六話・Part3 付き従うヒト
会議スペースから飛び出した鳳皇子。彼がこれから向かうのは地上である。
ここ数年で彼自身が殲滅し、自らの領土として下賜された(というか、そもそも…地上に暮らそうとするブーイが少ないために余っていた土地を、彼は名乗りを上げて全て貰い受けていた)…言わば〝鳳皇子の国〟へと向かい、彼は人間の女性を抱えて進む。
「…………」
何とも言えない、暗く緊張しているような表情をしている女性の目は、殆んど灯りの付いていない巣窟内を、右へ左へ…何かしらの情報を得るために動いている。
彼女は別に暗闇が見通せる訳では無い。……だが、暫くの間こんな所にいるお陰か、少しだけなら見えているらしい。
そして、その目はあるモノを捉えた。
「あれは…ヒト…?」
『……あぁ?』
女性の見つめる先へと視線を動かした鳳皇子。
そして理解したらしい。
『あれは……チッ!…クッソ………!!』
すっかり染み付いてしまったモノを取り払うかのようにして、ゔゔんっ!…と、喉の調子を整えて。
「アレはカオスブーイだ。感覚的には、人間よりのブーイといったところか…」
「っひぃ…!」
「俺は敵じゃないから、いちいちビクつくな。鬱陶しい」
「っす、すみま…」
「謝るな。……今のは俺の方が悪かった。すまない」
そりゃそうだ。流暢な人語を話すブーイってだけでも奇妙だというのに。
ベチンッ…と、自身の額に手を当てた。
ソレを見て、何かしてしまったのではないかと…また少し俯いて震え始める人間の女性。…ただただ申し訳がない。見た目が化物でなければ……いや、どうでもいい。
「気になるなら、会話していくか?アンタもカオスだという体で、我が物顔で歩くといい」
「いっ…いえ!結構です…!あ…!その…すみま…」
「そうか、悪かったな」
道行く混沌魔を尻目に、鳳皇子は再び歩き始めた。
カオスブーイがこんなところに歩いているなんてな。随分と珍しい。大抵の場合は…近くに………居た。
『…………おい!』
『っへぇ!?な、なんでございやしょう!?』
混沌魔は、ブーイ達の間でも忌み子として扱われている。人間の血を濃く受け継いでしまったとしても、ブーイである事には変わらないのに。
『お前…やってるな?』
『ひぇ…?なんのことでやすか…?』
久しぶりに見たな。
混沌魔は人間に見た目が近い。…故に、繁殖の機会があまりない普遍種共は、もうこの際混沌魔でもいいや…といった思考になりやすい。
ソレを利用した金銭の巻き上げだったり、魔物の法律に則って……ブーイがブーイを痛めつける等々を禁ずる、という法律に則って即処刑に持ち込んだりなど………まぁ、簡単に言うと、暇を持て余した愚図の愚鈍な愚行だ。
どこまで愚かな思考持てばそんなモノを思いつくのか。この阿呆な法律を作らねばならない程度には、この手口はよく使われているらしい。
なんて愚かな。
『あのカオス、お前の奴隷なんだろう?』
『いや?なんの事で…ぶぐぅぉ!?』
軽い蹴りを懐に入れた。
『あのカオス、お前の奴隷なんだろう?』
『ぶぐぉ!?まだ、まだ答えてないで…ひぃ…!?』
振り上げた脚を寸止めし、声色を下げてから…再三にわたり問い掛けた。
『あのカオス、お前の奴隷なんだろう?』
すると、愉快な事に…つらつらと語りだす愚図で愚鈍な、愚かな魔物。こんなんでも、リーダー格だ。つまりは俺と同じ上位種…信じられないな。
人類はこんな奴を抑えるのに、2、3人の騎士で囲うという。…レベルが低いにも程があるだろう。こんな奴…百人いようが負ける気がしない。
『へい!そうでやす…!あのカオスは身体つきも顔も上玉でして!この悪事には使いやすグブォ!?』
寸止めしていた脚を振り抜き、ソイツの顎を蹴り砕いた。すると、面白可笑しく耳障りな音を奏でた。顎じゃなくて、核が砕ければ良かったのに。…だが、ここでは目立つ。
『…………』
「な、仲間割れ……?」
『いいや?仲間じゃない』
道端に向かって…路上に散らばっている落ち葉を払うかのようにして蹴り払い、何事も無かったかのように歩き始める鳳皇子。
地底内の家々(笑)を馬鹿にするような笑み(マジで馬鹿にしてる)を浮かべながら、鳳皇子は出口に向かって闊歩する。
