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迷える君を 望む場所へと(書き直し前)  作者: 差氏 ミズキ
魅夜編
19/34

六話・Part2 鯨の鳴き声



「俺と結婚してみないか?」



 確かな人間の言葉で問い掛けるのは鳳皇子ほうおうじ。あまりにも突拍子もない…且つ前例もないその問い掛けは、この場に居合わせた知能あるモノ達に多大な衝撃を与えた。




 それを、人間の女性は…何が何だか解らないといった顔色で、だが…直感的に何かを感じたのか、彼女は脳で理解するよりも先に口を動かしたようだ。



「は、はいっ!っします!結婚…!わたっ、わ、私!貴方と…!」



 女性は無意識に…鳳皇子から伸ばされた手を縋り付くようにして取った。



『よし…』


「っひゃぁ!?」



 鳳皇子は流れるように女性をお姫様抱っこし、周囲の魔物達に対して声高らかに言ってみせる。揺るぎのない…狂気的とも言い表せそうな程の瞳で。



『俺は…この女性と婚姻を結ぶ!故に!何人なんぴとたりとも俺の嫁に触れる事を…気分を害させることを許さない!…もしコレを守れぬならば、その時は先に遺書を残して置くといい!………では』



 …と、全会議の進行及び纏め役のブーイ(議長と呼ばれている)に対し、鋭い瞳で目配せをした。それに気がついた議長は恭しく了承してみせる。



『…可能な限り周知しておく』


『ああ、そうしろ。議長』



 自分の用は終えたとばかりに鳳皇子は出口の方に振り返った。




 …が、




 ソレをただ、見過ごす訳にもいかないといった調子で、皇子の父…鳳の皇帝は、冷静を装って自身の息子に問い掛ける。



『待つのだ息子よ。なぜ、そのような考えに至ったのだ?それだけ訊かせてもらおう』


『兄者…止めたりとか…しないんだね』



 蓮の皇帝が独り言のようにボソリと呟いた。だがしかし、耳聡い鳳の皇帝はソレを聴き逃さずに答えた。



『うむ。あいつは一度言ったら決して変えぬ性格でな』


『そうだったね…しばらくぶりだから…忘れていたよ』



 軽く咳払いをして、鳳の皇帝は再度、彼自身の息子に問いかける。



『さて、改めて問おう。お主はなぜ、人間と婚姻しようなどという前代未聞の行動に出たのか。その…真意を』



 史上、人間とブーイが結ばれた…なんて事実は存在しない。




 数千年ある人類の長い歴史にも、数百年程度のブーイの浅い歴史にも、そんなものは存在していないのだ。たとえ、カオスブーイという名の…限りなく人間に近い容姿のブーイだとしても、ソレは変わらず。




 故に、鳳の皇帝……ホウは訊いたのだ。別に、鳳皇子が人間と結婚することに対して、彼は否定的な感情は抱いていない。ただ、何故そのような行動に出たのか?…という、シンプルな疑問からの問いである。




 それに対して足を止め…首だけを軽く向けるのは、人間達からリーダーブーイの中の上澄みの上澄みと言われているらしい…鳳皇子だ。



『真意…』



 ボソリとつぶやき、彼は鼻で笑った。



『簡単な事だ。俺は…人間が好きなんだ。どんな状況でも、生きることを…戦うことを…誰かを思うことを、決して止めないその姿勢が、狂おしい程にな』


『……ふむ。確かに、我もそう感じたことは何度かあるな。お主の場合は、特に強くその感情を抱いているらしい』


『で…話は終わったか?』


『うむ』



 本当にそれだけの用しかなかったらしく、あっさりと頷く鳳。




 だが…レンの皇帝の方は、そうも素直にはいけないようで。



『兄者!!』



 …と、蓮の皇帝の掠れ気味の声が、会議用のスペースに響く。



『兄者、コレは…婚姻などは、そういう類のものは勝手に……すればいいと思うよ。誰にもその権…利はあるし、いずれ子孫を残さないとい……けないんだから』



 でもね…と続ける蓮の皇帝。



『子をなすだけ…ならまだしも、人…間と婚姻を結ぼうだなんて…あまりにも、愚かな行いだと…………』



 胸に手を当て、詰まりがちな息を整えながら。



わたくしは考えているよ…』



 なぜならね…



『ただでさえ、触れられるだけで…たったそれだけで、我々ブーイは熟練度…いや、上位下位関係なく…電気と針が入り混じったかのような苦痛に苛まれるだろう?コレは…皇子君も体験済みだ。そのはずだ。一瞬触さわられるだけでも…思わず吐瀉としゃしてしまう程の苦痛を…ブーイの血に架けられた呪を、彼はその身を持って体験している…筈だ』



