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8話 次のクエストに向けて準備をしましょう

「山行くぞ、山」



 ある朝、〈カモミール亭〉で食事をとっていると、唐突にカイルさんが言い出した。


 山? 山とは、どこの山だろう。


 さっぱり分からない。しかし、ティムさんとオリヴィアさんには分かったのか否か、二人は無表情のままだった。



「……あのさ。語彙力どこ落としてきた? いや、元からそんなになかったか」


「山とは、〈シルフィウム鉱山〉のことで合っているか?」


「そうだよ。山といえばそれに決まってんだろ……おいティム。お前あとで覚悟しとけ?」



 また知らない地名が出てきた。ティムさんの毒舌に憤慨しているカイルさん曰く、「山といえば」とさえ言われる場所らしいので、有名な山なのだろうか。



「ティムさん――」


「〈シルフィウム鉱山〉は、この町から北北西に位置する山で、色んな種類の宝石がとれる鉱床ってことで有名な場所。ついでに魔物もうじゃうじゃ潜んでる」



 こちらの意図を察してくれたティムさんが、早口で解説してくれた。助かります。


 鉱山と呼ばれるくらいだから、金や銀が採掘されているのかと思いきや、宝石とは。そして、例によって魔物が出るのでダンジョンと化している、と。



「一応頂上まで開拓は済んでて、途中にいくつか入り口までワープで戻ることができるポイントがあるんだけど……カイル、まさか頂上まで行くとか言わないよね?」


「言いたいとこなんだけどな。さすがにそこまで装備そろえらんねぇだろ」


「そんなに高い山なんですか?」


「相当高いぞ。頂上付近は、魔物も植物も生息できないほど厳しい環境だと聞く。そもそも、魔物を倒しながら険しい道を行くことになるから、どうしても長丁場になってしまうんだ」



 オリヴィアさんが真顔で教えてくれた。


 魔物も、植物さえも育たないほどの環境とは。エベレスト並とでもいうべきなのか。加えて魔物が襲ってくるとなると、かなり危険度が増すだろう。背筋が寒くなった。



「ちょっと前までは、宝石目当てで登る奴がいっぱいいたんだよ。けど、なめてかかって軽装備でいった奴は、たいてい途中で身動きがとれなくなる。それでばかみたいに救助要請が頻発したから、国が規制をかけたんだ。冒険者はギルドに申請して、審査を通過できないと登れないようになってる」


「そうなんですか。よく分かりました」



 教えてくれたティムさんと、あとオリヴィアさんにも丁寧にお辞儀をした。オリヴィアさんは微笑んでいたが、ティムさんは若干渋い顔でこちらを見つめたままだ。



「いちいち説明するのめんどくさいんだけど……あとで地図あげるから、自分で勉強しといて」


「ホントですか。ありがとうございます。是非お願いします」



 ありがたい申し出に、お礼をしながら再び頭を下げる。ティムさんは気だるそうにため息をついていた。


 これで、一から説明してもらう必要はなくなるはずだ。もらったら、暗記するくらいよく読みこもう。



「てなわけで、しばらくは〈シルフィウム鉱山〉目指して金策。どうだ?」


「私は構わない。ティムは?」


「……稼げるかどうかはともかく、レベル上げには最適だろうね。そろそろ昇格も視野に入れておかないと」


「そこだよ。さすがよく分かってんな」



 首を傾げる僕に、カイルさんが自分の冒険者カードを見せてくれた。よくよく見るのは初めてだ。


 カードには、身分証明書よろしく色々な個人情報が書かれていた。カイルさんの名前から始まって、パーティー名の『レジェンズ』に職業名の傭兵と、ランクである「B」という文字が書かれてあった。


 そして、一番の注目すべき点は、名前の右にある数字である。



「ななじゅうさん……?」


「パーティーメンバー全員が七十五までいったら、Aランクの昇格試験受ける資格が手に入るんだよ。ティムが七十一でオリヴィアが七十ジャストだから、あとちょいってとこ」



 カイルさんが、片目を閉じて自慢げに笑みを浮かべる。当たり前のように言っているけれど、僕には違和感しかなかった。


 ここは、なにかのゲームの世界ではない、よな?



「それって、どういう仕組みなんですか?」


「仕組み?」


「経験値がたまるとレベルが上がるっていう理屈は分かるんですけど、どうやって数値化してるんですか?」


「…………」



 カイルさんが黙り、オリヴィアさんと同時にティムさんを見る。



「いや、俺もよく知らないけど……確か、機械産業が発達した他国の技術を応用して、自然科学研究所の創設者が開発したとかいう話じゃなかったかな」


「自然科学研究所?」


「植物とか動物なんかの自然科学を中心に、人の生活に関わる色んな分野について研究をしてる施設。お前みたいな魔物についての研究もやってる」


「ミランダさんの魔物研究所とは違うんですね?」


「前は在籍してたけど、あそこを継ぐために独立したらしいね」



 ミランダさんは、研究所の研究員だったのか。白衣姿のミランダさんも、なんだか妙に合っている気がする。



「っていうか、みんなしてなんでも俺に聞くのやめてくれる? 自分で勉強しなって」


「無理だな」


「私もある程度は努力しているが……ティムには及ばないな」



 カイルさんは腕組みをしてふんぞり返った不遜な態度だったが、オリヴィアさんは申し訳なさそうに眉を下げていた。二人を見たティムさんが、うんざりしているとばかりに大きなため息をついた。


