56話 作戦は穴がないように念入りに立てましょう
レックスさんの呼びかけで、第五分隊のイケオジ隊長・アーノルドさんがやってきた。
「忙しいときに悪いな」
「構わん。お前の頼みなら、どこからでも飛んでくるさ」
レックスさんとアーノルドさんが、がっしりと握手をした。なんだか、だいぶ親しい間柄のように見える。
「それで、用とは?」
「思いついたことがある。司令部の許可をもらいたい」
「そうか。私に伝令役と、交渉を頼みたいのだな。聞かせてくれ」
アーノルドさんは頷いて、あっさり承諾した。
司令部の許可が必要なんて、レックスさんは一体なにを思いついたのだろうか。
「帝国の北の領地から、宮殿がある〈ソープワート〉に侵入しようと思う」
「北の領地……〈ラバンサラ〉へか?」
「ああ。ブルーノが言っていたんだ。あそこは、黒魔導士の部隊が皇帝エルダーから与えられて占拠していると。奴らが留守にしている今なら、侵入するチャンスは十分ある」
レックスさんの提案を聞き、アーノルドさんが渋い顔をして黙りこんだ。
黒魔導士部隊が留守にしている、すなわち、まだあちらからの攻撃は続いているのか?
気になって、触手を挙げてこっそりカイルさんに聞いた。
「黒魔導士の部隊との戦闘はどうなったんですか?」
「エリオットの指揮で光魔法の部隊が反撃して、なんとかなった。けど、まだ撤退した様子はねぇってよ」
「じゃあ、またバンバン闇魔法撃ってくる可能性があるんですか?」
「だろうな」
カイルさんはいやに冷静で、余裕そうに言った。
光魔法の部隊の反撃がうまくいったのはよかったけれど、どちらかもしくは両軍が撤退しなければ、結局のところ魔力勝負になる。敵は、大砲で魔法を撃ちこむなんていう荒業を披露してきたのだ。なにかまた別の、とんでもないやり口を使ってくる気がする。
「次に連中が動き出す前に、先手を打つべきだ。違うか?」
「確かにそのとおりだ。だが、忘れていないか? こちら側から直で〈ラバンサラ〉に行くには、〈ヒールオールの谷〉を越えなければならないのだぞ」
「もちろん分かっている。そのために、マリネの力が必要なんだ」
「へっ」
急に名指しで呼ばれ、さらに全員の視線が集まった。
「あいつは『巨大化』のスキルを持っている。それを使えば、あの深い谷も一跨ぎだ」
「『巨大化』……確かに話には聞いている。だが、まだ制御はできないのではなかったか?」
「それなら問題ない。先の戦闘で完全に会得した」
って、いうのは表向きですけどね。あと、まだ試してないから本当にちゃんとできるかどうか分かりませんけどね?
「そうか……ならば、あるいは可能かもしれんな」
「ああ。ただ、〈ラバンサラ〉が本当にがら空きかどうか、保証はない。それと、仮にうまく〈ソープワート〉に辿りつけたとしても、問題はその先だ。皇帝エルダーの居場所を特定する必要がある」
「無茶苦茶すぎる……」
ティムさんが、嫌そうに顔を歪めてぼそりと呟いた。
確かに、「皇帝を探しだす」なんて無理ゲーにも程がある。アストラさんによれば、皇帝は部下にさえも異常なほどの警戒心を抱いているようだ。となると、居場所を知っている人がどれくらいいるかも分からない。
「どの道、まずは敵地がどのようになっているかを探る必要がある……その役を、自分たちに任せてほしい、と」
「そういうことだ」
レックスさんは、アーノルドさんの目をじっと見て頷いた。続いて、アーノルドさんも少し考えた後、同じように頷いた。
「分かった。私からかけあってみよう。ただ、許可が下りる保証はないぞ。司令部の中には、お前たち冒険者に対して懐疑的な意見をもつ者も少なくないからな」
「承知の上だ。だからあんたに頼んでる」
「……買い被りすぎだ」
アーノルドさんは、こちらを一瞥してから去っていった。その背中に向けて、頭を下げた。
この戦争を止めるために。どうか、うまくいきますように。
◇◇◇
翌日になっても、幸いにも黒魔導士の部隊が動き出す気配はなかった。
帝国軍は、出撃したからには戦果を挙げなければならない。なぜなら、手ぶらで帰ろうものなら、暴君エルダーに役立たずの烙印を押され、即処刑が言い渡されてしまうからだ。
次、失敗するわけにはいかない。今度こそはと、彼らは時間をかけて最善の方法を探っているのだろう。
そして、その日の夜。動きがあったのは、こちら側だった。
「本当に許可が下りるなんて思わなかった……!」
