表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第4章 混迷編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/76

54話 ピンチのときには出し惜しみはしないように心がけましょう

 轟音が響いている。


 頭を抱えてうずくまっていた僕は、音がやんですぐに目を開けて周囲の様子を確認した。轟音の正体は、周辺の木々が倒れた音だった。丸々と太っていたはずのそれらは、不自然に枯れて痩せている。


 黒い波――闇魔法にあてられたせいなのか?



「敵襲か!?」


「っ、来るな!!」



 轟音に気づいて駆けつけてきた騎士に、ティムさんが伏せたまま叫ぶ。


 しかし、遅かった。



「っ!!」



 第二波が、襲ってきた。


 駆けつけた騎士が飲みこまれる。その人は、立ったまま背中を反らして上を向くような体勢になり、悲鳴を上げた。


 そして、倒れた瞬間体が崩れて黒い砂のようになり、霧散した。あとに残ったのは、彼が着ていた軍衣だけだった。


 人が――人の命が、一瞬で消滅した。


 なんで……? 一体、なにが起こってるんだよ!?



「マリネ、カイルたちに知らせて。近づくなって」


「そ、それより逃げないと」


「無理だよ」



 あっさり否定したティムさんを不審に思い、うつ伏せに倒れたままの彼を観察し、理解した。倒れた木に下半身が挟まれている。


 大変だ。すぐにどけないと。



「俺はいいから、早く! また犠牲者が出るだろ!?」


「でもティムさんが――」


「いいっつってんだろ、このポンコツ!! 優先順位も考えられないのかお前は!!」



 珍しく声を荒らげたティムさんの言葉を聞いた瞬間、頭に血が上るような感覚をおぼえた。



「誰が……誰がポンコツですか、誰が! ここで仲間を見捨てる方がポンコツじゃないですか! 僕はそんなんじゃありませんからっ!」



 啖呵を切って、飛び上がって倒れた木の上に立った。見晴らしがとてもいい。



「なにする気だよ……! やめろ!」



 ティムさんの制止の声をガン無視して、遠くを見つめた。


 また闇魔法を食らえば、『巨大化』ができるかもしれない。うまくいかないかも、今度は死ぬかも、なんて尻込みしているときではない。だって、みんなが命を懸けているんだから!


 さあ、来るなら来い!



「ぎゃっ!?」



 どんと構えた直後、黒い波が前方から押し寄せてくるのが見えた。


 大丈夫。できる。絶対に、できる! 僕がやるんだ。僕が……守ってみせる!!


 腹に力を入れて、それを一気に放出するようなイメージで二本の触手を挙げた。直後、辺りが白い煙で覆われる。


 視界が開けると、迫ってきていたはずの黒い波は消滅していると気づいた。そして、視界が高い。高い木々で見えなかった、より遠くの景色までよく見える。あのとき――〈闘技場〉のときと同じだ。


 成功したのだ。『巨大化』に!


 だが、喜びを噛みしめている時間はない。まずは、身動きがとれないティムさんの救出だ。倒れた木をどかして、そっと触手の先を使って――でかくなったらたちまち細かい作業が難しくなった――ティムさんの体を持ち上げ、僕の後ろの離れた位置まで移動させた。


 直後に黒い波が襲ってきたので、触手を振ってそれを払いのけた。爪で引っかかれたような鋭い痛みを一瞬感じたけれど、それだけで他に異常はない。立て続けに襲ってくるそれを、同じように振り払っていく。


 まもなく、体が重だるい感覚がしてきた。どうやら限界が近いようだ。


 ここで『巨大化』が解けてしまえば、また被害が出てしまう。せめて、敵がどこから攻撃してきているのかをつきとめたい。


 黒い波を振り払いながら、その元を目で辿る。すると、森をぬけたところにある開けた場所に、バリケードのようなものがあり、その上にずらりと砲台が並んでいるのが見えた。周辺を、大勢の人がばたばたと動き回っている。


 位置や方向から考えて、あそこが発生源で間違いない。原理は不明だが、大砲の弾のように闇魔法を撃ちこんできているのだろう。一方的に、かつ安全に攻撃するために。


 そんなの反則――否、戦争に反則もなにもあったものではないだろうけど! 許さないぞ、絶対に。あそこに行って大暴れして、しっちゃかめっちゃかにしてやろうか!?


