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オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第5章 佳境編

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66話 心してラスボスに挑みましょう①

 部屋に一歩入った途端に動けなくなった僕のそばに、カイルさんたちが駆け寄ってきた。



「誰だ!」



 カイルさんが、すぐに僕を拾って定位置の肩の上に置きながら、声がした部屋の奥に向かって問いかけた。


 その部屋は、あらゆる面で予想に反していた。


 どの窓にもカーテンがかかってないため、真っ暗ではなく、月の光のおかげで薄暗い程度だった。さらに特筆すべきは、他の六つの部屋とは違い、死体の山がない点だ。天井、壁材、床のカーペットすべてが赤を基調としているが、返り血が飛び散ったせいではない。


 カイルさんが問いかけた部屋の奥には、二つの人影が、椅子かなにかに座っているのが見えた。手前にいる一人は、剣のような長いものを持っている。剣先の方を床に突き立て、柄の先に手を重ねて杖のようにしている。


 その人が、前に体重を傾けつつ、ゆらりと立ち上がった。


 次の瞬間、背後で大きな音がした。


 全員が肩を跳ね上げて震わせ、振り返る。なにかと思えば、開いていたはずの両開きの扉が、ひとりでに閉まった音だった。


 え、待って? なにこのホラー展開。



「差し出せ」


「……なんだと?」


「貴様らの血を……差し出せぇ!!」



 その人は、身につけたマントのようなものを広げて、剣を抜いて飛びかかってきた。


 すかさず剣を抜いたカイルさんが、相手の振り下ろしてきた両刃の剣を受け止める。瞬間、衝撃波のような風圧を感じた。



「マリネ……っ! 下がって、ろ!」


「は、はいっ」



 言われたとおり、カイルさんの肩から飛び下りて、差し出してくれたオリヴィアさんの手に一旦乗って、床に下りた。


 あのカイルさんが、力負けしそうになっている。


 相手は、赤く怪しく光る目をしていて、口元からは動物の牙のように伸びた犬歯が覗いている。身に着けているのは、黒い軍服。鎖骨の辺りには、三つの勲章らしきものが下がっている。触れるだけでも危険のように感じるのは、彼の体から放たれる禍々しい気配のせいか。


 なんだろう。あれは、人のようでいて、人ではない。人の皮をかぶった、まさしく魔物だ。


 押されていたカイルさんを援護するため、レックスさんが横から斬りかかった。しかし、相手は素早い身のこなしで後方に飛びのいた。



「〈光よ、照らせ(ルス・ソラール)〉!」



 ティムさんが、『ダイヤモンドの杖』を掲げて光魔法を放つ。


 辺りが光に包まれる――のも束の間、怪しく笑った黒い軍服の魔物が手をかざすと、そこから闇があふれ出し、まるで飲みこんでいくかのように光を打ち消してしまった。



「は……!?」



 光を完全に飲みこんだ闇は、さらに勢いを増してこちらに襲いかかってきた。


 すかさず僕が最前列に飛び出て、伸ばした触手を一振り。闇魔法を打ち消した。



「ほう……」



 軍服の魔物は、むしろ喜んでいるかのような声をもらした。


 再び斬りかかってきたときのためにか、それぞれの剣を構えたカイルさんとレックスさんが前衛に出た。


 呪文を唱えずに闇魔法を使えるなんて。どうなってるんだ? それだけ魔力が馬鹿高いのか?



「誰なんだよ、てめぇは!」


「いきなり斬りかかってくるとは、行儀が悪いな。せめて名乗ったらどうだ」



 カイルさんとレックスさんが、警戒しながら問う。


 それを聞いた魔物の口が、三日月のように吊り上がった。



「我が名はドレイク。絶望の名を冠する者」



 ドレイクと名乗った魔物は、右手を挙げて指を弾いて鳴らした。途端に、壁につけられた燭台に青い炎がついて、部屋中が照らされる。


 いや、中二病かよ。


 っていうか、ドレイク、だって? あれが、ディーンさんとフォックスさんが言っていた、「ドレイク中将」なのか?



