

「うん!パパとママを楽させたげるんだ!」

「っく!何たるいい子…ママに似て優しい子だぁ…」

「あら、私が優しいって〜?ふふ、ありがとうね」



 村の学び舎に通い、色々な物事に興味を持ち、様々な物事をエディは学習しているらしい。周りの子よりも知力が秀でているようで、テストでは満点が常である。




 このまま順当に行けていたら、学力の高さに目をつけた公爵から直々に、国家研究員の推薦を受けていただろう。




 そう、


こ の ま ま 何 事 も な く 幸 せ な 生 活 を 送 れ て い た ら 。




    ▲  その日の夜  ▲




 やけに肌寒くて、やけに嫌気が差して、悪寒が身体を渦巻いて、自分の部屋で寝ていたエディは目を覚ました。




 外は暗い。夜中のようだ。




 …だか、夜中にしては





 周りが酷くうるさかった事をよく覚えている。





「ママ〜?パパ〜?コレなんの音〜…?」



 家の中を、目を擦りながら歩く。どこかベチャッとした、耳に残るような嫌な音が家の中によく響く。




 階段を下って両親の寝室へと向かう。




 コレはその道中でのことだった。



『ギギグギグ、ギキグギ』

『ゴガギ、ギャギャ』

『ギュイア!ギュイアグク』



 当時の僕は咄嗟に押し入れの中に隠れた。




 知らない形容しがたいナニカの鳴き声。


 ひしゃげて少し開いた扉の先から、鉄臭い…いや、濃い…むせ返りそうな程に濃い血の匂いがする両親の寝室。


 押し入れの隙間から見える惨状。



「あ、ああ…あああぁぁ………!」



 エディは自分の口を急いで塞いだ。このままでは叫んでしまい、それで位置がバレて、そこに力なく転がる肉塊ママと同じになってしまうだろうから。



「キャーーーー!」



 外からも、別の甲高い、嫌に耳が惹かれる悲鳴が聴こえた。今だけは聴きたくなかった。本当に、今だけは勘弁してほしかった。



『ギュギュゥア〜♪』

「いや!離してよぉ!!」



 好きな子の声だった。











































 マリアちゃんの声だった。それに加えて、マリアちゃんのお父さんの声も聴こえる。



「ッーーーーーーーーーーー…!!!」



 自身の首を締める勢いで口元を覆い包み、液状化した声で爆発しそうになる喉を無理矢理に鎮めこむ。




 駄目だ。叫んだら駄目だ。


 賢い自分がそう嘆く。




 やめろよ!


 なんでだよ!


 パパも!ママも!マリアちゃんもおじさんも!


 何も…してないのに!



 幼い自分がそう嘆く。




 人生で初めて理不尽を知った自分がそう嘆く。




 …と、ピクリと隙間の奥で赤色が痙攣した。




 見慣れた顔立ちに、見慣れた瞳に、なのに知らない顔をして、なのに見たことがない目をしてて。




 当時の幼いエディは、ソレがパパだと理解するのに時間が掛かった。記憶と視界内にギャップが有りすぎたからだ。



「ウぅ…エ………ディ…」

『ギグ…』

『ギ、まだ生きてるのかこいつ』


「ーーーーーーーー!」



 パパーー!!!




