陸上を知ったタコ、海に還らず
戦争の爪痕が消え、すっかり元どおりになった町で春の暖かい風を感じつつ、ある喜びの余韻に浸っていた。
つい先程、〈冒険者ギルド〉でカードの更新をしてもらったばかりである。カイルさん、ティムさん、オリヴィアさんのそのカードには、金色の文字で「S」というマークが刻まれていた。
そう。僕たちは、晴れて念願のSランクパーティーとなったのです!
昇格試験は……もはや思い出したくないレベルで、苛烈を極めるものだった。騎士団の十二まである部隊から、ランダムに選ばれた一つの部隊に所属する騎士全員と戦うのが試験内容だったのだが、それに加えてとある乱入者がいたのだ。
「ここならおあつらえ向きだろう、カイル。いつかと言わず、今勝てよ。俺に」
それが誰だったか、結果はどうだったのかは、言うまでもないだろう。
少なくとも、始まって即行で『巨大化』してやりたい放題……なんていうイージーモードではなかった。なぜなら、カイルさんたちから「絶対にするな」と釘を刺されていたし、試験前の審判からの説明のときに禁止を言い渡されたから。
Sランク昇格にともない、それぞれの職種もランクアップした。カイルさんは、傭兵から勇者に。ティムさんは、魔法使いから賢者に。オリヴィアさんは、弓使いから弓聖に。
そして、僕はというと……なにも、変わっていない。
というのも、実のところ〈ローレル大聖堂〉の司教――大聖堂の一番偉いお方――から、聖獣と認定するための儀式を執り行うとの打診はあったのだ。しかし、はっきりと断った。
「お前はよかったのか?」
カイルさんが、自分の冒険者カードから僕に視線を移して、言った。
それに続けて、ティムさんがため息をつく。
「カイルの従魔でいつづけるために断るなんて……馬鹿というか阿呆というか」
「馬鹿も阿呆も似たような意味じゃありませんかね?」
「馬鹿でも阿呆でもないと思うが、もし聖獣に認定されれば他の奴らからの目も変わるだろう? 堂々と町を歩けるようになるんじゃないか?」
オリヴィアさんの言うとおり、確かにそれは考えた。しかし、聖獣になれば自動的に従魔の契約が解除されてしまうと知って、すぐに断ったのだ。
首を横に振り、三人を見る。
「他のたくさんの人たちに認めてもらうより、仲間の皆さんに認めてもらう方がずっと価値がありますから。これからも、カイルさんの従魔として仲間でいさせてください!」
そう言って頭を下げると、「当たり前だろ」とか、「大歓迎だ」とか、「本当に物好きだよね」などと言われながら、順番に頭をなでられた。
それが、僕にとってはなによりも嬉しかった。
「よーし! 祝杯だ! Aランクのときより食うぞ、飲むぞ!」
「はいはい、いちいち叫ばなくていいから」
「はめを外しすぎないようにな」
そうして、訪れた食事処〈カモミール亭〉にて。
扉を開けて、なぜか真っ暗な店内に訝しがるのも束の間。明かりがつき、大きな拍手が沸き起こった。
「おめでとうお前ら! よくやった! さすが我が一番弟子と二番弟子たち!」
「Sランク昇格おめでとー!」
「めでてぇなぁ! おら、そんなとこ突っ立ってねぇでさっさと来いよ!」
「やはり我慢できなかったんだね。主役がくるまでは飲むなと言われていたじゃないか」
「ふふ。大目に見てあげましょうよ。今日みたいな日は」
ボリスさん、サラさん、スティーヴさん、トリスタンさん、ミランダさん。その他、普段お世話になっている顔なじみが勢ぞろいしていた。非常に眠そうな顔のウルフさんと、ノボリさんもいる。
いつもと違うようにつないで設置されたテーブルには、かの貴重かつ超絶美味なジャンビン鳥の丸焼きをはじめ、豪華な料理がほぼ隙間なく並べられていた。
一体いつの間に。試験の結果をすぐに聞きつけたとしても、手配する時間はあまりなかったはずなのに。
「お前ら……何なんだよ! そんなに俺らが好きなのかよ!」
カイルさんが、飛びかかるようにみんなのもとへ突撃したのを合図に、大宴会が始まった。
それぞれが思い思いに、色々な料理や飲み物を嗜み、会話に華を咲かせていた。カイルさんは、ボリスさんから苦手なドロン虫のソテーを勧められて逃げまわり、ティムさんはトリスタンさんと魔法についての難しい話に熱中、オリヴィアさんはサラさんやミランダさん他女性陣に誘われて、談笑していた。
宴会が始まってから少したった頃、ある二人の人物が来店した。
「よう。ずいぶん盛り上がっているじゃないか」
「祝いの言葉を伝えにきたのだが……邪魔だっただろうか?」
「レックスにエリオット! ばかいうな、こっち来いよ! そして俺を助けろ!」
苦笑する二人をも巻き込んで、さらに宴会はヒートアップしていった。
「マリネちゃん」
大好きなワナワナ貝をたらふく食べて、身も心も満たされたところで、ケイティさんが紅茶のカップを持ってこっそり近づいてきた。
「ケイティさん! 僕の大事なポーチ、ずっと預かっててくれてありがとうございました!」
「どういたしまして。今度の冒険は、ずいぶん長かったのねぇ」
「はい。やっとゆっくりできそうです」
「ふふ……そう。せっかくだから、聞かせてもらえないかしら? あなたの冒険譚を」
「はい、喜んで!」
さて、なにから話そうか。
そう考えるだけでも、楽しくて嬉しい。思い出したくないようなつらいことも多かったけれど、貴重な人との出会いもあったから。
タコは、泳ぐのが苦手だ。しかし、人と縁で繋がれる。
これからもこの体で、夢と希望を胸に抱いて、冒険の中で生きていくのだ。
END
完結しました。ここまでご覧いただき、本当にありがとうございました。
以降は、他キャラ視点の後日談や舞台裏的な話を載せていきます。よろしければそちらもご覧ください。