「……この音…まさか…?」
カチャカチャと…鳳皇子の腰に緩く携えられている剣の音。それにやっと気がついた人間の女性。
どうやら、少し落ち着いてきたらしい。
…彼女が化物に抱きかかえられているという事実は揺るがない。だが、鳳皇子からは、悪意や敵意、変な視線を感じていないようだ。
故に…慣れてきたのだろう。
「ブーイが何故剣を携えているのか、気になったか」
真紅の瞳をギョロリと動かし、彼は問い掛けた。
「っひ……」
「だめか…」
自身が喋った事により、再び萎縮してしまった人間の女性。ソレに少し残念そうな声色で、鳳皇子は肩を落とした。どうやら、割と傷ついたみたいだ。
人間でもないくせに。
『おお、会議は済んだのか。キング』
鳳皇子のことをキングと呼ぶブーイが一人。
彼の外見は、赤い瞳に白い髪、白い肌といった良く見る普通のブーイではあるが、額から後方へと沿って伸びて生えている赤黒い二本角が特徴的だ。
彼の名はヨル。たった今、キングと呼ばれた鳳皇子が直々に名を付けたらしい。勿論のこと彼も上位種の上澄みであり、その実力は鳳皇子…及び、キングと双璧を成すほどだ。
『ああ、今から帰るところだ』
『その子は?カオスじゃなくて人間だよな?』
『ああ、そうだ』
『ほぉ〜ん?どれ…』
お姫様抱っこ状態で震えている人間の女性。キングはそ〜…っと、まるで…薄い氷を割らないように地面に降ろすかのような動作で、人間の女性を地面に立たせた。
いったい今から何が始まるのかと、人間の女性は気が気でなさそうだ。彼女の膝が小刻みに震えている事も相まって、その緊張がアリアリと窺える。
そんな彼女を一頻り眺めたヨル。
『大した外傷は無いね。それに、まだ手を付けられていないらしい。…多分、いや、十中八九…う〜ん、まぁ、健康体さ』
『相変わらず凄い〝力〟だな。ヨル』
『へっ、そりゃどうも』
ヨルと呼ばれたブーイは、力を扱える。
彼等はそれを〝視る力〟と読んでいるらしい。…なんて安直な。
だが、単純な名前でないといけないほどに、その力は複雑であり、出来ることが多い。それこそ、傷等を診る事も、対象を遠隔により監視る事も、少し先の出来事を占る事だって可能だ。それを纏めて…彼等は〝視る力〟と名付けて読んでいる。
『………一つ仕事を与えてもいいか?』
少し考え込むような素振りをした後、キングがヨルに言った。
『いいぜ。ソレに見合った報酬があればな』
『ある』
『ほう?じゃあ、早速訊かせてくれよ。その仕事の内容を』
キングは人間の女性を、丁寧に、傷つけないようにして…再度お姫様抱っこをした。
『先程、マノモノ会議をしていたのは知っているだろう?』
『ああ、もちろん。どれどれ……鷲一名と最上四名…と。これ、雰囲気的にまだ会議続いてるっぽいぜ?………え?まさか、偵察しろと?』
あからさまに面倒くさそうな面持ちとなったヨルは、おいおい勘弁してくれよ…とボソリと呟いた。対してキングは、少し申し訳なさげに苦笑を浮かべている。
「…………」
…どうやら人間の女性は、キングが彼女自身の事を本当に傷つける気はないと…薄々理解し始めているらしい。彼女はキングに抱きかかえられながら、大人しく周囲をキョロキョロとしている。
緊張七割に、暇が三割といったところか。たまに道行く混沌魔を見かけては目で追いかけて、翼を持っている特異種を見かけてはそれも目で追いかけて。
訂正しよう。彼女は今、緊張と暇がハーフアンドハーフである。恐らくは、あと十数分ものんびりと出来れば、腹の虫が暴れ始めるだろう。
『話が早いな。ああ、ヨルの言った通りだ。会議の様子を見に行って欲しい。俺が自分で出迎えばいい話だが、俺はこれから他の用があるんでな。ということで、頼めるか?』
キングは苦笑を浮かべたまま、ヨルに仕事を与えた。難易度激高の仕事(普遍種基準なら)ということもあり、断られる事を視野に入れて…ダメ元で頼んでいるようだ。
『頼めるか…なんて言われたらなぁ。よし、やるよ。その仕事』
ヨルは、仕方がないなぁ…といった目で、素直に快諾した。…理由としては、尊敬する友からの頼みということも当然あるのだが、コレに見合った報酬とやらが気になっていたらしい。
