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迷える君を 望む場所へと(書き直し前)  作者: 差氏 ミズキ
飛空艇編
17/34

五話・Part8 許されざる者 睨む者



 眠れない。




 胸がざわついて…変な興奮のせいで、眠れない。




 俺は身を起こし………



「そうだった…」



 身体に絡みつくようにして、ヤンちゃんとセイが身を寄せて寝息を上げている。方や温かく、方やひんやりと。下手をしたら風邪をひく状況である。




  …今の俺なら、二人を起こさずに抜け出すことが可能だ。まぁ、俺が抜け出した後に…二人の身体、特に腕や足は、ポンと寝台へ落ちる事になってしまうのだが。…ソレで起こしてしまわないか心配ではある。




 だが、起きないだろう。直感的にそう感じる。



「…回帰」



 瞬時に場所は代わり、ベッドの上から椅子の上に回帰した。その気になれば甲板まで回帰できるのだろうか?試してみるのもいいが…やめておこう。




 今は少し歩きたい気分だから。



「よし…起きていないな…」



 椅子から立ち上がり、部屋の扉を慎重に開いて…廊下へと移る。現在はどうやら真夜中のようで、漆黒に冷え込んだ静寂が俺を出迎えてくれた。




 船首側の方向へと身体を向けて歩き出しながら、胸のざわめきの正体について考えを巡らせる。




 謎に興奮して、夜に眠れなくなる…のは、今日が初めてではないが、今回のコレは…今までとはまた違うような胸騒ぎだ。




 例えば、村の皆の事を…カイの事を考えているかのような、そんなざわめきに近い。罪悪感のような…申し訳ないような、そんな、胸のざわめき方に近い。




 正体が全く解らない。




 今はただ…風に当たりたい。




 甲板へと続く扉に手を伸ばして、そのノブを回す。……が、



「…?」



 立て付けが悪いのか…?




 甲板に通じる扉に手を掛けたのだが、スムーズに開かなかった。何かに引っ掛かっているかのような、誰かが抑えているかのような、そんな感じで扉が固い。




 押しても引いても、あまり意味はないようだ。……ならば仕方がない。



「…回帰」



 再度視界は切り替わり…甲板へ。




 外側から扉を目視で確認してみたが、特筆して気になるような所はない。さらに、手を掛けてみたが普通に開いた。……一体何だったのだろう。




 かくして、俺は外へ出ることが出来た。




 夜目の効く眼で周囲を見渡して、落下防止用の柵に肘を置いて…一服しているハク船長を発見。不用意にに驚かすことのないように…敢えて足音を立てて近づきながら、俺は一声をかけて隣に並んだ。



「あら。またこんな時間に貴方と二人きりなんて………貴方も夜は眠らないの?」


「いや、俺は眠れない…の方だ。今日は、何故だが気持ちが落ち着かなくてな」


「解るわよその気持ち。私も偶になるから」



 ふぅ…と、小さな口から白い息を吐くハク船長。外見が幼いが故に、少し違和感のある光景である。だが…それでいて、俺なんかでは比較にならないほどに、大人びているかのような雰囲気も両立していた。




 実年齢についてはノーコメントと言っていたが、あの時のその発言は、未成年だったからなのか…はたまた、外見よりも高いからなのか…まぁ、その答え合わせは本人の口から聴かない限りは判らないだろう。




 ……いや、ヤンちゃんに頼めば…はたして…いやいや、倫理観が問われるような事は、彼女はしないだろう。…多分。きっと。多分。




 そう考えると、やはりというか…ヤンちゃんは強力な存在だ。知ろうと思えば…だが、恐らくは際限なく何でも知ることができるのだろう。




 彼女がこの旅に加わってくれなければ………俺は今も、大陸内を彷徨っていたのかもしれない。




 偶々、彼女が図書館にいて…というか、そもそもの話だが、この大陸に居てくれた事が奇跡以外の何物ではない。



「…………」



 あの日に引っ越しをしてから……大陸を何らかの手段で渡り、7年もの間…あの街か、何処かを転々としていたかして、生きていてくれた。




 …気になる点がないかと言えば嘘になる。




 まず…何故記憶を失っていたのか。ヤンちゃんならば、失っていたと理解した時点で…知る力を行使すればなんとかなったのではないか?俺とスタット大陸内で出会った時点で、少なくとも彼女は力を使用出来ていた。




