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迷える君を 望む場所へと(書き直し前)  作者: 差氏 ミズキ
飛空艇編
12/34

五話・Part3 空の援軍 轟々と



 ヨウ、セイと船内で別れてから、ヤンちゃん、ハク船長、乗組員達は船尾側へと到着した。本当に任せて大丈夫だったのか?…と、声を上げるものは誰一人としていなかった。逆に、船長が言うのなら…と、全員が、ヨウの…無謀とも呼べるチーム分けに従っているという状態である。



「皆!ぱぱっと終わらせて、あの二人の援護に向かうわよ!それと…今日の夕食は皆が大好きな船長特製のカレーよ!この戦闘に勝って…」


「「「「うおおおおおおぉぉーー!」」」」


「ま、まだ最後まで言ってないわよ!?どれだけカレーが好きなのよ貴方達!」



 ハク船長の士気上げにより、その瞳にキラキラと光を宿していく乗組員達。よっぽど、ハク船長特製のカレーは美味なのだろう。戦場に居るはずなのだが、その雰囲気はワイワイとしており、ヤンちゃんは少しの困惑を覚えてしまう。




 しかし、それは相手側も同じだった。




 8体の特異種ウィングブーイは、自分達の敵が目の前に現れているにも関わらず、落下防止の柵の上に止まって何やら歓談中だ。




 そんな状態の戦場で、一人の少女だけが険しい顔をしていた。




 ヤツテ・ヤン。




 彼女はこの飛空艇の船尾側に居る乗組員達、更には、ハク船長へと指示を飛ばす司令官として、此処に辿り着く前に任命されている。




 最初は、ターバンの乗組員に〝知る力〟によって得た情報をもとに、簡易的な作戦を伝えていた。それだけの筈だった。だが…あまりにも良くできていたその内容に、感心を覚えたターバンは他の皆にコレを共有、当然ハク船長の耳にも入り………で、ヤンちゃんが司令官へと決まり、トントン拍子で事が進んでしまったのである。




 しかし、険しい顔をしているのは、ソレだけが原因ではない。




 彼女は〝次〟を知っている。…知れてしまう。故に、一つの漏れなく伝え切らないといけない。という責任感と、司令官に選ばれてしまった事による使命感に、その心臓を普段以上に脈打たせている。




 要は、緊張しているのだ。その上で更に、興奮しているのだ。この既に完成されているチームを纏め上げられるのか…と、皆が自身の声一つで思い通りに動いてくれるのか…と。



「皆」



 興奮を抑えて、緊張を抑えて、震えそうになる声を抑えて、平静を装いながら…ヤンちゃんは乗組員達に呼び掛ける。




 途端、乗組員達の表情は引き締まり、皆が会話を止めてヤンちゃんの方へと耳を傾ける。誰一人の例外もなく、初対面の青髪少女の方へと耳を傾ける。その指示を聞き漏らしの無いようにと静まり返った飛空艇の船尾。未だ会話をしているモノが居るとすれば、柵に止まっている翼魔ウィングブーイのみである。



「上から三体が、三十六秒後に襲ってくるよ。彼処の、敢えて見え易い位置に二体のウィングが止まっているのは、皆の視線と警戒を集めるためで、簡単に言えば囮役。そして、残りの三体は…」



 …と、視線を囮役の二体の…その更に後方を見つめて続きを述べる。



「あの二体のウィングが止まっている柵、その下に張り付いてる。囮に近づいたら、素早く飛び出して、そのまま引っ掻くつもりだよ」


「あら、本当に来たわね。それも、きっかり三十六秒後に」



 少しボロっとしている懐中時計を胸にしまい、腰に携えている得物を鞘から抜くハク船長。残りの乗組員達も、一人を除いて…それぞれの武具を手に持ち、囮役の二体の方へと駆け出し始める。