 今度は鳳皇子の方へと向き直り…蓮の皇帝は問う。



『な…の…にぃ…!皇子君…!君はどうして…そんな〝リスク〟を背負っているにも……関わらず、それでもなお…その子を抱き上げて…帰ろうとしているんだい…?容姿が気に入った…?いや、人間が好きだから…好きになったから…と、君は…………い、言っていたね。


だからといって…安易すぎではないかな…?その子は絶対…ブーイに強い恨みを持っているはずだ。……ブーイであるわたくしが言うのも変な話だけど。


いつ…寝込みを襲われるか…いつ、牙を剥いて噛みついて来るのか…分からないよ?それでも…君は…』


『…………チッ…!』



 そろそろ居心地が悪くなってきたのか、鳳皇子は眉をひそめ…大層不機嫌そうな声色で、蓮の皇帝の戯言を遮り…怒鳴った。



『長い…!何を言いたいのかをさっと言え!いつも言っているだろう、ロッサ。俺の時間を無駄にするな』



 耳にジンと染みる鳳皇子の声に対し、答えるように返す蓮の皇帝。



『要約すると、わたくしは君の行動に反対だよ。命がいくつあっても足りやしないだろうさ。いくら君が我々皇帝に次ぐような強者だったとしても…ね。私はどうしても、君の事を心…配して…』



 するとそれを鼻で笑い遮った鳳皇子は、相変わらずの生意気そうな態度と口調で、短く、簡潔に、且つ解りやすく吼えた。



『では、また開けばいいだろう…』



 つい先程までしていた会議を…そう、



『マノモノ会議を!……不満があるなら、婚姻を取り止めさせたいなら、そこでけつでもとればいい』



 まぁ、もしも取り止めるように言われても、従わないがな。…と、鳳皇子は心の中で独りごちる。



『……なら、予定組まないとだよな?何時いつにするよ?』



 …と、静観して事の成り行きを眺めていたソウの皇帝は口を開き、鳳皇子へと向かい問い掛ける。その深紅の瞳は少し愉しげに歪んでおり……この厄介な状況を、どうやら彼は楽しんでいるらしい。



『明日だ』



 蓮の皇帝が言った。



『じゃ、それで』



 軽い調子で草の皇帝が決めた。



明日あすに……え?面倒ではないか?我が息子の考えは、一度決まれば二度と変わらぬぞ?』


『なら、兄者は…出席せずともいいんだけど…』


『いや、我も出席する。どうなるか観ておきたい故』


『そ?なら明日〝は〟遅れないようにね』


『っは!たかが数分で何を言うか。我からしてみれば………………ゲニャゲニャ…』


『私はその数分間があれば…………………ゲニャゲニャ…』



 やっと話が終わったのか…と、会議用スペースから出ようと歩みを進め始める鳳皇子。だがしかし…もう少しばかりお話は長引くようで、蓮の皇帝から鳳皇子へ向けて声が掛けられた。



『あ…そうそう、皇子君。その子にも、明日の会議に参加してもらう…からね。忘れず連れてきてね』


『………ああ、そうだな。彼女も明日あす連れて行こう。じゃ、また』



 鳳皇子は振り返らずにそう言って、人間の女性をお姫様抱っこしたまま…会議用のスペースを後にした。




 残りの〝知能のあるブーイ〟と皇帝達は、どうやらまた別の会議を始めるようで、各々が席に腰を下ろしている。




 魔物がいったい、何についての議論をするのか。




 そもそもの話だが、人間から見てブーイとは知能のない存在である。目的もなく、論理的な思考力も持ち合わせず、統率者なしでは生きていけない欠陥的な生物である。




 そんな彼等は作戦なんて立てられない。作戦を練ったとしてもすぐに忘れるだろう。伝えたとしてもすぐに忘れるだろう。…と、大抵の人間は考えている。




 …がしかし、不思議な事に彼等ブーイは、知能のあるブーイ、及び…最上位種、上位種、特異種…等々が戦場に居るとその知能が上昇する傾向がある。




 コレは割と簡単で単純な理由があるのだが、知能のないブーイ……及び、普遍ふへん種が魔物全体の八割を占めているが為に、人間はその答えに絶対に辿り着けない。なぜならば、知能のあるブーイは捕まる前に逃げるか自決するからだ。…知能のないブーイを尋問しても、なんの利益にもならない。




