この生活の
短く暗い金髪をオールバックにした、少し硬そうな髪質の男性が木枯らしの吹く道を音も立てずに静かに歩いていた。手にはバケットやジャム、リンゴなど食料が入った今どき古風な紙袋を持っていた。他の食料も、食べれないことは無いが決して質のいいと言えないものばかりのそれを抱え、彼は真っ直ぐに路地裏を抜けた先にあるボロい空き家へ向かった。
彼の黒いジャケットが強い風になびくと、彼はキュッと身を縮めた。まだ夕方だというのに外は暗く風は酷く冷たい。それもそのはず、もう十一月後半なのだ。そんな時期にどうして自分は。
そう思いながらも彼が扉を開けると、ボロい家には似合わない、綺麗な長い金髪をハーフアップにして水色のリボンをつけた可愛らしい女の子が彼を待っていた。
「おかえりないさい、オルコス!プリンはあるの?」
無邪気な明るい声でそう男に問いかける少女の澄んだ青い瞳は期待に満ちた輝きをしていた。
「プリンなんて高くて買ってられねぇよ、嬢ちゃん…」
はぁ、と頭を抱えてため息をつく男に少女はあまり残念だと思っていない声と表情で残念と言った。
「ね、オルコスはお腹すいた?私はもうペコペコよ。夕飯にしましょうよ、ちょっと早いけど」
時刻はまだ六時になったばかりだが、どうやら少女は夕食の時間を待ちきれないらしい。オルコスは分かったと淡々とした調子で答えるとリビングの机の上に袋をおろし、袋の中身を出していく。見た目が悪くなった肉、少し萎びたリンゴ、やたら硬いバケット、賞味期限の近いジャム…どれもこれも安く売られていたものばかりだ。
オルコスは肉を手に取ると、綺麗な色の部分と色の悪い部分を自前のナイフで切り分けていく。そしてこの家の持ち主が置いていったのであろう古いフライパンで先に綺麗な肉を焼き、皿に移して机の上に置いた。
「嬢ちゃん、とりあえず肉焼いたから先に食べな」
そう声をかけられた少女は焼いた肉と分けられた肉を交互に見たあと、じっとオルコスを見つめた。元々少し顔色の悪い男で目元のクマも少女の知っている彼には昔からずっとあるが、それでも最近は余計顔色が悪くなりクマも濃くなっている。少しでも体にいいものを食べるべきなのは彼のほうだろう。
「ねぇ、オルコス。そのお肉は貴方が食べたらいいわ」
そう少女が声をかけると男はビクッと体を震わせる。
「どうかしたの?」
「…いや、なんでもない」
フイッと目をそらすオルコスの反応にあえて触れないように少女はいつも通りの対応する。
「そう?ならいいわ」
「でも肉はそっちを食べてくれ。俺なら大丈夫だ」
「ダメよ、貴方随分疲れているもの。せめて半分ずつよ」
こうなった時の少女が折れないのをよく知っているオルコスは残りの肉も焼いて素直に半分ずつ皿に分けた。
しんとした空気の中、二人分の咀嚼音とたまに皿にカツンとフォークの当たる音。しばらくそれだけが響く空間だったが、この空気に耐えかねたのかオルコスのほうが口を開いた。
「…食後にはリンゴでも食べよう。ここ最近あまり果物は食べてなかったから、たまにはいいだろう。体にもいい」
「デザートがあるのね、嬉しいわ。プリンじゃないのがちょっと残念だけど」
「…悪いな、不自由させて」
ボソリと呟きた男の瞳を真っ直ぐ見つめ、ニコリと笑う少女。その表情は不平不満などとはかけ離れていた。
「大丈夫、私今とても楽しいのよ。だから謝らないで?」
その言葉に申し訳なさそうに、しかしホッとしたような表情で男が返す。
「そうか。…楽しいなら、よかった。……よかった」
