50話 長期の戦いは万全な態勢で挑みましょう
エリオットさんの厚意で、騎士団の訓練場を借りて『ダイヤモンドの杖』の性能を試させてもらった。
それが、とんでもなかった。
「〈炎よ、焼きつくせ〉」
ひとたび炎魔法の呪文を唱えると、ターゲットの藁人形のようなものが一瞬で爆発。燃え上がり、灰になって跡形もなく消滅した。その周囲に等間隔に並んでいた、別の藁人形数体も巻き添えにして。
「ば……っばかかお前は!! 火事でも起こす気か!?」
「これでも魔力絞ったよ。二割か、いっても三割ってとこなんだけど」
「それでこの威力か……さすが『ダイヤモンドの杖』だな」
カイルさんは激しく抗議して、オリヴィアさんはいたく感心していた。僕は、そのすごさに言葉も出なかった。
巻き添えになったのが僕らじゃなくて、本当によかった。そう思うほどに、危険な火力だった。まともにくらっていたら、タコの姿焼きどころではない。あの藁人形と同じように、一瞬で灰になってしまう。
「これならいけるかな」
ティムさんが、別のかろうじて無事だった藁人形の前に移動した。そして、集中力を高めるように深呼吸を一回して、杖を掲げた。
「〈雷よ、貫け〉」
激しい稲光が走って、藁人形を一瞬で貫き、焦がした。
最初の炎魔法とは違い、当たった部分の周辺が黒く焦げているだけで、燃え上がって灰にはならななかった。ただし、その藁人形の背後の壁までも貫いて穴が開いていた。
「わ……! すごい。雷の魔法ですか?」
「そのようだな。苦手だと言っていたはずだが……いつの間にできるようになったんだ?」
オリヴィアさんが尋ねると、ティムさんは首を横に振った。
「今まで一度もうまくいったことはないよ。これが初めて」
「は? 嘘だろ?」
「本当。この杖のおかげだよ。魔力を増幅させるだけじゃなくて、魔法に変換するときの補助効果もあるみたいだね。さすが騎士団だよ。言ってみるもんだね……」
ティムさんは、抑えきれないとばかりに顔をにやつかせて、手にしている『ダイヤモンドの杖』を眺めていた。あれは、純粋な喜びからくるものではなく、悪事を企んでいるときの笑みだ。普通に怖い。
「あれで暴れ回ったら、戦場が大惨事になるな」
「だな……ま、やる気出てきたのはいいけどよ」
カイルさんとオリヴィアさんは、互いに苦笑しながらティムさんを見ていた。
危険だが、とりあえずはよかった。めったに顔に感情を見せないティムさんが、あんなに喜んでいるわけだし……否、待てよ。
「僕たちを巻き添えには……しませんよね?」
「そんなの、そっちがうまくよければいいだけの話だろ」
あああ。やっぱ撤回します! 全然良くない!
◇◇◇
その日の晩、雪がしんしんと降りだした頃。
帝国軍が、進軍を開始したとの情報が入り、騎士団をはじめとした王国軍も部隊を敵陣が見える位置に配置した。
戦闘が始まったのは、こちらにその情報が入ってまもなくだった。帝国側の傭兵部隊が、〈ハーツイーズ〉を襲撃。第二分隊を先頭に、僕ら冒険者も応戦した。
カイルさんは、相変わらずの身のこなしと剣さばきで圧倒していた。メインで使っている大剣とダガーナイフを見事に使い分け、敵の攻撃を寄せつけなかった。
ティムさんは、戦場が森の中だったため、得意の炎魔法ではなく新規に習得した雷魔法で猛攻撃。見覚えのない生き生きとした顔をしていたので、戦慄した。
