48話 相手の策略に乗せられないようによく考えて行動しましょう
どんよりとした寒々しい空の下、仕事場の〈薬のミョンミョン〉へと向かっていた。
いつなにが起こってもおかしくないので、メンバーがばらばらになるのはまずいような気もするが、
「ずっとウジウジしてたってしょうがねぇだろ」
と、カイルさんが言うので、各々いつもどおり過ごして、有事の際は待ち合わせ場所――〈カモミール亭〉の前で落ちあうと決めた。
体を動かすのが好きなカイルさんらしいとほっとしつつも、気分は晴れない。有事なんて、いつまでも起こらなければいいのに。
「っほあ!?」
瞬間、儚い願いは打ち砕かれる。
背後、遠くの方向から、大きな爆発音が聞こえた。続けて、人々の悲鳴が錯綜する。
「なんだ!?」
「爆発だ! あっちでなにかが爆発したぞ!」
「あの方角は……図書館の方じゃないか!?」
図書館、だって!?
通りを歩く人の声に耳をすませていると、そんな信じられない発言があった。図書館、それはティムさんの職場である。
有事の際は、〈カモミール亭〉で待ち合わせ。ひとまずそれに従うつもりで、ティムさんの無事を祈りつつ駆けだした。
「え……?」
爆発現場に向かう人の間をぬって進んでいると、その人たちとは反対側へ走っていく不審な人影があった。
一瞬見えただけなので、見間違いかもしれない。もしくは、僕たちと同じように仲間と待ち合わせ場所を決めていて、そこに向かっているだけかもしれない。しかし、なぜか嫌な予感がした。
まさか、火事場泥棒ではないだろうな!?
見間違いなら、何事もなければそれでいい。すぐに戻ればいいだけだと判断し、踵を返してその人影らしきものを追いかけた。
路地裏に入りこんだその人は、大量に積みあがった木箱の前で立ち止まり、体を丸めてなにかしていた。他にも数人、同じような格好をした人がいて、なにかぼそぼそと話し合っている。
嫌な予感が当たってしまった、のか?
「待ってください!」
信じられない気持ちを抱えつつ、叫ぶ。不審者たちはすぐに振り返って辺りをうかがうも、誰も僕には気づいていない様子だった。
「火事場泥棒ですか? 許しませんよ!」
「…………」
二言目でようやく気づいた様子で、こちらから見て先頭にいる不審者が、腰に下げていたナイフをとって逆手で構えた。
斬られるのは平気だ。ここは、なんとしても阻止するぞ!
二本の触手の先を丸めて拳(仮)を作り、こちらも構える。
「そこまでだ!」
気合いを入れて、飛びかかろうと地につけていた触手を踏ん張ったとき、背後から鋭く野太い声がした。
振り返ると、騎士団の制服に身を包んだ人たちがずらりと並んでいた。胸元の紋章の端に、「5」の数字が見える。すなわち、第五分隊の人たちか。
「国の治安を脅かす者を排除する! 確保!」
リーダーらしき人の号令で、団員たちが一斉に動いた。
不審者たちは抵抗するも、多勢に無勢。次々とやってくる団員たちにあっという間に取り囲まれ、一人残らず捕縛。連行されていった。
「久しいな」
団員たちの鮮やかな身のこなしに見惚れていると、先程の号令をかけた人が近づいてきて、僕を自身の顔の近くまで抱き上げた
顔を見て、ようやく気付いた。あの、Aランク試験のときの担当官だった人だ。
「わ……! お久しぶりです」
「こんなところでまた会えるとは、思いもよらなかった」
「僕もです。どうしてここに? 〈サントリナ〉は第五分隊の管轄なんですか?」
「そうではない。ここ最近の不穏な情勢の警戒のため、招集がかけられていたのだ。団長からの命でな。なにか動きがあったときは、それとは別の方向への警戒を怠るな、とも」