 ……希望的観測ではあるが、こうだったら嬉しい……という、気色の悪い俺個人の思いも含まれてはいるのだが……………ヤンちゃんはもしかしたら、元々…7年以上前から力を扱うことが出来て………だとするとおかしいか。記憶を失っていた事に繋がらない。




 一旦保留して、二つ目の気になる点を挙げる。




 それは、ヤンちゃんの家族事情について。




 俺が知る限りではあるのだが、彼女の家は父子家庭で…やわっこい表現で言うと、不健全…不衛生…不摂生な、三不さっぷ生活を送っていた筈である。




 だがしかし、彼女は。




 家族が新しくでもなったのだろうか。アレから代わり、まともな保護者に出会えたのだろうか。…本人に訊いてみなくては、永遠に解が導き出せない疑問だな。いやまぁ、流石に…訊かないが。




 でも、後者だとしたら…有り難い。




 …第三の選択肢としては、一番しっくり来るモノとしては、ヤンちゃんの親がいなくなっている…というモノが存在する。コレならば、彼女が大した準備もなしに……というか手ぶらで、旅に加わることが出来る。




 どの疑問も、解に…濃い霧がかかってしまっているな。




 何がどうだとか、全く判らない。




 …と、しばらくの間…沈黙して思考をしていたが故に、ハク船長からなにやら…気まずそうな雰囲気が感じ取れた。




 そりゃそうだ。



「船長」


「あら?そんな呼び方だったかしら?」


「さあな。取り敢えずそう呼んでみたんだ」


「呼び捨てで良いのに。そのほうが、私も話しやすいわ」


「ハク」


「そうそう。で、何かしら?」



 …特に何も考えていなかったな。




 日程について訊いておくか。



「あとどれくらいで到着する予定なんだ?」


「そうねぇ…」



 …と、頬杖をつきながら…ジッと飛空艇を包みこんでいる漆黒を眺めて、ハク船長は続けた。…彼女も夜目が効いていたりするのだろうか。



「もう一度日を跨いで…夕暮れ時には到着出来ると思うわ」


「そうか…ありがとう」


「いいのよ。何でも気になることがあったら訊いてちょうだい」


「ああ、そうさせてもらう」



 …もう一度日を跨いで…それから、夕刻に……か。




 やっと…あの場所に行ける。




 やっと…彼之崖ヒノガケに行ける。




 やっと………やっと………この重責を償う日が訪れる。




 凝り固まった眉間を揉み解しながら、夜目を効かせて水平線を凝視する。…ただただ何もなく…それでも挙げるとすれば、揺れ動く波と……潮目が見えるのみ。




 あぁ…鯨もいる。今度はしっかりと水中に。




 懐かしい。…鯨の死骸に興味本位で近づいたら…おじさん達に怒られた事を思い出した。ガスで膨張している、いつ破裂するか判らない状態だから危険だ……と。それから、手を引かれて十数メートル進んだタイミングで、背後から強烈な悪臭が鼻腔を襲った事を…思い出した。




 今ではいい思い出に収まっているが、当時はあまりのグロさにその場で戻してしまったんだったな。



「やっぱり…貴方から、どことな〜くではあるのだけれど……」


「なんだ?」


「パパみたいな雰囲気が感じ取れるの」


「パパ?…ハクの?」


「ええ、そうよ。本当にどことなくだけれど」



 …パパ?



「どういう人か…訊いても?」


「そうねぇ……遠い昔の事なのだけど…」





 強くて、格好良くて、誰にも負けない…無敵の王様。


 人間ママの事が大好きで、種の…自らの〝血に受けている呪〟を意に介さずに、人間達とスキンシップをはかっていたり…


 園芸…フルーツ系の栽培が得意で、お爺ちゃん達に定期的に献上していたり…


 やっぱり人間が大好きで、人間と共存できると本気で考えているような、馬と鹿の平和主義者って呼ばれていて…





「……人間が好き?…血の…呪?」


「それでね…」


「ハク…一つ訊いてもいいか?」


「何かしら?」



 …もしかして、



「…君のパパは、ブーイ…なのか?」



 …という俺の質問を聴き、ハク船長はその幼い顔に…ニコリと妖しい笑みを浮かべた。俺の質問を肯定するかのように、ただ…ニコリとその顔に微笑みを浮かべた。




 ハク船長はタバコの火を消して此方に向き直る。俺の顔を見上げ、月光をも飲み込むほどの闇の中で…俺に問い掛ける。警戒を含んだ…そんな口調で問いかける。



「貴方は、カオスブーイを…どう思う?」



 短く、そして…含みのある、そんな問い掛けを受けた。




 カオスを敵として扱う人がいれば、仲間として受け入れる人もいる。




 前者の奴らには出会った事がある。男衆…と、個人的に勝手に呼んでいる烏合達だ。メイをカオスと知りながら、敢えて痛みつけていたような…寄せ集めの…吹けば飛ぶ砂埃達だ。




