5話 クエストに挑戦してみましょう①
今日は、僕にとっては待ちに待った初クエスト実行の日だ。
「結局〈アルカネット遺跡〉かよ……報酬低いし……」
〈冒険者ギルド〉を出たとき、「一番乗りで受けられた!」と、笑顔のカイルさんの傍らで、肩を落として項垂れていたティムさんがとても印象的だった。オリヴィアさんは無表情のままだった。
ちなみに、〈冒険者ギルド〉とは、冒険者登録などの様々な申請ができる窓口と、クエスト(依頼)や情報が貼りだされる掲示板がある場所で、クエストの受領と完了の手続き、ならびに報酬の受け取りもできる。建物の奥には食堂も併設されていて、冒険者なら一日一食限定だが無料で食事ができるらしい。
それならば、カイルさんたちも一食くらいはあそこで食事すればいいのにと思って聞いたのだが、曰く、「あそこは、まだ稼ぎが少ないFかEあたりのランクの奴ら専用みたいなとこなんだよ」とのことだ。暗黙のルールだろう。
「おいティム。そんな落ち込むなって」
カイルさんが、げんなりと肩を落とすティムさんの肩を強めに叩いた。すぐにティムさんが、うっとおしそうに目を細めてカイルさんを睨む。
「行くだけ無駄。ろくに仕事にならないだろ」
「いやいや、そんなことねーだろ。特に今日はマリネのデビュー戦だからな。右も左も分かんねぇこの魔物ちゃんに、色々教えてやる必要もあるだろ?」
「……そんな見た目も中身も意味不明な魔物を連れてるカイルの神経が未だに理解できない、したくもない」
すみません。右も左も分かんねぇポンコツな魔物ちゃんで。
苦々しげに横目でこちらを見てくるティムさんに、無言で頭を数回下げた。
けれども、ティムさんには申し訳ないが、僕ははとてもわくわくしていた。カイルさんの言うとおり、初のクエストに同行できるのだ。どんな敵がいて、どんなお宝に巡り会えるのか。実入りも報酬も少ないようだが、それでも期待せずにはいられない。
「マリネ。俺の雄姿、よーく見とけよ?」
「あいっ」
重要なところで噛んでしまったのはご愛嬌で。
◇◇◇
指定された〈アルカネット遺跡〉は、元いた町〈サントリナ〉から北にしばらくいったところにあった。地形や地理についても知っておかないと話についていけないので、今度地図でも借りて勉強しておかねば。
遺跡と名がついている時点でなんとなく察していたが、ほとんど廃墟だった。石造りの建物の残骸が散らばっているだけで、当然人の気配はない。
「ティム、ここについて解説頼むわ」
「は? なんでそんなこと――」
振り返ったティムさんは、僕の期待を込めた視線を受けて眉間に皺を寄せていた。
ごめんなさい。でも、どうかお願いします。
「……〈アルカネット遺跡〉は、数百年前に滅亡した王国の跡地だとされている場所だよ。発掘調査は今でも行われているけど、『ここに王国があった』っていう確たる証拠になる出土品はまだ見つかってない」
「え、そんな場所に僕らが入ってもいいんですか?」
「いいもなにも、むしろ俺らみたいな冒険者しか立ち入れないんだよ。魔物が棲みついてて、一般人には危険だから」
「そういうことですか……あ、じゃあ、ティムさんがこの前『実入りが少ない』って言ってたのは、手に入ったものは調査が行われるから一旦全部提出しなきゃいけない、とかですか?」
「そう。考古学的に貴重なものかどうかは、素人には判断できないからね。あと、出現した魔物はもれなく討伐対象だけど、その過程で遺跡のものを破壊したら、逆にペナルティが科せられる場合もある。つまりここは、ハイリスクローリターンなダンジョンってこと」
「……よく分かりました。ティムさんのテンションが異様に低い理由が」
「ああ、そう……理解が早くてよかった。カイルと違って」
「おいコラ。なんか余計なこと言わなかったか、今」
眉を寄せて抗議するカイルさんに対し、ティムさんはローブのフードを片手で引っ張って顔を隠すような仕草をしつつ、「別に」と言って濁した。