ドンピシャじゃないですか、それ。
さすが、などと僕が言うのはおこがましいか。団長さんは、敵の考えをばっちり見抜いていたのだ。
「そなたこそ、どうしてここに?」
「たまたまです。爆発があった方へ行こうとしてたんですが、途中で今の……不審者を見かけて」
「それを、主人の命なしに一人で追いかけるとは。なかなか肝が据わっているな」
「い、いえいえ。とんでもないです」
「謙遜せずともよい」
第五分隊の騎士さんは、微笑みながら頷いて、僕を地面に下ろした。
なんだか、不思議だ。
彼の品行方正な立ち姿からは、貴族らしさがにじみ出ている。ティムさんの以前の言葉、「貴族は魔物を毛嫌いしてる、例外はない」が正しいのなら、僕をぬいぐるみのように抱き上げるなど、できるとは思えないのだが。
「後処理は我々に任せろ。そなたは、早く主人のもとへ行くがいい」
「ありがとうございます。あの、お名前をうかがっても? 僕はタコのマリネです」
第五分隊の騎士さんは、少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「私は第五分隊隊長、アーノルドだ」
「……ええと、家名は?」
「ない。しがない農村の出なのでな」
「……! アーノルドさん、ありがとうございました! どうかお気をつけて!」
一礼をしてから踵を返すと、背中に「そなたもな!」と、強くてたのもしい言葉をかけられた。
なんだ。偏見の目で見ていたのは、僕も同じだったのだ。改めないと。
反省しつつ、今度こそ待ち合わせ場所の〈カモミール亭〉へと急いだ。
◇◇◇
待ち合わせ場所の〈カモミール亭〉で、「おせーぞ!」と文句を言われながらも、なんとかカイルさんとオリヴィアさんの二人と合流。すぐに図書館へと向かった。駆けつけてすぐに、利用者の避難誘導にあたっていたティムさんとも会えて、心の底から安堵した。
爆破があったのは、図書館の敷地内。手入れが行き届いた庭で、あるはずのない火薬が爆発したらしい。誰かが故意に仕掛けたのは、明白だった。
大惨事につながってもおかしくない卑劣な犯行だが、爆発した際にその近くにいた人はおらず、避難する際に慌てて転んでケガをした人が数人いる程度だったのが幸いだった。
「……なにそれ。つまり、図書館は囮だったとでも?」
話ができそうなタイミングを見計らって、不審者の件とアーノルドさん率いる第五分隊の人たちに会った件を話すと、たちまちティムさんは怪訝そうな顔をした。
「市民の注意を向けさせといて、別のところでもっと大規模な破壊工作をしようとした……そういうことだよね?」
「い、いえ。そういうわけでもないのでは――」
「許さない……ここにどれだけの貴重な資料が保存されてると思ってんの? 火薬をしかけるなんて……全部失われてたかもしれないんだよ? 国の、いや、人類の宝が!」
ティムさんは、もはや誰の声も耳に入らないといった様子で、両手で拳を作り、歯を食いしばって遠くを見つめていた。幻覚だろうか、炎に似た強烈なオーラが立ち昇っているようにすら見える。
「……こんなにティムが怒るなんて、珍しいな。初めてじゃないか?」
「だな」
「ど、どうしましょ?」
「ほっとけ」
オリヴィアさんは、まるで他人事のように感心していて、カイルさんは最初からどうする気もない様子で、鼻をほじりながらあさっての方向をぼんやり見ている。なんて人たちだ。
アーノルドさん。僕よりこの人たちの方がずっと肝が据わってますよ!