 ハク船長は確認したいのだろう。俺がそうなのかを…カオスを忌み嫌っている側の存在なのかを。




 勿論ながら俺は、カオスに対して好意的…とまではいかないが、敢えて衝突しに行く程嫌ってもいない。つまりは、人間と同等に考えているということだ。




 現段階での話にはなるのだが、俺が関わっていたカオス達は皆良い人だった。皆と言っても…2人しかいないが。




 テイも、メイも、二人とも…どこからの目線なのだと言われるかもしれないが、なかなかの人格の持ち主である。




 セシアライト王国のホク陛下は、カオスを積極的に保護し…仲間として受け入れていた。…ので、二人の今後を心配する必要は微塵もない。というか、俺にそんな権利は無い。彼等の生きる道は彼等が決めるのだから。



「…俺は…」



 さぁ…どう言うか。



「俺は、カオスと人間の区別が解らない。なぜ、ワザワザ分類をして、差別までしてしまうのか、俺には理解が及ばない。


 俺は、カオスも、人間も………ブーイをも、皆が平等だと考えている。そこに上下はない。誰も上下なんて付ける権利なんてない。


 もしも格の差が生まれてしまうとして、それは、本人が自ら下がっていったり、上がっていったりして生まれるモノだ。


 コレを、敢えて…本人以外の存在が指摘するなんて、言語道断…愚の骨頂と言えるだろう。


 …ので、俺は、カオスを平等な存在として受け入れる。これは、敵として立ちはだかるなら…俺は容赦なく組み伏せるし、友好的に接してくるのなら…自らも同様に接する。…といった意味での平等だ。


 ハク、俺が君に仇なす者なのか、君に組する者なのかは、君次第で決まる。


 だが…敢えて言うならば…俺は今、少なくとも敵ではない。今は、同じ飛空艇で生活を共にしている仲間だと、そう考えている」



 …仇なす者なら組み伏せる。




 …無関係なら干渉しない。




 …協力するなら仲間として受け入れる。




 ただそれだけだ。そんな、単純なモノだ。……少なくとも俺の中では。




 ブーイが襲ってくるならば、俺も倣って襲い返す。キングにも、ペレグリンにもそうしていた。…多分。



「…………」


「…………」



 ジッと合わせていた目を逸らして、再度…落下防止用の柵に肘をついたハク船長。そして、語る。




 過去について。




 家族について。




 ママについて。




 そして、ハクのパパについて…知る。



「……ぇ…」



 彼女の父親について…知ってしまった。




 キングブーイである事を、俺は知ってしまった。



「あら?大丈夫?…また、発作かしら…?」



 俺は何とも言えないモノに襲われる。罪悪感のような感情、アレは仕方がなかったという無意識化での言い訳、そして…俺の事を責め立てる…皆の言葉。




 お前はやったのだと。繰り返し、繰り返し、木霊するように延々と…耳を塞いでも、どうしようとも鳴り響く。



「ハク…」


「な、何かしら?…あ、吐きそうって事かしら…」



 違う。確かに戻してしまうそうだが、違う。



「本当に…すまない…!」



 その場で、蹲るようにして土下座をした。額を甲板に…下手をすればめり込む程に押し付けて、精一杯の謝罪をした。この間も、ずっと…ずっと脳内で響き渡る怒声罵声が、今の状態の俺に繰り返し…絶え間なく深く突き刺さる。




 お前のせいだと。何度も反芻して。まるで洞窟内にいるかのようにして。



「すまない……!君の、父親は…」



 俺が、キングを上半身をタックルで突き飛ばし、そして焼き尽くした。断面に両手を捩じ込んで…体内から火力MAXで真っ黒に焼壊ショウカイさせた。




 誰が予想出来ただろう。キングに子供がいて…ソレが…ハク船長であるなんて。




 本当に…申し訳がない。




 …と、不意に頭を撫でられる。ハク船長の手は…こんなにゴツゴツしていただろうか?




 そして…おずおずといった調子で顔を上げると…



「…まぁ、いつかはそうなると、思っていたわ」



 …と、少し残念そうな面持ちのハク船長。




 と…



「でも、仕方がなかったのでしょう?なら、私は別に…」


「…っ…!?」


「っきゃぁ!?」



 っな、何だ!?何だ…アレは!?




