64話 案内役の話はしっかり聞きましょう
「これが、王宮内の地図です。このマークがあるところは、地下道とつながっている場所になります」
ラルゴさんが、赤い丸印があるところを指でさした。
「は? ここって宮殿とつながってんのか?」
「はい。ここは元々、有事の際に使うために作られた、王族専用の避難経路だったのです。王宮内でも、存在すら知らない者がほとんどでした」
「敵側が地下道の存在を知っている可能性は、本当にないんだな?」
「いえ。まったくないとは言い切れません。ただ、入り口に気づいたとしても、我々がいるこの場所までたどり着くのはほぼほぼ不可能かと」
「その理由は?」
「入った直後から、通路が無数に枝分かれしており、あらゆる仕掛けによって先へ進むのを防いでいるからです。水がたまった場所、白骨死体に似せた作り物が置いてある場所など……深入りすると危険だと恐怖を抱かせて、引き返すように仕向けているのです」
「ずいぶん凝ってんな」
「ねぇ待って。つまり、俺らがここから宮殿に入るときは、そういう場所を通らなきゃいけないわけ?」
ティムさんの重大発言に、僕らはぐっと息を詰まらせた。
「ご心配には及びません。安全なルートがあるので、そちらをお使いください。案内はこの二人にさせます」
「お任せください」
「必ずや皆様を無事に王宮までお送りいたします」
再び敬礼しながら言った二人の言葉を聞き、ほっと胸を撫でおろした。
「ならば、問題は宮殿に入った後だな」
「エルダーが使ってる部屋みたいなもんがあれば分かりやすいんだけどな。ねぇのか、そういうの」
問われたラルゴさんが、背後を振り向いた。そして、軍人二人が一歩前に出る。
「残念ながら、我々の度重なる調査においてもエルダーの姿は確認できませんでした」
「ですが、クーデターを主導した軍の強硬派のトップ――ドレイク中将が、頻繁に出入りしている場所は突き止めました」
「ドレイク中将……そいつは、間違いなくエルダーに近しい存在だと言っていいんだな?」
「間違いありません」
「クーデターが起こる寸前、二人が密会していたときの目撃情報もあります」
ドレイク中将か。どれほど偉いのかは分からないが、強硬派のトップに立つほどならそれなりに高い地位なのだろう。なんて奴だ。
「その頻繁に出入りしていたっていう場所は?」
ティムさんが聞くと、双子軍人が同時にある場所をさした。
そこは、北側に位置したエリアだった。かなり狭い廊下を通らないといけないらしく、離れのようになっていて異様に感じた。
「私が知る限りでは、ここは元々庭師などの使用人たちが使っていた倉庫があった場所です。それを潰して、新たな居住スペースらしきものを増築したのではないかと」
「わざわざなんのためにだよ? 元ある部屋を使えばいいじゃねーか」
「理由は定かではありません。既存のものでは使い勝手が悪かったのか……なにか別の理由があるのか」
「部屋の内部がどうなっているかは?」
オリヴィアさんが問うと、双子軍人が一度互いに顔を見合わせた。
「申し訳ありません。我々では力及ばず」
「その場所があるとだけしか突き止められませんでした。痛恨の極みです」
「なんで? 入れない理由でもあった?」
ちょ、ティムさん。そんな、責任とって切腹します、とでも言いだしそうな雰囲気の二人に追い打ちかけなくても。
「一歩足を踏み入れた瞬間から、異様な気配を感じたのです」
「体が突如、とてつもなく重くなったような感覚でした」
「先へ進めば、まともに身動きがとれなくなるおそれがありました」
「おそらくですが、なにかしらの黒魔術が施されていたのではないかと」
カイルさんが、横にいるティムさんに、「そんな黒魔術あんのか」と聞いた。
「……拘束系か吸収系のどっちかかな。毒状態を付与するやつっていう可能性もあるかも」
「そんなに色んな種類があるんですね」
「敵を倒すことに重きを置いてるからね。黒魔導研究所のコンフリー……だっけ? そいつ主導で色々開発されてきたんじゃない?」
頬杖をついて僕を見たティムさんが、ため息をついた。
「残念だね。マリネの黒魔術を見せる機会があったら、それこそ自慢できたのに」
「えっと……? 『ブラックアウト』ですか? そんな自慢できるほどのものじゃ――」
「人が使う魔法で付与できる状態異常は、せいぜい毒か麻痺のどっちかだよ。混乱なんて聞いたことない」
「そうなんですか?」
「え? マリネ様も……黒魔術をお使いになられるのですか?」
後ろの席で静かに聞いていたリタさんが、眉を垂らして不安げな表情で聞いてきた。
「や、違います違います! 黒魔術って言ってるのはティムさんだけなんで!」
「どう見ても黒魔術だよ」
「ティムさぁん!」
ほら、リタさんがまた泣きそうな顔になってる! どうしてくれるんだ!
