五話・Part5 第三番隊 八咫烏
船首側へと続く…真っ直ぐな廊下。扉のある部屋が左右に幾つかと、扉の付いていない…他の部屋よりも一回り大きな入口の共用のスペースが…片手で数えられる数ある。
その、一番手前の共用スペースの中から、声が聴こえる。ハク船長とローブ達はソコに居るのだろう。
共用スペースに足を踏み入れると、ローブ達と何やらお取り込み中のハク船長と目が合う。そして、その目が流れ…ヤンちゃんの足へと移る。
「っええ!?あ、足…!あ、あれ?」
「色々あったみたいで、治りました。今は普通に歩けます」
驚愕の面持ちのハク船長に、抽象的に…良く言えば簡潔に述べて、空いているテーブルに腰を下ろす。
「色々って…何があったら…」
「此方の方々は?」
…と、比較的小さいローブの人が、ハク船長に訊く。以外にも高めの声が聴こえて、耳を少し疑った。
「紹介するわね。あの緑の…」
「俺はヨウだ。そして、ヤンちゃんに…セイ。よろしく頼みたい」
「…ヨウ?…もしかして…カイ様か?」
「カイ様?」
「いや、人違いならいい。忘れてくれ」
「…………」
……カイ様…?
ヨウ…から連想して、カイの名前が出てくるなんて、そんな偶然はあり得ないだろう。まさか、カイと会った事があるのか…?それに…なぜ様呼びなんだ…?………まず、弟は……カイは生きているのか…?
…疑問が絶えないな。なら…直接、訊くか…?
「………俺には、カイ…いや、…………………廻要という名の弟がいる。君は…この名前に心当たりはあるか?」
「……………そうか、貴様が…カナメか」
「どうやら、心当たりがあるようだな。詳しく訊かせ…」
小柄なローブの人は、そのフード部分をペラリと捲り、顔を出す。流れるように…床に片膝をついて、まるで…高貴な立場の人にする様に、優雅に頭を下げてきた。
毛先が緑色の黒いボブカット、爛々と煌めく金色の瞳、まるで人形のように…綺麗な顔立ち。角度的にも…暗視能力的にも見えてしまう…ローブの下の…ソレ。
思わず目を背けたが、なぜ…ローブの下に何も着ていないんだ…?
…と、目のやり場に困る俺を見上げて…彼女は言った。
「カイ様からの伝言だ」
「伝言…?カイから…?」
俺の疑問を無視して、淡々と続ける金目。
「カイ様はこう伝えるように言いました。…『待ってるよ、カナメ。記憶を失い、何もかもが解らずに…迷える君を…僕はスクヴァー村で待っている。………そうだなぁ……僕の予想では、飛空艇の中でリワレがカナメと会って、それから数日後に……って、もういいよ?』…と、コレで全てだ」
「…………」
カイはなぜ知っている?
俺が記憶を失っていることを。
カイはなぜ判る?
金目…推定リワレと飛空艇で会って、且つ、その数日後には到着することを。
どういうことだ…?
