69話 エンドロールは最後まで見ましょう
ラルゴさんによって『セントジョーンズワート王国』の復活宣言がなされた後、よそ者である僕らは早々に自国に戻ろうと、広場から出た。
リタさんとラルゴさんの二人に、なにか一言でも伝えたかった気持ちはあるけれど、あの興奮冷めやらぬ状況では、近づくのは無理だろう。
「まーた〈ヒールオールの谷〉まで戻るのか……だりーな」
「いや、今なら〈サイプルス〉の砦も通行できるだろう」
「そっちの方が近いんですか?」
「ここから目と鼻の先だ。砦を過ぎれば、すぐ〈ハーツイーズ〉の領内だしな」
「ええ?」
そうだったのか。そこを通れれば、最大ともいえる難関の〈ヒールオールの谷〉をはじめ、毒草はびこる〈マジョラムの森〉や、頻繁に魔物が出没する危険な道を通る必要もなかったのか。だからこそ、砦を築いて強固に守っていたのだろうけれど。
「マリネ様! 皆さん!」
レックスさんの提案により〈サイプルス〉を目指して歩きだしたところ、誰かに呼ばれた。振り返ると、リタさんがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「お前、なにしてんだよ。こんなとこに来て――」
「だって! 皆さんが黙って去ろうとするから!」
カイルさんの言葉を遮り、乱れた息で叫ぶように言ったリタさんは、続いてカイルさんの手をとった。
おお? なんだか、いつになく強気だな。カイルさんも若干仰け反って、戸惑っている様子だ。
「感謝してもしきれないほどのご恩があるのに……っこれでお別れなんて、そんなのあんまりです!」
「別にいいだろ。俺たちはよそ者なんだから」
「違います! 皆さんは、私たちの想いを背負って戦ってくださった同志ではありませんか!」
顔を一度俯かせ、勢いよく上げたときにはもう涙があふれていた。
そのリタさんを見て、困惑気味だったカイルさんが苦笑した。
「その泣き虫なところ、早いとこ直せよ。これから国のリーダーになろうって奴が、そんなんじゃしまらねぇだろ?」
「……っ分かって、おります」
「頼むぜ? もう戦争なんてこりごりだからな」
「……はい!」
リタさんは、つかんでいたカイルさんの手を離し、涙を拭ってまっすぐ前を見て、力強く返事をした。凛としていて、美しい。
続いて、僕の方に視線を移した。
「お約束のピアノの件、近いうちに果たせるよう努力いたします」
「無理しないでくださいね。でも、楽しみにしてます。この国の素敵なところ、たくさん知りたいので」
「はい。お任せください」
「ラルゴ王子にも、よろしく伝えてくれ」
「承知しました。皆さん……っ本当に、本当にありがとうございました!」
リタさんがお礼の言葉とともに頭を下げ、再び顔を上げたときには、満面の笑みがあった。
つられるようにこちらも全員笑顔を浮かべ、そこで別れた。
――セントジョーンズワート王国は、その後見事に復興を遂げる。とある式典で、リタさんのピアノの演奏を聞いたとき、その腕前は謙遜する必要はかけらもないほど優れていたのだと知るのだが、それはまだ少し先の話だ。
◇◇◇
長い長い冬が終わって、暖かな春が訪れた頃。
我らがキャラウェイ王国とセントジョーンズワート王国の王様が会談し、戦争終結に関する同意書に署名して、悲劇の幕は下りた。
同時に、改めて友好関係を築いていく件の条約も締結された。その中には、セントジョーンズワートが、帝国時代に奪った他国の領土をすべて返還するのを条件に、復興に関わる費用や人手をキャラウェイ側が支援する内容も盛りこまれたそうだ。
キャラウェイ側は、戦争を仕掛けてきたセントジョーンズワート側に、多額の賠償金の請求もできたはずだった。しかし、新たな王様となったラルゴさんを含め、セントジョーンズワート側の「すべてを受け入れる」姿勢が功を奏したようで、その件は見送りになったらしい。うちの国の王様は、なかなか義理人情に厚いお方なのかもしれない。
そして、戦争終結のきっかけを作り、国を守ったとして、僕たちは王族ならびに騎士団から大変感謝された。
「貴殿らの勇気と強さには、とても感服した」
「うむ。託して正解だった」
副団長のエリオットさんと、そのお父さんである団長さんからそんな労いの言葉を受け取り、騎士団勢ぞろいの中で敬礼された。
カイルさんが目を泳がせながら、「どうすりゃいいんだよ、これ」と、ティムさんに聞いていたのが少し面白かった。
ちなみに、騎士団の人たちが迎撃していたコンフリー率いる黒魔導士部隊は、あれきり攻撃してこなかったそうだ。理由は、エルダーもといドレイクからの指令が一切届かなくなってしまったから――蘇生術の影響により精神が蝕まれていたせい――だと思われる。やがて、エリオットさん率いる光魔法の使い手たちが彼らを包囲し、壊滅にいたったそうだ。
リタさんを苦しめていた諸悪の根源――コンフリーの脅威がなくなったのは、本当によかったと思う。
騎士団がらみで、もう一つ。エリオットさんの弟のサイラスさんについてだ。
彼は、帝国に侵入する僕らを援護し、なおかつ他の援護役であるボリスさんたちを無事に帰還させた。その褒賞として、かねてより希望していた第一分隊への転属を推薦する、とエリオットさんから打診があったそうだ。
しかし、サイラスさんはそれを固辞した。