 考えながら目を部屋の奥へと動かした瞬間、見えたものに驚いて言葉を失った。


 ドレイクの背後、もう一つの人影。それは、高い背もたれがついた豪奢な飾りがついた椅子に座った――ミイラだった。


 眼球があった位置にある黒い穴。ひじ掛けに置かれ、袖からのぞく手は、骨と皮だけだった。身に着けている、金の装飾であしらわれた衣装が、なんだかひどく歪に感じた。



「もう少し……! エルダー様が永遠の命を得るまで、あと少しだ!」


「エルダー、だと!?」



 ドレイクが剣を横に振り、部屋中に響くような大声を上げた。


 まさか、あのミイラはエルダー? 仮にそうだとすれば、皇帝はずっと前に死んでいたとでも言うのか!?



「さぁ……貴様らの血を、エルダー様に差し出せぇ!!」



 ドレイクが、腰に下げていた二本目の剣を抜いて、再び飛びかかってきた。


 今度はそれを、カイルさんとレックスさんが同時に剣で受け、押し返そうとする。しかし、ドレイクが逆に振り払った。



「あわわわわ」



 相手が剣士では、僕では分が悪い。一番の強みである『巨大化』なんてしようものなら、カイルさんたち味方ごとこの宮殿が崩れ落ちてしまう。そして、「ちぎっては投げちぎっては投げ戦法」が通用するとも思えない。『ブラックアウト』をうまく当てられたら、いけるかもしれないけれど。それも、前提として通用するとした場合の話。



「ティム、私たちも援護するぞ!」


「ダメだ、オリヴィア! むやみに攻撃するな!」



 弓に矢を番えたオリヴィアさんを、ティムさんが止めた。



「なぜだ!」


「あいつが闇魔法を撃ってきたら、近くにいるカイルとレックスが危ないだろ!」


「……っじゃあ、どうする!?」


「まだ確証はないけど……確かめてみようか?」



 困惑する僕とオリヴィアさんを尻目に、ティムさんは杖をかざしつつ「矢、貸して」と言った。


 そして、オリヴィアさんが差し出した矢の先端に向けて、小声で炎魔法の呪文を唱えた。途端にそこに火がつき、あっという間に火矢ができあがった。



「狙いは、エルダーでよろしく」


「……分かった!」



 ティムさんの言葉――「確かめてみようか」の真意は分からないままだが、オリヴィアさんは火矢を受け取り、素早く弓に番え、放った。


 火矢は、玉座とおぼしき椅子に座らされたエルダーに向けて、まっすぐに飛んでいく。あと少しで到達するところで、すかさず間に飛びこんできたドレイクによって、叩き落とされてしまった。



「貴様ぁ! 許さん……許さんぞぉぉ! 羽虫風情が、偉大なるエルダー様の御身を狙うとは片腹痛いわ!!」


「狙うもなにも、もう死んでんだろうが!」


「死、だと?……ふ、ははは! 愚か者が! 我らは不死身になるのだ! そして、まもなくすべてが手に入る!」


「なにわけ分かんねぇことを……!」



 本当に、わけが分からない。支離滅裂だ。


 よく観察すれば、確かに力は強いけれど、攻撃するときに無駄な動きが多いように見える。また、ときどき足元がふらつくときがある。


 まさかとは思うが、ドレイクは酔っ払った勢いで絡んできている、なんてオチではないだろうな? いやいや、そんな冗談では済まされないぞ!



「思ったとおりだ……」



 ティムさんが呟いた。その額から、一筋の汗が流れ落ちる。



「なにか分かったんですか?」


「禁術だよ。あいつがやろうとしてるのは……死者を蘇らせる蘇生術。加えて、不老不死のオプションまでついてる」



 オプションって。そんな、健康診断みたいな言い方しなくても。



「禁術のなにがまずいんだ?」


「死者蘇生の方法は、ずっと昔から秘密裏に研究されてきたんだよ。けど、固く禁じられてきた……なにしろ、対価が大勢の人間の命だから」


「大勢の人間の命、って……!」


「そう。あの部屋の遺体は……その材料として使われた、成れの果てだ」



 脳裏に血みどろになった部屋の惨状がよぎり、強烈な寒気が走った。



「そうか……宮殿内の警備が疎かだったのは……!」


「そういう奴らまで、餌食にされてたから……それ以外に考えられない」



 僕とオリヴィアさんが絶句する中、ティムさんは冷や汗をかきつつ、目を細めてドレイクを見た。



「あの手の禁術は、時間の経過とともに術者の精神まで蝕んでいくんだよ。今のあいつは、発動させた黒魔術を成功させるのだけが目的の、魔物だよ。早くどうにかしないと……俺たちまで餌食にされる」