 とはいえ、すでに触手を挙げるのでさえつらいほど、だるさが増していた。さらに、魔法攻撃が触れた触手の箇所が腫れてきた。これも、限界が近い証拠か。


 だめだ。まだ解けるな。相手が攻撃を諦めるまでは、元に戻るわけにはいかないんだ!


 力を込めようと、一度下ろした触手に目を落としたとき、そばに人がいるのに気づいた。その人は、必死にこちらを見上げてなにか話しかけてきている。


 カイルさんだ。


 それに気づいた瞬間、力が抜けた。だめだ、と思ったがどうにもならず、空が遠くなっていく。膨れた風船の空気が抜けるかのように、僕の体は急激に小さくなって、地面にぐったりと横たわった。


 目が回る。どこがどこだか、なにがなんだか分からない。



「マリネ。よくやった」



 ぼやける視界の中、カイルさんの優しい笑顔が見えた。



「頼む」


「承知――第一部隊、構えっ!」



 カイルさんの声に続けて聞こえたのは、エリオットさんの鋭い命令口調だった。続けて、「放て!」と、声がしたと思ったら、辺りが眩しい光に包まれる。


 なんだこれ。眩しいなぁ。


 なにが起こっているのかわけも分からず、確認できないまま、僕の意識は白い光の中へと沈んでいった。




 ◇◇◇




 気がつくと、深い霧の中にいた。


 目の前には、白い草のようなものが風に揺れている。なんだかとても心地がいい。



「さっさと起きろ、へちゃむくれ」


「ぎゃっ!?」



 不意に、頭のてっぺんに鋭い痛みが走る。


 振り返ると、大きな赤い爪がついた巨大な手が見えた。白くて柔らかそうな毛に覆われた、獣の手だった。あの爪で突かれたようだ。


 痛みのおかげで、視界がはっきりしてきた。巨大な手を辿って顔のある位置を確認する。


 白いひげが、触角のようにのびている。目は赤く、白い体毛のせいか際立って見える。頭には、木の枝のようにのびた長い角が二本あった。



「ど……どちらさま、ですか?」



 神々しい見た目に呆然としつつ、なんとか言葉をひねりだした。すると、その白い獣は、寝そべっている体勢から四つ足で立ち上がった。



「はぁ。やっと気がついたか、へちゃむくれ」


「へちゃむくれではないです、マリネです」


「名前なんか知るか。俺がずっと呼びかけてたってのに、いつになっても気づきやしねぇ」



 その人は、鼻から息を大きく吐いて嘆いている様子で上を向いた。


 ずいぶん乱暴な口調だな。一人称なんて、「俺」だし。



「けどまぁ、一応褒めてやるよ。ここまで到達できたのは、あの女の後だとお前が初めてだ」


「あの女……?」


「つーわけで、へちゃむくれ。お前の願いを言え」


「……はい?」



 何一つ分からない。


 ここはどこ? この人は誰?「願いを言え」って、急になに!?



「ちっ……これだから心得がない奴は。落ち着け、へちゃむくれ」


「マリネですってば……どういうことですか? あなたは僕の願い事を叶えてくれるんですか?」


「だから、そう言ってる」


「どうしてまた?」


「……最初から説明しなきゃいけねぇのかよ、めんどくせぇな」


「すみません」



 なんで僕が謝ってるんだろう。



「お前はここに来た。それは、お前の『守りたい』っていう強い想いがあったからだ」


「え……? でも、それは他の人だって思ってるはずですが?」


「思ったからって、誰でも俺の声が聞けるわけじゃねぇ。そんなことも分かんねぇのか」


「分かりません、すみません」


「はぁ……」



 ため息をつく、謎の白い獣の人。


 だから、なんで僕が謝らなきゃいけないんだ。



「俺はリオネサーラ。お前が生まれると決まるよりずっと前から、アストラ様の命でこの地を見守ってきた」


「アストラ様の命……で!?」


「そうだよ」


「……アストラ様って、本当にいらっしゃるんですね」


「塵にされてぇのか」


「ごめんなさいすみません撤回しますから」



 ちらりと口の中の牙を見せつけられ、即座に土下座する。


 こういう横暴なタイプの人は、さらっと有言実行するだろう。恐怖でしかない。


 とはいえ、意外すぎるお方の名前が出てきたので、疑問に思うのは仕方ないと思う。「アストラ様の命」とは、すなわちこのお方は神の使い――眷属なのか?