「ターバンくんは、彼処まで僕を…」


「了解!」



 ヨウから離れて…今の今までどう移動していたのか。どうやって此処まで来れたのか。




 その答えは、このターバンを頭に巻いた男のお陰である。



「此処で良いのか?司令官」


「うん」


「…あとよ、なんで俺をおり係に選んだんだよ?他に女性の奴もチラホラいるじゃないか」


「一番安全なのは君だから。だから君にした」


「俺がぁ?」


「うん。僕は君が一番安全な人って〝知ってる〟から」


「………俺、馬鹿だから解んねぇけど、俺以外だとナニカが起きてしまうって事で良いか?その、なんだ?……う~ん……やっぱ馬鹿だから解んねぇわ。さっきの無し」


「っぷふ…!ほ、本当に馬鹿なことあるんだ」


「あ?普通にひでぇなぁ…」



 頭のターバンをクイッと軽く捲って、周囲の状況を俯瞰するターバン。そう、俯瞰している。ヤンちゃんとターバンは今、高台にて船尾を見渡している状態なのだ。




 光を映さない真っ黒の…垂れがちな両目と、長い睫毛。高めの鼻。青いインナーの入っている少し長めの黒髪。これがターバンの特徴である。




 彼は名目上はセシアライト王国の騎士団員であり、騎士団内の実力的には上から十六番目。下から二番目である。因みに、一番下はトウ殿下とのこと。




 ヤンちゃんは、ターバンに赤子のように抱きかかえられている状態で船首側へと首を向けた。愛しの人達が今頃どうなっているのか、ソレに〝知る力〟を使うのは何故だが怖くて、今はただその方向を遠目に眺めている。



「心配してるのか?大丈夫だと思うけどな。少なくとも俺はだけど」



 ターバンは唯一、ヨウからの無謀な班分けに異論を挙げなかった人物である。とてつもなく素直なのか、とてつもなく馬鹿なのか、はたまた両方かは定かではないが、ヨウの指示に一番最初に従ったのは彼である。




 ヤンちゃんはソレをしっかりと見ていた。先程の〝一番安全〟という言葉には、これも無意識的に加味されている。



「心配してるのもあるけど、高い所…僕駄目なんだよね」


「…かっこよ」


「…なんで?」


「だってさ、それって…あ~…皆のアシストって言うか〜…え〜とよぉ、やめやめ!無し!やっぱ言語ってむずいな」


「でも、言おうとしてることはちゃんと伝わったよ。ありがとう」


「なら良かった。皆の為に、良く視て、良く考えて、良い指示を飛ばさないとだもんな。高所が怖いのに漢だぜ〜、あんたは…………あっ、言えた」







 耶伝ヤツテヤン…………




 ヤンちゃんの持つ〝知る力〟…それは色々な物事を知ることが出来る力だ。




 だから、本当は図書館なんて行く必要なんてなかったし、こんなに長旅をする必要もなかった。…長くはないけど。とにかく、もっと早く旅を進められていたのは確かだった。




 それでも、この力を使わなかったのは…




 知る力を敢えて使用していなかったのは…



「…………」



 この旅が終わる…なんて、考えたくなかったからだ。もっと沢山の景色を、もっと知らない事を、もっと好きな人と……もっと、もっと…と、我儘な心があったからだ。




 旅が終わるイコールお別れではないのに。なぜだかコレが怖くて。また、離れ離れになってしまうのでは?…と、怖くて。嫌に怖くて。




 ………だが…それこそ、知る力でこの旅の結末を確認すればいい話なのだ。…一緒ハッピーエンドなのか、離別バッドエンドなのか、調べればいいだけなのだ。




 でも、もしも…




 もしも…カナメヨウが……




 カナメが…………




 カナメの…望む場所へと、崖の上、そのちょっとしたスペースしかない…三人の遊び場へと、そこへと辿り着けていなかった。なんて、そんな結末を知ってしまったりしたら、多分僕は、その過程を調べてしまうだろう。道中のハプニングを知ってしまうだろう。何故…どうして…と、深く深く知りに行くだろう。




 そんな感じの…悪い結果を知ってしまったら、僕はそうなるだろう。いや、そうする。僕ならする。絶対に。




 でも…僕が知る力を保有しているのに、カナメは…いつでも結果を知れるのに、そうしなかった。聡明で、記憶力の良いカナメが、まさかコレを忘れていたなんてことはありえない。




 ……そう考えると、カナメも怖いのかもしれない。




 このシアワセの終わりが。その後も続くのか、続かないのか。そのいつか訪れる結末が、恐ろしく怖いのかもしれない。




 彼も…人間なのだから。




 まぁ、違くても愛してるけど。というか、絶対に離さないけど。




 カナメを…



「希望を……」



 離すわけない。



「そういえばターバンくん、貴方の名前は?」



 力を使用すればすぐに判る事を、敢えて訊いた。これに関しては、相手に不信感を与えかねないから。なんで俺の名前を?なんて、警戒されてしまうから。名前に関しては力を使わないで、普通に訊く。