 馬に似た片脚を上げて言う化物。



『既に死んだと思ってたのに、しぶといなァ?』

「守れなくて…ご…」



 化物の振り下ろした脚の下で、頑丈で分厚い水風船が破裂した。




 …そう誤認したかった。だけど出来なかった。幼い自分が泣き叫んで、今にも押し入れを飛び出さんとした。




 だけど出来なかった。




 僕はその場から動けなくなったから。腰が抜けたのだろう。まともに立つことさえままならなかった記憶がある。




 そのせいで、押し入れの中で体勢を崩してしまった。ガタン…っと化物の注意を引いてしまうような音を出してしまった。そのせいで、足が、腰が、身体全体が震えて止まない。



『あぁ~ん?』



 不審に思ったのか、化物が一体此方に身体を向けて近づき、その押し入れを開けようと手を伸ばす。




 そしてその時、



『ギギ!ギギ!ググギゴゴー!』

『グガ?グギグゴ?』

『いってらっしゃーい』

『ギギ…だるぅ〜…』



 視界外から高めの声が聴こえた。




 ソレのお陰で眼の前の化物は何処かに向かい始める。僕は九死に一生を得たのだろうか?そう考え、彼はホッと息をついてしまった。




 エディの幼い部分が、つい口からこぼれてしまったのだ。



『あいつ、ここに…手を伸ばしてたよね…?』

「っ……!」



 目を瞑り、口を塞ぎ、全てが夢であることを願いながら押し入れの中でうずくまる。



あぁ、神様。コレが夢だと肯定してください。


嘘でもいいから、頷いてください。


希望を持たせてください。



 だが、この世に神がいたとしても、全人類に目を張っているわけがない。自分以外にも、今にも死んでしまいそうな人は沢山いるのだ。




 まさか神様が自分だけに手を差し伸べるなんて当然思えない。




 この祈りがただの気休めに過ぎず、なんの解決にもならない事を、賢い僕は理解していた。




 ………だが少年は、それでも祈り、願い、涙を流して泣いている。



『あっ』

「っ〜〜…!!!」



 押し入れが開かれた。



『…………』



 目が合った。




 ぱっちりとした赤い瞳に、猫のように縦に細い瞳孔、肩まで伸びた…毛先がくるりと丸まっている綺麗な白髪に白い肌、口から覗く八重歯に額の中央にちょこんと生えている控えめな赤黒い一本角。




 その背から生えているモノを見て、耳代わりに生えているモノを見て、思わず僕は思考を止めてしまった。



「天使…さん……?」



 あぁ、願いが通じたのだ。




 あぁ、これで…僕は終わりなのだ。




 此方に伸ばされる…白く細い、触れるだけで壊れてしまいそうな彼女の手。




 あれ…?可笑しいな。天使さんの筈なのに、願い祈った神からの、天からの遣いの筈なのに…



「ヒィッ………!」



 …身体の震えが止まらない!



『ギグゥウア…』

「ぃ…いぁ…!」



 口が思うように動かない。僕は今息をしているだろうか?目が見えているだろうか?耳は?臭いは?




 もう何もわからない。



「こ、こ…ぁぃ、で…!」




 分かることがあるとすれば…ただ一つ。




 今から僕は死ぬ。




 目の前の〝天使〟の手によって。




 そして、また願い始める。どうか、痛みすら感じない程に、死んだことにすら気が付かない程に、せめて…苦しみを感じさせずに〝殺してほしい〟と願い始める。




 だが、身体は〝真反対の反応〟で。



『ごめんね……』



 目の前の天使に身体を抱き締められた。その声はこころなしか震えていて、当時の自分はそれに疑問を感じた。




 声が震えているその理由に…皆目検討もつかないから、疑問を感じた。


 僕を殺したいのなら、こんなに悲しそうな表情はしないだろう。



『うぅぅ…ごめんねぇ……』

「…………?」



 あぁ、なんて慈悲深いのだろう。子供ながらにそう思った事を覚えている。



「あっ…た…かぃ…」



 モフモフしている。胸の鼓動も聴こえる。




 僕はこのまま、抱き締められたまま一息に絞め殺されるのだろう。そう楽観的に考えてギュッと目を瞑り、その時を待つ。




 だけど、届いてくる情報は、


 泣く声と、天使の身体温もりと。




 いつまで経ってもソレは変わらず。




 殺すのなら人思いにして欲しい。…なんて、そんな考えが浮かんでしまった。



『何だぁ〜?まだ人間いたか〜?』



 少し離れた先から…人間のようで、しかしそれにしては歪な声が届く。




 天使に声を掛けているのだろう。




 …まさか、僕はこのまま生け捕りにされるのか?



「…………」



 全身の鳥肌が立った。




 もしも僕が猫だったなら、普段の一回りも、二回りも身体が膨れて見えているだろう。



『う、ううん!いないよ〜!』

『そうか。そろそろ戻るって伝えに来ただけだから、各自帰れよ〜』

『は〜い!』


「え…?なん…ッ!」


『あぁ…?何処かにまだ…』

『んんっ…!ヴンッゥ゙…!』

『おうおう大丈夫かよ?』

『ちょっとむせただけー』

『そうか……何だっけ?まぁいいや、ちゃんと戻れよ特殊っ娘』

『うん!』



 ………息が苦しい…コレは…どういう…?