カイ…君は、予言でも出来るのか…?いや、予言は違うな。記憶を失う…と、予言した場合。カイは…リワレとは六年以上前に出会っていることになる。七年前の厄災で沈んで………その後の一年以内に、リワレと出会っていることになる。
…訊くか。
「その伝言は…いつ頼まれたんだ?リワレ」
「名で呼ぶな。私と大して親しくもない貴様が、仲良くなったつもりか…?図々しいぞ」
「すまないな。で、いつ頼まれたんだ?」
「……………確か、約三ヶ月ほど前だな」
「…ふむ」
…想定よりも…随分と最近なんだな。
取り敢えず、カイは生きていた…と。その上で…なんらかの力を有し、カナメの帰還を待っている…と。
「感謝する」
「カイ様と顔が似ているせいで、どうしても、少し照れてしまうのが悔しい」
「だろうな。俺とカイは兄弟なんだ。多少、顔も似るだろう」
「…っふん。用は済んだか?後は話しかけて来るな。その顔で…私の近くに来るな」
…嫌われすぎているな。…いや、嫌われているのか?…まぁ、大体嫌われているようなものだろう。
「…ああ。望むなら、出来るだけそうする」
まぁ別に良い。今後、絡むこともないだろうし。逆に…関係性を高めておいたとして、次に会うのはいつだ?下手をすれば、どちらかの寿命が来るまで会わないだろう。
彼女等は、常に空を移動している。そして、俺は基本空高くまで行かない。
ならば、嫌われた状態のままでも、別に気にすることはない。
「リワレちゃん、そんなにツンケンしなくたっていいじゃないの。どうせ、今晩はこの飛空艇にお世話になるんだしさぁ」
また一人、フードを外して顔を出した。
こうして顔を出したのは、黒髪黒目のなんとも温和そうな好青年である。
「丁度良いし、自己紹介と洒落込ませてもらうね」
好青年のその言葉に反応し、残りの一人もローブを取り…此方へとスタスタと近づいた。可愛らしい…四つ葉の髪飾りを着けている女性で、黒い短髪で同じく黒い瞳、好青年と背丈があまり変わらない。
その四葉の方から簡易的な自己紹介が始まった。
「俺は八咫烏のリーダー、ワメル・ダン。中身は男だから、無駄な気遣いは不要だ。見ていてイライラするからな」
「そっ、この人がリーダーのワメルさん」
「あぁ…?二回も言う必要はないだろう…?」
中身は男…?ふむ…そして、無駄な気遣いは不要…と。敢えて深くを訊く必要はないな。…で、ワメルは八咫烏のリーダーなのか。…俺はてっきり、リワレがそうなのだろうと考えていたのだが、どうやら違っていたようだ。
そうして、次に名乗りを上げたのは、金色の瞳の少女…リワレである。なんとも気怠そうな声でソレを始めた。
「……私はリワレ・ドール」
「…えっ、それだけ…?リワレちゃん、自己紹介はしっかりしなきゃ」
「うるせぇよ、黙れ」
「……………」
「…リ、リワレ・ドール。八咫烏の操舵手をしている。今晩のみではあるが、世話になる…よろしく頼む」
「うんうん」
……無言の圧力で、自己紹介をやり直させていたな。この好青年の立場は、少なくとも…リワレよりも上なのだろうか…?
金色の瞳で俺をキッと睨みつけるリワレ。おそらくは、苛立ちの矛先に選ばれたのだろう。
「最後は僕だね」
好青年がローブを翻し、その下に身に着けている鉄鎧をコンコンと叩きながら述べる。
…右の腰のあたりにジャラジャラと…小型の時計が複数個括り付けられているのが特徴的で、思わず目を惹かれてしまった。全て時計の針が止まっているため、どうやら…時間を確認する為のものではないらしい。
「さて、んっゔん゙!僕は…」
「おっさん」
「…ワメルさん、少し口を閉じてくださいね」
気を取り直し、好青年は改めて述べ始めた。
「セシアライト騎士団所属!副団長が一人!名は、アグル・メリオス!あ、因みに、八咫烏は副業ね。…八咫烏では、砲撃を担当させてもらっているよ。えー…ハクさん!カナメさん!今晩はお世話になります!!」
ペコっと頭を下げたアグル。それに続いてワメルが、リワレの頭をぐぐいと押し下げさせながら…一緒にお辞儀をした。
…セシアライト騎士団と、八咫烏を兼業している…?たしか、八咫烏はヅェッツライト帝国の部隊ではないのか…?国を跨いでの兼業は…初めて聴いた。
俺の表情から何かを感じ取ったのか、アグルは俺に対して…疑問に対する解答を述べてくれた。
「僕は産まれが特殊なんだ。だから、そんなに考え詰めても答えは出てこないよ?カナメさん」
「……そうか」
「そっ。貴方のようなヒトに、ずぅ〜っと深く考え続けられると、いずれは答えが導き出されそうだし、今のうちにストップって言っておくよ」
「了解した。そこら辺はあまり考えないようにしよう」
「ありがとう、カナメさん」
…纏めよう。
八咫烏のリーダー、ワメル・ダン。
八咫烏のメインの戦闘員、アグル・メリオス。
