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4話 町の施設を見てまわりましょう

 元人間で今はタコな僕は、「マリネ」と名付けられ、晴れてカイルさんの従魔として冒険者パーティー『レジェンズ』に加入した。


 これからは、初対面の人には「タコのマリネです」と名乗ることになる。シュールだ。しかし、他に候補として出た「カルパッチョ」よりはまだましだ。料理本を参考に名付けするってどうなんでしょうか。



「カルパッチョの方がなんか強そうだろ」



 と、カイルさん。



「いや、マリネの方が短くて呼びやすくていいんじゃないか?」



 と、オリヴィアさんが助け舟を出してくれたおかげで、阻止できた。オリヴィアさん、神。


 ああだこうだと議論しているうちに日が暮れて、その日はそれでお開きとなった。


 オリヴィアさんだけが別の部屋に行き、カイルさんとティムさんが同じ部屋のそれぞれのベッドに横になり、就寝。


 僕はあてがわれた金魚鉢の中で目を閉じた。瞼? タコに瞼はない。目の周りの筋肉を収縮させることで閉じるのだ。


 そして、翌朝。


 さっそくだが、今日は僕のご主人様であるカイルさんの一日を紹介したいと思う。


 朝起きて身支度をすると、すぐに宿屋の隣にある食事処〈カモミール亭〉に向かう。「朝からなんでそんなに食えんの?」と、げんなりとしたティムさんの言葉を受け止めつつ、二人前は下らない大きさの黒いパン――ライ麦パンと、豆入りスープを平らげた。


 朝食を終えたら、次は配達や荷下ろしの仕事だ。馬車で運ばれた荷物を次々と下ろしたり、馬車が入れない狭い路地の先にあるお届け先に荷物を運んだり。


 太陽が空の一番高い位置に上がった頃、昼食として〈パン屋ケルプ〉でまたしても黒パンと、屋台で串に刺さった焼き鳥のようなものを買って簡単に済ませる。


 午後は、〈鍛錬場〉でトレーニング。



「おー! 今日も来たかカイル! どうだ、たまには俺を相手にしてみる気は――」


「シングルコースでお願いしまーす」


「なんでだよっ! たまには付き合えよぉ!」


「傭兵のシングルコースですね。こちらへどうぞ」



 半袖短パン姿のスキンヘッド店長の元気な勧誘を無視して、別の無表情な女性係員の案内で中へと入っていくカイルさん。慣れたものだ。


 トレーニングで汗を流した後は、再び配達の仕事を数件こなした。その後、宿屋に戻る前に雑貨屋の〈コーデリア商店〉に立ち寄った。



「いらっしゃい……って、カイルさん? いい加減懲りなって」


「んなわけにいくか。見てろサラ、今日こそぜってーレアもの当ててやるから」



 ポニーテールに結んだ薄い茶色の髪とそばかすが特徴の、渋みのある緑色のエプロンを着た女店主のサラさんは、苦笑しながらお金を受け取っていた。


 ここでの目的は、単なる買い物ではなく、クジを引くことだった。クジとは、銅貨二枚――二オーロを払って一回引いて、店に並んでいない掘り出し物の景品を当てるゲームのようなもの。オーロとは、この国の通貨の単位だ。


 クジはこの〈コーデリア商店〉と、〈ルドルフの武器屋〉でも引けるらしい。当たるのは、前者が武器を含めた装備品全般に対し、後者は武器のみとのことだ。


 どちらのクジも、激レアな商品が当たることもあり、そのギャンブル性がたまらないとして、冒険者の間ではかなりのブームになっているとか。


 ちなみに、カイルさんの結果は散々なものだった。



 ネジ(なにかの部品だったもの。特に効果はない) 三個

 穴の開いた手袋(ボロの手袋。あまり意味はない) 二組

 古びた杖(魔法攻撃ができる。もうじき壊れそう) 一本

 色付きガラス玉(メッセージ付き。「次はいいの当たるヨ!」など) 四個



 二十オーロ――カイルさんが配達の仕事で得た一日分の給料の半分弱――も費やした結果である。崩れ落ちて床に四つん這いの体勢から分かるように、尋常ではない落ちこみ方だったので、僕もサラさんもかける言葉がなかった。


 沈んでいく夕日を見ながら帰路につき、朝と同じ〈カモミール亭〉で夕食。ティムさんから、「今日はいくら無駄にしたの?」と冷ややかな視線、オリヴィアさんから無言で呆れた視線を向けられつつ、やけくそ気味に日替わり定食をかきこむ。付け合わせのスープの具――アサリに似た、ワナワナ貝という聞きなれない名前の貝の身を別の皿によけていたので、それをもらった。



「魚介類はあんま好きじゃねぇんだよ。どっちかっつーと肉の方が――いや、別にそういう意味じゃねぇから。つーか、お前は魚介類以前に魔物だろ!」



 なんて、いただけない台詞付きではあったので、ちょっと落ちこんだけれど。謎のワナワナ貝はとても美味だった。


 夕食後は、昨日と同じ宿屋の〈夜魔の歌声〉に部屋をとった。今日は一人部屋だった。


 宿屋の明かりつけ担当の魔法使いが、部屋を回って明かりをつけていった。優しい光に包まれた部屋にいると、自然とリラックスできる。


 以上が、今日のカイルさんの活動である。一言いいだろうか。


 ()()()って、何ですか?



