6話 クエストに挑戦してみましょう②
洞窟内は、まっすぐの道が続いていた。ダンジョンと呼ぶくらいなのだから、もっと迷路みたく複雑に入りくんでいるような場所を想像していたが、ここはそうでもないようだ。
途中、コウモリやネズミに似た魔物に何度も遭遇したが、カイルさんが簡単に退けていた。鋭く睨みつけただけで逃げていくものもいたくらいだ。さすがです、ボス。
「おっと?」
カイルさんが足を止める。とうとう行き止まりにぶちあたってしまった。
「あー……なんもねーな」
「待って」
残念がって引き返そうとしたカイルさんの後ろで、ティムさんは光る杖をかざしながら足元を見つめていた。
「どうした?」
「そこ。等間隔に石が並んでるの見えない?」
ティムさんの視線の先を見ると、彼の言う通り、石が長方形に整列している部分があった。石が、こんな形に自然に並んだとは考えにくい。
「もしかして……目印か? ここに宝を埋めたっていう」
「……そうかもしれないね」
「おっしゃあ、掘るぞ!」
カイルさんは意気揚々と、背負っていた大剣を外して、鞘に入れたままの状態でスコップのように使い、長方形に並んだ石の内側を掘り始めた。大事な武器である大剣を、そんな使い方をしていいのかと驚いたが、おそらくカイルさんは特にそういう点ではこだわりはないタイプなのだろう。
僕は地面に下りて、カイルさんが掘った土がまた穴に落ちないように、伸ばした触手で食い止めていた。触手を伸ばせる長さは、地面に立った状態で、百八十センチくらいあるカイルさんの頭の先に余裕で触れられるくらいなので、問題ない。
あわよくば、全部の触手が伸ばせるようになれたら、ずっと便利になるだろう。それはまぁ追々。
「お!? なんか出てきたぞ!」
カイルさんが膝上くらいの深さまで掘ったところで、歓喜の声を上げた。光が届かないのでよく見えないが、石とは違う球状のなにかがある。
ティムさんとオリヴィアさんが、それがなにか確認しようと近づく。
「こりゃなーん……だ……?」
ティムさんの光る杖により暴かれた謎の物体。その正体は、骸骨だった。
ところどころ欠損してはいるけれど、紛れもなく人の頭蓋骨だと分かった。瞬時に凍りつくその場の空気。
「ぎゃああああ!!」
「あ、ちょ、ばか!」
固まっていたカイルさんが悲鳴を上げ、その頭蓋骨を放りだした。慌てた様子でティムさんがキャッチする。
「……あのさぁ。壊したらペナルティだよ? 分かっててやってる?」
「しょうがねぇだろうが! 宝だと思って持ち上げたらガイコツって、驚くに決まってんだろ!」
「激しく同意します」
のけぞって尻餅をついたカイルさんの言葉を、頷いて肯定した。僕自身、生で本物の頭蓋骨を見たのは初めてだ。色々な海の生き物の骨なら飽きるほど見てきたけれど。
「それは……本物の人骨か?」
「ああ。たぶんここは墓地だったんだよ。ほら、そっちにも同じように石が並んでるだろ?」
ティムさんが指すとおり、カイルさんが掘った場所のすぐそばにも、同じように石が並んでいる箇所がいくつもあった。
「妙だな。洞窟内に墓地を作るなんて。そういう特殊な風習がある一族がいたということか?」
「いや。はっきりとは言えないけど、ここは元々平地だったんだよ。土砂崩れかなにかが原因で埋もれたって考えた方が自然だろうね」
ティムさんが手の上に載せている頭蓋骨をまじまじと見つめる。黒っぽいローブを着た魔法使いが頭蓋骨を持つ姿。これから黒魔術の儀式でも執り行われるかのようである。
「だとしたら、ここに入る前にあった円形の建物跡がなんだったのかも想像つくよ。たぶん、死者を弔うための儀式を行っていた教会かなにかだったんじゃないかな」
「……おい、ちょっと待て。お前それ、最初から予想してたな?」
腰を抜かしていたカイルさんが復活して、立ち上がった。
「半信半疑ではあったけどね」
「なにしてくれてんだてめぇ!」
そっぽを向いて鼻で笑うティムさんに、カイルさんは涙目で抗議した。
この二人は、仲がいいのか悪いのか分からない。否、どちらかというといい方なのだろう。
「まぁ、なんにせよこれは大きな発見だよ。墓地があったってことは、少なくともこの近辺に人が生活してたってことになるんだから。報告すればあるいは……いい報酬がもらえるかもしれない」