 エディが声を出した途端、この天使は咄嗟に彼の顔をその身体にうずめさせていた。…血の臭いが充満している室内の筈なのに、その瞬間だけは花畑にいるのかと錯覚してしまって、当時の僕は混乱していた気がする。



『よし…行ったね…』



 かなり強めに抱き締めてきていた天使。




 お陰で窒息死してしまうところだった。



「あ、あの!」



 エディは勇気を出して問い掛ける。




 …先程からこの天使は不審な点が多い。




 はじめに、僕の父親を殺害した化物が、僕の入っていた押し入れ…その中の異音に首を傾げながら手を伸ばしたそのタイミングで、彼女は呼び止めたという点。


 単なる偶然と言えるかもしれないが、それにしてはあまりにもタイミングが良すぎる。


 少なくとも言えるのは、この天使は化物から僕を助けたという事。


 その後の『あいつ、ここに…手を伸ばしてたよね…?』という発言からして、押し入れの中にナニカが居るかも判らないのに、ソレを化物の手に置くことを拒んでいる。いや、少なくとも化物の手には置かない選択を取っている。



「あ、貴方は…」



 次は、僕を発見したのに未だに僕を殺害していない点。


 目の前の…正直言って美しい天使は、僕を見つけるなり悲しげな表情となり、優しく抱き寄せて謝り始めていた。


 そのまま背骨を折るのかとばかり考えていたが………遂に骨を折ることを、ましてやかすり傷すら一つともつけることは無かった。


 今から危害を加えられる可能性は勿論ある。…………これに関しては、論理的に分析しようにも仕方がない。先のことは、たった今自分が起こしている行動次第で決まるから。



『…………』



 三つ目、というか最後に、他の化物が僕の家の中に入ってきて、そのまま天使に声を掛けたあの時、彼女は僕の身体を…その背に生えている翼を広げて覆い、化物から見えないようにしていた点。


 化物達の味方なら別に隠す必要もないだろうに、どうしてか天使は護るようにして隠してくれた。この家には誰もいないと嘘をついてくれていた。


 更に、僕が天使の嘘に対して声を上げてしまった際には、大慌てとなりその胸を押し付けて口を塞いできた。


 僕の存在を知られると不都合なことがあるのだろう。



「貴方は〝敵〟じゃないんですか?」



 含みのある言葉。




 対して天使は、少し困ったような顔をして。



『…………』


「……そうですか」



 敵になるつもりはないが、はっきりと敵ではないと言えないのだろう。人間を殺害したことがある…ということだろう。故に、人類に背く敵に〝なってしまっている〟のだろう。




 だが僕は、目の前で沈黙している天使が〝敵〟であったとしても、それが必ずしも〝味方ではない〟という意味ではない…と、知っている。




 だから、僕は身を委ねてみることにする。



『あぅっ……!大丈夫…?いや、大丈夫じゃないよね…ごめんね…』



 ちょうど身体が動かなくなってきたので。




 思考に集中していた脳が、また別のものに意識を向け始めた。赤と闇、それにこの臭いと温度。



「…………」



 朝になる頃には、すっかり腐りきって……解体屋スカベンジャーが仕事を始めていることだろう。




 …………………………。





 …………嫌だなぁ。




 …身体の強張りが緩んでしまったのか、そのまま力が全身から抜け落ちていく。膝が震えて、視界が歪んでくる。




 あぁ…嫌だ。




 ああああぁぁぁ………



『っ…!……ごめんね…ごめん。僕〝も〟泣くのはおかしいよね…なのに、ごめんね』


「……………?」


『泣いてるんだよ…君…』



 まさか。うまく心の内で収まっているはずだよ?




 ……外には溢れていないはずなんだよ。




 僕は賢い子………だから、泣いてしまうとどうなるか理解しているから、どんなに辛くても泣かない。


 僕は賢い子………らしいから、偉いって、強いって…自慢だって………皆がいうから、どんなに苦しくても顔に出さない。


 幼い自分だけは絶対に、オモテには出さない。僕は賢くないと、駄目だから。皆の気持ちを裏切ってしまうのは、駄目だから。




 …なのに。その筈なんだけど。おかしいな。



「泣いてないよ」



 震えた声で、歪んだ視界内にぼんやりと輪郭が浮かんだ天使を見据えて言う。



『僕も…君も…泣いてるの』


「違うよ。僕は…」


『心から…溢れてるんだよ』


「だから、僕は…」


『ごめんね…せめて僕が、安全なところまで連れて行くから…』


「安全な…ところ…?」



 それは化物基準で?それとも人間基準で?…そんな言葉が喉まで上がってきたが、どうにか飲み込む。




 いくら敵意を感じないからと言っても、地雷があれば即死してしまうだろう。くれぐれも言葉には気を付けなければならない。



『少なくとも…ブーイが居ないところに』


「…………ブーイ」



 化物の名前がブーイである事を、エディはその時に知った。個人の名前である可能性も考慮したが、天使の口ぶり的に考えるとそれはないと言える。…確信を持って言い切れるわけではないが。