オリヴィアさんは、木や茂みに隠れながら他の弓使いとともに遠距離攻撃で援護していた。目撃した味方の話によれば、目視でははっきり見えない距離の敵をあっさり撃ち抜いていたらしい。
もちろん僕も。定位置であるカイルさんの肩の上に貼りつき、『ブラックアウト』のスキルや伸びる触手を駆使して戦った。その程度では戦ったとは言えない? いいえ。これが僕の戦いです。
ただ、侵略戦争を仕掛けて次々と領土を奪ってきた帝国軍だけあって、敵の兵は精鋭ぞろいだった。まもなくBランク相当のレベルになろうとしているCランクの冒険者パーティーがあっさり倒されたと聞けば、その強さが分かるだろう。
一進一退といった戦況で、やがて膠着状態になり、両軍ともに一時撤退の号令がかかった。そこで、〈ハーツイーズ〉の見晴らしのいい高台に野営地を構えて、束の間の休息をとっていた。
「うう……」
「大丈夫ですか? 痛み止めどうぞ」
「治癒師は……?」
「もうじき来ますよ。順番に回ってるところなので、頑張ってください」
カイルさんに一言断って、救護係の補助に回った。しかし、ケガ人は山ほどいて、騎士団から派遣された救護係の手がなかなか行き届いていないのが現状だ。雪はやんだけれど、寒さが救護の妨げになっているのは間違いない。
あちこちから聞こえてくるケガ人のうめき声に、耳を塞ぎたくなる。なんとか気持ちを奮い立てて、すぐに手当てを必要とする重傷者がいないか確認していく。
「あ! お前!」
休んでいる冒険者たちが集まっている場所にいくと、一人の冒険者が近寄ってきた。両耳が尖って長くなっている。エルフ族だろうか。
「さっきは助かったよ。ありがとな」
「え? あ……いえ! どういたしまして」
「俺もだよ。へんちくりんな見た目だが、なかなかやるんだな」
「崖から落ちたときはひやひやしたけど、おかげで命拾いしたよ! どうもありがとね」
エルフらしきその人以外にも、数人にお礼を言われた。
確かに、何人か危ないところを助けたような覚えはあるけれど。こちらも必死だったので、誰をどうしたかまでは覚えていない。しかし、僕の力で助かった人がいたのなら、よかった。ケガ人の多さに暗く重くなった心が、少しだけ浮上する。
そうして、エルフの人を中心に他の冒険者と軽く談笑してから、見回りを再開。あらかた終えると、カイルさんたちがいる場所へ戻った。
「ただいま戻りました」
「おー。お疲れさん」
カイルさんは、剣の手入れをしているところだった。オリヴィアさんも同じように弓の調整を、ティムさんは頬杖をついて、ぼんやりとたき火を見つめている。
「皆さん、お疲れじゃないですか? 横になっては?」
「疲れてはいるんだけど、落ち着かねぇんだよ」
「戦闘のときの緊張感がまだほどけない感じだな」
カイルさんとオリヴィアさんがそう言って、ティムさんは無言で頷いた。
いつまた奇襲をかけられるか、分からない状況だから、仕方ないかもしれないけれど。休めるときには休んでおいた方がいいに決まっている。
リラックスするには……昔話なんてどうだろう。『桃太郎』は戦うシーンがあるからだめだ。『金太郎』も同じく。『浦島太郎』はカメがいじめられているシーンが微妙だな。もっと穏やかな話はないのか。『シンデレラ』とか『白雪姫』は女の子向けすぎる。あとは……?