 話を〝ブーイ達は普段いったい何についての議論をするのか?〟に戻す。




 簡潔にその結論を述べるとすれば、それは魔物の出生率について、それは魔物の死亡率について、今後の陣地拡大について、皇帝達の親の行方について、などなどが挙げられる。




 このように、人類と比較してもあまり差異のない…枚挙まいきょいとまがない内容についてを議論している。



『…皇子と人間の婚約について、議論を始める』



 その会議スペースにて、議長、皇帝達に加えて、鷲魔イーグルブーイという特異種の計五名が円卓モドキを囲んで向き合っている。




 そのお偉方が集う場でも、進行はやはり議長だ。




 皇帝魔エンペラーブーイの次に産まれた…要は〝五番目〟に始祖の手により創られた最古参の彼は、一応名を与えられている。それも、皇帝達に名を与えたモノと同じ存在から直々に。



『いいか?』


『エリアス殿、答えなさい』



 草の皇帝・エリアスが軽く手を上げ、議長がそれに対応した。



『っし。じゃあ先ずだけどさ…』



 鳳皇子が出陣すると毎度のこと毎度のこと、人類に与えた損害には劣るが…鳳皇子と共に戦場に赴いたブーイがほぼ全滅している。これはつまり、



『もう良い…エリアス殿の言いたい事は解った。だがしかし、証拠はない。確証もなしに罰することは儂には出来ない』


『そうか…なら…』



 地上を貰っていたのはもしかして、人類との友好的な接触を謀る為なのでは?



『確かに。ソレは可能性として有り得るだろう』



 鳳皇子は地上を侵略して蹂躙した後に、その地域を自身の領土として貰い受けている。住人はぼちぼち居るらしく、その中には人間もいるのだそうな。あくまでも噂程度に過ぎないが。




 鳳皇子は基本的に何を考えているのか解らない。




 まるで、根本的な部分から我々魔物とは違うかのように、ズレている。だが、稀にそういうブーイは産まれてくるので、ソレをいちいち気にするモノはいない。




 根本的な部分が違うという点は、四人目の皇帝もそうだった。故に、知能のある皇帝達でさえその事実を気にしていないのである。



『議長』


『イーグル殿、答えなさい』



 鷲魔イーグルブーイが挙手し、それを議長はあてた。



『俺んところのガキが、ここ数年でアレと仲良くなったらしい。アレを偵察させることも出来るが、させるか?』



 鷲魔の子供は、鳳皇子とほぼ同世代のブーイである。鷲魔ちちおやと同様に特異種なのだが、その立派な翼が〝腕と異なる部分〟から生えているが為に、その子供は〝真の意味での特異種〟だと魔物間で揶揄されているらしい。