「今日の任務は、北側の新しいエリアの調査だ。なにが出るか分からないからな。油断するなよ」
「分かりました。気をつけます」
カイルさんとティムさんのコントのようなやり取りを無視して、オリヴィアさんが真剣な表情で僕を見ながら言った。背中にくくりつけている大振りの弓と矢筒なんていう物騒なアイテムが、緊張感を演出している。
「んじゃ、とりあえず北だな」
カイルさんを先頭に、北に向けて歩きだした。僕はカイルさんの肩から下りて、建物の残骸の上を歩いて進む。
しばらく行くと、ツタに覆われた場所に行き当たった。カイルさんが腰に差していたダガーナイフを使ってツタを切り裂き、道を作る。
「お、ここか?」
開けた道の先をいくと、広場のような場所があった。
中央に建物らしき残骸があり、形からして円形の建物だったようだ。今まで通っていた道にあった建物の跡と比べたら、明らかに別物だと分かる。形もそうだが、大きさも一家族が暮らす家にしては大きすぎる。なにかの施設だろうか。
「あそこに洞窟がある」
オリヴィアさんが、その建物の北側にある山を指した。確かに、岩肌にぽっかり空いた穴――洞窟らしきものの入り口がある。
「うし。行くぞ」
カイルさん、ティムさん、オリヴィアさんの三人は顔を見合わせて頷き、カイルさんを先頭に中へと足を踏み入れた。
しかし、中は洞窟。明かりなどあるはずなく、文字通り一寸先は闇の状態だった。
「ティム」
「分かってる……〈光よ、照らせ〉」
ティムさんがローブの中からなにかを取り出して、呪文を唱えた。途端に辺り一面が光に包まれる。
眩しすぎる!
宿屋でも、魔法使いが同じような呪文を唱えて明かりをつけていたけれど、明るさが段違いだ。魔力の違いだろうか。
光が落ち着いて、というか目が慣れてきたので改めて見てみると、ティムさんが手にしていたのは紫色の宝石がちりばめられた杖だった。その先端部分が、電灯のように光っている。
「わー……その杖、きれいですね」
「そりゃそうだ。『アメジストの杖』は超激レアな鉱石シリーズの一つだからな」
ティムさんの代わりに、カイルさんが口元を引きつらせながら答えた。
紫色の宝石はアメジストだったか。確かに、宝石がふんだんに使われた装飾品はかなり高価だろう。手に入れるためにお金を貯めるにしても、途方もない年月をかけないといけないレベルではないだろうか。
それを、懲りずにクジを引きまくるカイルさんを咎める倹約家、とも言えるティムさんに限って、つい衝動買いしてしまったとは考えにくい。
「ティムはそれを、〈コーデリア商店〉のクジで当てたんだ」
「え? 本当に?」
オリヴィアさんも、カイルさんと似た渋い表情をしながら教えてくれた。
「あんときのサラの絶望した顔、今でもはっきり覚えてんだよなー」
カイルさんの言葉に、オリヴィアさんが二度頷いた。
カイルさんが先日〈コーデリア商店〉のクジで引き当てたのは、ボロボロの手袋などの使えない道具――むしろゴミばかりだったが、ティムさんの杖のようなお宝といえる物が当たる可能性もあったらしい。
だが、レアな商品が当たってしまえば、店側にとってはそれだけ損だろう。本当なら何万オーロもする商品が、クジの代金のたった二オーロで譲らなくてはいけないのだから。店主のサラさんが、『ムンクの叫び』並みに顔を歪めている姿が目に浮かぶようである。
「すごいですね。ティムさんはクジ運強いんですね」
「別に……超不運なカイルと並んでたらどっこいどっこいだから、大したことないよ」
「お前なにかと俺の不運貶すのやめてくんねーかな?」
カイルさんの抗議は、ティムさんが「さっさと先進んでくれる?」と言ってかき消されてしまった。
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