67話 心してラスボスに挑みましょう②
カイルさんが、ドレイクの攻撃を受け流し、斬りかかる。
ドレイクがよけた先に待ち構えていたレックスさんが、すかさず剣を振るった。
しかし、難なく受け止められる。
カイルさんが追い打ちをかけるが、それももう一本の剣で受け止められてしまった。
振り払われても、めげずに攻撃を繰り返す二人。余裕とばかりに幾度となく受け止め、猛反撃してくるドレイク。
キリがない。
疲れが見えてきたカイルさんとレックスさんに対し、ドレイクは余裕綽々。苦戦する二人を見て、ますます笑みを濃くしている。
その姿を見て、思った。
もしもこの人が、「エルダーを生き返らせて不老不死にする」なんていうとんでも野望を抱かず、前線で戦闘に参加していたら?
……あああ! なんでいつもこうなんだ、僕は!
そんなありもしないネガティブ思考に陥ってどうする! 集中しろ、集中!
背筋に走った悪寒を振り払うように、首を横に振った。
「いい? あいつが背を向けたときがチャンスだから」
「はいっ」
「決して振り返るなよ。私たちのことは気にするな」
「……っはい!」
二本の触手を挙げて、顔を叩く。よし、気合い十分!
ティムさんとオリヴィアさんが、しゃがんで機会をうかがう。僕も、目を凝らしてそのときを待った。
レックスさんが、一瞬こちらを見た。そして、なにかを察したかのように、剣を合わせて押し合いをしている状態のカイルさんの背後に移動する。
すると、ドレイクがレックスさんに気をとられ、こちらに背中を見せた。
今だ!
素早く『カモフラージュ』を発動。そして、駆けだした。
授かった魔力のおかげか、以前よりさらに透明に近くなったように感じる。やはり、魔力の量は精度に影響するようだ。
「うっ!」
「オリヴィア!」
オリヴィアさんのくぐもった声と、彼女を呼ぶカイルさんの声がした。
しかし、僕は振り返らない。振り返りたい思いを必死にこらえて、走り続けた。
「獣風情が。我にたてつくなど、片腹痛いわ!!」
「そうだ。私は獣だ! お前よりは、幾分かマシな方のな!」
風を切る音がした。オリヴィアさんの矢が放たれた音だろうか。
早く。早く早く!
そして、奮戦する四人のそばを通ったとき、ドレイクがなにかに気づいたかのように、ふとこちらを見た。
足を止め、息をひそめる。
それも束の間。カイルさんが剣を振るい、気を逸らしてくれた。
カイルさんと、目が合った。
その目は、「行け」と言っているかのようだった。頷いて、再び進む。
ドレイクから離れたところで、触手を伸ばして玉座のひじ掛けにつかまり、一気にエルダーの遺体と距離をつめた。
よし、行けるぞ。ここで、『カモフラージュ』解除!
「貴様ぁぁ」
ドレイクのがさがさした耳障りな声が響く。真っ赤に燃える目は、僕をまっすぐ捉えていた。
え、嘘。なんでそんなすぐ気づくかな!?
「〈炎よ、焼きつくせ〉!」
ドレイクがこちらに向かって一歩踏みだした瞬間、ティムさんが炎魔法を放った。炎の渦に囲まれ、ドレイクは行く手を阻まれた。
せっかくみんなが作ってくれたチャンス。逃してなるものか!
猫背で俯き加減のエルダーの遺体に、触れた。
ドクン。
「うっ!?」
瞬間、心臓が激しく脈を打った。
それは、今までにない感覚だった。重いものにのしかかられて潰されているような感覚、とでも言うべきか。同時に、引きずりこまれるような感覚もした。
エルダーの遺体には、なんの変化もない。
そんな。触れるだけじゃだめなのか?
重苦しい感覚に負けじと、力を込めて抵抗する。
まるで、なかなか勝負がつかない綱引きをやっているかのようだった。ここで負ければ、同時にみんなの命も危なくなる。
アストラ様。リオネサーラ様。
お願いします。いらっしゃるなら、お願いします。どうか僕に、力を貸してください!