『ほう、我の息子と…』



 そうボソリと呟く鳳は、何やら意味深な笑み(息子に友達が出来て嬉しいだけ)を浮かべて、鷲魔を見つめた。




 対して鷲魔は、鳳から向けられる不審的な眼差し(友達が出来て嬉しいだけ)から目を逸らし、議長へと向ける。



『イーグル殿の子供が…ふむ…』



 …と、考え込むような素振りで腕を組み、うんうんと唸り始める議長。彼の深紅の瞳は、鷲魔と鳳の間を交互に行き来している。




 そもそも、議題もあやふやなまま進んでしまっている為、何を持って終わらせれば良いのかを考えあぐねている可能性もあり、となると、議長は割と悩んでいるのかもしれない。



『では、偵察させてみるのも良いだろう』



 曖昧な議題ではあるが、鳳皇子がなんだか不審的である事、人間に肩入れしすぎている事に沿って会議が進行しているのは確かだ。




 ならば、鳳皇子の情報は欲しくなってくる。




 彼はもしかしたら、戦場に行くたびに味方のブーイを、しかも、普遍種以外の賢いブーイを殺害しているかもしれない。




 彼はもしかしたら、人間を、敵ではなく…いや、少なくとも敵ではないナニカだと認識しているかもしれない。




 だが、ソレを決定づける情報は未だに上がってこない。鳳皇子と共に戦場へと赴いた賢いブーイは、皆帰ってこないから。



『なら、ガキに伝えておく。アレの戦場での行動を観察して、俺に報告しろってな』



 鷲魔は円卓から立ち上がり、会議スペースの天井を見上げた。




 夜目が効く彼等だから…照明は必要としていない。故に、会議スペースに限らずとも…巣窟内自体に灯りとなるモノはついていない。ただ、代わりに天井にあるのは一つの穴だ。



『じゃあ、帰るわ』


『イーグル殿、次の会議は明日。覚えておくんだ』


『明日だな。忘れていなければ参加する』


『イーグル殿は一度も不参加だった事はないだろう?』


『そうだったか?一回だけは真面目にやろうってだけ何だが……まぁ、忘れてんだな。俺も歳なんだ、歳』



 両腕を広げて…バサリと翼を開いた鷲魔は、天井の穴に向かって飛び立った。器用にスルリと入り込み…そのまま地上へと向かっていく。




 彼の向かう先は翼持ちの特異種が集う場所。鷲魔本人が統治している山頂の住処である。人間では決してたどり着けない程に険しく、高く、あまりにも酸素が薄い場所である。



『それで、人間とブーイの婚約についていいかな?』


『コロッサス殿、どうぞ』


『ありがとう、ウガ』


『儂に与えられた仕事だから、感謝はしなくていい』



 蓮の皇帝・コロッサスが手を挙げて口を開いた。彼の口からは今回の会議の本題と言っていいモノ、鳳皇子の婚約…及び、人間とブーイの婚約についてである。




 ウガと親しみを込めて呼ばれた議長は、連の皇帝に続きを促した。



『カオスブーイとブーイなら過去にも事例はあったよね。なんなら、ロプが最初の例だし……でも、ソレはあくまでもブーイ同士の婚約だ。


 だがしかし、皇子君は何を考えたのか、人間との婚約なんだ。コレがカオスだったらまだましだったのに………本当に彼は特殊な存在だよ』


『儂らブーイは人間からの接触で、その部分に…そして、触られている間限りではあるが…耐え難い苦痛に苛まれることになる』


『そうだよね』


『……皇子は違うのだろうか?』



 議長のその言葉に、蓮の皇帝は苦笑を浮かべた。



『血の呪は皇子君にも、勿論ある筈だよ。彼は紛れもない、兄者の息子であり、ブーイなんだから。あ!でも確かに…』



































 人間の女性は鳳皇子の手を取っていた。




 結婚しないか?という問い掛けを受けた後に、縋り付くかのようにして。




 なのに、鳳皇子は顔色一つも…その表情も、顔の一パーツもピクリともさせずに、そのまま人間の女性を抱き上げた。




 当然にも人間の女性は鳳皇子に〝故意的〟に触れているはずである。それにも関わらず、鳳皇子は。



『リスクを背負っていない?』



 草の皇帝がボソリと、驚いたような表情で溢した。



『…………』



 会議用のスペースに緊張感がほとばしる。




 五人兄弟の内の四名が揃っているその室内で、誰一人としてその〝事実かもしれない〟情報を受け止めきれていないようだ。




 彼等の身体の震えは、鳳皇子の得体の知れなさに対する怯えか……………




 はたまた…




 血の呪の克服という、彼等がながい年月をかけて探し出していたモノ。ソレを鳳皇子は何らかの方法で体現しているのかもしれない。




 取引のリスクを…克服する方法はあるかもしれない。………という希望なのか。



『…………』



 断然後者だ。それ以外ない。あり得ない。




 今まで、研究を進めても、ただ時間が過ぎるだけで進捗がなかった。




 ……が、今回の件で飛躍的に研究が進むかもしれない。いつか呪を克服して、完全となれる日が来るのかもしれない。



『敢えて…人間との婚約を受け入れよう』



 議長が絞り出すようにして言った。



『それで、鷲魔の子供から情報を流してもらい、それで真偽を調べようではないか』



 議長のその言葉に、否定的な意見は湧かない。





















 その日、鳳皇子と人間の婚約は許された。




 その裏にはもちろん、彼等の実験的な思惑が潜んでいるのだが、不審には思えど…その内容は情報が漏れない限りはバレないだろう。




 情報が漏れない限り…は。



『……キングが…………人間の所に……?』



 会議を盗み聞きするブーイが一人。だが、興奮気味な兄弟達はソレに気が付いていないかのように。




 重要そうな情報を口々に発して、耳聡いブーイの脳みそに次々と刻んでいく。



『…伝えなきゃ』



 ブーイは音もなく駆け出した。



『キングが…人間の街に、村に、国に!』



 本当なら後日に伝えられる筈の情報を、先んじて我らが王へと伝えるべく、彼は駆ける。




 その試練という名の実験の内容を、尊敬する友へと伝えるべく、彼は駆ける。




 ソレがわざと掴まされた情報だと知らずに、彼は、巣窟内を地上を目指して駆け巡る。

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