68話 心してラスボスに挑みましょう③
景色が、元の薄暗い部屋の中に戻った。
「なんだ……今の目障りな光は……」
カイルさんたちが囲んでいるドレイクが、うめく。
横を向くと、エルダーの遺体が玉座に座ったままになっていた。本当に、時間が止められていただけのようだ。
つまり、ゲームでいえばリセット。一度電源を落として、セーブしてあったところからまたやりなおし……否。
リセットなんてできない。ここは、僕らの現実世界だ!
「いくぞドレイク! これで終わりにしてやる!」
「終わり? そうだ! この世は終わり、そして新たな世界が幕を上げるのだ!」
だいぶ話が噛み合わなくなってきた。もうあの人、ほっといたら自滅しませんかね!?
カイルさんとレックスさんが、同時に斬りかかる。
瞬間、それまで嬉しそうに受け止めていたドレイクの顔から、余裕が消えた。
「なんだ……? 貴様ら一体なにを――」
ドレイクが言葉を言い終わる前に、レックスさんが剣を払った。途端にドレイクの手から剣が吹き飛んだ。
「きさ、まら……! させるかぁぁ!!」
残ったもう一本の剣を、カイルさんに向けて振るうドレイク。
カイルさんも応戦し、同じように縦に振るった。
二人の剣は、交わらなかった。カイルさんの剣がドレイクの剣を折って、その体を切り裂いたのだ。
届いた。とうとう、ドレイクに攻撃が通ったぞ!
「往生しやがれ、化け物」
「…………」
左の肩から血を流すドレイクは、後方に数歩よろけるように動いたきり、しばらく無反応だった。首が斜め上に向き、腕はだらんと垂らしている。
「血だ」
「は?」
「エルダー様に捧げる血が増えた……! はははははは……! そうだ、これでいい! さぁ、もっとだ……もっと、血を流せ! 貴様らも、血を! 血を流せぇぇ!!」
叫んだドレイクは、肩から血を流しながらも再びカイルさんたちに襲いかかった。
嘘だろ! ますます元気になってないか!? やはり、エルダーをどうにかするしかないのか。
「マリネ、下がれ!」
オリヴィアさんの声が聞こえて振り返ると、彼女がこちらに矢を向けていた。慌てて玉座の裏に回り、頭を抱えて縮こまる。
直後、風を切るような音がした。
矢がエルダーの胸元に当たり、玉座ごと貫通。風穴を開けたようだ。
ここだ!
すかさずその風穴に、伸ばした二本の触手をかざした。触手の先に光が集まって、エルダーの遺体の中へと吸いこまれていく。最初に触れたときに感じた、重苦しい感覚はちっともしなかった。
「させるか――」
「〈光よ、照らせ〉!」
ドレイクがこちらに向かってこようと踵を返したとき、ティムさんによる光魔法が炸裂した。
すぐにドレイクは、ティムさんに向かって手をかざすも――闇魔法を撃とうとしたのか――なにも起きなかった。
「なぜだ……っ!? ぐ、がああああっ!!」
ドレイクが、たまらず手で目を覆う。
「させんぞ……っ貴様なんぞに、エルダー様をぉぉっ」
「なっ!?」
ドレイクが、腰に差していた短剣を抜き、自らの右腕を斬り落とした。そして、斬り落としたそれを、残った左手でこちらに向かって放り投げた。
次の瞬間、信じられない事態が起きた。
「エルダー様は不死身だぁぁ」
「ぎゃーっ!?」
放り投げてきた腕から、ドレイクの上半身が生えてきた!
なにこれ、黒魔術!? 意味不明すぎる!
腕から生えたドレイクの分身は、牙に似た犬歯をむき出しにして、噛みついてこようとしている。
「マリネ!!」
「心配ごむ……っよう!!」
ドレイクの頭が目の前に迫ってきたとき、その顔に向けてタコ墨を噴射――『ブラックアウト』を発動した。
今日は特大サービス。ドレイクの分身全体がかぶるように、めいっぱいのタコ墨を絞りだした。
「あ、が……?」
ドレイクの分身は、歯を鳴らしながらふらふら動いている。見れば、本体の方も同じような動きをしていた。『ブラックアウト』の効果が、分身を通じて本体にも影響しているのだろうか。
よし、今だ。行くぞ! ラストスパート!