『よしっ…何もいないから、行こう。気乗りしないだろうけど…お、おいで?』



 両腕を広げて、ぎこちない笑みを浮かべる天使。




 正直信用たり得る情報はまだまだ欲しい。確信を持って〝僕の敵ではない〟ことを断言できる情報が欲しい。多いほどいい。




 しかし時間は待ってはくれない。…ので、エディは決めた。



「…………」


『…よし、じゃあ外行こうか』


「……うん」



 見慣れたはずの建造物の内から外へと向かう。どの部屋も、廊下も、何もかもが血にまみれている。まるで夢の中にでもいるかのようだ。




 本当にこれが夢なら良かったのに。



『僕も落ちないように抱き締めるけど、君も君で僕の身体のどこかに掴まってて欲しいんだ』


「う…うん」



 家の中の廊下を進みながら説明を受ける。やはり空が飛べるらしく、人間に逃げ道はないのだと理解した。…地上にも、空にも。




 海や地中はどうなのだろう。…と、疑問を抱くが当然訊けない。それを知ってどうするつもりなの?と思われれば、警戒されて…そのまま廃村と化しているだろうこの村に取り残されてしまう可能性がある。



『…だれも…居ないかな…?』



 玄関から顔を出して周囲の確認をしている天使。



『よし、今のうちに…』



 天使はエディの手引いて外へと飛び出し、間髪を容れずに翼を展開。




 月明かりで照らされ、ちゃんとした視界を手に入れてから判ったが、この天使の〝足〟は先程家を荒らしていた化物とは違い、人間のような足をしているようだ。




 上半身の胸のあたりは羽毛のようなモノで覆われているが、足も腕も…人間のようにみえる。



「あの」


『あ、無意識に触ってたね…!ごめん!』


「そうじゃなくて…」



 パッとエディの腕を離した天使。



「…………」



 小さく深呼吸をしてから振り返り、エディは自身の家だった建造物に向き直った。悲しそうな、名残惜しそうな、様々な感情の入り混じったそんな瞳でソレを見つめる。




 ペコリと一礼をして、頭を下げる。




 水滴が落ちていくのが見えた。多分汗だろう。



「お願いします」



 幼い自分はここに置いていく。




 これからは賢い自分で生きていく。



『っうぁ……!』


「………?」


『い、いや、何でもないよ。………よいしょ…』



 優しく壊さないようにと抱き締める。その配慮をしている事にエディは、



「ありがとうございます」



 未だに歪んでいる視界内の中央に天使を置きながら、ニコッと人の良い笑みを浮かべて感謝の言葉を伝えた。




 それに天使は、



『感謝なんて……僕にはしなくていいよ』



 ただ申し訳無さげに抱き締めるばかり。



『飛ぶね…』


「うん。少し息が苦しいかな」


『わわぁ!ごめんねっ!押し付けすぎたね………あ、む、胸とか…僕押し付けてたね…』



 今更のように顔を赤らめている天使。




 全然、羽毛しか解らなかったが、それを敢えて指摘する必要もないだろう。彼女の反応を見て、ようやく気持ちが落ち着いてきた。なんだか視界も鮮明になってきている。



「子供だからよくわかんないな」


『あ!確かにそうだね。何恥ずかしがってんだろ僕』



 咳払いをして平静を取り繕いながら、エディのことを再度抱きしめる。




 控えめに抱き寄せてみるものの、それでは落としてしまうのではないかと不安なのか、結局恥ずかしそうな唸り声を上げながら強く抱きせ寄せなおす天使。




 エディはそれがなんだか可笑しくて、つい笑ってしまう。今だけは視界の端を気にせずにいられている。廃村の臭いを意識せずにいられている。



『じゃあ、離陸するよ…?』


「うん。お願いします」


『ふふっ…はいは〜い!特殊な空の旅をお楽しみくださ〜い!』



 空を飛ぶのが好きなのか、愛嬌のよく詰まった笑顔で翼を羽ばたかせた。



「思ってたよりも…」


『速いでしょ?』


「うん…なのに、なんの空気抵抗も感じない」



 瞬きをする間に気がつけば空の上。高度上昇による負荷も、空気の抵抗も感じない。…のに、頬を横切るそよ風は感じることが出来ている。




 自然の摂理から逸脱しているような奇妙な感覚。




 自分の中で纏めるとまさしくソレだった。




 宵闇に紛れて空を飛ぶ。山の方からは橙色の陽光が見え始めており、もうすぐで日の出が始まることを理解した。