「そうだな。無駄足ではなかったということだな」
それまでテンションが低かったティムさんが、表情はあまり変えないまま小さくガッツポーズをしていた。そばにいるオリヴィアさんも嬉しそうに目を輝かせている。一方、カイルさんは虚ろな目でその二人を見つめていた。
「ティムさんが喜んでくれてよかったですね!」
「……ああ……そうだな……」
励ますつもりで言ったが、カイルさんは大きなため息をついていた。
その後、ティムさんの指示のもと、掘り出した頭蓋骨はちゃんとあった場所に埋め戻して、それが出てきたところが分かるように少し離れた地面にバツ印を書いた。
「あーあ。お宝もねーしろくな敵も出ねぇし……めっちゃ不完全燃焼なんですけどー」
「だから言っただろ。ここはそういう場所なんだよ」
「ちょっとは期待するだろ? 王家の財宝かなんかが見つかるかも、とか」
「そんなものがあったら、とっくに学者か盗賊が見つけてる」
「まだ分かんねぇだろ! 今回は特に新しく見つかった場所なん――」
そのとき、先頭を歩いていたカイルさんの足が止まった。そこは、洞窟から外に通じる手前だった。
なぜカイルさんが立ち止まったのか、彼の肩に乗っていた僕にははっきりと分かった。
「どうした?」
「あの……犬がいっぱいいます」
「犬?」
ただの野犬ではない。その犬たちは、体がぐずぐずに腐ったゾンビのようなひどい姿の獣――ゾンビ犬とでも名付けておこう――で、こちらを向いて低い唸り声を上げている。目が赤く輝いていて、今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
「マリネ。オリヴィアかティムと一緒にいろ」
「は、はい。お気をつけて」
前を向いたままのカイルさんに言われて振り返る。オリヴィアさんが手を差し出してくれたので、そちらに移動させてもらう。
それから、カイルさんは完全に外に出てから、背中の大剣を抜いた。名前は分からないけれど、カイルさんの身長より少し短い程度の、長くて幅が広い剣だ。
カイルさんはそれを、地面に突き立ててゾンビ犬たちに見せるようにした。
「収穫ゼロかと思いきや、いいときに出てきてくれんじゃねーか。感謝するぜ……ぶちのめされたい奴からかかってこいよ!!」
カイルさんが吠えた瞬間、一匹のゾンビ犬が襲いかかってきた。しかし、こちらが声を上げるより先に、瞬時にカイルさんがそれを斬り伏せる。
それが合図になったかのように、他の獣も一斉に襲いかかってきた。外に出たオリヴィアさんは弓を、ティムさんは杖を構える。
「〈炎よ、焼きつくせ〉」
「あっ! ティムてめぇ!」
ティムさんが呪文を唱えると、杖から炎が噴き出した。それを振ると、炎が渦のようになってゾンビ犬たちを襲った。
一匹残らず炎に巻かれ、苦しそうな雄叫びを上げながら消滅していく。あとには、なにも残らなかった。えげつない火力だ。
「お前、人の分までなにしてくれてんだ!」
「ばかなの? あんなのいちいち相手になんてしてられないでしょ。時間の無駄だよ」
抗議するカイルさんに対し、ティムさんは涼しい顔をして杖をローブの中にしまった。あんな長い杖が入るなんて、あのローブの中は一体どうなっているのだろう。四次元的な機能でも備わっているのだろうか。
カイルさんは、苦々しげに奥歯を噛みしめつつ、「くそっ」と言って剣を背中の鞘におさめていた。そんな彼を励ますべく、僕はオリヴィアさんの肩から下りた。
「カイルさんカイルさん」
「あ?」
「お見事でした。とってもカッコよかったですよ」
「……そうか?」
「そうです。誰がなんと言おうと、カイルさんが一番です」
「……はは。まぁ、あの程度どうってことねーけどな!」
カイルさんは、腰に手を当てて笑った。後ろでティムさんが、「単純すぎる……」とぼやいていたが、聞こえないふりをしておいた。
「待て、なにかくる!」
オリヴィアさんの鋭い声がした。
なにかとは、と疑問に思うが早いか、カイルさんのいる場所のすぐ隣にある茂みから、巨大ななにか――先程のゾンビ犬の大型版で、かつ頭が二つある怪物が姿を現した。その距離は、本当に目と鼻の先。
あ、これ、ヤバいやつだ。