たとえ報酬の中身が想像よりもショボくても、彼は別に気にすることはしない。それはそれで面白いので。
『それに、いざとなったら、この脚もあるしな』
そう言って自身の太い脚を叩いてみせるヨル。コツコツと硬い音のなるソレは、まるでドラゴンの脚ようであり、鱗状の細かい…人間で言う爪に近しいナニカが所狭しと生えている。
基本的に、ブーイの身体は動物チックになっており、混沌魔や翼を持つブーイでない限りはなのだが、ブーイの脚、または下半身は大抵の場合、馬や鹿のようになっている。
毛並みのケアが大変らしく、更には蹄も自分のスタイルに合わせて定期的に削らないといけないらしい。でないと、戦場に出た際にすっ転んで、敢え無く戦士達の手により処されるとのこと。
『……力を使って遠隔で見通せたとしても、音は拾えねぇんだよな。近い内に、ソレを克服出来ればいいんだが』
彼は物思いに耽るように、虚空を見詰めながら目を細めた。彼は今、何かを〝視ている〟らしい。
『そしたら、今回のコレも瞬で終わるし…じゃあ、報酬用意して待っててくれ。……おっ、鷲が飛んだ』
…と、会議用のスペースのある方面へと身体を向けて歩き始めたヨル。まるで、家に帰るだけかのような気軽な足取りで、彼は皇帝達の居る会議スペースへと向かっていく。
それを見送ることもなく、キングは再び地上を目指して歩き始めた。魔物の言葉がわからない人間の女性からすれば、彼等の割と真面目な会話も、ただの世間話程度に映っていたことだろう。
それからは、特に大した会話もなく、黙々と足を進めて…蟻の巣のように入り組んだ巣窟内から、陽の光の差し込んでいるスペースに到着した。
『よし…』
「……え?…えぇ!?」
光の差し込む吹き抜けの部屋で、垂直と言っていい壁に自身の脚先…要は蹄をめり込ませるキング。
「しっかりと掴まっておくんだな」
「は、はいぃ…!…………え?ま、さか……」
瞬時!
キングは天高く…跳躍した!
「ええええええええぇぇぇ……………!!」
高速度での急上昇に、人間の女性は思わず悲鳴を上げる。
ソレに対して、耳痛ぇ…と、内心感じながら、彼はツルツルとした壁を器用に跳び…軽やかに登っていく。まるで重力の影響なんて受けていないかのように、上へ上へとスイスイと。
蹄のせいで壁に開いた穴は雨が降ればまた塞がるので、深く掘り過ぎなければ問題はない。…翼を持つブーイ達から注意を受けるような、そんな問題は起きない。
そう。キングは今、翼持ちのブーイの為の出入り口から、外界へと向かおうとしている。普通なら、しっかりと整備されている…歩く魔物用の出入り口から出なければならない(というか、翼が無いブーイは本来ならそこからしか出入り出来ない)…が、彼は型破りなブーイだ。
…ので、わざわざ遠回りをする必要はない。
身体能力の高さに物を言わせて、グングンと加速しながら…翼持ち用の出入り口を登っていく。
余談だが、キングに影響を受けた上位種のブーイが、彼と同様に垂直な壁を登ろうとして、そのまま落下死した事件が発生した事がある。それも一件だけではなく、何件も。一番近くてつい先日も。
無駄にプライドが高く、更に負けず嫌いなブーイは、早死にする傾向にあるらしい。実に愚かなものだ。
「……ひっ…!お、落ち…!落ち…る…!!」
「落ちないから黙ってろ」
「ひぅっ…すみませ…」
「す ま ん!口が悪い自覚はあるが、別に怒っているわけではない。だからそこまで気にするな」
眉間のシワを深くし…逆に怖い顔になりながらも、人間の女性をキングは宥めた。口調が強くなってしまうのは普段からの癖らしい。
『……くそ…』
…と、流れるようにして粗暴な言葉を口に出した彼は、段々と陽光が強まり…白く明るくなりゆく視界の中で、黙々とロッククライミングを続けた。
▲ ▲ ▲ ▲ ▲
太陽が眩しいほどに燦々と輝いている…岩山の頂上。山の火口のような場所から這い上がるのは、青年と呼ぶには少し年若く、少年と呼ぶにも若過ぎる様相のブーイ。
親しい間柄の者は、彼のことを〝キング〟と呼ぶ。
なんだか久し振りに感じる太陽の光に目を細めながらも、人間の女性を片腕にしっかりと抱きかかえて、外の世界へと彼は身を乗り出した。
