55話 転職したら能力の変化を確認してみましょう
次に目を開けたときには、カイルさんとティムさんとオリヴィアさんの顔があった。
「マリネ!? 大丈夫か!?」
「へっ? は、はい。大丈夫です」
三人とも、なにか奇怪なものでも見るかのように、目を見開いて驚いている。
なぜだろう。なにがあったんだろう?……いや、ちょっと待て。
「ティムさん! 足、大丈夫ですか!?」
「は……? ああ、別になんともないよ」
「ホントですか。よかった……」
安堵して、息を大きく吐いた。
辺りを見回すと、割烹着のような白いエプロンを着た人たちが、忙しそうに動いている姿が見えた。ここは、救護用の天幕の中らしい。
頭はまだ若干ぼんやりとするけれど、なにがあったかは覚えている。黒魔導士の部隊を退けられたのだろうか?
「よかったじゃねぇよ。こっちのセリフだ、ばか。急に光りだすからなにがあったのかと思っただろ」
「急に光り……? そうなんですか」
首を傾げつつ、リオネサーラ様からなにかしらの力を授かった影響だろうかとぼんやり考える。否、そもそもあれは、夢……じゃ、ないよな?
「またしばらく眠ったままかと思っていたぞ。意外と早かったな」
「確かに変だね。『巨大化』してからまだ半日もたってないのに、もう魔力が回復してるなんて」
ティムさんが怪訝そうに眉を寄せ、その顔を近づけてきた。
たぶん、リオネサーラ様のおかげです。なんて、言えない。騎士団副団長のエリオットさんに会ったと話したときですら、信じてもらえなかったしな。
「まぁ、大丈夫ならいいけどよ」
カイルさんが、乗れといわんばかりに手を差し出してきた。
かなり前からある古傷だけでなく、新しい傷もある。戦う人の手らしくて素敵だが、痛々しくもある。きれいに治せないものなのか。
考えながら、その差し出された手をとろうと触手で触れた途端、光りだした。
カイルさんは、熱いものに触れたかのように反射で手をひっこめた。
「おま……なにした?」
「なにもしてません」
カイルさんは、僕が首を横に振って否定してもなお、怪訝そうに目を細めてこちらを見ている。本当になにもしてませんってば。
怪しみつつ首を傾げたカイルさんは、自身の手を見てまた驚愕の表情を浮かべた。
「お前、なにした!?」
「なにもしてません!」
「なにもしてねーのに傷が一つ残らず治るかよ!? ずっと前のマメ潰した跡まで!」
「はぁ?」
カイルさんが、叫びながらその手を広げて見せてきた。確かに、傷だらけだった手がきれいになっている。
それを見たティムさんとオリヴィアさんも、困惑した表情を浮かべた。否、一番困惑しているのは僕だ。
「お前……」
後ろから声がしたので振り返ると、目を見開いて驚いているレックスさんが立っていた。
「その力は、ウェンディの……」
「えっ?」
予想外の人の名前が出てきて、目をむいた。
ウェンディさんの力……?
そうだ、思い出した。以前、〈ロディオラ〉で会ったキツネの獣人の子供、ロンが転んだときに負ったケガを、同じように手を触れただけで治していたな。
「マリネお前……リオネサーラに会ったのか」
「へっ!?」
「リオ……なんだって?」
困惑したままのカイルさんに対し、レックスさんは真剣な表情でこちらを見ている。
彼も、会ったのだろうか。
「どうなんだ?」
「あの……はい。いきなり僕の願いを叶えると言われて。ちょっと口が悪くてびっくりしました」
「……! そうか……」
レックスさんは瞳を揺らした後、目を閉じて二度ほど頷いた。
「おい。なんだよその……リオなんとかって」
「リオネサーラ。女神アストラの使いで、この国の守護聖獣だ」
「……は?」
カイルさん、ティムさん、オリヴィアさんの三人は、口を半開きにして唖然とした。
そうですよね。女神様の使いの方が出現した、なんて知ったら、そうなりますよね。
「ウェンディが聖女になれたのも、リオネサーラから力を授かったからだ」
「ウェンディさんも……」
そうか。リオネサーラ様が言っていた「あの女」とは、ウェンディさんだったのか。
「いや、ちょっと待って。聞いたことないよ、『リオネサーラ』なんて。守護聖獣なら、絶対どっかの歴史書かなにかに名前が載ってるはずだろ?」
「いや。リオネサーラは、選ばれた者の前だけにしか姿を現さないそうだ。女神を差し置いて、自身が神格化されて信仰の対象にされないために」
「……つまり、マリネもそのリオネサーラから力を授かった、のか?」
オリヴィアさんが言うと、全員の視線がこちらに向けられる。
「力って、どんな力をもらったんだ?」
「えっと……なんでしょう?」
僕を両手で持ち上げたカイルさんに聞かれるも、うまく答えられなかった。
なぜなら、僕がお願いしたのは、「いつでもみんなを守れるくらいの力」だ。自分で願っておきながらアレだが、非常に曖昧で、具体的になにをどの程度授かったかまでは、実感がないため分からない。『巨大化』した後、半日で元どおりになったのなら、十中八九魔力を上乗せしてもらったのだろうけれど。
「判定してみればすぐに分かる。ちょっと待ってろ」
レックスさんはそう言って、一旦天幕を出ていった。少しして、誰かを連れて戻ってきた。
「やっほー。いつぞやの魔物ちゃん。また会ったね」
「あ、どうも」
見覚えがあるかと思えば、先日の戦闘の後で真っ先にお礼を言ってくれたエルフの人だった。名前はローズさん。見た目も名前も中性的だが、男性だそうな。
「こいつの判定、頼めるか?」
「いいよー。実はちょっと興味あったんだよね」
ローズさんは、人差し指と親指を丸のような形にして目を囲って、カイルさんの手の上にいる僕を見つめてきた。そんな怪しい格好で、しかも瞬き一つせず凝視されるのは、なかなかきついものがある。思わず後退りした。
「……おかしいな?」
しばらくして、ローズさんは僕から目線を外して首を傾げた。
「魔力だけ判定不能なんだけど……なんでだろ。疲れてんのかな?」
「そうか。悪かったな、お疲れのところ」
「ううん。全然元気だから。そんなはずはないと思うんだけどなぁ……」
腑に落ちない様子だったローズさんは、レックスさんに促されて天幕をあとにした。
魔力だけ判定不能、とは?