八咫烏の操舵手、リワレ・ドール。
計三名が、八咫烏のメンバーであり、今晩だけこの飛空艇に泊まるらしい。
それからは、飛空艇の修理や点検を終えたのか…乗組員達が続々と共用スペースへ戻ってきた。…それぞれ、ブーイについての話題に花を咲かせるモノ、朝食の続きを楽しみ始めるモノ、八咫烏の素顔に目が釘付けになるモノ…などなど、各々でリラックスを始めている。
そんな中で、八咫烏のリーダー…ワメルの口から、突拍子もない単語が飛び出してきた。思わず耳を疑ってしまうような単語である。
「…少しばかり、〝避妊具〟を分けてくれないか?次の補給まで持ちそうになくてな」
………思わず耳を疑ってしまうような単語である。
「っえ…?避妊…具…?ひ…に……?」
ハク船長はその単語を聴いて、完全にフリーズしてしまった。先程まで賑やかだったお茶の間も、その単語の影響により…ピシッと凍りついてしまっている。
「無いのか?男女が複数名居るなら、当然、避妊具は持っているのだろうと考えていたのだが…」
「…避妊具…?…って、な、何…かしら?」
「…っあ〜…知らないのか。避妊具というのは、簡潔に説明すれば…セッ…」
…と、そこで、ターバンの男がワー!っと声を上げてハク船長の耳を塞いだ。同時、八咫烏の戦闘員…アグルも、ワメルの口を塞ぎに来ている。
「船長!駄目です!聴かなくて良いですよ!」
「ワメルさん!少しは場所を考えてください!」
そして、ターバンとアグルの目が合った。
「あれ、イツテくんじゃん。飛空艇でお仕事?」
「久しぶりですね、アグルさん。たまには騎士団に顔を出してくださいよ。みんな寂しがってますよ。あ~…ですね、大陸間を行き来するってもんで、その護衛として選出されました」
「おー、イツテくんも偉くなったなぁ。騎士団には…あと数カ月は戻れないかな。最近、上位種が多くてね。色んな所から救護要請が来るんだよ」
「それは大変ですね〜!地上もリーダーブーイばっかりで…じゃないや、ワメルさん…でしたっけ…?幾つか俺持ってるんで、後渡しに行きますよ」
「モゴモゴモゴモゴ……」
「感謝するって」
「そいつは良かったです」
…肝が冷えたな。場は既に凍りついているが。
不意に自身のテーブルへ視線を戻すと、セイとヤンちゃんに……良くない視線を向けられていた。何をコン……考えているのかすぐに理解出来るような視線を、俺は向けられていた。
きっと、いや…確実に、二人のどちらかは…後に貰いに行くだろう。…その時までに、どう切り抜けるか考えておかないといけないな。
したくない訳では無いが……どうにも、最近はそういう気分になれない。キスでさえ億劫だ。
故郷が近づいて緊張しているのだろう。戻って来る記憶が衝撃的なのも理由に含まれる。
考えても考えても…日が明けるほど考え尽くしても、答えが出てこない、自身の記憶に対する疑問。コレは、記憶を取り戻せば取り戻すほど……逆に何も解らなくなる。
…だが、ゴル大陸に…スクヴァー村に…カイのもとに辿り着けば、全てを取り戻せると考えている。
例えば、七年前の金色の厄災……六年前に海の上で拾われた、その間の一年間についてだとか。
全ての記憶を呼び覚ませると考えている。
それで…俺の精神が崩壊しようと、俺の身に何が起きようと構わない。…ただ、答えが判れば、それで…俺は構わない。
「セイ、ヤンちゃん…すまないな」
その言葉に…二人とも残念そうな顔をした。…俺は別に、そういう意味で謝った訳ではないのだが。
だが、勘違いしてくれている方が、俺的に都合が良い。…ので、敢えて、訂正はしなくてもいいだろう。
「…戻ろうか」
…と、席から立ち上がり、ヤンちゃんの手を取って…補助をしながら自分達の部屋へと進む。セイも部屋の扉を開けてくれたり、思い思いに手伝ってくれた。
それから時間が経過して、美味すぎる昼食を摂り終わった頃おい。
割り振られている自室の中で、俺は頬杖をついて外を眺めながら考え事をしていた。…が、あまりにもソレの内容が纏まらない。
「…はぁ…難しい事ばかり…思い出してしまうな…」
俺は室内へと視線を戻し、同じテーブル…自身にその身を傾け、寝息を立てているヤンちゃんの方へと移す。早く…靴や靴下の準備をしなければな。
それを、セイが正面の席から、どうやらこの光景が微笑ましいらしく…ニコニコと見守ってきている。
「ふふふ…」
「暇じゃないか…?」
「いいえ。楽しいですよ」
「そうか…」
特にすることもなく、俺はまた…窓から外を眺め始めた。
そして、
「…鯨…?」
目があった。
「鯨…ですか?」
セイも俺の向く方へと首を動かす。
「…何処にいます…?」
何処にいるって……
「……この一面が…見えてる全てが…そうじゃないのか…?」
飛空艇の直ぐ側に、いや…遠い…?
