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オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第3章 不穏編

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46話 身の安全の確保を最優先にしましょう

 僕は凧ではない、蛸だ! 読みは同じだが、意味は全然違うのであしからず!


 急になんの話かって? 僕は現在、カイルさんの肩に触手でつかまって風にあおられている状態なのだ。カイルさんは、エリオットさんから借りた馬に乗って全速力で駆けている。



「マリネ! 振り落されるなよ!」


「ひゃい! っていうか、カイルさん! 馬、乗れたんですね!?」


「当たり前だろ!」



 そうですか。この世界のこの時代では、当たり前なんですね? 僕は人間だとしても無理なんですけど。


 いや、待て。違うぞ。カイルさんは、幼少期に牧場で働いていたらしいから、むしろ乗れなかったら困るのだ。誰も彼も当然のごとく乗れるわけではない、はず。


 そんなふうに一人で勝手にショックを受けていると、まもなく火の手が見えてきた。ここは、僕たちがよく行く店があるメインストリートとは離れた住宅地だ。立ち並ぶ家々が、激しく燃えている。



「だめだ! 荷物なんか諦めろ!」


「こっちにまだ人がいるぞ!」


「誰か助けて……! 子供がひどい火傷を!」



 現場は、悲鳴と怒号であふれていて壮絶だった。


 あちこちで、魔法使いが氷魔法をかけているのが見える。水ではなく氷で消火できるとは、意外だ。



「カイル!」


「……! お前ら、無事か!?」



 どこから取り掛かろうかとうかがっていると、こちらに駆け寄ってくる二人がいた。ティムさんとオリヴィアさんだった。


 二人とも煤で若干汚れているが、元気そうだった。とりあえず、一安心。



「私たちは大丈夫だ。だが、ケガ人が多くて手が回らない」


「女子供が家にいる時間を狙ったとしか思えないよ」


「狙ったって……放火なのか!?」


「まだ分からない。けど、一番に火の手が上がったのは空き家だったって聞いた」



 僕もカイルさんも、愕然とした。


 放火だなんて。これもまさか、ブルーノさんが関わっているのか? もしそうなら、ひどいなんてものではない。関係ない市民をこんなに巻きこんで、一体なんのつもりだ!


 憤りながらも、まずはとにかく消火作業とケガ人の救助と手当てにあたった。普段は僕を気持ち悪がって拒絶する人が多いのだが、緊急事態のせいか気にする人はほとんどいなかった。だが、よかったなんてとても言えない。


 ケガ人を運んだり、バケツリレーに参加したり。よく見れば、〈鍛錬場〉のボリスさんや武器屋のスティーヴさんなどの力がありそうな人をはじめ、〈カモミール亭〉のメリーザさんや〈コーデリア商店〉のサラさんなどよく見かける人たちの姿もあった。