 首を回して地面を見ると、もう故郷は地平線の彼方へと。



「…………」



 幼い自分と一緒に、思い出も何もかも、今までの全てを置いていく。




 これからの自分はただのエディ。賢い人間。それだけの存在だ。



「ねぇ、天使さん」



 ガッチリと身体を固定されながらエディは天使に声を掛ける。



『え、天使?それって、僕のこと?』



 天使と呼ばれたことに大層驚いたような表情を浮かべて、『なに?』と聞き返した。依然として見つめる先は地平の果てである。



「天使さんの名前は、なんていうんですか?」



 更に困ったように、眉間にシワを寄せながら、



『僕…名前ないよ』



 …と、もの悲しげに呟いた。















































「本当は?」




『……え?』



 エディは訊いた。



「本当は?」


『……………』



 何かを言おうとして、口ごもる天使。



「…あー…代わりに僕の名前を覚えてください。片方が覚えていれば…」



 途中で口をつぐむ。


 次に合うとき…と、言おうとしたが、次に合うときはもしかしたら〝敵〟かもしれないから。お互いに…種族のことわりのせいで殺し合いをしなくてはならなくなる。そんな可能性があるから。



「僕はエディです。今回は天使さんに命を助けられました。ありがとうございます」


『いや、僕は………っおぅ…!どうしたの?』


「もしかして、触られると駄目なんですか?先程から気になってて…」


『そうだね。ブーイって人間に故意的に触れられると激痛が走る〝らしいんだ〟よね』


「へぇー、天使さんもそうなんですか?」


『っちょちょ……!…ぼ、僕の場合は少し違うかな』



 少し顔を赤くしてエディと目を合わせながら続ける。



『というか、君だから違うのかも。…首触ってみて?』


「なんか…なぁ…」



 何だかなぁ…と変な感慨を覚えながら、天使の首に両方の手のひらを当てる。病的なまでに白い肌なのに、ぽかぽかと温かく、人間の体温とそこまでの差はないとエディは感じた。



『ぴゃぁぁぁぁぁ…!?や、やばばばば…』



 顔を真っ赤にして身体を痙攣させ、エディのことを更に強く抱きしめ始める天使。子供ながらにソレは、色々とアウトに見える。




 …ので、当然に手を離す。すぐ離した。変な声を上げてすぐに。他に誰もいなくて良かったと思う程に、変な声を上げ始めた天使からすぐ。




 なのに、痙攣は収まらず。エディを抱き寄せる腕は緩まらず。




 このままでは、パンパンの花束で窒息させられてしまう。当然声も出せない。



『こ、このまま…地平の果てまで攫っちゃおうかなぁ…』


「ー!?ーーーー!」


『…っあ!!っごめんね!』


「…死ぬかと思いました」



 村の人達からすれば、この死に方は楽な方なんだろうけど。…中には羨む人もいるかもしれない。


 …でも、死に方に良いも悪いもないから、そんな事言う人を見かけたら一発叩きに行こうかな。


 うん。そうしよう。




 …で、結局どうだったんだろう?良さそうな顔はしていたが、訊くのは良くなさそうだった。



「あの…一つ訊いても?」



 また会えますか?なんて言い出せず。



『お、見えてきたよ!あと数十秒後にはお別れだね』


「…本当だ…あそこは、帝都ハイライトだね」



 本当なら数日掛かるだろう距離なのに、ティリモ村を離れてから約数分でここまで到着するなんて。



『警戒が薄いね。薄いことはないけど…まだ報せは届いてないみたい』


「…確かに、もし届いてたらこの距離まで近づいたら気がついてる筈なのに」


『え?それ本当?』


「うん。ヅェッツライトの空軍は世界一の信頼を得ているからね」


『なら…もっと急いでエディくんを届けるね…』



 これ以上に速く?そんなことが可能なの?



『二秒後には到着するからね』



 直後、その空間から天使とエディは…パッと姿を消した。あまりに突然な出来事に、周囲の空気ですら気が付いていないらしい。




 数瞬の後に…今更になって、その空間には風が生まれた。




 これが天使の最高速度だ。

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