解らない。
遠近感覚が狂ってしまう程の大きさの…空を飛ぶ鯨が、ただ…居るのだ。そこに…居るのだ。
…セイには見えていないのだろうか…?俺にしか見えない…?飛空艇内は……特に慌てているような音は聴こえない。では…この鯨はいったい…?
「あ!もしかして…!ヨウさん!」
「…なんだ?」
「ヨウさんには、ペルケトゥスが見えているんですよ!」
………?
ペルケトゥスが…見えているんですよ…?
「ペルケトゥスはですね…」
説明が始まった。
最上位種エンペラーブーイ・ペルケトゥス。
彼はこちらが手を出さない限り、友好的で温厚な存在なのだという。更に、ペルケトゥスに会うだけでかなりの御利益がある。
皇帝魔・古鯨を視認出来れば、夢や目的が叶う。
声が聴こえたら長生きが出来る。
ただし…絶対に間違っても目は合わせてはいけない。超弩級の不幸に苛まれるから。残りの人生の不幸が…集約して襲いかかってくるから。
皇帝魔は、歴史を紐解くと…最低でも三体は存在しており…それぞれ、
古鯨…ペルケトゥス
脚竜…アルトゥス
翼竜…グナトゥス
…と、名付けられている。
「…で、ペルケトゥスが俺の眼の前にいたのか」
「もういないんですか?」
「…ああ、今は空しか見えない」
そうか。そうか…………そう…か。
……姿を視認すれば願いが叶う…か。だが…目を合わせると人生単位の不幸に苛まれると。
叶って、苛まれる。…コレだと、俺は予想する。
辿り着いて、カイと合流して、記憶が戻って。そこから…そこから、俺の償いが始まるのだろう。
薄々結論づいていた。
そう………薄々結論づいていた。恐らく、ソレの償いが…超弩級の不幸、その内容に…深く結びついているのだろう。
俺は…この結論が的外れであることを切に願う。
「……………」
「ヨウさん…眠たそうですね」
「…ああ。昨日はあまり寝付けが良くなくてな」
…そういえば、昨日は寝ていないのか。…そう思うと、急に眠くなってきたな。気が付いてから眠気が来るなんて…なんとも不思議なものだ。
室内のベッドに目を向ける。
ヤンちゃんを抱き上げながら、そっと彼女をベッドの上に横たわらせて、自身もその傍らに寝転がる。
飛空艇備え付けの少し硬めのベッドが、俺の身体には丁度いい。王城のベッドはふかふかだが、アレは身体が沈みすぎてなんとも不安な気持ちになる。
「私がお腹をポンポンしてあげます!あの日のお返しです!」
「お腹の位置で頼む」
セイの手の位置を腹部へと直し、目を閉じた。意識が薄くなり、気絶するかのように夢の中へと飛び込まされる。
夢の中のあの崖のもとへと。
▲ ▲ ▲ ▲ ▲
お兄ちゃん!…と、いつもの様に遊びに誘われる。
「カイ、勉強はいいのか?またパパとママに叱られるぞ?」
「良いのいいの!だって…」
「だって?」
ニコニコ笑顔のまま、先を歩くカイ。
僕達は今から〝彼之崖〟へと向かう予定だ。ほぼ毎日、学び舎が休みの日も、放課後も、今のところは欠かさずに向かっては遊んでいる。
「だって…」
カイは足を止めて、背中を向けたまま。
「もう何も無いから」
「カイ?」
不審に思った俺は、カイの手を取……………り……
「っうわぁ!?」
「お兄ちゃん。見てよ…綺麗な金色の空だよ」
「カイ?腕が、腕がもげたんだぞ…!お、お医者さん!病院いかないと…!」
すると、ザパンとやけに耳に残る音が聴こえた。
カイ!っ!?声が…出ない?