 俺は…突如として眼前に現れた三体の化物に驚き、咄嗟にハク船長を…護るようにして抱き寄せた。




 空に浮かんだ…空を埋め尽くさんばかりの巨体を持つ、漆黒の中でも確かな存在感を解き放つ…エンペラーが一体。


 皇帝魔エンペラーブーイ古鯨ペルケトゥス



 その根本は何処から伸びているのか…気が遠くなるほどに長い首を、空に浮かんだ蒸気の塊…その中を突き破って、此方を見やる…エンペラーが一体。


 皇帝魔エンペラーブーイ脚竜アルトゥス



 甲板の上に降り立って、静かな眼差しで此方を一点に凝視する…トーセルシップのが如き翼を所持する…エンペラーが一体。


 皇帝魔エンペラーブーイ翼竜グナトゥス




 セイから聴いていた特徴と一致している三体の皇帝が、どうしたことが眼前に勢揃いしている。興味本位で此方を観察でもしているのか、特にアクションは無く…只々、品定めをするかのように。




 俺は身体がかつてない程に緊張している事を自覚する。最早…今、呼吸をしているのかさえ解らない。甲板に足を置けているかどうかも、ハク船長をしっかりと…自身の身体で覆えているのかも、そもそも…ハク船長が居るのかすらも…解らない。




 それ程までに俺は、緊張し…震え…今にも気絶しそうになっている。




 だが、絶対に気を失うような事は起こしてはいけない。今、自身が意識を失ってしまったら…この飛空艇はどうなる?起きているものが…推定、俺とハク船長しかいない状態で、今、自身が意識を失ってしまったら…………恐ろしい事になるのではないか?




 心臓が痛いほどに脈打っている事を自覚する。このまま爆発してしまうのではないかと…そう思わせるほどに、ドクンドクンと強く脈動している事を自覚する。




 全身に鳥肌が立っていることを自覚する。体調不良でも起こしたかのように、全身をゾワゾワと不愉快な感覚が蠢き駆け回っている事を自覚する。




 自身の穴という穴から、血液が垂れていることを自覚する。目から耳から、鼻から口から、爪からまでも…汗と共に、ソレ以上の量の血液が体外に流れ落ちている事を自覚する。




 どうすれば…!?どうするのか正解なんだ!?また、また俺は全てを失うのか…!?また…一人だけ生き残って…全てを…!




 嫌だ!そんなの…!




 嫌だ…!!



「ちょっ…ちょちょちょっ……ヨ、ヨウ君!?」


「ぃ…ゃ……だ…!」



 失わない…!失う事なんて許さない…!




 この時に、誰かの声と重なった。



「『もう二度と…!』」



 失ってたまるか!




 …と。



「今の声……は……?」



 身体の芯から力が湧いてくるのを感じる。ヒトデナシの俺の身体に、魂の核から力が沸き立つのを感じる。



「あれ…?空が…明るく…?いや、金色に…?こ、これって…!まさか…ヨウ君が引き起こして…!?」



 驚いているか…たじろいでジリジリと後退して行く皇帝達。その目が捉えているのは一体?



「ヨウ君!!落ち着いて!」



 視界に黒い靄が掛かり始めた。




 あぁ…俺は息をしていなかったのか。…と、酸素の欠乏を理解した。…だが、それでも俺は息をしない。息をするほどに…心に余裕がないのだ。




 こころなしか…ザパンザパンと波が荒ぶる音が耳に届いた。今は飛空艇の上…こんなにも高い所にいるのに、鮮明に聴き馴染みのある音が届いた。




 …ので、


 片手の人差し指を皇帝達に向けて念じる。




 【※※※※※※※※※※…『やめろ』




 …?




 脳内に別の声が聴こえる。少し掠れていて、年若いような澄んだ声が聴こえる。



『〝また〟何もかもを失うぞ?』


「だ…れ…?」



 自身の声が、出てこない。視界という情報が、脳に届いていない。今はただ、聴覚だけが…



「ヨウ!!」


「っ!?」



 頬をビンタされた。



「ッゲホ…!ゲホゴホッ…!」



 頭が鉛のように重い…肺が痛む…全身が冷たい。



「いない…?」



 戻って来た視覚。眼前に広がる漆黒の中には、もう誰もいなかった。鯨も恐竜も、何某も。…居るとすれば、今もこうして胸に抱き寄せている…ハク船長くらいで。




 …あ。




 ハク船長って、カオスでは…?