「むぎゅっ」
「なーにもやもや考えてんだ?」
うんうんうなっていると、カイルさんに頭をつままれて持ち上げられた。
だめだ。心配されるようでは、元も子もない。
「……ところで、帝国はなにが狙いなんでしょうか?」
結局思い浮かんだのは、ずっと疑問に思っていた件だった。すみません。
「そりゃ、この国っつうか領土だろ?」
「なぜですか?」
「あ?」
「セントジョーンズワート帝国とキャラウェイ王国は、友好国だったのに。なんで今さら侵略なんてしてきたんでしょうか?」
「…………」
カイルさんは、目を上に向けて考える素振りを見せてから、ティムさんの方を向いた。
「……なに? ここで歴史の勉強でもする?」
「あー。いいな、それ。眠れるかもしんね――冗談だって!」
僕を離してその場に横になったカイルさんが言い放つと、即座に立ち上がったティムさんが、『ダイヤモンドの杖』を出して突き出してきた。無表情だが、背後に見えるオーラが禍々しい。
カイルさんが起き上がって首を横に勢いよく振ると、ティムさんはため息をついて、「別にいいけどさ」と言って、杖をローブの中にしまって座りなおした。
「セントジョーンズワート帝国は、元は王国だったんだよ。帝国になったのは、今から十二年前に今の皇帝エルダーが王位を簒奪したときから」
「簒奪……じゃあ、今の皇帝は元々王位継承者じゃなかったんですか?」
「そう。詳しいことは知らないけど、分家の血筋ですらなかったらしいよ」
「え……部下の方々とか国民は、よく納得しましたね?」
「納得『させた』んじゃない? エルダーが王位についてから、側近は総入れ替えになったらしいし。失脚させられた奴らは……そろって行方不明って話だから」
「……行方不明」
ぞわりと背筋に寒気が走る。
ぼやけた表現だが、それはつまり、どうなっているか分からない――亡くなっている可能性が高いのだろう。
「自分に対して肯定的な奴らで周囲を固めて、逆らう奴は問答無用で切り捨てる。死にたくなかったら、従うしかないってわけ。側近だけじゃなくて、国民も……もっと言うなら、周辺国も」
「……皇帝の座につくのを認めなかった国は、もれなく侵略されて飲みこまれた……」
「そういうこと」
「ひどい暴君だな。国民たちが気の毒でならない」
「まぁね。うちと友好条約を結んだのは……たぶん、一筋縄じゃいかないと思ったからじゃない? 懐柔して油断させといて、虎視眈々と機会を狙ってたとか」
「そこまでして、この国を欲しいと思ってたんですかね?」
「そりゃそうだよ。この国には貴重な資源があるから。〈シルフィウム鉱山〉はもちろんだけど、海からくるのもそうだし……あとは、〈アルカネット王国跡地〉とか」
「〈アルカネット〉も、ですか?」
旧名、〈アルカネット遺跡〉。僕にとっては初めてのクエストで訪れた場所だ。人が生活していた形跡が見つかり、正式に王国跡地だと発表がなされたらしい。
「あそこが王国跡地の可能性があると言われてた頃から、ずっと目をつけていたんじゃないかな。どこかに隠し財宝が眠っててもおかしくないって」
「そうでしょうか……?」
まるで、都市伝説の一種・「徳川埋蔵金」のような話だ。とにかく金になりそうな話には目ざとい、といった感じなのか。
「自分自身の利益にしか興味ないような奴だからね。あんな奴の下でこき使われてるブルーノが気の毒でならないよ」
「まったくだな」
ティムさんの皮肉っぽい言葉に同意した誰かが、僕らが囲んでいるたき火の前にやってきて、空いている場所にどっかりと腰を下ろしてあぐらをかいた。
その人の存在を認識するのに、だいぶ時間がかかった。しばらくぼんやりとその人を見つめ、そして気づいた。
「レックス!?」
「レックスさん!?」
四人の言葉が、見事にかぶった。初めてで軽く感動……している場合ではない。
「よう。久しぶりだな」
「久しぶりだな、じゃねーよ! なんでお前がここに!?」
「一時的に釈放された。国の一大事だからな。戦力に入れない手はないってことだろう」
慌てふためいてそろって立ち上がった僕らとは対照的に、その人――レックスさんは、至極落ち着いた様子で、火が弱くなってきたたき火に小枝をくべた。面会したときよりは、顔色は悪くなさそうに見える。
「大丈夫なのかよ!? 牢から出されてすぐに戦ったりして!」
「お腹空いてません? ちゃんと食べれてます?」
「おいおい……お前らは俺の親か? 心配しすぎ――」
「するに決まってんだろ!! あんな姿見たら!!」
カイルさんの悲痛な叫び声が、辺りに響き渡る。そして、静まり返る。
少しして、顔を俯けたレックスさんが、「すまん」と呟いた。
「お前らのおかげで、また戦おうって気になれた。ブルーノやリザの奴らに、一泡ふかせてやるってな」
「……!」
「だろ?」
レックスさんの言葉を聞き、怒りながらも悲しそうな表情をしていたカイルさんは、やっと笑顔になって、「ああ!」と言った。
初めてレックスさんと会ったときを思い出す。あのときも、今と同じように互いに笑っていたな。
そう思い出して胸が熱くなるのを感じつつ、二人が拳を突き合わせるのを感慨深く見守った。
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