想いを込めて、エルダーに触れている触手の先に魔力を集中させた。
すると突然、触手の先から光があふれて徐々に広がっていき、辺りを包みこんだ。
◇◇◇
「……はれ?」
気づけば、体が軽くなっていた。先程までの重苦しい感覚が、まったくない。
これは、一体?
「マリネ!」
声がしてそちらを向くと、まぎれもなくカイルさんだった。心配そうに眉を垂らして、こちらに駆け寄ってくる。
右の肩口あたりが裂けていて、血がにじんでいる。大変だ、早く治さないと!
「大丈夫か?」
「は、はい。カイルさん、ケガ……と、ここはどこですか?」
「分かんねぇ。俺も今気がついたところなんだよ」
カイルさんは、僕を両手で持ち上げて、周囲を見回した。僕も同じく。
しかし、辺りには、なにもなかった。温かくて柔らかい光が差しているだけだ。
カイルさんだけでなく、ティムさんとオリヴィアさん、そしてレックスさんの姿もあった。彼らはなぜか一様に、斜め上を見上げて唖然としている。
なんだ? なにが見え――
「やっぱりマヌケだな」
「へっ!?」
三人が見ている方向を見上げようとしたとき、聞き覚えのある声が響いた。そこには、確かに思ったとおりの人――否、ドラゴンがいた。
白くて長い毛に覆われた体。二本の角。閉じられた翼。長いひげに赤い瞳。
「リ……リオネサーラ様!?」
名前を呼んだ瞬間、その獣――リオネサーラ様は、ふん、と鼻を鳴らした。
尻を地面につけて、前足を前にそろえて出している。犬がする「おすわり」のポーズのようだ……なんて言ったら、怒られること必至だ。
おかしい。おかしすぎる。彼のポーズが、ではない。今のこの状況が、だ。なぜなら、ここには僕だけでなく、カイルさんたちまでいるから。
「な、なんでリオネサーラ様が――ぎゃっ!?」
「おい!?」
質問を言い終わる前に、リオネサーラ様が僕の頭に赤い爪を突き立てた。
ううう。相変らず、手厳しい。
悲鳴を上げると、カイルさんが腕を前に出して僕を庇うような体勢をした。
「なんで、じゃねぇ。お前が呼んだんだろうが。おかげで、こんなよその地まで来るはめになったんじゃねぇか。この俺が」
「そ、それはすみません……! でも、本当にどうして……? 僕が呼んだからって、わざわざ来てくださるなんて」
おずおずと控えめに聞いたつもりだったが、リオネサーラ様に睨まれた。ひい、ごめんなさい!
「名を呼んだだろう」
「へっ? あ……はい」
「お前の力と想いが共鳴して、アストラ様を呼び覚ました。それで俺が、命を受けてやってきたんだよ」
「アストラ様、が……」
マジか。あれで、眠りについていた女神様を叩き起こしてしまったのか。それは、本当にごめんなさい。
「あんたがリオネサーラか……マリネに力を与えたっていう」
「…………」
リオネサーラ様は、自身を圧倒されながら見上げるカイルさんをしばらく見つめた後、カイルさんの頭に爪を立てた。
「いっ!?」
「カイル!?」
カイルさんが、頭を押さえてうずくまる。涙目だ。
ですよね。痛いんですよね。リオネサーラ様、容赦ないから。
「気安く俺の名を呼ぶな。へちゃむくれの主」
「へちゃむくれって……っなんだよ」
「僕です」
カイルさんの、爪を立てられた患部にそっと触れた。痛みがなくなったようで、カイルさんがふう、と息を吐いた。
それにしても、相変わらずのへちゃむくれ呼ばわりか。リオネサーラ様にとっては、そう見えるのだろう。もう諦めた。
諦め……た? え!? あれ!?