 カオスブーイって、というか、ブーイって…人間に触られると……



「っ…!!」


「っきゃぁ…!?…い、意識が戻ったのかしら…?」


「す、すまない!痛かっただろう…!」


「…え?…そういえば…」



 小首を傾げて、俺の頬へと手を伸ばすハク船長。



「痛くないわ…?」


「え…?」



 痛く…ない?



「あ!それより…厄災!〝金色の厄災〟が…!…って…あれ?」



 トタタッと、軽やかなステップで柵の下を覗き込むハク船長。だが、彼女の想定していたモノは何もなかったらしく、今も地べたに力なくへたり込んでいる俺の前へと戻ってきた。




 …さっきまで、俺は何を?




 記憶が曖昧だ。全身から出血し始めたタイミングで…



「…してない…?」



 何処からも血は流れていない?幻覚を魅せられていたのだろうか?




 ……【※※の力】を無意識に使おうとしていたな。…靄がかかった、俺自身でも理解の及ばない力を。




 また少しだけ…疑問が増えた。また大きく…自分が解らなくなった。



「あら?…明るくなってきたわね…」



 その言葉を聴いた後に、ぐるりと視界を巡らせる。ハク船長の言っていた通り、もうすぐ日の出の時間なのか…少し明るくなってきていた。



「って…え…?」



 そして、周囲に向けていた焦点を再度ハク船長へ戻す。…と、心の底から驚いているような、そんな表情を浮かべている彼女と目があった。




 何をそんなに驚いているのか?心の内に、そんな疑問を抱いたのと同時、彼女は尋ねる。ほんの少しの警戒を滲ませて。



「あ、貴方は…ヨウ君…よね?」


「…?ああ。俺は…ヨウだが?」


「そう…よね?でも、姿があまりにも…」


「…血でも残っていたか……?」



 ハク船長は、少しだけシワになってしまった…軍人のような制服の内ポケットから、なんとも可愛らしい手鏡を取り出して…俺に向けた。



「…は…?」



 鏡に映った自分を凝視する。その容姿は…以前とはほんの少し…だが、致命的に違って見えた。髪、瞳、歯まで、記憶にないモノになっていた。



「っ…回帰…!」



 …だが、姿は変わらず。




 鮮やかな緑色をしていた頭髪は、推定…鶯色になるまでに暗くなり…


 すべてを飲み込むような黒色の瞳は…魔神ユウジンを想起させるほどまでに赤く…紅く、真紅に染まっていて…


 口を少し開けば…肉食動物のような犬歯がギラリと光っていて…



「…俺…なのか?」



 似ているが違和感のある容姿。これはまるで…ブーイのようだった。



「さっきは最後まで言い切れなかったけれど…」


「…なんだ?」


「私…別に気にしてないわ。人間的には薄情かもしれないけれど、常に戦場に身を置いているんだもの。いつかはそうなるわ」


「…だが…」


「あっ…ほら!みて!」



 …と、俺の手をなんの迷いもなく取って立ち上がらせながら、ジリジリと…日の出ていく水平線を、微笑みを浮かべたまま指し示す。



「私、この時間が好きなの。何年経っても、何十年経っても、この綺麗な景色だけは変わらないから」


「……ああ。……俺も…『この景色が好きだ』」


「あら?頭を撫でたりして、私を子供扱いしているのかしら?」


「おっと、すまない。…無意識だ」



 本当に無意識だ。




 …なんだ?身体が妙に軽くなった。むしろ…今までが、水を吸い込んだ毛布を…身体に掛けられていたかのように重かったのだろう。そう感じるほどに、身体が軽く…スッキリしている。




 ずっと…ナニカに取り憑かれていたのだろうか?



「さて、そろそろ朝食の仕込みを始めなきゃ。あの子達には、出来るだけ長生きしてほしいからね」



 船内に向けて歩き始めるハク船長。





















 そこに一人の上位種が…



















 横から…





















 ハク船長の華奢な身体を掴んで、瞬きよりも速いスピードで攫っていった。



『ギゥギァ…ギギググァ』


「ハクっ…!!」



 俺は駆け出した。




 無意識のうちに。




 そして、飛ぶ。




 〝※※の翼〟を展開して。



『ギュイア!?嘘だろ…!?時速200より…』


「回帰…!!」


「っえ…!な、何これ…!?」


「『フレズム』!!」



 隼魔の起動沿線上に重なり、回帰の力にてハク船長を回収。間髪入れずに…片腕を向けて『フレズム』を撃ち放った。どうやら、空中ならば身体の制御が上手く効くらしく、『フレズム』の威力によって後方に押される事が起きていない。