その後は留守番の間に何をしていただの、外が寒かっただの、ただ他愛のないやり取りをしながら食事を進める。シャクシャク、シャリシャリとリンゴを食べながら楽しそうにしている少女を見つめ小さく微笑むオルコス。ふと気付けばリンゴの乗っていた皿は綺麗にカラになっていた。
寝るにはまだ早い時間だが、空き家に暇を潰すものも無い。しかし少女に少しでも穏やかに過ごしてほしい。今からどうしたものかと考えるオルコス。またしばらくの沈黙の後、彼が口を開いた。
「…散歩でも行くか?流石にずっと室内も退屈だろう」
「いいえ?家の中も楽しいから大丈夫よ。…それに、外はあんまり良くないでしょう?」
「……それは、まぁそうだが…俺がいたらあんまり変わらんからな」
そう言ってオルコスは首につけているチェーンにシンプルな四角い飾りのついたネックレスを触りながら皮肉そうに笑った。ネックレスとオルコスを交互に見つめた少女は少しだけ呆れたように笑って答えた。
「それもそうね、じゃあ散歩に行こうかしら」
白いファーのついた水色のケープを羽織った少女と、黒いジャケットを着た男は人が居ない道を肌寒い中歩いていた。街灯は少なく、月明かりが道を照らしているだけの場所を黙々と何も語らずに足を進める。オルコスはチラリと少女を見る。黙って歩いているだけなのに楽しいのだろうか、ずいぶんと嬉しそうに見えた。
まぁ、ほとんど家の中にいるのだから外の景色を見れるだけでだいぶ違うのだろう。そう思うと申し訳なさを感じてしまう。はぁ、と少女にバレないように小さくため息を着いた時
ガサッと一瞬音がした。
自分たち以外誰もいない場所で、風にしてはそんな音がなるほど強く吹いていない時に。かといって猫や犬がいたようでもない。つまり、誰かいる。
(…もう来たのか)
その事実に不安と同時に安堵する。追う価値がある、自分か少女かどちらかなんてどうでもいい。追う必要性があるだけで安心してしまう。
しかし、そんな事を考えている場合ではなかった。オルコスは黙って少女を抱き寄せ、少女の耳を片腕を使って塞ぐ。少女は何か分かったかのようにオルコスに抱きつき目を瞑った。
「今すぐお嬢様を離せ、さもなくば撃つ」
スーツを着た男性が茂みから銃を構えながら出てきてそう話すと、オルコスも右手で銃を構える。オルコスはそのまま周囲を見渡し他に誰も居ないことを確認すると目を閉じた。
「…一人か、そうか」
そして彼は再び目を開ける。
「その要件を聞くと思うか?俺が」
そうとだけ言うとオルコスは相手の太ももを撃ち抜いた。相手も撃つが銃弾はオルコスの足元を掠めただけだった。オルコスが次に相手の腕を撃つと相手は拳銃から手を離した。
その隙にオルコスは少女を抱えて走り出し、相手から逃げ去った。
「…ねぇ、もう目を開けて大丈夫?」
随分と走ったオルコスに少女はそう問いかける。
「……あぁ、もう大丈夫だ」
ゼーゼーと息を切らしながら答えたオルコスに大丈夫?と聞きながら目を開ける少女。
「俺なら大丈夫だ。……嬢ちゃん、もうあの家を出ていく」
「…そうよね、見つかったもの」
「最低限の荷物だけ取りに戻る」
「わかったわ」
家に着くとオルコスは鞄に荷物を急いで詰め込む。少女も自分の鞄に色々と物を入れていた。
「準備は済んだか、嬢ちゃん」
「えぇ、バッチリよ」
「じゃあ行くぞ」
そうして二人は空き家をあとにした。少し進んだところで少女は足を止めチラリと振り返り空き家を見つめた。こうやって転々とする生活が始まってまだ半年程しか経っていない。
「…セレーナ?」
立ち止まる少女を不思議そうに見ているオルコスに名前を呼ばれると、少女はオルコスの元へ走っていった。
Twitterの創作アカウントに載せたものを少し修正しています。