「援護ではなく、自らが先頭に立ち武勲をあげてこそ、その褒美は与えられるべきです。そしてなにより……兄上から未だ一本もとれていない私では、第一分隊に配属されるなど力不足も甚だしい。一から鍛えなおし、誰もがその地位につくべきだと思うような騎士に、必ずやなってみせます!」
その言葉を聞いたエリオットさんが、のちに人知れず陰で感動の涙を流していたとかいないとかいう話だ。
◇◇◇
長年スパイ活動をしていたブルーノさんもといアストラさんとリザさんは、国外追放が決定。この先、二度とキャラウェイの地に足を踏み入れられなくなった。
国家転覆を企てた割には手ぬるい判断かもしれないが、それは僕らが王様から特別に与えられた、「褒美を選ぶ権利」を行使して、処刑だけは免除してほしいと頼んだからだった。
「命で償えることなんてありゃしねーよ。あいつらは……この先も生きて、自分らがなにをしたのか思い知りゃいいんだよ」
それを聞いて戸惑っていたレックスさんは、カイルさんのその言葉を聞いて、やがて納得したように頷き、悲しげに笑った。
そして、アストラさんとリザさんが去る日。エリオットさんの計らいで、僕らは見送りを許された。
「これでお前らの顔を二度と見なくて済む。心底よかったと思ってるよ」
振り返らずに言ったアストラさんに対し、レックスさんは「……そうか」とだけ言った。
ロウルーク――巨大なカラスに似た魔物の姿のリザさんの後ろ足につかまったアストラさんは、飛び立つ前にレックスさんの方を振り返って一瞥、再び前を向いた。
「お前やウェンディに振り回されてばか騒ぎしたのは……そんなに悪くなかったけどな」
アストラさんがそう言うと、すぐにリザさんが翼を広げて舞い上がった。
「……っ達者でな! 二人とも!」
飛び去っていこうとする二人に、レックスさんが手を振って見送った。アストラさんもリザさんも、二度と振り返らなかった。
彼らが、命を賭けてでも成し遂げようと画策していた件――〈フェヌグリーク〉が元の美しい町に戻ったのを見届けられたのかは、分からない。また、レックスさんがなにも思っているのかも。
けれど、レックスさんについては、最後のアストラさんの言葉で、少しは救われたのではないかと思う。
そして、そのすぐ後だった。
レックスさんが、僕らのパーティーからの脱退のみならず、冒険者を引退すると宣言したのは。
そもそも、レックスさんが「聖女殺害事件」に関与した件については、戦争での活躍により恩赦が与えられ、無罪放免が決定していた。元より彼を責める者はごく少数であり、問題なく冒険者として復帰できるはずだった。
それにも関わらず、突然の引退表明。
当然、僕らはそろって強く引き止めた。しかし、レックスさんは悟りきったような穏やかな表情を浮かべ、こう言った。
「〈エキナセア〉に埋まったままの遺骨を収集する事業を、立ち上げようと思っている」
それを聞いた僕たちは、そろって黙りこんだ。
ウェンディさんの悲願だった、〈エキナセア〉に生き埋めになって死んだ人たちの慰霊。結局叶わずに終わったそれを引き継ぐのが、ウェンディさんに対するせめてもの償いなのだと、レックスさんは続けた。
「コーネリアス様が、引き続き支援してくれるそうだ。Sランク冒険者の地位ではなく、俺そのものに惚れたのだから問題ないと……あの方らしいよ」
レックスさんは、そっぽを向いて照れながら頭をかいていた。
コーネリアス様もといペンドリー辺境伯は、レックスさんが行方不明になった当初、彼の身を案じていた。そこからすでに分かっていたが、やはり情に熱いお方だったようだ。
「だったら……! なにも引退しなくてもいいだろ!」
「いや。引退しないと始まらない。なにしろ、俺はSランクだからな」
「はぁ!?」
わけが分からないとばかりに睨みをきかせるカイルさんを、レックスさんは苦笑して見つめた。
「お前らも知っているだろう。Sランクは、冒険者として最高の栄誉……と同時に、最後の称号だ。けどな、カイル。俺はどうやら、それでは満足できない強欲な人間らしい」
「……強欲?」
カイルさんが聞き返した後、レックスさんは顔を上げて空を見上げ、遠い目をした。
「ずっと、目標を見失ってたんだ。Sランクになって、じゃあこれからはと考えても、なにも浮かんでこなかった。世のため人のため……国のため戦い続ける。そう思っても、どうにもすっきりしなくてな」
一度こちらに視線を向けたレックスさんに、カイルさんはなにも言わなかった。
「けど……カイルやマリネが、壁にぶちあたって傷つきながらも、乗り越えて強くなっていく姿を見て……思ったよ。俺も、もっともっと強くなりたい。なにかを成し遂げてみたいと」
空を見上げるレックスさんは、まるで悪戯を思いついた子供のような、不敵な笑みを浮かべていた。
わなわなと体を震わせていたカイルさんは、俯けた顔を上げて、真剣な表情でレックスさんを見た。
「許さねぇからな」
「…………」
「俺はまだ、お前に一度も勝ててねぇ。勝ち逃げなんて……許さねぇからな。いつか必ず、お前を倒す」
レックスさんは、一瞬驚いたような表情を見せた後、笑った。そして、拳を作ってカイルさんに向けて差し出した。
「俺の跡を継げよ、カイル。必ずな」
「……っああ! 当たり前だ!」
ガツン、と音がしそうなくらい拳をぶつけあった二人。
――ここに、とある冒険が終わりを告げた。
次で終わります。