「うおおおお! これでどうだぁ!」


「ばか野郎ボリスてめぇ! 水かけんならもっとちゃんと狙えや!」


「火傷薬きたよー」


「はいはーい! ミョンミョン印の火傷薬よ! 今日は出血大サービス!」



 たくさんの人が応援に駆けつけて、作業にあたっている。しかし、火の勢いはおさまる気配がない。今は冬で、空気が乾燥している上に風もあるのが原因だろう。


 そうして、完全に鎮火したのは夜が明けきった翌朝だった。辺りは、まるで焼け野原と化していた。


 まだケガで苦しんでいる人はいるが、ひとまず騎士団から派遣された救護隊の人たちに任せ、一息ついた。



「騒ぎがあったのは……カイルたちが出かけて、ちょっとした頃かな。最初は、ボヤ騒ぎがあったって程度の話だった」


「それが、近くの家に次々に燃え広がってるって聞いて、慌てて駆けつけたんだ。風が強いせいで、一気に火の勢いが増してしまったんだろう」


「……火元が空き家ってのは、本当なのか?」


「最初に火を見た奴の話だと、その家は前に家主が夜逃げしたとかで、所在者不明で浮浪者のたまり場になってたんだって」


「え? じゃあ、火事の原因は……」


「特定するのは難しいだろうね。誰かが火をつけたのか、はたまた単にたき火かなにかの不始末だったのか……それさえも分かるかどうかってレベルじゃないかな」



 カイルさんが、顔を俯けて歯を食いしばる。


 立て続けに起こる事件。ケガをした人の中には、「聖女様がお亡くなりになったからだ」とか、「アストラ様がお怒りになっている」などと言う人もいた。


 確かに、ウェンディさんの事件を発端に、トリスタンさんとペンドリー辺境伯襲撃事件、レックスさんの逮捕、そしてこの火事と、僕らの身の回りで不審な事件が起こりすぎている。本当に、「神の怒りに触れた」と言っても過言ではないほどに。


 次は一体なにが起こるのか、と恐怖さえ感じる。この不幸の連鎖を止めるには、どうすればいいのだろうか。



「それはそうと、カイル。ちょっとオリヴィアを叱ってやって」


「あん? なんでだよ?」


「こいつ、ブレスレット落としたとかいって、火の中に飛びこもうとしたんだよ」



 ティムさんの告げ口を聞き、ぎょっとしてオリヴィアさんを見る。カイルさんも、「はぁ!?」と、大きな声を上げていた。


 そのオリヴィアさんは、ブレスレットをつけていた右手首を左手で隠すように握って俯いている。



「なにやってんだよ!? 正気か!?」


「だが、あれは……っマリネが買ってきてくれた大事な物で――」


「それでお前の身にもしものことがあったら、マリネがどう思うか考えなかったのか!」


「……っ」



 カイルさんに怒鳴られ、オリヴィアさんははっとして目を見開き、また俯いた。


 その彼女にそっと近づき、右手首に触れた。



「今度は……激しく動いても落ちないような、ぴったしのやつにしないとですね!」


「……っそう、だな」



 オリヴィアさんの目から一筋の涙がこぼれ、彼女はそれを手で拭った。



 僕は、半ば呆れたような目をしているカイルさんとティムさんの方を見て、もう大丈夫だと意味を込めて頷いた。



「あともう一つ報告」



 ティムさんが、おもむろにローブの中に手を入れて、そこから杖を出した。『アメジストの杖』のはずなのだが、宝石は輝きを失ってくすんだ色をしていて、柄の部分が折れている。



「どうしたんですか、それ?」


「氷魔法を立て続けに使ったせい。まさか、杖がイカれるとはね……迂闊だった」



 ティムさんはため息をつきながら、その使えなくなった杖を足元に捨てるように放り投げた。直後、カイルさんが立ち上がる。



「馬鹿か。それだって替えはいくらでもあるだろ」


「ないよ。『アメジストの杖』だよ? 同等の物なんて簡単に――」


「俺が言いたいのは! 命と違って替えはあるだろってことだよ!」



 カイルさんは、決して怒っていなかった。むしろ、悲しそうに目を細めて、両手で拳を握っていた。


 それを見たティムさんとオリヴィアさんが、目を伏せる。ぼそりと、「……そうだね」とか、「悪かった」と言っていた。


 僕も、このカイルさんに作ってもらったがま口ポーチを失ったとしたら、悲しくなるだろう。しかし、そのときはまた作ってと頼めばいいのだ。


 本当に大事にすべきものを間違えないように。心にとめておこうと思った。




 ◇◇◇




 家が焼けて住む場所を失った人たちは、大聖堂が避難場所を提供してくれて、しばらくはそこで暮らせるようになったそうだ。


 ひとまずは安心、ではない。焼けだされた人たちは、不安が絶えない様子だ。アストラ様、聖女様、などと呼びながらすすり泣く人たちを見ていたら、胸が締めつけられるような思いがした。


 その日の夜、宿をとって落ち着いたところで、面会したレックスさんから聞いた話を共有した。



「ブルーノがスパイだなんて……マリネの言ったとおりだったのか」


「お前、変なとこ鋭いよね」



 ティムさんとオリヴィアさんは、驚きはしたが取り乱してはいなかった。


 話を終えて、くたくただったため早々に就寝。しかし、僕は寝つけないでいた。


 パチリと目を開けて、半身を起こす。そばのベッドでは、カイルさんが泥のようにぐっすり眠っている。物音を立てないように気をつけながら、布団を出て床に下り、部屋を出た。