「判定不能……スキルで判定できる許容範囲を超えてるってことだね」
「許容範囲を超えてる……?」
カイルさんたち三人の視線が、一人納得したように頷くレックスに向いた。
「ウェンディも同じだったぞ」
「へっ!?」
「じゃあつまり、今のマリネは聖女と同じランクの……聖人?」
「人じゃないし、それをいうなら聖獣じゃない?」
「聖獣!? お前、魔物から聖獣にランクアップしたのか!? すげーな!」
「いや、そんな……えへへ」
戸惑いを隠せないオリヴィアさんとティムさんを差し置いて、カイルさんは一人大層喜んで、僕を両手で持ち上げた。
クラーケンという名の大怪物もとい大魔物を目指していた自分が、まさか聖獣になるなんて。恐れ多いけれど、素直に嬉しい。
「大聖堂で司教立ち合いのもとで儀式をしたわけじゃないから、正式な役職とは認められないだろうけどな」
「儀式……ウェンディさんは、そうやって聖女になったんですか?」
「ああ。あいつが祈りを捧げているときに、リオネサーラが突然顕現したんだ。それで、急遽儀式を執り行ったってとこだ」
「お前も見たのか? その、リオ……なんとかに」
「リオネサーラ様です」
「ああ。見た。マリネの言うとおり、口が悪くてやたら尊大なドラゴンだった。まぁ、女神の使いともなれば当然か」
レックスさんは、苦笑いしつつ目線を上に向けた。リオネサーラ様と会ったときの光景を思い出しているのだろうか。
どうでもいいかもしれないが、リオネサーラ様はこの世界ではドラゴンに分類されるらしい。確かに大きな翼があったし、炎のブレス的なものも吐けそうではある。実際吐いていたのは、炎ではなく毒だったが。比喩的な意味で。
「リオネサーラとなにを話したんだ?」
「なにって――あっ! そういえば……!」
そこで、リオネサーラ様の最後の言葉を思い出した。
あの方が言っていた「紫の若造」とは、レックスさんではないか? 彼は一度、リオネサーラ様と会っているわけだし。「紫」とは、髪の色を示しているのだろう。間違いない。
「たぶんですけど、レックスさんに伝えるようにと言われました」
「なんて?」
「……えっと……『一々聞くな、てめぇのことはてめぇで考えろ』、だそうです」
腰に手を当て、あの方の尊大な態度をできるだけ表現――したつもりで言った。
すると、一瞬だがレックスさんの瞳が揺れた。すぐに目を閉じたのでよく分からなかったが、納得した様子で頷いていた。
「カイル」
「なんだ?」
「俺をお前らのパーティーに入れてくれ」
「……は!?」
急な申し出に、カイルさんだけでなく僕ら全員、目を見開いて驚いた。
「マリネが聖獣になったって知って、なに調子のいいこと言ってんだって思うかもしれないが……この戦争が終わるまでの、期間限定で構わない」
「いやいやいや! そんなん思わねーし! 期間限定とか言わねぇでずっといろよ!」
「……ありがとな。お前ならそう言ってくれるんじゃないかと思った」
苦笑したレックスさんは、ティムさんとオリヴィアさんの方を見た。
「いいに決まってんじゃん。カイルのお守、よろしく」
「私も大歓迎だ。見てのとおりカイルが喜ぶし、大幅な戦力強化になるからな」
二人の同意の言葉を聞いて、カイルさんが「ほらな!?」と言った。
無意識なのか故意なのか、カイルさんの保護者的立場を匂わせている発言だったが、本人は嬉しさのあまり気づいていない様子だ。ティムさんなんて、あからさまに「お守」なんて言っていたのに。
そして、カイルさんとレックスさんは互いの冒険者カードを出して重ね合わせた。レックスさんのカードを覗きこむと、新たに『レジェンズ』のチーム名が刻まれていた。
「それで? なにが目的?」
「あん?」
「期間限定でってことは、なにか企んでるんだろ? おおかた、マリネの力を利用したいってところなんじゃない?」
ティムさんが腕を組んで、眉間にしわを寄せて訝しげにレックスさんを見た。先程までの友好的な雰囲気とは違い、警戒心をあらわにしている。
「利用って――」
「さすがだな、ティム。そのとおりだ」
「はぁ!?」
レックスさんがあっさり肯定し、カイルさんが信じられないとばかりに目を見開いた。詰め寄ろうとした彼を、レックスさんが手で制した。
「悪い意味でとらないでくれ。一つ、提案がある」
引きしまった真面目な顔をして、落ち着いた口調でそう言った。
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