エルダーに触れていた触手の先に、思いきり力を込める。
「やっちまえ、マリネ!」
「はいっ!」
触手の先に集まった光がふくらんで、エルダーの全身に広がっていった。
そして。
光が、ガラスが割れるような音を立てて飛び散った。
「おのれ……ぇ?」
ドレイク(本体)が、こちらに向けて腕をかざした。その瞬間、腕が炭のように黒くなり、ボロボロになって崩れ落ちた。
「ばか、な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な……あ……!?」
徐々に崩れ落ちていく、ドレイクの体。その目が向けられた先――玉座には、なにもなかった。
ここにあったはずのエルダーの遺体は、すでに黒い霧となって散り、なにも残さず消滅していた。
「あああああああああああああああああ……! エルダー、さ、ま」
断末魔の叫びの後、ドレイクの体が完全に崩れ落ちて、エルダー同様跡形もなく消え去った。
直後、壁についていた燭台の青い炎が、ひとりでに消えた。そして、窓からは月ではなく、太陽らしき強い光が差しこんできた。
……えっと……終わった、のか?
「終わった……」
僕の心の声を肯定するように、誰かが呟いた。
それがカイルさんだと分かったのは、彼が僕に飛びつき、両手で持ち上げたときだった。
「終わった……! 勝った! 勝ったぞ! 俺たちが!」
「ふぁ、ふぁい!」
カイルさんが、持ち上げた僕を天井に向けて放り投げ、落ちてきたところをまたキャッチする。ダイナミックな高い高いだ。
「なぁ! おい! 分かってんのか!? 勝ったんだよ!」
「分かってますぅ!」
興奮して、ダイナミック高い高いを何度か繰り返すカイルさん。
嬉しいのは、分かる。けどやめて。酔うから!
「落ち着け、カイル」
レックスさんが、カイルさんの肩に手を置いて、何度目かのダイナミック高い高いを阻止してくれた。
「安心しろ。間違いなく、俺たちの勝利だ」
「……! ああ!」
穏やかに微笑むレックスさんの言葉を聞いて、カイルさんは高い高いをやめ、今度は押しボタンかボールのごとく、僕の頭を繰り返し叩いた。
「馬鹿みたいにはしゃぎすぎだよ……まったく」
「気持ちは分かるがな」
「マリネには我慢してもらうしかないか」
え? 我慢? 僕を人柱ならぬタコ柱にする気ですか? なんてむごい。
苦笑して、その様子を見つめるレックスさん。それから、ティムさんとオリヴィアさんも同様に。
笑顔になった四人を見回しながら、ある方の姿を頭に思い浮かべた。
リオネサーラ様。
やっと終わりました。言いつけどおり、後片付けもきちんとしますよ。
どこかで鐘のような音が鳴っている。それを聞きながら、心の中で祈った言葉が、あの方に届くようにと願った。
◇◇◇
その後。
僕たちは、ひどいありさまの宮殿から外に出ようと、回廊を歩いている。その足取りは、軽快といえるほどではなかった。
なぜなら、最大の難問に直面していたからだ。
「で……倒したはいいけど、なんて説明する?」
「そうだな……外の連中は、なにも見ていないからな」
そこなのだ。僕らがエルダーやドレイクを打ち倒したのは事実だけれども、それを外の人たち――見ていない人たちに、どう証明すればいいのか。二人とも、身につけていたものごと跡形もなく消滅してしまったから、僕らにはその手立てがないのだ。
彼らを倒した件だけではない。ずっと軍の指揮をとっていたはずのエルダーが、実はとうの昔に死んでいて、代わりにドレイクが裏で糸を引いていた事実もそうだ。
むしろ、セントジョーンズワートの国民たちにとっては、そちらの方が受け入れがたいかもしれない。彼らはずっと、「皇帝エルダー」を恐れ苦しんできたのだから。
「どの道、俺たちはよそ者だ。ラルゴ王子やリタ王女が疑ってかかるとは思えんが……」
「ここの国民にとっては、信じがたい話だろうしな」
「捕縛されて尋問されるとか、多少は覚悟しといた方がいいかもしれないね」
「なんでだよ。あんな必死こいて戦ったってのに」
カイルさんは不満たらたらだったが、他三人は冷静だった。
僕は、なんだか落ち着かない気持ちだった。手荒な真似はされないといいけれど。
しかし、まもなくその心配は、杞憂に終わる。
宮殿の正面から外に出た瞬間、僕らはそろって驚き、足を止めた。
「皆さん!」
「よかった……! ご無事だったのですね!」
「お前ら……なんでここに?」
宮殿の前――石段の下には、ラルゴさんとリタさんを筆頭に、双子軍人のディーンさんにフォックスさん、他の軍人や市民らしき人たちが、大勢集まっていたのだ。
なんだなんだ? 何事だ?