 ティムさんの精神力を削ってしまったけれど、おかげでこの世界がゲームの世界ではないとはっきりしたぞ。冒険者カードの具体的な仕組みについてはほとんどなにも分からないままだけれど、少なくとも「そういう魔法や技術がある」なんて雑な言葉で片づけられるわけではなさそうだ。


 ただ、詳しく知ろうとしても難しいだろう。例えるなら、電子レンジ。日常的に使っていても、それがどういう仕組みで動いて、どうやって物を温めているかを詳しく知っている人がそれほど多くないのと同じように、気にしたところであまり意味はないともいえるのではないだろうか。現に、カイルさんもオリヴィアさんも、仕組みはまったく知らないけれど少しの違和感も抱かずに使用していたわけだから。


 閑話休題。


 それとは別に疑問に思ったのは、三人のレベルの高さについてだ。先日、カイルさんは「ここまでくるのに十年近くかかった」と言っていたけれど、十年弱でここまでのレベルに到達できたのは、ものすごく優秀なのではないだろうか。タコ本来のスキルを駆使するにしても、敵を倒す術が「伸ばした触手で叩く」くらいしかなさそうな自分が加入していいパーティーではないような気さえしてきた。



「つーわけで、異論はなしっつうことでいいな?」



 カイルさんが他二人を見回して、頷いたのを確認し――僕は疑問だらけで混乱していたけれど――自身も大きく頷いた。




 ◇◇◇




 その日から、カイルさんたちは〈シルフィウム鉱山〉登頂のための資金集めにとりかかった。カイルさんは主に配達などの力仕事をこなし、ティムさんは図書館、オリヴィアさんは喫茶店で働いている。


 一方、僕はというと。



「初めて頂上まで到達したのがつい六年前……出没する魔物も確認されているだけでも数十種類に及ぶ、と……」



 一人、〈カモミール亭〉の隅っこで勉強していた。


 ティムさんからこの国の地図をもらい、なんだかはまってしまったのだ。本当はカイルさんのお供をするところが、



「目ぇ見開きすぎだろ……瞬きしろ、瞬き」



 と、言われるくらい集中していたため、見かねたカイルさんが、〈カモミール亭〉の店長・ハロルドさんに許可をもらって、そのまましばらくいさせてもらえるようになったのだ。常にご主人様と一緒にいなくても大丈夫なこの不思議なシステム「従魔」。否、システムと言っていいのかもよく分からない。


 ティムさんからは、地図だけでなくこの国について詳しく記されたパンフレットももらった。国の名前は、キャラウェイ王国。領土の広さは、隣国のセントジョーンズワート帝国と比べると、多く見積もっても三分の一、へたをすれば四分の一程度しかないが、独自に発展を遂げてきた国だそうだ。


 その理由は、豊富な資源を有していた点が大きい。東と南側に面した海でとれる豊富な海産物に、とある鉱山で採掘されていた金が主なそれだ。特に金は、他国へも輸出していたため莫大な財を生みだした。


 今では金は採掘できなくなってしまったようだが、代わりに〈シルフィウム鉱山〉でとれる宝石が貴重な国の財源になっているようだ。そのため、許可が下りても持って帰れる原石の量が厳しく決められていて、規定の量以上にとれた分はもれなく没収されるとか。


 規定の量を超えなければ、実質宝石取り放題! の、ように思えるが、現実はそんなに甘くない。ネックなのは、「魔物が出没する」点だ。


 パンフレットにも、太字や赤い字でやたらと強調している注意書きが目立った。ふらっと観光気分で立ち寄れる場所では、決してないのだ。



「うーむ……大変だぁ……」



 なんて、他人事のように感心している場合ではない。僕もそれなりに鍛えないと。


 魔物が出てきて戦闘が始まれば、のん気にしていられない。一緒に戦えればいいのだが、先日確認してもらった契約書に書いてあったのは、補助的なスキルだけだった。まさかとは思うが、僕には戦闘能力が備わっていない……なんて、そんなまさかな。


 あ、そうだ。いいこと考えた!


 カイルさんがよく行く〈鍛錬場〉。あそこにいけば、僕に合う戦闘方法が見つかるかもしれない。善は急げ、だ。


 地図とパンフレットを小さくたたんで小脇に抱え、厨房で仕込みのためせわしなく動き回っているハロルドさんにお礼をした。「気ぃつけてな!」と、元気な声を背に受け、外に出る。


 〈鍛錬場〉は、カイルさんがほぼ毎日のペースで通っているので、場所は分かる。ここからは結構離れているけれど。


 道中、怪しい雰囲気を感じとったらすぐに『カモフラージュ』で姿を消して回避しつつ、やってきました〈鍛錬場〉。


 触手一本をのばして扉を開け、中へと入る。受付カウンターには、なにやら事務仕事をしているいつもの係員の若い女性がいた。名前は、レベッカさん。濃い茶色の髪をポニーテールにしていて、きりっと吊り上がった目が特徴の眼鏡美人だ。



「ん、しょっと……」



 受付カウンターの台に触手を伸ばして上った。瞬間、レベッカさんと目が合う。



「こんにちは、お邪魔します」


「……こんにちは。お一人ですか? カイルさんは?」



 レベッカさんは一瞬間を置き、かけている楕円形の眼鏡を上げた。突然タコが目の前に現れたのに、動揺している様子はほとんどなく無表情だった。


 別に驚かせたかったわけではないけれど、ノーリアクションは少し残念だ。



「今日は僕一人です。折り入って相談があるんですが、ちょっとお時間よろしいですか?」


「構いませんよ。トレーニングや当施設に関することでしたら、どうぞなんなりと」


「戦いたいんです」



 レベッカさんが、無表情で固まった。


 あの、唐突ですみません。

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