「分かるだろうが、俺は人前に易々と姿を現せねぇ。だから、必要なんだよ」


「なにがです?」


「俺の力を現世に繋ぐ存在が」


「……え? まさか……それが僕だと?」


「やっと分かったか、へちゃむくれ」



 リオネサーラ様は、呆れたように片目を閉じて鼻で笑った。


 そんな、神の使いみたいな役目を、僕が負う? 馬鹿な。荷が重いどころの話ではない!



「俺の声を聞き届けられたっつーことは、すなわち素質がある証拠だ。実際お前は、力を示しただろうが」


「力を示した……?」


「お前らが言う『巨大化』っていう力は、アストラ様が現世の生き物に与えた力の一つだ。獣なら誰でも持ってる。その上で、実際にできる奴を炙りだしてんだよ」


「誰でも持ってるのにできるわけじゃない……って、どういうことですか?」


「どうもこうもねぇ。人が使う『魔法』だってそうだろうが」


「あ……」



 そうか。やっと分かったぞ。


 魔法は、魔力が高いからといって誰でも使えるわけではない。『巨大化』もそれと同じ――否、もっと希少な力なのか。


 まさかあれが、神様とコンタクトをとるために必要な力だったとは。そして、それを自分ができてしまうとは。未だに信じられない。本当に僕でよかったのだろうか?



「説明は以上だ。さっさとお前の願いを言え」


「いや、待ってください。僕は魔物ですよ? 神様とはほとんど真逆に近い存在です。素質があるからって、そんな大事なものに選んでもいいんですか?」



 聞いた直後、リオネサーラ様は腕を持ち上げて、爪の先を僕の頭に食い込ませた。



「ぎゃっ!?」



 痛いかどうかって? 痛いよ、普通に!



「お前の言う『魔物』ってのは、なんだ」


「へっ? なにって……?」


「それを邪悪と決めたのは、誰かと聞いてんだ」


「……それは……」


「人だろうが。つまり、その価値観は人の中だけで通用するもんだ。俺たちには関係ねぇ」



 リオネサーラ様が、こちらにずいっと顔を近づけてきた。



「お前は力をものにした。そんで、それを自分のためじゃなく、他のために使いたいと願った。アストラ様が愛する、この地の生き物たちを守るために。それ以上の理由が必要か?」



 赤く輝く目に見つめられると、驚きにあふれていた心が落ち着いてきた。まるで、大時化だった海が、あっという間に凪いでいくかのように。



「……僕は……見てのとおり、こんなにちっぽけで脆い存在です。どんなに想っても、できないことが多いんです。なのに……大切な仲間とか、よくしてくれる人たちとか……守りたいものも、多いんです」



 俯けていた顔を勢いよく上げて、まっすぐリオネサーラ様を見つめた。



「リオネサーラ様。僕に、力をください。いつでもみんなを守れるくらいの力を。お願いします!」



 目を閉じ、土下座のようにして手を前に出して頭を下げた。


 そのまましばらく、リオネサーラ様からの返事はなく沈黙が続いたが、そのままの体勢でいつづけた。



「……ふん。つまらねぇ。あの女と同じか」


「へ……?」



 だるそうに悪態をつく声が聞こえて、そっと目を開けながら顔を上げてみた。



「くれてやるよ。あとはてめぇでなんとかしろ」



 リオネサーラ様が、背中にあった翼を大きく広げた。直後、辺りがまばゆい光に包まれる。



「紫の若造にも言っとけ。一々聞くな、てめぇのことはてめぇで考えろってな」


「む……っ? え、ちょ、待っ……!?」



 その言葉を最後に視界が光で遮られ、なにも分からなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