ティムさんが、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
アーノルドさんと、意外にもいち早く興味を示してくれた団長さんのおかげで、レックスさんの提案が通り、見事先遣隊としての派遣が決まったのだ。今は、カイルさんとティムさん、レックスさんとオリヴィアさんのペアでそれぞれ馬に二人乗りをして移動している最中だ。僕は、例によってカイルさんの肩に貼りついている。
「潜入なんて無理だよ。荷が重いって」
「なんだよ、お前。こえーのか?」
「怖がってるわけじゃない。俺が心配してるのは、お前だよカイル」
「はぁ?」
「敵地潜入なんて、ガサツで不運なお前に向いてると思う? 無理だよ。どうせ、途中でめんどくさくなって騒ぎを起こすんだから」
「おま……! 断定すんな! ガサツはともかく、不運は関係ねぇだろ!」
「あるよ。地雷でも埋まってたらどうなる? 即行で踏むに決まってるだろ」
「それは確かに否定できねぇけどよ!」
「カイルさん、せめて否定してください。あと、『ガサツはともかく』っていうのもおかしいです」
毎度ながら、延々とコントもどきを繰り返しそうな二人に対し、僕がツッコミ役を担うはめになるとは。それこそ荷が重いよ。
緊張感があるのかないのか、分からない。隣を走っているレックスさんとオリヴィアさんのペアを見ると、前者は他人事のように笑みを浮かべていて、後者は無表情だった。
「団長はなにを考えてるんだ? 部下ではなく私たちに敵地潜入させるなんて」
「俺も正直驚いた。ずいぶんお前たちを気に入ったとみえる」
「もしそうなら、マリネのせいじゃん」
「えっ!? なんでですか!?」
「触られて、『巨大化』スキル持ってるって知られて、興味もたれてただろ」
「う……」
ティムさんが細めた目で見上げ、睨みつけてくる。
完全に不可抗力だ。こちらから気に入られようとしたわけではないのに。
「そろそろ国の外だ。油断するなよ」
「おう!」
市街地を抜けて、森に入った。〈ヒールオールの谷〉が近い証拠だ。
「っ! 誰かいるぞ!」
少し身を乗り出して前方を警戒していたオリヴィアさんが叫び、手綱を握っていた二人がほぼ同時にそれを引いて急ブレーキをかけた。
その音を聞きつけてきたのか、他にも数人が僕らの前に立ち塞がるようにして茂みの陰から出てきた。
「こっから先は帝国の領地だ! ネズミ一匹通さねぇぞ!」
「たった四人だ! やっちまえ!」
斧や剣、槍など様々な武器をもった兵が、襲いかかってくる。
カイルさんたちも、応戦すべく馬から下りて、それぞれの武器を構えた。
しかし、そのとき。
「がぁっ!」
僕らの背後から現れた巨大な魔物――ポラートが雄叫びをあげながら、敵兵に向かって突進していった。
え? あれって、もしかして。
「たった四人だって? はん、舐められたもんだな!」
「まったくだ!」
聞きなれた声がして、振り返る。
固く握った拳を構えた〈鍛錬場〉のボリスさんと、斧を肩に担いだ武器屋のスティーヴさんがいた。そのさらに後ろには、魔物研究所のミランダさんと喫茶店のマスターのトリスタンさんの姿もあった。
やはり、あのポラートはスティーヴさんの従魔のノボリさんだったか。元々強面だった顔が殺気に満ちていて、本気で恐怖を感じる。
「お前ら……なにしに来てんだよ!?」
「なにって、つれねぇなぁ。せっかく駆けつけてきてやったってのに」
「はっはっは! 遠慮するな、カイル! ここは俺らに任せて先にいけ!」
ボリスさんとスティーヴさんが、敵兵に向かって駆けだしていった。
まずはボリスさんが、斧を持った敵兵に殴りかかり、瞬殺。「次はどいつだぁ!」などと叫んで、他のまだ無事な敵兵を怯ませていた。
スティーヴさんは、先に敵を蹴散らしていたノボリさんと協力して複数の敵兵を囲むと、豪快に斧を振り回した。
「あの野郎……ただそのセリフ言いたかっただけだろ!」
「そのとおりよ。まったく、ええかっこしいなんだから……」
「仕方ないさ。最初からやる気満々だったからねぇ」
苦笑したミランダさんとトリスタンさんが、余裕そうにゆったりとした足取りで近づいてきて、カイルさんに同意した。
「お二人――じゃない、四人ともどうしてここに?」
「副団長殿に頼まれたんだよ。君らを援護してほしいとね」
「副団長?」
「驚いちゃった。あなたたち、いつの間にパルマローザの長男坊と仲良くなってたの?」
エリオットさんのおかげか!