 それから数十秒もの間、空気が轟き、揺らめきを見せていた。お陰で、身を黒く染め上げられた一人の隼は、その輪郭を崩しながら墜落していく。…地面に到達する頃には、ただの塵になっていることだろう。



「…す、凄いわね…ペレグリンを一瞬で…」


「戻ろう。そろそろ乗組員達が起き出す時間帯だろう?このまま離れていたら、変に心配をかけさせてしまう」


「貴方、乗組員達って呼んでるのね」


「なら…ハクはどう呼んでいるんだ?」



 飛空艇に引き返しながら、そう訊いた。



「そうねぇ……う~ん…」


「……まぁ、だいたい理解した」


「あっ!ちょっと!あの子達のことを適当に考えているって訳ではないからね!ただ、すぐには浮かばなかっただけで…」


「ああ。…っふふ………当然、理解している。どれだけ大事にしているかなんて…」


「ちょっと!笑わないでくれるかしら!」



 飛空艇の甲板に降り立ってハク船長を降ろした後、再度飛翔して周囲をぐるりと見渡す。空をにあるのは雲だけで、ブーイの影も形も見当たらない。




 こんなにも清々しい気持ちで迎える朝は、いつぶりだろうか。…確かに、スッキリとした朝を迎えること自体はあった。だが、こんなにも気分のいい朝はなかっただろう。




 甲板に降り立って…身体を伸ばして息を整えた。



「そ、その翼…?さ、触ってみても良いかしら…?」



 目をキラキラと輝かせながら…ついさっき、攫われかけていた…なんて、微塵も感じさせない調子で彼女は訊いてきた。




 特に断る理由もないので…俺の解答は当然…



「ああ。好きに触るといい」



 そう言った。




 翼をバサリと見やすくして、ハク船長の方へと向ける。



「わ〜!」



 …なんだ?こっちも……今までと違うぞ?




 今までの翼は…〝鉄の翼〟は、大まかに翼の形を模していただけの鉄板の集まりだった…のだが……




 コレは…言うなれば…童話や協会の絵にいるような、天使のソレを連想する。…まるで、本当に鳥の翼でも生えているかのように、鉄感がなくなっていた。



「モフッとしてるわ!ずっと触っていたい肌触りね!」


「本当だ…」



 この翼は…言うなれば…











 〝魅夜ミヨノ翼〟




 …が何故かしっくり来る。天使の翼とかではなく、魅惑の夜…魅夜ミヨ、何故かその二文字がビタリと、パズルのピースのように綺麗にハマった。




 ………………なぜ?



「おっはよ〜」「ねみぃ…」「おっす船長〜。今日もお美しい!」「おはよ~っす……あ!ターバン巻いてねぇや!」「あぁ、お前イツテだったのか」「印象違うな」



 …と、朝になり起床した乗組員達が甲板にゾロゾロと集まり始める。




 おっと、これは…まずいかもしれないな。




 …という、俺の嫌な予感は的中する。



「あぁ~!何それ!」「俺も触らせて!」「ロマン!」「翼生えてるぅ!?」「んじゃ、ターバン取ってくるわ」「おい!良いのかよ!」「この機会逃したら、触れないかもだぜ!」




 …ああ。一気にむさ苦しくなった。




 四方八方に筋肉と筋肉。




 それがみんな俺の翼をまさぐっている。…う~ん…申し訳ないが、少し…言い表すこと自体、申し訳ないな。




 敢えて言うなら、さっさと持ち場について欲しい…である。




 ハク船長に助けを求めて視線を向けるが、ただニコニコと朗らかな笑みを浮かべて眺めているのみで、助けてくれるような様子は無さそうだった。




 …はぁ…飽きるまで…待つか。



「…毟ろうとするな」



 …と、俺の朝はむさ苦しく過ぎていく。




 朝食と、ヤンちゃんとセイから…この身体について言及されるのは、これから半刻程度…後の話である。




 今日を終えて、次の日の夕刻になれば、ゴル大陸へ辿り着く。




 俺はソレまで…償いをする日が来るまで、ただ精一杯、一日を、一刻を、一秒を生きていく。




 たとえ、生きてはいけなくとも。




 生きることを望まれなかったとしても。




 俺は…この大罪を生きて償う。死ぬまで…延々と償い続ける。




 …そのつもりである。






























































NEXT…キングブーイ

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