「お兄ちゃん」
やっと振り向いたカイの瞳と目が合う。
それは…緑色のキラキラとしているいつもの瞳ではなく…およそ人間とは思えないほどに妖しい、美しい、そして………懐かしい、真紅の色を宿していた。
「待ってるから。僕はずっと…彼之崖で」
カイ!駄目だ…!!そっちは!
そして、飲み込まれる。深く深く沈む。
ほんの少しの静寂。何故か聴こえる両親の悲鳴。村の人々の悲鳴。ただひたすらに無力さを嘆く…俺の悲鳴。
再び訪れる静寂。声が枯れたのか。場所が変わったのか。全滅したのか。
崖の上にポツンと人の影。そして…その影は振り返り…真紅の瞳を此方へ合わせる。
「もうすぐ会えるね。お兄ちゃん」
▲ ▲ ▲ ▲ ▲
…夜か。
身を起こし、薄暗い周囲を見渡す。
お風呂にでも向かったのか、セイとヤンちゃんが居ない。一人には少し広い室内が、静寂と孤独を強調してくる。
「………もうすぐ会えるね。…か」
目元を軽く拭い、回帰の力を使用した。
ベッドの縁へと身を移し、窓の外へと視線を向けると、ぼんやりと薄く…どこかサビレタ顔をしているキカイな男が反射している。
…腹が……減ったな。
両頬にパンと気合を込めて、ベッドを綺麗にしてから自室を出た。向かう先は共有スペースの台所。ソコに近づくにつれて、美味しそうな匂いが段々と濃くなっていく。
そして、到着した。
「…………」
トントントントン…と、音を立てて台所に立つハク船長。風呂上がりなのか血色がよく、ショーパンにTシャツと…かなりラフな格好で料理をしていた。
「…………」
あの夢を見たあとだからか、俺は無意識に、コレが幻覚ではないことを確認するかのようにして、ハク船長の頭へと向かって手を伸ばしていた。
…が、ハク船長はソレに気がついて料理をしたまま、振り返らずに声を上げる。
「不用意に…触ろうとしないでほしいのだけど」
「…おっと、すまない……」
「別に怒ってないわ。そういう体質なの」
「…なおさら申し訳ない」
「あ、ほ、本当に怒ってないのよ?だから、謝らなくてもいいから…!……えっと、あ!貴方、カレーは好きかしら?もうすぐで完成するから、先にお風呂にでも入って待ってて欲しいわ」
「ああ。…そうさせてもらう」
…カレーか。
おじさん達の作る海鮮カレーが懐かしい。おじさん達の一人ひとりが、特徴的な…独創的なカレーを作れるので、毎回ワクワクしていたことを思い出す。
ハク船長のカレーは何の具が入っているのだろう。
…と、頭の中をカレーでいっぱいにしていると、お風呂の場所へと到着した。更衣室の扉を開いて中に入り、幾つか置いてあるうちの一つ…その籠の中に自身の衣服を脱ぎ入れる。
腰にタオルを巻いて、浴場の扉をガチャリと開いた。
「…………」
「ん~…?おっ!カナメさ…」
扉を閉じて、更衣室の中で思考を纏める。
そして、再度浴場の扉を開く。
「カナメさん、遠慮せず入ってきて良いですよ?」
…とアグル・メリオスが言った。彼は扉を掴んで大胆に開き、俺を浴場の中の方へと手を招いて誘導。…扉を掴んでいた俺の手は、その形のまま行き場をなくして宙に浮いてしまっている。
「ああ、そうだ。色々と話をしてみたくてな」
…俺が遠慮した理由は、ワメル・ダンが一糸まとわぬ姿で湯冷め用の椅子に座っていたからだ。
…俺が遠慮した理由はまだある、
「……………チッ…!もっとデカいタオル用意すればよかった」
俺の事を嫌っているリワレ・ドールが、この浴場唯一の湯船の中に浸かっていたからだ。いくら広いとはいえ…流石に気まずかろうと俺は思う。
俺が遠慮した理由はまだ…ある、
「ほらほら、ちょうど八咫烏のメンバーしか居ないんですし、のんびりしながら、お互いに訊きたい事訊きましょう?ねぇ?カナメさん」
そう。この浴場スペースには、八咫烏のメンバーしか居ない。
……実に…肩身が狭い思いである。