 廊下を歩いていくと、突き当たりのところでお馴染みの彼と会った。



「またお前か」


「こんばんは、ウルフさん」



 ウルフさんは、今日も変わらない様子で見回りにいそしんでいた。勝手ながら、それに同伴させてもらった。



「最近は騒がしくて困る。落ち着かなくて、おちおちのんびり寝ていられん」


「そうですね……嫌なことばっかりで落ち着かないです」



 ウルフさんと同時にため息をついた。


 考えてみれば、冒険者らしい仕事をしたのは〈ロディオラ〉が最後だ。否、あれも仕事ではなくレックスさんについていっただけだ。ある意味「冒険」ではあったけれど。


 仮に事態が収束したとしても、ティムさんの新しい杖を見つけないといけない問題もある。『アメジストの杖』と同等かそれ以上の質の杖なんて、そう簡単に手に入るとは思えない。前途多難すぎる。



「せめて早く冬が終わればいいんですけどね」


「なんでだ。暖炉の前で寝れば気持ちいいだろ」


「ああ、いいですね。僕もずっとそうしていたい――ウルフさん?」



 隣を歩いていたウルフさんが、突然止まった。足を踏ん張り、前方――なにもないように見える暗い廊下の先を睨みつけている。そのうち、喉の奥から唸り声を上げはじめた。


 なにかがいるらしい。しかし、それほど目がよくないタコの僕では、なにも見えない。ウルフさんのただならぬ様子に、身を固くする。


 そこへ、なにかが飛んできた。僕らが同時に跳んでよけると、それが床に突き刺さった。


 短剣だ!



「お前は下がってろ」


「だ、ダメです! 危ないですよ!」


「侵入者を追い払うのは俺の仕事だ!」



 ウルフさんは、こちらの言葉に耳を貸さず、廊下の奥にいる誰かへと飛びかかっていった。すぐに、「ギャンッ」と声がして、ウルフさんの体が目の前に落ちてくる。



「ウルフさん!」


「逃げろ……っ主人に、早く……っ」



 ウルフさんは、あの一瞬で体のあちこちを切り裂かれたらしく、荒い息で横たわっている。かろうじて聞きとれた言葉から察するに、ここは逃げて、急ぎウルフさんのご主人であり、宿屋の主人のフレッドさんに知らせてほしい、と。



「わっ! ちょ!?」


 こちらが考える暇も与えないとばかりに、追加で短剣が投げられる。


 なんとかウルフさんの体を離れた場所に運んで、改めて廊下の奥を見る。相変わらず、相手の姿は見えない。



「いい加減にしてください! どこの誰か知りませんが、なんの恨みがあってこんな――」



 こちらの言葉を遮るように、短剣が飛んでくる。そのうちの一本が当たり、触手が切れた。


 痛いな、もう!



「効きませんっ!」



 すぐさま『自己再生』で治してみせると、直後に影のような黒いものが飛びかかってきた。


 影が再び短剣を振り上げるより先に、その全身に浴びせるように墨吐き――スキル『ブラックアウト』を発動した。


 顔にかけるのが一番効果的なのだが、そうでなくても一瞬の隙くらいはできるはずだ。その間に体勢を整えて……と、思っていたら、相手の様子がおかしくなった。


 まるで泥酔した人のように足元をふらつかせ、なにもない空中に向かって短剣を振り回し、何度も壁にぶつかっている。


 混乱している、のか? もしや、ばっちり命中した感じか?


 おそるおそる、千鳥足の酔っ払いもどきの背後に近づく。首の辺りと思われるところに触手を伸ばし、きゅっと絞めるように巻きつけた。


 しばらくもがいていたその人は、次第に体を弛緩させ、動かなくなった。床に寝かせ、呼吸と脈があるのを確認してから、ふう、と一息ついた。


 まずは、ウルフさんの手当て。それから、カイルさんたちに報告、か。おちおちゆっくり休んでいられないなんて、本当になんて日だよ!

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