「ん?俺の名前か?…俺の名前は…」


「うん」



 ターバンが、戦場に向けていた視線を此方に移して、その声を発した。



夷伝イツテヤン。実は、俺も呼ばれ方次第でヤンちゃんなんだぜ?凄くないコレ?…と、今は戦闘中だったか。…取り敢えず、俺の事はイツって読んでくれ。ターバンでも良いけどな」


「…………へ…?」


「おお!船長やっぱりすげぇ~!いつ見ても惚れ惚れする剣技だ!いくらウィングが普通のブーイよりも弱くても、三対一という不利な状態なのに」



 凄いなぁ。と、感心しながら戦場を俯瞰している彼を見つめる。瞬きを忘れて、呼吸を忘れて、周囲の音を忘れて、ただ見つめる。




 この人…今の、聞き間違いじゃないよね。




 イツテ・ヤン…?



「お兄ちゃん……?」



 誰にも聴こえない、自分自身すらも聴こえない声量で呟いた。目を見開いて、〝知っている〟記憶の中の人物と照らし合わせる。




 するとどうしたことか、ピッタリとハマってしまう。多少顔つきは大人びてしまっているが、確かに、一つ上の兄。…その人と合致している。



「司令官、指示はあるか?それとも、順調か?」


「……いや、ハクちゃんは順調だけど」


「…あっちだな?あの…柵側の方だな?」


「そう」


「ウィング相手に二人掛かりかぁ…なぁ、司令官」


「うん、行ってきていいよ。…イツ兄」


「イツ兄?いいね!…さて、行ってくるとしますか〜。安全圏ここから見ててよ司令官。俺の強さの具合を」



 そう言って、高台から…ハシゴも使わずに飛び降りるイツ。やがてドタァ〜ン…!!と音を立てて着地し、腰の得物を鞘から抜いて駆け始める。




 そして、ヘイトを買うように指笛を吹き、自身に翼魔を呼び寄せる。その数は三体。残りの二体は他の乗組員達と絶賛戦闘中である。




 向かってきた翼魔の一体を、その繰り出される爪ごと刺突剣のような武器で切り払い、脇腹の辺りと首に向かって素早く突き刺した。どうやらその一瞬で核も破壊しているらしく、刺突剣が引き抜かれた後でも、翼魔はピクリとも動かなくなった。




 まさに瞬殺。圧巻の身のこなしと、目にも止まらない速度による一突きが、どうやらイツの武器らしい。




 そして、イツは声高らかに叫び始める。ヤンちゃんにも聴こえるようにと、大きく口を開けて名乗りを上げる。



「セシアライト騎士団所属!!イツテ・ヤン!これより、戦闘を開始するぅ!!俺の通る道を開けるんだ!!力無き雑魚共よ!!」



 ……戦闘中は性格が変わるタイプなのかな?…と、思わずそう思える程に、先程までとは雰囲気が違うように見える。



『ガァァァァ…!』

『ギィウウゥ!』

『クウァァ!』

『ギィィ…』



 乗組員達と絶賛戦闘中であったはずの翼魔二体もイツのもとへと集合し、戦況は四対一へと移り変わる。四方を囲まれて、普通なら絶体絶命といった状況へと移り変わる。




 …だが、そこに一人だけ笑う者が居た。それはそれは楽しそうに、にんまり笑顔で自身を取り囲む翼魔をぐるりと眺める者が居た。




 その男は、イツは、自身の手に持つ刺突剣を床へ突き立てて、品定めをするかのように、その目を動かす。



「あ~…なぁ、…いつ来るの?俺から行っていいのかよ?」


『…グィィィ!』

『ギュギュ!』

『ギァエエ…!』

『ギィギィギィィィ!』


「そう、それで良い。それが…良い!!」


『グィァ!?』



 四方から同時に攻撃を始めた翼魔…そのうちの正面の翼魔に対して、敢えて自分から距離を縮めて懐に潜り込んだイツ。深く踏み込み、重く鋭い拳を入れる。




 するとどうしたことか、白目を剥いて翼魔は気絶した。…どうやら、イツは各翼魔の、その核の位置が判るらしい。



「即死は免れちゃったか!まぁ、いいや。次ィッ…!」


『ギィァァァァア!!』

『ギュウグゥ…!』

『ググガァ…』


「っ…ぷふ…!ふふふ…ックク…!」



 その顔を恍惚とさせて、残る三体の翼魔をギラリと順を追うようにして眺めるイツ。




 そして、駆ける。




 先ずは、右の翼魔へ!