そんな言いだしっぺのティムさんは、こちらの抗議を無視して、「続きをどうぞ」と涼しい顔で促した。なんて人だ、まったく。
「黒魔術の罠が仕掛けられてるのなら、俺らでも入るのは厳しそうだな」
「まずはそれを解除しないとね」
「解除って……どうすりゃいいんだよ?」
カイルさんが尋ねると、沈黙が流れた後、僕に視線が集まった。
「あーまぁ、とりあえずマリネを突撃させときゃなんとかなるか」
「そんな雑な扱いやめてください」
「闇魔法の強化版を弾き返すくらいなんだから、余裕だろうね」
「ハードル上げないでください」
「鍵がかかった部屋があっても、マリネのスキルをもってすれば問題ないな」
「……それはそうかもですが」
「ここの通路も狭そうだから、なにかあっても俺らじゃ武器をふるうのも難しいかもしれんしな」
「…………」
四人に交互に言われ、最終的に黙る僕。再び、視線が集まる。
「……はい喜んで! 頑張ります!」
触手を一本挙げて、半ばやけくそ気味に叫んだ。
レックスさんがこっそりと、「フォローはするから大丈夫だ」と言ってくれたのがせめてもの救いだった。
リオネサーラ様から、「みんなを守れるほどの力」を授かったのだ。ここで活躍しないでどうする。うん、大丈夫。絶対できる。やってやろうじゃないの!
ざっくりとした作戦がまとまったので、地下道から謎の増築エリアまでの道を記した簡易版の地図を、ラルゴさんからカイルさん――ではなく、レックスさんが受け取った。
「危険な任務です。本当に、よろしいのですか」
「お前らなぁ……ほんっとに似た者兄妹だな」
カイルさんが、苦笑しつつリタさんとラルゴさんを順番に見た。
「心配すんな。あんたらを必ず、日の当たるとこに連れ出してやるよ」
満面の笑顔で言ったカイルさんを見たラルゴさんとリタさんが、目を大きく見開いた。
ラルゴさんは、唇を固く結びつつ若干震えながら、立ち上がった。
「どうか、よろしくお願いいたします」
「お願いします!」
ラルゴさんとリタさんが頭を下げ、双子軍人のディーンさんとフォックスさんも、腰を大きく曲げて頭を下げた。
感極まって泣きそうになったが、そんな場合ではない。
ここからが正念場だ。キャラウェイの人たちと、ラルゴさんやリタさん、それに他のセントジョーンズワートの人たちのためにも。エルダーの居場所をつきとめて、必ずや戦争を終結に導いてみせるぞ。
◇◇◇
ラルゴさんとリタさんに見送られ、ディーンさんとフォックスさんの双子軍人ペアに先導してもらい、地下道の平坦な道を進んでいる僕たち。
「この道は、五十六通りあるうちの一本の道です」
「多数の罠が仕掛けられており、手順どおりに解除していく必要があります」
「我々はそれらすべてを把握しているので、ご心配なく」
「……へぇ。そうなのか」
カイルさんが肩をすくめた。
確かに、二人は少し歩いては壁のある場所を押しこんだり――小さな正方形の形にへこんだ――壁についているたいまつを少しいじったりして進んでいる。これらがおそらく、罠の解除に必要な動作なのだろう。
「なぁ。一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「なんなりと」
レックスさんが聞いた。
この双子は、いちいち交代で発言しないと気が済まない性質なのかな。めんど――否、徹底していてすごいと思う。
「あんたらが言っていた、ドレイク中将についてだ。どんな奴なんだ?」
「そうだ。俺も気になってたんだよ。鉢合わせて戦うかもしれねぇしよ」
レックスさんとカイルさんの言葉で、確かに、と思った。