「絶対手に入れてみせるから……」
僕だけがおろおろしていると、不意にティムさんがそう呟いてから、こちらを振り返った。
「なにを?」
「杖に決まってるだろ。妥協なんて絶対しないから……絶対、『アメジストの杖』以上にいいやつを手に入れてみせる!」
「……あー。そうかよ」
やる気のないカイルさんの返事を受け流したティムさんは、その足で〈ルドルフの武器屋〉に向かった。
なにがあったのか、具体的な説明は割愛する。クジでまたしてもとんでもない物が当たって、スティーヴさんが意味不明な悲鳴を上げていた、とだけ言っておく。
しかし、スティーヴさんだけでなく、〈コーデリア商店〉のサラさんまでが犠牲になったにも関わらず、ティムさんが望む高性能の杖は手に入らなかった。
そして、この日を迎えた。
帝国側の動向を偵察に出た国の先遣隊が、帝国側の部隊と衝突。互いに死傷者が出たらしい。これをもって、我らがキャラウェイ王国の部隊も、セントジョーンズワート帝国にむけて進軍すると、王宮から発令された。
戦争が、始まってしまったのだ。
女性や子供中心の非戦闘員は、大聖堂内に設けられた避難所に避難。建物の外から防御魔法が施されるそうで、物理・魔法問わず攻撃に脅かされる危険は限りなく少ないそうだ。
僕たち冒険者は、基本的には国の防衛に回る。帝国軍が王国の領土へ侵入するのを防ぐのが役割だ。
数えきれないほどの冒険者たちが、大聖堂前の広場を占領しているのを見ていると、圧巻だった。国内を拠点としていた冒険者がこんなにいたのに、まったく知らない人や、顔をちらっと見た覚えのある程度の人ばかりだった。レックスさんたち以外の人たちとは、なかなか交流する機会がなかったので、当然なのだけれど。
逆に、ちょくちょく会っている人もいて、驚いた。
「よう! 我が一番弟子に二番弟子たちよ!」
「いい加減それ言いふらすのやめてくんねーか」
真っ先に話しかけてきたのは、〈鍛錬場〉のボリスさんだった。
いつもの白いノースリーブのシャツではなく、長袖長ズボンを着ている。革のような素材で、簡単には破れなそうな材質だ。
「ボリスさんも冒険者……なんですか?」
「元な。引退してもうだいぶたつけど、現役の奴らにはまだまだ負けねぇぞ!」
ボリスさんは片腕の袖をまくって、大きな力こぶを作ってみせた。職種は格闘家だな。間違いない。
斧をかついでノボリさん――『小型化』をといて本来の大きさになっている――にまたがった、武器屋のスティーヴさんもいる。斧ではなく、鉞と言った方がいいだろうか。鉞かついだなんとやら、だ。
他には、狼に似た魔物のルルフェンと、猛禽類のような大型の鳥の魔物を引き連れた、魔物研究所のミランダさん。それから、喫茶店のマスター・トリスタンさんの姿もあった。
「お二人も冒険者だったんですか?」
「ふふ。こう見えてね」
見た目で分かりやすいボリスさんとスティーヴさんと違い、ミランダさんとトリスタンさんはほぼ普段どおりの姿だ。
ミランダさんは、連れている魔物を使役して戦うのだろうけれど、トリスタンさんはどうやって戦うのだろうか。
こちらが首を傾げていると、トリスタンさんはなにかを察したらしく、おもむろに懐からパイプを出した。こげ茶色の、喫煙で使うあのパイプだ。
「それは?」
「これが僕の武器」
「え?」
「トリスタンは魔法使いなのよ」
「……えっ?」
意外だ。物理型のように思える黒ヒョウの獣人・トリスタンさんが、魔法使いとは。否、彼の飄々とした雰囲気から考えると、なんだか妙に合っている気もする。
ただ、パイプが武器とはどういうわけだ?
「パイプも武器になるんですか?」
「人によってはね。魔法使いにとって武器――装備品っていうのは、自分の魔力を増幅させる媒介みたいなものだから。中には杖が合わないっていう人もいるのよ。ね?」
「そうなんだよ。どうもしっくりこなくてね」
こちらが疑問に思った部分を、察して解説してくれるミランダさんと、苦笑して肯定するトリスタンさんを見て納得。頷いた。
そういう場合もあるのか。僕は、魔力は持っているけれど魔法を使える気はしないから、気にする必要はないかもしれないけれど。まだまだ知らないことは多いな。
「攻撃魔法を使うのは久しぶりだから、正直あまり自信はないけれど……そうは言っていられないからね。あわよくば、『お返し』したいところだからね」
トリスタンさんの背後に、静かに燃え盛る炎が見えた気がしたが、おそらく気のせいだろう。そう思っておく。