「あちらにある塔、てっぺんに鐘があるのがお分かりいただけますか」
ラルゴさんが、彼からみて左斜め前の方向を指さした。
確かに、高い円柱形の塔がある。その屋根のすぐ下には、お寺にありそうな形の鐘も見える。
塔の一番上にある、お寺の鐘。なんだかちぐはぐだ。
「かつては、黄金色に輝く美しい鐘でしたが、エルダーの指示で戦費確保のために使われてしまったのです。その後、国民たちが協力して資金を集め、ひそかにあの鐘を作り直したのです」
「そこまでして……そんなに大事な鐘なのか?」
「はい。あの鐘には、重要な役割があるのです。私たちは、生まれて間もない頃からこう教えられてきました。あの鐘が鳴るとき、それは……この国を守護する精霊が、舞い降りた証なのだと」
「それってもしかして……」
「そうです。つい先程――あの鐘が、鳴ったのです」
ラルゴさんが、期待を込めたような目で、僕らを見上げた。
そうか。宮殿から出る前に聞こえたのは、あの鐘の音だったのか。それにしても、精霊が舞い降りたときにだけ鳴る鐘とは。強風で揺れて鳴ったわけではないよな? 否、お寺の鐘はちょっと強い風が吹いた程度ではびくともしない。
精霊とは、どんなお方だろうか。まさか、リオネサーラ様……は、キャラウェイ王国の守護者だから違うか。否、もしかしたら、あの方がこちらの神様に話をつけてくれた、なんて?
「それで、エルダーは……どうなったのでしょうか」
「討ちとった。裏で操ってたドレイクとかいう奴も一緒にな」
「……!」
ラルゴさんとリタさんが目を大きく見開き、言葉を失った。
逆に、背後に集まっている国民たちは、一気に騒ぎだした。
「そろって跡形もなく消滅したから、証拠を見せろと言われてもなにもないが」
「いいえ……必要ありません」
ラルゴ王子は、震える唇でそう言った後、表情を引き締め、力強く頷いた。
空気で察した僕らは、彼と立ち位置を交換するように、下におりた。
「我ら王族が不甲斐ないばかりに……皆の者を絶望の縁に追いやってしまったこと、深くお詫び申し上げる。どれほどの尊い命が、いわれもなく奪われたか……決して償いきれないだろう」
ラルゴさんの演説が始まると、途端にざわついていた場が静まりかえった。
「しかし! 暗黒の時代は去った! ここにいる、隣国キャラウェイ王国から駆けつけてくれた、勇気ある冒険者たちの力によって。多大なるご恩に、厚く御礼申し上げる!」
ラルゴさんが、右腕を僕らに差し向けると、頭を深々と下げた。
瞬間、大勢の視線がこちらに集まる。中には、鋭い視線を向けてくる人もいて、背筋が寒くなった。
「そして……皆の者。長い間、よくぞ耐え抜いてくれた」
「っ!」
ラルゴさんが、リタさんの手をとって、それを高々と挙げた。
リタさんは、予想していなかったのか驚いている。
「我が名は、ラルゴ・エストラゴン。そして、リタ・エストラゴン。ここに――『セントジョーンズワート王国』の復活を、宣言する!!」
静かだったのは、一時だった。
直後、大波が押し寄せるかのように、あちこちで大きな歓声が上がった。人々は、手を突き上げて叫んだり、涙を流しながら近くの人と抱き合ったりして、それはもう大騒ぎだった。
喜びの感情が満ち溢れる広場の中、セントジョーンズワート王国の行く末は明るいものだと、僕らは確信した。