「……え…?」
先程まで、人間の女性は目まぐるしく…凄まじい速度で移り変わっていった薄暗い周囲の景色を、震える身体を抑えながら眺めていた。
年若くして、もう人生の終わりを迎えるのか…と、彼女は絶望しながら眺めていた。
…の…だが。
…なんということか。彼女は今…太陽の温かさを…地上の美味しい空気を、冷たい風を、生きた状態で再度体験出来ている。
…でも、多分…私は殺されてしまうだろう。最期に太陽が見れた私は、幸運なのかな。…と、どこか達観しているような、だがしかし諦めの面持ちで、彼女は心の中で呟いた。
「これから向かうのは、俺の国だ」
山の頂に堂々と構えながら遠くをジッと見つめる彼は、人間の女性にチラリと視線だけを向けて言った。
ここで視線だけ向けたのは彼なりの配慮のようだが、もともとが奇々怪々で珍妙な化物なため、あまり効果は無いと言える。
「寝たければ寝るといい。催せば言うといい。歩きたければ言うといい。高山病は洒落にならんからな」
「ま…また…人間の言葉で…」
「さて、これから下山する。良くしがみついておくんだな」
「え?下山…って、わあああああああぁぁぁぁ…………!!」
キングは人間の女性の返事を待たずして下山を始めた。それもダッシュで…ノンストップで、凸凹している…しかし滑りやすい山の表面を器用にも駆け下りている。
蹄が特殊なのか、下山に慣れきっているのか、はたまたその両方か。彼の健脚は安定感が抜群だ。
『……………』
人間離れ、いや…魔物離れすらしている彼は、ブーイの中でも皇帝と同等と称される程に強靭な身体を持っている。
片脚で着地の衝撃をまるっと利用して、前へともう片方の脚を突き動かし、一歩、また一歩と、最低でも滑空する隼魔が如く勢いでキングは山を下っている。
「いやあああああああぁぁぁぁぁぁ…………!!」
ブーイの怖さよりも、圧倒的に異常な速度での、まるでアトラクション紛いの…超特急下山の恐怖の方が勝っているらしく、人間の女性はキング必死にしがみついている。
この際、しがみつく相手はブーイでも構わないのだろう。それほどまでに、彼女は生きることに必死だ。
『走りづらい…』
まぁ、しがみついていなくとも、キングは彼女を落とさないつもりなのだが、彼はきっとソレを口にはしないだろう。…そういう性格だから。
少しして、キングは断崖絶壁のその崖際まで辿り着いた。…が、超特急で走る脚は止まることを知らず。
『…ッスーー……』
彼は大きく息を吸い込み、崖の上から勢いよく跳躍。
そして、その名を呼んだ。
友の名を、配下の名を、同士の名を、
空中にその身を投げ出しながら叫んでみせた。
『ミワク!!』
『はいはーーい!!今行くよキングーー!!』
落下中のキングの下へと、隼魔の面子が薄れるほどの速度で近づいてくるブーイが一人。推定時速は限りなく低く見積もっても二百以上だ。
彼女もまた、鳳皇子をキングと呼ぶことを許されているブーイの一人である。
『相変わらず、素晴らしい安定感だな。毎度のこと助かっている』
落下の衝撃を微塵も感じさせない、柔軟性に富んだ滑らかな動きで、ミワクと呼ばれたブーイはキングの手を取った。
第三者視点から彼等を見れたなら、おそらくは空中ブランコよりもスリリングな状態に映るだろう。コレは信頼がなければ成り立たない芸当である為、キングとミワクの親密度合いは想像よりも高めなのだと考察できる。
ブーイ同士で信頼関係が築けるなんて、比較的人間に近い混沌種や、始祖により生み出された皇帝達五人兄弟以外にはそうそういない。
プライドだけはいっちょ前な彼等だから、お互いを心の中で…いや、態度としてはっきりと表して見下している。故に、信頼という人間じゃなくても身につけているモノを、彼等は持っていない。
法律がなかったら、地底内で戦争が起きていることだろう。
『キングキング!!』
『どうした?』
『おっはよう!』
『ああ、おはよう。今日もいい天気だな』
…と、他愛のない挨拶を交わしながら、ミワクは両腕を用いてキングの片手を掴み(片手バージョンの空中ブランコである)そのまま彼の治める国に、自分達が暮らしている〝地上の皇国〟へと、空を飛んで向かっていく。