「どういうことだ?」


「魔術をかける対象物を見せるのも、術を成立させるのに必要な過程なんだよ。ここから生きて出るには、あれを解除するしかない」



 ティムさんが奥歯を噛みしめ、舌打ちをした。


 念のため、扉が開かないか試してみた。しかし、いくら押しても引いてもびくともしなかった。やはり、と言うべきか。



「じゃあ、解除する方法は?」


「……禁術とはいえ、黒魔術には違いないから、光魔法が有効のはずだよ。けど……」


「さっきティムさんのやつ、弾かれてましたよね? 魔力差のせいですか?」


「…………」


「ひっ! ごめんなさい!」



 ティムさんが、黒いオーラを発しながら睨んできた。即座に謝ると、舌打ちをしつつ前に向きなおった。



「認めたくないけど、そのとおりだよ。あっちは、時間をかけて魔力を蓄積させてきたみたいだからね。へたに攻撃したら、さっきみたく返り討ちにされる。だからむしろ、エルダーの方をどうにかするべきだ」


「あの遺体を損壊させればいいのか?」


「そう。対象物がなくなれば、当然だけど術は成立しなくなるから」


「で、でも……」



 三人ほぼ同時に、玉座に座るエルダーのミイラを見た。


 オリヴィアさんが火矢を放ったときの、激昂していたドレイクの様子から察するに、ティムさんの仮定はほぼ間違いなく正しいだろう。


 しかし、それを行うのは至難の業だ。ドレイクに気づかれれば、ただ阻止されるだけでは済まない。



「っく……!」


「レックス!」



 レックスさんが体勢を崩され、追い打ちをかけられる。ぎりぎりのところでかわすも、かわしきれなかったようで、頬から血が流れた。


 ヤバいヤバいヤバい! レックスさんもカイルさんも、動きが鈍くなってきている。だいぶ消耗しているようだ。早く手を打たないと!



「……オリヴィア」


「ああ」



 ティムさんとオリヴィアさんが顔を見合わせ、覚悟を決めたかのように前を睨みつけ、しゃがんだ体勢から立ち上がった。



「マリネ。頼んだよ」


「へっ?」


「私たち四人で、ドレイクを引きつける。お前には絶対に近づかせない」



 ティムさんが杖を、オリヴィアさんが弓と矢を持って構え、ドレイクに向かっていこうとしたのを、触手を伸ばして腕をつかんで阻止した。



「待ってください! 皆さんが囮になるなんて――」


「囮ではない。ドレイクは私たちで倒す。エルダーはお前に任せる。そういうことだ」


「今のお前なら、触れるだけで解除できるかもしれない。一番可能性が高い方法を試すのは、基本中の基本だろ」


「でも! 僕が皆さんのそばを離れたときに、ドレイクが闇魔法撃ってきたらどうするんですか!?」



 ティムさんが、ため息をつきながら僕の触手をはたき落とした。オリヴィアさんは、はたき落としたりはせずに、触手をつまんで外した。



「なめないでくれる?」


「私たちは、腐ってもAランクの冒険者だぞ。困難ならいくらでも乗り越えてきた。お前も見てきただろう?」


「だったら僕も一緒に――」


「お前は俺たちの希望なんだよ!!」



 反論しようとした僕を、ティムさんが今までにないくらいの大声で遮った。


 希望? 僕、が?


 あっけにとられていると、オリヴィアさんが僕の頭にポンと手を置いた。少し遅れて、ティムさんも同じように。



「大丈夫だ。私たちなら」


「失敗したら承知しないよ。あとでこの杖でぶん殴ってやるから」



 二人は、僕に背を向けた。


 あとで、とティムさんは言った。必ず全員、無事で帰る。そんな強い意志が垣間見えた。


 そこで、はっと気づく。なにを今さら、尻ごみしているのか。最初から覚悟を決めていたのではなかったのか。この戦争を終わらせる。そのために、ここまで来たのではないのか。



「……っ分かり、ました!」



 ここで、全てを終わらせる。


 決意を込めて、大きく息を吐き出すように返事をした。

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