元は軍の強硬派のトップに君臨していて、今はエルダーの側近となった男。今、僕らが知っているのはそれくらいだ。やはり、強いのだろうか。
「ドレイク中将は、先程も申しましたが軍の強硬派のトップにいた者です」
「かつて国王陛下は、なにかと中将を気にかけておられました」
「気にかけてたって……怪しんでたって意味か?」
カイルさんが聞くと、双子軍人がそろって首を横に振った。
「その逆です」
「中将の父親の件で、国王陛下は責任を感じておられたのです」
「中将の父親の件、とは?」
「その前に、ご容赦ください。これからするのは、我々が入隊するよりずっと前に起こった件を、人づてに聞いた話です」
「信憑性については、皆様のご判断にお任せいたします」
双子軍人がこちらを振り返り、軽く会釈した。
カイルさんが、「いいから話せよ」と言ったので、二人は再び前を向いて歩きだした。
「ドレイク中将の父親の件とは――氏が不正を働いたと告発されて、将位を剥奪され自ら命を絶った事件です」
「氏が亡くなった後で、濡れ衣だったと判明したそうです」
「出世を妬んだ、同期の者による策略だったとか」
「それを知った国王陛下は、大層お嘆きになったそうです」
「数年後、氏の息子が軍に入隊したと知った陛下は、罪滅ぼしとしてなにかと気にかけておられたそうです」
「なのにそいつは……反旗を翻したと」
「そうです」
「中将は、父親の件を根に持っていて、いずれは復讐するつもりだったのでしょう」
「エルダーと密会しているところを見た奴がいるとも言っていたな。つまり、そういう感情を抱いていたドレイクを、エルダーが唆したんだな?」
「その可能性は非常に高いと思われます」
「ドレイク中将は、陛下の厚意を利用してどんどんのし上がっていきました」
「その分、軍内部での発言力が増していき、自身の派閥を立ち上げるまでになったのです」
「手に入れられたらいい駒になりうると、エルダーが考えてもおかしくありません」
ディーンさんとフォックスさんが、俯き加減で首を横に振った。
なんて言ったらいいのか……ひどい話だ。結果、エルダーの思うつぼになってしまったのか。
しかし、だ。ドレイクが強硬派を率いるまでになってしまった件を、王様は知らなかったのだろうか? 知っていれば、クーデターを未然に防げたのでは?
「王様は、その危険性に気づいてなかったんですか?」
「もちろんご存じだったはずです」
「中将をこのままのさばらせるのは危険だと、進言した者も多数いたそうです」
「しかし、陛下はそれを毎回否定していたそうです」
「『愛をもって接すれば、必ず分かってくれる』……進言してきた者に、そう言い聞かせて」
「いや……愛ってなぁ……」
カイルさんが渋い顔をして、言葉を濁らせた。
リタさんが前に言っていたな。王様は、国民をとにかく大事にしていたと。その中には、間違いなくドレイクも含まれていたのだろう。だが、その「愛」は、復讐にとらわれていた彼にはまったく伝わっていなかったのだ。
それを知った王様は――処刑される寸前の王様は、一体どんな気持ちだったのだろう。想像するだけでも、胸が痛む。
「あちらが見えますでしょうか」
「王宮内部とつながっている出入口です」
泣きぼくろがある方……ディーンさんか。彼が先の頭上にある四角い穴のようなものを指さした。一方だけが動作をするとは、珍しい。
そして、二人は再びこちらを振り返り、同時に敬礼した。
「皆様のご武運を」
「祈っております」
双子軍人はそう言い、左右に分かれて壁に背中をつけ、僕らに道を開けるように立った。
「……おし。行くぞ」
カイルさんの言葉に、僕たち全員が頷いた。