彼は、今回の敵地視察については反対側だったと聞いた。それは、僕らの身の安全を考慮したからだったとも。
だが、やはり父親であり上司の団長が逆の立場に回れば、反対意見を押し通すのはほぼ不可能。そこで、司令部から許可が出されてすぐに、援護役を担ってくれる人材を探してくれた、といったところだろう。なんていい人だ。
「平民の分際で、兄上を気安く呼ぶな」
ミランダさんとトリスタンさんの背後から、馬に乗った数人の騎士がやってきた。先頭にいる人は、なんだかとても見覚えのある人だった。
「兄上のお役に立てるならと志願したのだが……まさか、貴様らのような下賤な者共の援護などとは。嘆かわしい」
「誰だ、お前」
「な……っ! 貴様っ! この私を忘れたなどとは言わせぬぞ!」
「忘れたっつーか会った覚えねぇんだけど」
「この……!」
先頭にいる騎士――サイラスさんは、興味なさそうにしれっと言い放つカイルさんに、苛立たしげに吠えかかった。
しぶとい人だな、この人も。否、武勲を挙げたくて躍起になっているのだろうか。
「そういうわけで、ここは僕らが引き受けるよ。気にせず先に行くといい」
「くれぐれも慎重にね。私たちの手を借りといて失敗した、なんて許さないから」
トリスタンさんはパイプを出し、ミランダさんは後ろに控えさせていたルルフェンを前に出るように指図した。
わあ。二人が戦っている姿もちょっと見てみたい。サイラスさんは……別にいいや。
「恩に着る。行くぞ」
「年寄りの冷や水なんてことにならねぇようにな!」
「カイルくん? あなたあとでうちの子たちのエサにしてあげる」
「じょっ、冗談に決まってんだろ!」
ミランダさんの目が据わっていた。本気モードだ。
ティムさんに「ばかだね」と言われながら、カイルさんは慌てて逃げるようにして馬に再び乗った。
すぐに走りだしてしまったので遠目でしか見えなかったが、なんていうか、すごかった。トリスタンさんは、パイプから出した火の粉を小さな炎の渦にして、敵兵を蹴散らしていた。森の中で炎魔法は危険のはずが、近くの木に飛び火した様子はなかった。
「あんなピンポイントで狙えるなんて……マスター、相当やり手だね」
「ああ。マスターは凄腕の魔法使いなんだ」
ティムさんが感心していたのにかぶせて、オリヴィアさんが自慢げに同意していたのがなんだか微笑ましかった。
そして、ミランダさんはルルフェンと猛禽類の魔物を自身の手足のように操り、攻撃していた。彼女と二匹の息がぴったりで、舌を巻いた。
「この森を抜ければ、すぐに〈ヒールオールの谷〉だ。いつでもすぐに止まれるようにしておけよ。落ちたら一巻の終わりだからな」
「縁起でもねぇこと言うな!」
「大丈夫です! もしそうなっても僕が引っ張り上げますから!」
「大丈夫じゃねぇわ、ふざけんな!」
カイルさんのデコピンを食らってしまった。うう、安心させたかっただけなのに。