『ギァッ…!?』



 刺突剣の切っ先を、宙を舞う蝶が如く、綺麗で軽やかな動きで翼魔へと振り、そのまま切り捨て…よろけた翼魔の脇腹を一突きした。




 ちょうどその時、イツの死角側……背後から回り込むようにして、残る二体の翼魔が一斉に襲い掛かった。





 片方の翼魔の爪が、イツの背中に対して…数センチ程度の深さで沈み込む。更にもう片方の翼魔の引っ掻きが、イツの背中でガリッとした痛々しい音を発生させた。




 だが、




 何故か、苦しそうなのは翼魔二体の方である。両者ともに芳しくない表情を晒しており、対してイツの方は、それはもうニッコニコだ。この戦闘が楽しいのか、満面の笑みである。



「ふふっ!実は俺さぁ、視界外からの害意のある攻撃?不意打ちっていうのかな?と、まぁ、そういうの…効かないんだよね!」



 イツの身体から爪が引き抜けずに、その場でジタバタする翼魔を、背中を向けた体勢のまま切り払う。案の定、核ごと切り払っているらしく、その翼魔は悲鳴を上げることもできずに即死していた。




 いったい、どうして核の位置がそんなに正確に判るのだろう?…と、ヤンちゃんは疑問を持つ。




 知る力を持ってるわけじゃないよね…?でも、セイとトウのセシアライト兄妹が同じ力を扱える事を考えると、もしかしたら、イツ兄も…知る力を持っているのでは?




 〝調べて〟みる…?



「……展開」



 第六感と表せば良いのだろうか?五感とは別の、特殊な感覚として自らの中に存在しているそれを展開した。




 本を開くように、それこそ、惑星規模の百科辞典を引いているかのように、この世界に存在する莫大な情報…その中の億分の一にも満たない情報を頭の中へインプットする。



「えーと…」



 人の情報…イツ兄の情報…その詳細…なるほど。




 判った。



「〝竜殺者シグルズの力〟…?」






 竜殺者シグルズの力について…



 異界から来訪してきた、赤い瞳のフェニックスの様なドラゴン。その血を全身に浴びた末に手に入れられる力。


 各世界を見て回っても、赤い瞳…フェニックス、ドラゴンという条件は、トマ※※唯一人ただひとりしかいない為、且つ、本人から了承を得ないと習得出来ない為、その入手難易度は全世界最高レベルだ。




 そ※力の全※は、



 ※※認識能力の上※、視界※※※※害※※※※※撃※無※化、任意の対象の※※※※※※※※※の※得、【更なる詳細】。



「【更なる詳細】」



 それを展開した。



「っ!!」



 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。




 Error.Error.Error.Error……………………Error.