「エルダーとドレイクは!? どうなったんですか!?」
「どうもなってねぇよ。時間を止めて、お前らを異空間に転移させただけだ」
「時間を、止めて……」
そうか。ならば、エルダーもドレイクも、まだどうにもなっていないのか。
そこで、エルダーの遺体に触れた瞬間の感覚を思い出す。少しでも気を抜けば、あっという間に引きずりこまれそうだった。
「リオネサーラ様……ごめんなさい」
「なぜ謝る?」
「せっかく力をもらったのに、負けそうになって……ここに連れてきてもらえなかったら、だめになってました」
「だろうな」
「…………」
リオネサーラ様は相槌を打つだけで、それ以上はなにも言わなかった。
――あとは自分で考えろ。
力を授けてくれたときに言われた。つまり、そうしろと。
魔力をそそいでも、どうにもならなかった。ならば、他の手を打たなければならない。
では、他の手とは? 他に、僕になにができる?
「おい、へちゃむくれ」
「……はい」
「お前は俺と同格になったつもりか?」
「へっ!? いえ、そんなつもりは!」
「当たり前だ。お前に与えたのは、毛一本分程度の力にすぎねぇんだからな」
「毛一本分……」
嘘だろ。判定スキルで判定不能なほどの魔力が?
否、このお方にとってはそうなのだろう。だって、神様の眷属だし。
「お前はどうしたいんだ、へちゃむくれ。あのときの気持ちは変わったのか?」
「あのときの……気持ち」
みんなを守りたい。
リオネサーラ様が言っているのは、彼から力を授かったときに打ち明けた、それをさしているのだと分かった。
すぐに、思いきり首を横にぶんぶんと振る。
「いいえ。全然変わってません。僕は、大事な人たちを守りたいんです」
「なら分かるだろうが」
リオネサーラ様が、僕らを俯瞰するように目を動かした。
「その気持ちは、お前だけのもんじゃねぇはずだ」
「え……」
言われてすぐに、カイルさんが頭の上に手を置いてきた。柔らかくて、優しい笑みを浮かべている。他の三人も、同じだった。
ああ。そうか。
僕は、心のどこかで、自分だけでなんとかなると思いこんでしまっていたのだ。おこがましいにも程がある。
じわりと浮かんできた涙が、視界を歪ませる。
「ったく、世話の焼ける奴だ……これが最後だぞ」
リオネサーラ様が四つん這いの体勢になり、翼を広げた。すると、無数の光の粒のようなものが降ってきた。
それが当たった箇所には、驚くべき変化があった。傷は瞬く間に治り、武器は新品同様に輝いた。僕自身も、体が芯から温まるような感覚がした。
「これは……!」
「はは……! すげーな!」
「規格外にも程がある……」
オリヴィアさん、カイルさん、ティムさんは、自分の体や武器を見て唖然としたり感心したりしている。
ただ、レックスさんだけは、ぼんやりとリオネサーラ様を見上げていた。
「強化は一時的なものだ。この場限りの機会、ものにできるかはお前たち次第だ。無駄になんてしゃがったら、塵にしてやる」
「リオネサーラ様……! ありがとうございます!」
潤んだ目のまま、土下座の勢いで頭を下げてお礼を言った。
無駄になんて、絶対にしない。みんなで力を合わせて、乗り切ってみせるぞ。
「リオネサーラ」
レックスさんが呼んだ。
リオネサーラ様は、じろりと睨みつけるような鋭い視線を向ける。
「あんたの言葉、確かに受け取った。好きにさせてもらうよ」
「……知ったことか」
穏やかに微笑むレックスさんに対し、リオネサーラ様は興味がなさそうに鼻で笑った。
再びリオネサーラ様が翼を大きく広げた。途端、強い光が辺りを包む。
「さっさと片付けてこい、へちゃむくれ共。後始末も怠るんじゃねぇぞ」
あの方らしいそんな言葉を最後に、なにも見えなくなった。