いつもこのようにして地底から地上に帰ってきているのだろう。
二人の連携には目を見張るモノがある。
「と、特異種……?」
「ああ、彼女は〝特別な種〟だ」
「そ、そうなんですね」
「やっと話してくれるか。………まぁ、無理もないな」
自由落下下山の次は、普通の人間なら風圧で窒息してしまいそうな速度での空中飛行に切り替わった。…のに、人間の女性が普通に喋れているのはキングがなにか細工でもしているのだろう。
「あれ…この子、お、女の子……!?」
「ああ、珍しいだろう」
ミワクは世にも珍しいメスのブーイである。
ブーイは、わざわざ人間を攫わないと繁殖が出来ない程にオスしか産まれない。メスが産まれるとしても混沌魔が常だ。
故に、ミワクの存在は異例であり、本当に特殊なのだ。
人類側の記録を読んでも、恐らく混沌魔でもないメスのブーイは存在していないだろう。シンプルに、戦場に出陣していないだけな可能性も当然あるのだが。
ぱっちりとした赤い瞳に、猫のように縦に細い瞳孔、肩まで伸びた…毛先がくるりと丸まっている綺麗な白髪に白い肌、口から覗く八重歯に額の中央にちょこんと生えている控えめな赤黒い一本角。
翼を持っている特異種は普通なら翼イコール腕であるにも関わらず、彼女の場合、腕と翼は一体型ではなく別々に生えている。
その翼は彼女の背から、靭やかで立派なモノが二本生えており、また、頭部の本来なら耳がついている部位からも、それぞれ耳代わりに控えめなものが生えている。
どうやって音を聴いているのかは甚だ疑問ではあるが、ミワク本人もソレは理解していないらしく、もし問い掛けたとしても、そういうものだ、という曖昧な解答しか返ってこないらしい。
『キングキング!!』
『どうした?』
『その子って、人間だよね?人間の女の子だよね?』
『ああ、そうだ。俺の嫁として、しばらくは過ごしてもらう予定だ』
『えぇ…嫁ぇ…?ふ~ん?』
両頬をぷくーっと膨らませる、キングとは違って感情豊かなミワク。嫉妬やヤキモチという感情を、混沌魔以外のブーイが使っているなんて、少々違和感が生じる光景である。
『今回の目的が果たされれば、大きな収穫に繋がる。この世界の人類は本当にブーイに勝てるのか。その戦力があるのか。それが知れる』
『…人類には頑張って欲しいよね。僕もブーイには早く……って、こんなひらけたところで言う事じゃないよね』
『だな。気が緩んでいたようだ。誰の耳があるか分からない。…ミワク』
『はいは~い!いつものをご所望で?』
『ああ、ソレで頼みたい』
ニコッと可愛らしい笑みを浮かべたミワク。
直後、隼が如きスピードで、隼魔だとかいう紛い物ではない〝本物〟の隼が如きスピードで彼女は発進した。
まさにアクセル全開。バイクレーサーとも肩を並べられるだろう…と、キングも心の内で感心の声を上げている。
お陰で、ものの数十秒でキングの住んでいる、空を飛んでいるにも関わらず、それでも見上げる程に壮大で荘厳な、中世風の御城が見えてきた。
分厚い城壁でぐるりと囲まれた巨大な王国が見えてきた。
「…っ!?こ、この国は…」
「あぁ、知っているのか」
見覚えがあるのか、人間の女性は驚きの声を上げた。だかしかし、それもそのはずだ。
キングは今まで、ブーイが殲滅していた領土を、声高らかに名乗りを上げて我がものとして受け取っている。
魔物達は皆、誰も地上に暮らそうなんて思わないから。
故に、この領土も当然貰っている。
数年前に、世界地図を新調せざるおえない程に大きな戦があったのだが、当然ながらキングも駆り出されていた。
「紹介しよう。俺の治める国…」
あのたった一人で戦った、強く気高き人の名前を、そのまま国名に流用して。
「稀代の英雄が眠る国」
たった一人で、
数百にも及ぶ上位種の精鋭部隊から、
自身の領民を護りきった史上最強の人間。
エディ=クラム・メリオス殿から、
実際に対峙して尊敬の念を抱いた本人から、
託された領土。
「希国エディ=クラム」
それが、キングやヨル、ミワク達が暮らしている国の名前である。
これからは不定期に投稿し続けます。(読者少ないから言わなくても良さそうだけど一応ご報告)