「なに…これ…?」


「司令官!!一体がそっちに行ったぞー!!」


「…え」



 イツの声でやっと気がついた。




 眼の前に迫りくる、爪の削れた翼魔の存在に。




 先程までとは全く違う…雰囲気の…






 黄色い瞳だったはずのソレは、赤い…真紅の瞳へと変化しており、その顔も、その表情も、酷く冷たい、生気を全く感じない、そんなモノになっていた。




 咄嗟に身構えて、来るかもしれない攻撃に備えるが、眼の前をバサバサと飛んでいる翼魔からは、いや、その存在からは、全く敵意を感じない。




 そして、その存在は口を開いた。



『キミは、触れた。…手が、脳が届いた。君で二人目だよ。こんな事が出来る存在はね。少なくとも…友人に聴いた限りで、だけど』


「貴方は…?ふ、普通のウィングじゃないよね…?」


『僕…?僕は…この世界を統べるモノさ』



 ニコッと人の良い笑みを浮かべて…名前ナマエを言った。



『僕の名前は…Biblicalビブリカル



 真紅の瞳を真っ直ぐと此方に向けながら、その名前フルネームを言った。



biblicalビブリカルskvarスクヴァー。詳しく言えば……』



 真紅の瞳で、僕の事を見つめながら続けた。



『世界王が一人、ビブリカル・スクヴァー…その人さ』


「世界…王…?」


『ギュギュイ…?』


「…っえ…?」


『ギュグアアアッッッ…!!!』



 パンッ…と、眼の前の翼魔は爆発して散った。そして、その直後に耳元で囁くようにして、再び世界王の声が聴こえた。



またね。ま、機会があったらだけどさぁ。



 振り返るがソコには居ない。




 どうやら、直接脳内に声が響いているようだ。



あ、〝ソレ〟だけど。プレゼントだからね。世界王にあった記念として受け取ってよ。


「ソレ…?」



 だが、僕の疑問に答える事もなく、脳内からスー…と何かが抜けて、そのまま消えた。それからは、いくら声を掛けても世界王からの反応はなく、只々自身の思考が脳内で蠢くばかりだった。




 故郷と…スクヴァー村と同名の存在、世界王…ビブリカル・スクヴァー。この存在はいったい何者なのだろうか…?




 …と、思考を巡らせていると、イツ兄から声を掛けられた。心配や感心が入り混じったような、そんな声を掛けられた。



「司令官ー!大丈夫か!あと、爆発してたけど…それ、なぁにぃー!」


「解らない!」


「解らないかぁ。なら、別にいいか」


「イツ兄の周囲のウィングが逃げようとしてるよ!何故か、ソレゾレ同じ方向に」


「ウィングは普通のブーイよりも、知能が著しく低いからな。別れたほうが良いなんて、そんなの解らないんだよ」



 空を飛び始めた、脇腹に穴の空いた…一体の翼魔へと、その手に持つ刺突剣を投擲したイツ。見事に貫いたのは、肩甲骨のあたりである。




 そして…



「よっと…」



 その場で少し駆けてから跳躍したイツは、自身の投げた刺突剣を、落下中の翼魔から引き抜いて、もう片方の、腹を苦しそうに抑える…翼魔へと空中で振るった。




 高台から見ていると、その人間離れした動きがハッキリと見えて、イツの異常さが…セシアライト騎士団の異常さが垣間見えてしまう。




 アレで、上から十六番目、下から二番目の実力だと本人は言うので、一番上の実力の持ち主は…上位種のブーイを単体で、且つ、無傷で相手どれるのだろうと想像できてしまう。




 真っ二つとなり落ちていく翼魔を見て、そう、思った。



「僕のお兄ちゃん…凄い…!」



 ズガァーン…!…と、またも大きな音を立てて着地したイツは、未だに一対三を繰り広げている、この飛空艇の長、ハク船長のもとへと駆け出し始めた。



「助太刀するよ、船長!」


「あら、私は別に、援護なんて頼んではいないのだけれど」


「でも、汗だくじゃん?」


「そりゃあそうよ。だってウィングブーイは特異種なのよ?核の位置がわからない限りは、無限に回復するのよ?それに、空まで飛んでいるのよ?普通なら、三人を相手取れる時点で称賛物よ」


「なら、俺は国から表彰されちゃうな」


「…もう何回もされているじゃない」


「そうだっけ?」


「ええ。噂通りならね」


「まぁ、〝援護〟じゃなければいいんだね船長?」


「……さっきのは、そういう意味ではないのだけれど」



 …と、ハク船長が相手をしていた三体の翼魔を、指笛を用いてイツは彼自身へと誘導した。恐らくは、ハク船長を援護側に変えようとしているのだと想像できる。



「あ、ちょっと!」


「それじゃ、援護よろしくね。船長」


「もう…この子は本当に噂通りの変人ね…」


「っふふ…!あっと三体〜!ックク!」



 爪を剥き出しにして突進を始めた二体の翼魔。少し遅れて、残りの一体は身を丸めて…タックルの形でイツの方へと加速した。




 …だが、未だ汗一粒もかいていないイツは、軽やかな足取りで…距離を取るでもなく、避けるでもなく、逆に…先頭の二体の翼魔の方へと跳躍した。




 そして、彼は目を閉じた。



『ギュイイ…!?』

『ギガァ!?』



 そして、彼は目を開いた。




 見事に爪の無くなった翼魔の一体を…空中で鷲掴みにし、地面へと投げ飛ばす。もう片方の翼魔は、刺突剣で翼を落とし、同じく地面へと落下させた。




 跳躍してからのその間、イツの目はずっと一点を見つめていた。その視線の先を追うと、どうやら彼の狙いは、タックルを仕掛けてきている…後方の一体の翼魔の方へと最初から向いていたらしい。