「……なんだよ、マリネ。その目は」



 布団がかかったままのベッドに横になったカイルさんが、僕の訝しげな視線に気づき、眉をひそめて聞いてきた。



「クジの結果が悪かったのがそんなにアレか? 言っとくけどな、いつもあんなんじゃねぇからな? たまにはこう……なんだ……新品の手袋とか。使える物も当たるからな?」


「たまに、ですか」


「そうだよ、たまにだよ。悪いか」


「いえ、全然。なにが出るか分からないワクワク感がたまらないですよね」


「そう! そこなんだよ。お前分かってんじゃん」



 口角を上げて歯を見せて笑うカイルさん。


 だめだ、これは。典型的なダメ大人の例だ。次こそ大当たりがくる、といいながらギャンブルに大金を費やして身を滅ぼす人の姿が思い浮かぶ。



「で? さっきのやましい顔はなんだ?」


「やましい顔……えっとですね、ちょっと聞いてみたいんですけど」


「どうぞなんなりと」


「カイルさんって、本当に冒険者なんですか?」


「……冒険者ですけどなにか?」



 笑顔を浮かべたカイルさんの口元が引きつった。


 だって、今日の活動状況はほとんど「フリーターの一日」だったもの。



「あのな? 冒険するっつっても、結構金がかかるんだよ」


「そうなんですか?」


「ああ。特に未開拓のダンジョンは、クリアするまでどれくらいかかるか分からねぇからな。装備もそうだけど、日持ちする食料はまあまあ値が張るもんが多いし。んで、行ったとしても収穫がほとんどない場合だってザラにある」



 カイルさんは、僕が疑問に思っていたことを察してくれたのか、説明してくれた。



「高ランクのパーティーだと、パトロンがついてるとこもあるらしいけどな。俺らみたいな平民出だとそれもない」


「僕ら『レジェンズ』のランクはいくつなんですか?」


「言ってなかったか? Bだよ」


「Bというと、順番的には……」


「上から二番目な」


「……ちなみに、ランクっていくつまであるんでしょう?」


「AからFまでの六つ」



 え? 六つあるランクのうちの上から二番目って、かなりすごいのではないか?



「カイルさんたちって強かったんですね……」


「おうよ。今さら気づいたか?」



 カイルさんが不敵な笑みを浮かべ、僕の額を指先で小突いた。



「つっても、ここまでくるのに十年近くかかっちまったけどなー」


「もっと早くになれるものなんですか? Bランクって」


「世間一般的にどうかは知らねぇけど、Sランク目指してる俺としては想定より遅い方だったな……あ、Sっつうのは規格外のランクな。Aのさらに上で、冒険者の中じゃ神に匹敵するっつってもいいくらいのレベルの強者でよ。少なくとも、この国の中でもそこに到達できたパーティーは一つしかない」


「知ってるんですか? そのSランクのパーティーのこと」


「ああ。あいつはな……すげぇんだよ。なにがって言われても全部って言うしかないくらい」



 カイルさんの語彙力がとても低いことが露呈した。否、それとも本当に「すごい」としか言いようがないくらい、非の打ち所がないのだろうか。


 ベッドから半身を起こしたカイルさんは、どこか遠くを見つめながらなにかを考えていた。そのSランクの冒険者たちの顔でも思い浮かべているのだろうか。



「もし俺らもあいつみたくなれたらよ……少しは他の連中も見直すだろ。貴族でもなんでもない奴でも、努力すりゃいくらでもなんにでもなれるんだって。そうやって人に勇気を与える奴ってのが、まさしく勇者なんじゃねぇかって俺は思うんだよ」



 カイルさんは腕を組み、目を閉じながら二度ほど頷いてしみじみと言った。


 相当にクサい台詞だが、雰囲気をぶち壊してしまうのでそんなつっこみはしない。否、僕は少し感動した。



「……カイルさん」


「ん?」


「僕、見てますよ。カイルさんが汗水たらして努力してるところ。これからそばで、ずっと見てますから」



 会ったばかりの僕でも、知っている。人知れず努力しているときのカイルさんは、きつそうで大変そうではあるけれど、どこか楽しそうでもあったことを。


 たとえ他の誰に認められなくとも、夢に向かって一歩一歩踏み出す勇気。


 カイルさんには、それがちゃんと備わっているのだ。そんな人と出会えたことには、おそらく大きな意味がある。


 照れたように苦笑しながら、「おう」と言ったカイルさんを見上げ、この人の、この人たちの役に立ちたいと心から思った。

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