 身体を丸めている翼魔へと真っ直ぐに刺突剣を向けて、その顔に笑みを浮かべながら…彼は言う。



「六…!」


『ッガァ……!?』



 刺突剣に刺さったまま落下していく翼魔。まだその身体はピクピクと痙攣していた。…が、再三にわたり響くドガァーンという着地音。




 テイがこの場にいたら、確実に戻していただろう。…とだけ、刺突剣の刺ささった翼魔の、今の状態を伝えておく。



「船長!そっちは……あぁ」


「何を残念そうにしているのよ。終わったわ」


「そっか…」


「さて、皆ー!!」



 …と、ハク船長が、もはや傍観者と化していた乗組員達へと向けて言い放つ。



「特異種ウィングブーイ、計八人!全部撃破成功よ!」


「「「「うおおおおぉぉぉ!」」」」


「さて…船首側に向かいましょう」



 …と、ハク船長が、船首側へと駆け始める…




 …その時の事。



「せ、船長!!アレを!」


「っ…!アレは…いったい!?」



 乗組員の一人が言い、ハク船長も気がついた。そして、ヤンちゃんも今になって気がついた。




 空を覆うように、船首側を覆うようにして、氷のようなモノで象られた…半球形のドームが、幾層か出来ていたのだ。




 そして…ソレが割れる音が響き、船尾ここに居ても少し聴こえた誰かの着地の音。




 そうして、氷のドームに皆が呆気に取られる。



「セイの氷…?」



 今、あっちはどうなってるの…?




 少しして、皆がハッとなり、再度船首側へと動き出し始める。セイの作り出していた氷のドームは、皆の視線や意識を奪ってしまう程に、非現実的で幻想的なのだったのだ。




 そして、その…心を奪われていた〝少しの時間〟で、船首アチラ側では様々なコトが起きていた。




 そして………



『キュガアアアアアアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙…!!!』



 …と、耳鳴りとも断末魔とも受け取れるソレが、飛空艇の空気を振動させ…




 ハク船長の足を止めさせた。



「今のは…」



 …と、ボソリと呟き、ハク船長は周囲を慌ただしく見渡し始めた。




 …そして、見つけた。




 遥か遠方から、飛空艇へと一直線に向かってくる存在に。尋常ではない程に、速く、此方へと滑空して来ている存在に。




 ソレは、ソレラは、



「ペレグリンブーイ…?なんで…十体も……」



 ヤンちゃんは高台から、隼魔を〝頭で確認〟し〝眼で理解〟した。




 さっきの耳鳴りのようなモノは…もしかしなくとも仲間を呼ぶ為のモノだったのだろう。それなら、ハク船長がいち早く反応し、周囲を慌ただしく警戒し始めたことにも納得である。恐らくは…こういった襲撃時に、たまに聴く事があるのだろう。




 そして…爪の先程度のソレラは、気が付けば一粒のお米程度の大きさに…小指の第一関節までの大きさになっていき、どんどんとその姿が鮮明になっていく。




 此処に到達するまで、残り十秒を切った。



「あ、カナメだ…」



 飛空艇の上にプカプカと浮かぶ彼を見つけた。その胸に抱かれている彼女を見つけた。双方ともに絶望の表情を浮かべている為、隼魔の強さがどれほどのものなのかを容易に理解できる。




 思わず、ヤンちゃんは固唾をのんだ。再度、隼魔に視線を移すと、既に目と鼻の先。あと数秒後には此処に幾つかの穴を開けるだろう。



「…これは…どうすれば…?」



 世界王に呼び掛けてみようとして、その思考が出来ない事に気がついて、その間にも迫ってきている隼魔に身体が震え始めて………



「カナメぇ……」



 …と、目元をウルウルとさせて愛しのその人に視線を移す。




 ハク船長も苦虫を噛み潰したような顔をしている。イツ兄の笑顔もひと目見て理解出来るほどに強張っている。他の乗組員達も隼魔の脅威を理解している為、その数の多さに、床にへたり込む者やその場でビタリと固まってしまう者もいた。




 どうしようもないの?本当に…?








 …と、皆が絶望に顔を歪ませているところに、一つの飛空艇が、黒く…今乗っている飛空艇よりも一回り小さい飛空艇が、突如としてその場に現れた。



「…アレは…?」



 例えるならば、その飛空艇は…巨大な一匹の鴉のようだった。

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